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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界の意地悪な魔女と心の優しい前向きな少女

作者: 下妻 憂

 少女が叫ぶ。


少女「私をどこへ連れて行くの!」


 魔女はしわがれた声で応える。


魔女「へっへっへ、魔女の家だよ。アンタは誘拐されたのさ」


 満月の晩。

 煌々と照らす月明かりを背に、森の夜空を飛ぶ一本のホウキ。

 使い古されたオンボロの柄は今にも折れそうで、穂は今まさに抜け落ち続けているほどに年季入りだった。

 寒空を裂いて東へと飛んでいく。


 そのホウキに跨っているのは、年老いた老婆と十を過ぎた頃の少女。


 老婆は上から下まで真っ黒の装いだった。

 長ツバで、頭はトンガリ、先っぽはよれて垂れた帽子を被っている。

 着ているローブはあちこちほつれたボロだった。

 童話の魔女の出で立ちに瓜二つである。


 少女は安っぽいエプロンドレスに汚れたブーツを履いている。

 栗毛の長髪と、蒼い瞳を持ち、とても優しげな顔立ちであった。

 だが今は高所を飛行する恐怖に表情は強張っている。


少女「私を家へ帰してください!」


魔女「それはできないねぇ。アンタはもうアタシのものさ。これからとてもたくさん辛い目にあってもらうからねぇ」


 魔女のホウキは魔女の家へと飛んでいった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 魔女の家は、魔法の森の奥深く、大きな木の上にあった。

 ホウキが家に近づくと、ドアはひとりでに開かれ、魔女と少女は家の中へと着陸した。


少女「私をこんなところへ連れてきてどうしようと言うの。うちは貧乏だからお金なんかありませんよ」


 少女がそう訴えると、魔女は掠れた声で笑った。


魔女「へっへっへ、アタシは魔法の森の意地悪な魔女だ。別にお金なんかいらないよ。アタシはただアンタに意地悪をしたいだけなのさ」


 魔女はとても悪い顔をしていた。

 皺だらけの顔に、目だけはランランと輝いており、背筋のゾッとする邪悪な笑顔だった。


少女「どうして私を?」


魔女「それはアンタが街一番の優しい心の持ち主だからだよ。アタシはそんな心優しい娘に意地悪をするのが大好きなんだ。アタシにとっちゃアンタの嫌がる心がなによりのごちそうなのさ」


少女「そんな……なんて可哀想な人。意地悪なんかしても誰も幸せにならないわ。そんなことより、私を家に帰してくれたら美味しいアップルパイを焼いてあげる。それを食べたらあなたも幸せな気分になって、きっと意地悪なんかしたくなくなるわ」


魔女「ええい! うるさい! アンタは今日からアタシの召使で意地悪の相手なんだよ。たっぷり悲しい目に合わせてやるからね。おっと、逃げようなんて考えないことだよ。この森は街から遠く、クマやオオカミがうようよしているからね。食べられてしまうよ。へっへっへ」


 そうして魔女と少女の日々が始まった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 魔女がバケツと雑巾を少女の前に蹴っ飛ばした。

 何年も洗っていない汚い掃除用具である。


魔女「まずは掃除。これはアンタの仕事だよ。朝はニワトリの鳴く前に起きて、朝ごはんの支度。そうしたら家の掃除。埃一つ許さないからね。ピカピカにするんだよ」


 少女は笑って腕まくりをした。


少女「わかったわ、掃除も料理も得意で大好きなの、まかせて」


 少女はこれをがんばってこなした。

 しかしいくらピカピカに床を磨いても魔女は文句を言った。


魔女「おやおや、まだ埃が残っているじゃないか。これじゃご飯はおあずけだね」


少女「ごめんなさい、あなたに不快な思いをさせてしまったわね。次からはもっとうまくやるわ」


魔女「なんだい、意地悪しがいがないね」


少女「あら、私どんな意地悪にだってへこたれないわ」


魔女「ふん、どうだろうね」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 食事時、魔女はテーブルで豪勢な料理を食べた。

 肉、魚、果物、デザート。

 少女が見たこともない、良い匂いのするご馳走であった。


 一方で少女は床に座らされ、目の前の皿にはカビたパンが半分だけあった。


魔女「へっへっへ、食べたいかい? ダメだよ、オマエは掃除もろくにできないごくつぶしなんだからね」


 少女は笑ってパンをかじった。


少女「ご飯があるだけ幸せなことだわ。世の中には食べたくても食べられない人だっているのだもの。それよりあなたはもっと野菜も食べた方がいいんじゃないかしら。体に悪いわ」


魔女「口の減らない娘だね」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 夜、魔女は少女を汚らしい物置に呼んだ。

 そこはガラクタだらけの埃まみれの酷い場所だった。


魔女「ここがオマエの寝床だよ」


少女「けほっけほっ、すごい埃」


魔女「へっへっへ、せいぜい肺を病まないように気をつけるんだね。夜はとても冷えるよ。布団もないからね」


少女「いいえ、ありがとう。外で寝かせられた夜もあったのだもの。家の中で眠れるだけ十分だわ」


魔女「強情な娘だ」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 数日が経った頃、少女は自分の体が臭っていることに気付いた。

