第二十七話 想いの花
大変お待たせしました。
ここで今回の話を終わらせるために書き続けたら、いつもの三倍近いボリュームになってしまいました。
またあれこれ伏せすぎていたために、自分でもしょっちゅう時系列を確認しながらの執筆になり反省点です。
次からはしばらく笑い話を書きたい・・
地上に出て、その足で高倉さんの部屋に向かった。
これからの予定を調整するためだ。
みーちゃんはやはり女性職員に連れ去られた。
「見事に入手したようだね」
「ええ、これを見つけた冒険者も快く譲ってくれました」
「誰かのために動けるのはやはり日本人の美徳だと思えるよ。お金だけが全てではないと改めて教えられた気持ちだ」
まだ30過ぎの俺だが、昔の日本はまさにそんな感じだったと思う。
困っている人がいれば『どうしました?』と声をかけ、めでたいことがあれば町内みんなでお祝いしたり、悲しい時には共に涙を流してくれたり。
俺よりも年上の高倉さんなら、なおの事そう思うだろう。
ここの冒険者たちはまさにそんな人たちが多い。
もちろん今回参加してくれた冒険者は全体の一部でしかない。参加したくとも自分の生活を優先した人たち、あるいは参加する気のなかった人たちもたくさんいただろう。
その人たちを責めるのは当然お門違いだ。
だが逆に参加してくれた人たちに、良き日本人の心を見ても構わないだろう。
俺はきっといい国に生まれたんだ。
「では、早速先方に連絡を取ってみよう。ちなみに本城君はいつでも大丈夫かね? 出来るだけ先方に合わせたいのでね」
「いつでも大丈夫です。お任せします」
「わかった」
そう言ってた高倉さんはメモに書かれた電話番号をプッシュしていく。
数コール位してからだろうか、向こうが電話に出たようだ。
「もしもし私、上野のギルドハウスの責任者をしております高倉と申します。崎守様のお宅でお間違いないでしょうか?」
高倉さんはそのまま話を進めていく。
話はつつがなく進み、特に問題はないようだ。
「では明日お持ちしております。失礼いたします」
そう締めて、高倉さんは電話を切った。
「明日ですか?」
「ああ、明日の十五時だ。初対面の人を自宅に入れるのは怖いだろうから、こちらに来てもらうことになった」
「わかりました。ではまた明日こちらに来ます」
「ああ。それと『自由な人生』の人達にはこちらから連絡しておくよ」
「お願いします」
そうと決まれば今日は早めに寝て疲れを取ろう。
だがその前に夕食だな。だいぶ遅い時間になってしまった。
みーちゃんは職員さんからお菓子をもらってるだろうから、もうちょっとは我慢できるだろう。
とりあえず今日はここの食堂で済ませるとしよう。
翌日。
俺や『自由な人生』のリーダーの葛西さんは、十四時半には高倉さんの部屋に集まっていた。
本当は他のメンバーも来たかったそうだが、こちらの人数がいっぱい居ては話しにくいだろうとの葛西さんの配慮だ。
「葛西さんは面識があるんだっけ?」
「ええ、近所に住んでいたので知り合いではあります」
そうか。知り合いでは彼の事を伝えるのはつらいだろう。
そもそも昨日は眠れなかったのか、目にクマも出来ている。
「彼の一家はとても家族仲が良かったのは知っています。特にご夫婦は休みの日はよく二人で散歩したりしてました。親から聞いた話では、町内でも有名なおしどり夫婦だったそうです」
「そうか・・」
「だからあいつからお母さんが重い病気にかかったと聞いたときはショックでした」
そこが彼の――崎守 浩人の冒険者としての始まりだったようだ。
今年で冒険者になって二年目。
『自由な人生』に手助けしてもらってたとはいえ、二年で地下8階をソロで戦えるというのは、将来有望だ。自分を過信さえしていなければ・・
プルルル・・
高倉さんのデスクの内線が鳴った。
高倉さんはすぐに取り、部屋まで案内するように頼んだ。
いよいよか・・
俺たち三人は立ち上がり、部屋のドアの前に並ぶ。
「とりあえず、まずは私が話そう。君たちは必要に応じて話に入ってくれ」
『わかりました』
高倉さんの言葉に俺たちは頷いて返事をした。
