第三話 小林 蓮司
声をかけてきたのは小林 蓮司だ。
大学卒業後に冒険者になった男で、今や『ファースト』最前線を攻略しているパーティーのリーダーだ。
茶髪で女受けしそうなイケメンだがチャラくはなく、ダンジョン内で困っている人がいたら助けていく、精神的にもイケメンな男だ。
「レン。今日は潜ったのか?」
「いえ明日からの予定ですが、前乗りして上野をぶらついてました」
レンの家は埼玉にある。日本には10のダンジョンがあるが、東京周辺であればここが一番近い。
なので車に装備品を載せてこっちまで来ている。ちなみに冒険者専用の駐車場があり、無料で使える。
「もう宿は取ってあるんだよな?」
「もちろん。いつも使ってるビジネスホテルを」
「じゃあ俺はもう上がりだし、飲みにでも行くか?」
「いいですね! あ、せっかくだしゆーさんの家で飲みません?」
宅飲みか。たまにはそれもいいか。
ちなみに俺の家はここから近い。歩いて10分ほどの近所だが、装備品が重いので一応車できている。
「わかった。じゃあ、買取りを済ませてくるからちょっと待っててくれ」
「わかりました」
一旦レンと別れて、買取りの窓口に向かった。
窓口は3つあり、幸い一つが開いている。
「買取りおねがいします」
「ゆーさんこんばんは。今日もお疲れ様です」
人懐っこい笑顔で挨拶してくれる受付嬢。
彼女は近藤さんという高校生のバイトだ。施設内の食堂で夕食を食べる時にたまに一緒になるので、よく話をする。
去年からここで仕事をしており、将来は冒険者になるべく両親を説得中だそうだ。がんばれ。
「近藤さんもお疲れ。それじゃあ、これお願いね」
「はい、お預かりします。こちらの番号札87番でしばらくおまちくださーい」
彼女はそう言ってカウンター裏にある作業台に買取品を持っていく。
そこには別の職員がいてその人が鑑定することになる。
ちなみに国営ダンジョンの施設なので、裏方の人たちはみんな公務員だ。接客の仕事だけバイトを雇っているそうだ。
5分ほど待っていると、87番の呼び出しアナウンスが流れた。
「ゆーさん、お待たせしました。今回の買取金額は合計で1万5674円ですがよろしいですか?」
「おっけーだ。それで頼む」
近藤さんのもとに向かうと買取明細を出され、金額が告げられる。
俺の一日の収入は大体こんなもんだ。もちろんこの仕事は収入が上下することは結構あるが、年収としては400万円前後になる。
「ではこちらをお受け取りください」
近藤さんはトレーにお金を載せてこちらに出してくる。
それを受け取り、財布にしまう。
「近藤さん、今日もかわいいね」
「しってまーす。ゆーさんもかっこいいですよ」
「『ファースト』のディカプリオとでも呼んでくれ」
「よ、ディカプリオ!」
「ごめん・・恥ずいんでやめてください」
と、いつもの言葉遊びをしてから窓口を後にした。
レンを探すと買取り窓口近くにある電子掲示板を見ている。
「お待た。何かいい情報でも?」
「特にはないですね。時間つぶしに買取強化の素材を見ていただけなんで」
ラノベのギルドといえばクエストが付き物だが、現実にはそんなものはない。
何しろダンジョン外の事はギルドには関係ない。困ったことがあれば警察なり役所に行けばいい。
ダンジョン内にしても頼まなくても冒険者が魔物討伐や素材採取をしてきてくれるので、クエストを出す必要はない。
ただ、人気で品薄になるものに関しては買取強化され買取金額が上がる。
俺も掲示板の買取強化リストを見ると、大体いつもと同じラインナップだった。
まずはオークとミノタウロスの肉。
現在『ファースト』で魔物の肉をドロップするのはこの二種類だけ。
倒した魔物が一体丸々肉にできるのではなく、倒した魔物が消滅するときに確率で素材や肉をドロップする。そして肉はドロップするときに約100gほど紙に包まれて現れる。
肉は入手量が少ないのだ。それなのに一般的に出回っている牛肉や豚肉よりも美味い。
消費に供給が追い付いていないということだ。
しかもすべての冒険者が肉を買取に回すわけではない。自分たちで食べてしまうパターンも多い。
そのために買取りが高くなっている。
他にはダンジョン内にしか存在しない鉱石類。
例えばミスリル・ダイリチウム・ヘビーチタンなどだ。
これらは冒険者の装備品に使われそうだが、ほぼそんなことはない。採取される量が少なすぎて現実的ではないんだ。
見た目の美しいミスリルで鎧なんか作ろうものなら、数千万円はかかるかもしれない。
しかも採掘にしてもほぼ人力だ。つるはしかバッテリー式のブレーカーを使い、外に運び出すにも台車などで押していくしかない。
一応それを専門に行う冒険者パーティーもあるが、俺からすればいつの時代の刑罰だよとしか思えない。
そういった供給の追い付かないものは買取りが高くなる。
けど、俺も鉱石はともかく肉がドロップしたら持って帰っておいしく頂くだろうな。
「代り映えしないラインナップだな」
「そうだ! 僕今日ミノ肉持ってきたんですよ。前回大量に持って帰ったんですが、余ったんで買取りに出そうかと。せっかくだしそれですき焼きでも――」
「すぐ帰るぞ。今日の酒は俺のおごりだ」
魔物の肉は腐らない。これは魔力をたくさん帯びているかららしい。
またダンジョン内は魔力が充満しているので、持って行った食べ物も結構日持ちしてくれる。
とりあえず職員から買取りに出せと言われる前に、酒や食材を買って帰ろう。