 もう幾日も体を洗っていないし、服もかえていないのである。


少女「お風呂に入っていないからかしら。こんなに臭いのでは魔女さんにも失礼よね」


 魔女はしかめっ面をして、手で少女を追い払う仕草をした。


魔女「ま、なんて臭い娘だい。あぁ、臭い臭い」


少女「ごめんなさい、お風呂を貸してもらえないかしら?」


魔女「風呂だって! 図々しい娘だ! アンタなんかこれで十分だよ!」


 そう言うと、魔女はオケに水を入れて少女にぶちまけた。


魔女「へっへっへ、どうだ臭いも取れただろう?」


 少女はびしょ濡れになった服を絞りながら、ニコリと笑った。


少女「えぇ、ありがとう。できればもう2回か3回かけてもらえれば、もっと汚れも落ちるのだけれど」


 魔女は掃除で使った汚水を少女に浴びせた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 仕事の最中、少女は疲れから目眩でよろけた。


魔女「こら、何をサボっているんだい!」


少女「ごめんなさい、疲れてしまっているみたいで。とても眠いの。少し休ませてもらえないかしら」


 少女は少ない食事と日々の労働から、体はやせ衰え、頭はボーッとしていた。


魔女「へっへっへ、1日1時間しか寝かせてないからね。でもダメだよ。まだ掃除も食事の支度も終わってないのだから」


少女「そうよね、掃除や食事が終わったら寝られるのだもの。ありがとう、魔女さん。そう思ったら気が楽になったわ」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ある日、魔女は少女を秘密の小部屋へ呼んだ。

 意地悪に根を上げない彼女に痺れをきらし、魔法でこらしめる為である。

 そこはあらゆる拷問器具を集めた魔女のコレクション部屋であった。


少女「なんだか怖い部屋ね。こんなところで何をする気なの?」


 魔女は少女を部屋の真ん中、手枷と足枷のついた十字架の前に連れて行った。


魔女「さあ、その十字架の前で手を広げて足を閉じるんだよ」


 少女は言われるがまま十字架に張り付く。

 魔女が手馴れた動作で手枷と足枷を彼女へ縛り付けた。


少女「痛いわ、いったい何をするの?」


魔女「オマエがあんまりへこたれないんでね。少々魔法でこらしめてやろうと思ったんだよ」


 魔女は懐から一匹のムシを取り出した。

 虹色で淡く発光している。


少女「そのムシはなぁに?」


魔女「これはね、チクチクムシと言ってね。苦痛を与えるムシなんだよ。ほら、お飲み」


 魔女は少女の口をこじ開けると、むりやり喉に押し込んだ。


少女「とても苦いわ」


魔女「へっへっへ、このムシはね。ムシ自身もとても痛い思いをしているのさ。その痛みから逃れようと人に痛みを移す。でも実はその痛みは消えることがない。だからずーっと宿主に痛みを与え続けるんだよ」


少女「まぁ、可哀想」


魔女「おや、痛くないのかい?」


少女「とても痛いわ。でもムシさんが可哀想で、心の方が痛いの」


魔女「……ふん、憎たらしい娘だね。このまま半日ほったらかしてやるよ。せいぜい気が狂わないようにがんばるんだね」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 半日後、魔女が秘密の小部屋に足を運ぶと、少女は涙を流していた。


魔女「ほっほっほ、ようやく泣いたかい。あの痛みには誰だって耐えられないものさ。辛いだろう。苦しいだろう」


少女「いいえ、辛くも苦しくもありません。悲しいのです」


魔女「悲しい? そうだろう、痛くて悲しいだろうねぇ」


少女「違います。私に与えられた痛みをムシさんがずっと感じていたのだと思うと、不憫でならなくて。きっと私が痛みを感じなくなった後も、ずっと一人であの痛みに晒され続けるのでしょうね。可哀想に」


魔女「…………」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 それから半年。

 少女は魔女のイジメに耐え続けた。

 持ち前の前向きさは、あらゆる魔女の嫌がらせを跳ね返した。


 その一方、魔女はみるみる衰弱していった。

 何をしても意地悪のしがいのない少女の優しい心に感化され、魔女自身の心も優しくなっていったのである。

 魔女にとって優しさは毒なのである。


 ある日、魔女は少女をリビングに呼び出した。

 既に魔女は死の淵まで弱り、椅子に座る体は元の半分もなかった。


少女「魔女さん、さいきん元気ないですね。私に何かできることはありませんか?」


魔女「オマエのその前向きさと優しさには、アタシはほとほとまいったよ。アタシはね、人の憎いと思った心を食うんだ。意地悪の魔女なんだよ。だからいつも優しいアンタの心は毒なんだ。食い続けたら弱って死ぬしかないのさ」


少女「困ったわ、どうしたら良いのかしら」


魔女「やめておくれ。その優しさがアタシを蝕むんだよ。どうしたらアンタを困らせてやれるのか、ずーっと考えてた」


少女「なにか私にできることがあったら言ってくださいな」


 少女は魔女の手を優しく握る。

 その優しささえ魔女にとっては劇薬なのだ。


魔女「アンタが嫌がってくれるのが、アタシにとってなによりの幸せなんだ。でも、アタシがどんな意地悪をしようとアンタは嫌がらないだろうね……」


魔女「……でもね、ひとつだけあったんだよ。アンタが嫌がる意地悪がね」


少女「まぁ、なにかしら。魔女さんのためになるなら、私なんでも受け入れるわ」


 魔女は少女のひたいの前に指をかざすと、呪文を唱えた。

 それは魔女が最期の命を振り絞った、最後の魔法であった。


魔女「アンタから……優しさを取り上げれば良かったのさ……」


 魔女はそれだけ言うと息絶えた。

 体が白い灰となって椅子に崩れ落ちる。

 死んだのだ。


 魔女の魔法によって、少女は次代の魔女となった。

 心に邪悪な物が満ち溢れた。

 少女は生まれて初めて絶望する。

 優しさのない感情に。



 叫んだ。

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