そして間もなく目の前のドアがノックされる。
高倉さんが自らドアノブを回して開いた。
目の前にいたのは二人。壮年の男性と二十代の女性だ。
「ようこそおいでくださいました。責任者の高倉と申します。こちらの二人は冒険者の本城君と葛西君です」
「初めまして。私は崎守 和人、こっちは娘の浩美です。勇樹君だったな。久しぶりだね」
「ご無沙汰してます」
勇樹というのは葛西さんの名前だ。覚えていたらしい。
ひとまず高倉さんは全員を席に着かせた。
ただ、切り出してきたのは和人さんからだった。
「それで、息子に関しての電話では話せない事というの・・あいつここのところ全く連絡が取れずに、親不孝をしよって・・」
「親不孝ですか?」
連絡が取れないだけで親不孝というのはどうかと思ったのか、高倉さんが聞き返した。
「ええ、実は先日妻がなくなりまして・・容体が悪化した時も連絡したのですが、やはり繋がらず・・」
俺たち三人は思わず顔を見合わせた。そして葛西さんは耐えきれずに嗚咽してしまう。
そんな様子を見て何かを察したのか、娘の浩美さんが声をかけてきた。
「もしかして浩人に何かあったのですか!?」
身を乗り出して詰め寄ってくる浩美さん。
そして高倉さんがここで二人に話し始めた。
「落ち着いて聞いてください。浩人君が六月頭にダンジョンに入ってから、外に出た形跡がありません。アパートにも帰っていないそうです。100%とは言い切れませんが、おそらくダンジョン内で死亡したものと思われます」
一瞬、二人は理解できなかったようで、何を言っているんだという顔をした。
だがすぐに事態を飲み込みだし、姉は顔面蒼白になり、和人さんは食って掛かってきた。
「死んだなんて証拠はあるのか! 100%ではないのだろ!」
「もちろん浩人君が二か月間ダンジョンで生き延びている可能性はゼロではありませんが・・彼がその時ダンジョンに潜っていた理由を知ると・・」
「理由だと? そういえば勇樹君。浩人は君のパーティーに入ったんだろ? 何故一緒にいないんだ!」
このままでは葛西さんに矛先が向いてしまう。今の葛西さんはまともに話せないだろう。
ここからは俺が話そう。そう思いそれを取り出す。
「それも含めて全てここに書かれています。そもそも浩人さんが亡くなった可能性に気付いたのは、これをダンジョン内の宝箱から発見したからです」
「何だねそれは?」
「浩人さんの日記です。ダンジョンに潜ってる間も書いていたようですね。そして、彼の持ち物が宝箱から発見されたために死亡した可能性が高いと判断されたのです」
ダンジョンで死亡した場合はその人の持ち物が宝箱に配置される。
それを教えると、浩美さんは現実を受け入れたのか泣き始めてしまった。
「申し訳ありませんが、中は拝見させてもらいました。そしてどうか五月二十八日の部分を読んでもらえますか」
そう言って俺は日記を和人さんに手渡した。
和人さんはそれを受け取るが、すぐに落としてしまった。
よく見れば手が震えている。和人さんも事態を受け入れ始めたのかもしれない。
「五月二十八日・・」
拾い上げた日記を広げ、震える指先でページをめくっていく。
そこには浩人君の優しい思いが綴られていた。
『五月二十八日 両親の結婚記念日が来月に迫った。
去年は姉経由で花束を贈ったが喜んでもらえなかったのか、姉の分しか花は飾られてなかったらしい。さすがにまだ冒険者になったことを怒っているんだろう。
なので、今年は頑張ってフラワージュエルを手に入れようと思う。可能性は低いだろうが、買うだけの花束よりも頑張って手に入れた物の方が、一人前の冒険者になったと認めてもらえるかもしれない。
さすがにこんな個人的な事にパーティーのみんなを巻き込むわけにはいかないから、明日葛西さんにしばらく単独行動することを伝えよう。
出来れば父さんにわがまま言って冒険者になった事を謝りたい。
そして冒険者を続ける事を認めてもらいたい。
また家族四人で仲良く笑い合いたい。
そう思えばやる気も出てくる。きっとフラワージュエルも手に入る!
