第五話 冒険者たちの思い
食事と洗い物を終えた俺たちは、お茶を飲みながらまったりしていた。
あれだけ飲んだのに、レンはほろ酔いといった感じだ。こいつが泥酔してるところは見たことがない。
「レン、攻略はどんな感じなんだ?」
「19階はだいぶマッピングできたと思います。そろそろ20階への階段も見つかると思いますよ」
ダンジョンは下の階に行くほど広くなっていく。
レンのいる地下19階付近だと端から端まで数日かかる。
また魔物と戦いながらの探索になるために、マッピング作業は遅々として進まない。
地下20階のボスを倒すのはいつになることやら。
「21階のポータルが使えるようになれば、お前達も楽になるんだろうな」
「まったくですよ。19階まで行くのに早くても七日はかかるんですから。さっさと21階のポータルを開放したいです」
眩しい。
まだまだ先に進もうとしているレンの顔は、まさしく冒険している者の顔だ。
今の俺には直視しづらいほどに。
「? どうしましたゆーさん?」
「いや、文句言う割には楽しそうだなと」
「そうですね。楽な仕事ではないですが、この仕事は天職だと思ってます」
レンであれば・・いや、ほかの冒険者もきっとそうだろう。一日ごとに僅かずつでも先に進む。
動機は金でも名誉でもいい。彼らは冒険をしている。
だが俺は停滞を続ける。つまらない意地を張り、日銭を稼ぐだけの日々。
レンにだって何度も一緒に行こうと誘われたが、俺は断り続けた。
自分で選んだ結果だ。後悔してはいけない。
それでも限界の日は一日ずつ迫ってきている。
「・・ゆーさん。変なこと考えてないですよね?」
「何がだ?」
俺の表情でも読んだのか、レンがそんなことを言ってくる。
「引退・・とか」
「・・・・」
長い付き合いだ。俺がそんなことを考えているのも、薄々気づいていたのかもしれない。
俺はぬるくなったお茶を一気に飲み干す。
「そうだな。そろそろ限界だとは思ってた」
「だめだ!」
正直な気持ちを告げるが、予想外に強い反応が返ってきた。
ダメと言われても、現実は厳しいんだが・・
「これは僕だけじゃない。『ファースト』に挑んでいる多くの冒険者も同じ気持ちだ。ゆーさんはこれまで僕を含めて多くの冒険者の面倒を見てくれた。新人の面倒を見たり、ダンジョン内で魔物に襲われているところを助けてくれたり、深い知識でたくさんのアドバイスをしてくれたりと、多くの冒険者がお世話になった」
・・確かにそういった人たちに手を貸してきたのは事実だ。
地下5階までは初級者からそれに毛が生えた程度の奴らが多い。
なので油断して魔物に襲われてる連中や、収集素材の見分けがつかない連中などなど、見つけたら助けるようにしてきた。
「その誰もが、ゆーさんのようにありたいと思っているんだ」
「何をバカな・・こんなうだつの上がらない、つまらない意地を張っているだけの人間を――」
「意地を張り続けられる人間がどれだけいますか? 多くの人は夢と現実を天秤にかけたら、現実を選んでしまうんです。つらい道よりも楽な道へと流されるんです。ゆーさんはたまに5階のボスにソロで挑む冒険者を見ませんか?」
確かに見かける。毎回違う奴だが月に数回は見る。
幸いなことにみんな敵わないと見るや、即時撤退をするので安心ではあるが。
「みんな冒険者には多かれ少なかれ夢を持ってなります。そして物語のように、ソロでかっこよく敵を倒すことに憧れます。しかし現実では5階のボスさえ倒せない。なので彼らはあきらめてパーティーを組んで先に進むんです。そんな彼らや僕にとって、10年以上ソロでいることを諦めずボスに挑み続けている、同時に若手たちの手助けもするゆーさんは、諦めた夢や憧れそのものなんです」
「・・・・」
まさか自分がそんな風に思われているなんて思いもしなかった。
てっきり『10年以上5階にいるイカレたおっさん』が俺に対する認識だと考えていた。
「ゆーさんがボスに挑むときにみんなが応援しに行くのは、自分たちが見た夢を、ゆーさんが意地を貫いてボスを倒す瞬間を見たいからなんです」
うれしくて・・重い話だ。
その期待に応えるには、俺はまだ足らない。
頑張りたいと思うが、俺の背後には現実という壁が迫ってきている。
「・・ちょっと酔いが回ったみたいですね。熱くなりすぎました。今日はもう帰ります。」
俺が言葉を返せないでいると、レンがそう言って立ち上がった。
「タクシー呼ぶか?」
「酔い覚ましに歩いて帰ります。今日はごちそうさまでした」
レンは荷物を持って玄関を出ていく。
足元はふらついていないので大丈夫だろう。
残された俺はレンの言葉を思い返し、リビングの壁に飾っておいた剣を取る。
鞘から抜いた剣は使い込まれて引退したが、捨てる気にはなれずに磨いて飾っておいた。
冒険者資格を取った時にもらったショートソードだ。
あの頃の俺は今の俺になんて言うだろうか?
答えのない問いは、見つめつづける刀身に吸い込まれていくようだった。
本日最後の投稿です。
いよいよ明日にはタイトル詐欺が終わりそうですw