第三十五話 水辺のみーちゃん
というわけでテントが完成した。
ドーム型のテントで、俺とみーちゃん二人なら余裕で入れる。
さらには二人分のローチェアーを組み立て、テーブルもセッティングする。
基本的なモノはこれで完成だ。
昼はバーベキューをするが、大きなグリルは使わずに卓上コンロを使う予定だ。
「ふぅ、とりあえずこんなもんだな」
作業してのどが渇いたために、俺はクーラーボックスからスポーツドリンクを取り出す。
「みーちゃんも何か飲むか?」
「おれんじじゅーすがいいの」
みーちゃんはオレンジジュースが好きだ。水の精霊だから水がいいというわけではないようだ。
俺は500㎖のペットのオレンジジュースをみーちゃんに渡す。
「飲みきれなかったら、またクーラーボックスに入れておけばいいからね」
「わかったの」
そう言ってみーちゃんはくぴくぴジュースを飲む。
両手でボトルを持って少しずつ飲む姿を見てると、なんだか癒される。
そして満足したのか、ぷはぁと言って口を離す。ちなみに五分の一も減ってない。
「やっぱりおれんじじゅーすはさいこうなの」
「・・そうだな。オレンジジュースは美味いよな」
なんというか、こうしてみると本当にただのちみっ子だ。
まあかわいいのだからちみっ子でいいのだろう。
仮にみーちゃんが大人サイズだったとして・・いろいろ困ると思う。
大きなみーちゃんを肩車してる画、大きなみーちゃんと一緒に寝てる画。
・・アウトだ。
「じゃあ、そろそろ水辺に行ってみようか」
「まってましたなの!」
みーちゃんは飲みかけのオレンジジュースをいそいそとクーラーボックスにしまい、俺の手を取って歩き出した。
俺もそのままみーちゃんの手を握って水辺に向かう。
と言ってもほぼ目の前なので、すぐに到着する。
「きれいな湖だな。結構澄んでる」
「そうなの。あっちのいけもわるくないけど、ここにはかなわないの」
あっちの池とは不忍池の事だろう。
まあ、あっちはあくまで池だし、水質保持のためにJRや京成の地下ホームから湧水を汲み上げて放流していたはずだ。
環境保全のために人の手が多くかかっている。もちろんこれはいい事だと思う。
ただみーちゃん的にはより自然な方が好きなのだろう。
「きっとここなら、みーちゃんはふるぱわーをだせるの」
「ほう、具体的には?」
「みずのたつまきとか、おおつなみとか」
「少なくともダンジョン以外では使わないでね」
こんなところで使われたら大惨事だ。
どうやら水の精霊なのはダテじゃないようだ。
と、みーちゃんはぱしゃぱしゃと水に入っていく。
といっても、脛ぐらいまでの浅いところだ。
「ゆーちゃん、きもちいいの」
「あんまり深くまで行かないようにな」
「だいじょうぶなの。みずのせいれいはおぼれないの」
そりゃそうだろう。水の精霊が溺れるとか・・
そんな状況をイメージするが、シュールすぎる。
俺が心配したのは溺れることではなく、目立つことだ。
服を着たままの女の子がざぶざぶ水の中に入っていくなんて、さすがに騒ぎになる。
別にみーちゃんが精霊である事を隠したいわけじゃない。
ただ事情を知らない人間からすれば、通報クラスの出来事になりかねない。
「ほんとうはみずにもぐって、もっとたわむれたいの」
「んー、夜中にこっそりやるなら大丈夫かな?」
「いいの。これだけでもじゅうぶんきもちいいの」
苦労を掛けるねぇ。いっぱい美味しいものを食べさせてあげるからね。
とりまBBQだな。デザートにはいつもの豆大福も持ってきてる。
ある程度準備したら、杏ちゃんを誘いに行ってみるか。
今は十時半。もう少し遊んだらBBQの準備をしよう。
「ゆーちゃん、ぼーともうかんでるね」
「ああ、釣りをしてる人がいるみたいだな」
「おひるごはんにたべるのかな?」
「いや、たぶん釣れたら逃がすと思うよ。ここら辺の魚は食べるのには向いてないと思う」
キャッチアンドリリース。スポーツフィッシングだな。
釣りはほとんどやったことがないが、どうせやるなら海釣りがやってみたい。
「たべないのにつるなんて、へんだね」
「んー、まあ俺も釣るなら食べられる魚の方がいいけど、あの人たちは釣り上げることが好きなんだろうね」
趣味なんて人それぞれ。人の価値観を否定しても仕方がない。
・・アレンで学んださ。
「みーちゃんは釣りは嫌い?」
「よくわかんない。さかなをとるなら――」
みーちゃんが手を水面に向ける。
するとバスケットボールほどの水が水面から浮かび上がる。
その中には魚が泳ぎまわっている。急に水面から出て驚いてるようだ。
「こうすればとれるの」
「これは釣り・・いや漁?」
とりあえずみーちゃんに釣りの楽しさを説明するのは難しそうだ。
しばらく水辺で遊び、俺たちはサイトに戻ってきた。
みーちゃんは水に濡れたが、すでに魔法で乾燥済みだ。ダンジョンの外でも魔法が使えるのは便利だ。
さて、BBQの準備を始めよう。
まずは食材の準備だ。
と言っても、野菜は家で切ってきた。肉にも下味をつけてある。
やることと言ったら、ビニール袋に入っているそれらを皿に盛りつけるだけだ。
キャンプ飯に手間をかけて豪勢な料理を作る人もいるが、そういうのは俺は家でやる派だ。
簡単に楽しく。不便を楽しむ。
それが俺のキャンプのポリシーだ。