明日からはそのための準備だ。がんばろう。』
再び床に落ちる日記。
今度こそ受け入れたのか、和人さんが号泣し始めた。
今度は隣に座る浩美さんが内容が気になったのか日記を拾い上げ、泣きながらも日記を読み始めた。
「違う・・違うんだ・・」
「和人さん?」
泣きながらも顔が真っ青になっている和人さん。その顔は酷い後悔の表情だ。
「お前が送ってくれた花は・・プリザーブドフラワーにして私たちの部屋に飾ってあるんだ。お前がいつか帰ってきたときに花を見せて礼を言うために・・俺もあいつも、お前が結婚記念日を祝ってくれるのを喜ばないはずないだろ・・」
プリザーブドフラワー・・確か花を長期間持たせるために加工する技術だったか。確かにそれなら浩人君が帰ってくるまで取っておけただろう。
それを本人が知っていれば、今年フラワージュエルを取りに行こうとはしなかったかもしれない。
日記の内容から浩美さんもプリザーブドフラワーの事は聞いてなかったのだろう。
「お前が謝る必要なんかなかったんだ。意固地になって反対してた私が謝るべきだったんだ。お前は家族のために行動してきたのに・・」
日記の最後の日付は六月三日だった。
彼は次の日、昼過ぎまで狩りをしてから補給に戻る予定だったそうだ。
だがそこで疲労か油断か、ともかく彼は魔物にやられてしまったのだろう。
俺はポケットからフラワージュエルを取り出す。
「和人さん。これが彼が手に入れようとしてたフラワージュエルです。浩人君は手に入れられませんでしたが、彼の弔いの為に多くの冒険者が集まってこれを手に入れてくれました。どうか受け取ってください」
そう言って彼の目の前のテーブルに置く。
が、和人さんはそれを手にしようとはしない。
「私にはそんな資格はありません! 私のせいで浩人を死なせたようなものだ。どうして受け取ることができる!」
泣き叫びながら声を荒げる。
自責の念でいっぱいの彼の心中は察するが、受け取らないなんて選択肢はない。
「資格がないなら義務でもいい。浩人君の想いの詰まったこの宝石をあなたは受け取らなきゃならないんだ!」
和人さんはうなだれ、ゆっくりとフラワージュエルに手を伸ばす。
そして手に取り顔の前に持ってきて、涙の溢れる目でフラワージュエルを見つめる。
「・・きれいだ。今まで見たどの花よりも・・きれいだぁぁ・・」
持っているフラワージュエルを握りしめて、和人さんは再び号泣するのだった。
「今日はありがとうございました」
和人さんと浩美さんが頭を下げてお礼を言ってくる。
あれからしばらく泣き続けた二人は、自分たちがやるべきことを知ったのか帰ると言い出した。
「どうかお気を落とさずに。フラワージュエルが崎守さんの手に渡ったのに悲しんでいては、浩人君も浮かばれないと思います」
「ありがとうございます。心の整理をつけるには時間がかかると思いますが、まずは浩人を供養してやるのが最初だと気づきました」
高倉さんの言葉にそう返す和人さん。
奥さんと息子をほぼ同時に失ったようなものだ。浩美さん共々その心は悲しみで溢れているだろう。
「本城さん。あなたがこの日記を見つけてくれなかったら、浩人は行方不明のままで終わってしまってたかもしれない。ちゃんと弔ってやれるのも、こうして遺品が戻ってきたのもあなたのおかげだ。ありがとう」
和人さんが手を差し出し握手を求めてきた。
俺はその手を握り返してから告げる。
「気休めにしかならないと思いますし、あくまで仮定の話ですが・・浩人君は去年花を喜んでくれたことを知っていたとしても、今年フラワージュエルを取りに行ったかもしれません」
「え、何故だい?」
「彼が冒険者だからです。去年のプレゼントを喜んでくれた。今年はフラワージュエルを狙えるまで成長した。今年は去年よりも喜んでもらおうと頑張ってみよう。そう思っても不思議ではありません」
「・・そうかもな」
「きっと今は奥様にフラワージュエルを届けに行ってると思いますよ」
「そうだな・・きっと向こうで二人は再会できてるよな・・」
再び涙で目をにじませる和人さん。
浩美さんも日記を抱えながらうつむいている。
「勇樹君。どうか君は、君たちは無事に冒険者を続けてくれ。親御さんを悲しませるんじゃないぞ」
「はい。浩人の想いも連れて冒険者を続けていきます」
葛西さんも和人さんと握手をしてそう約束する。
そして二人は帰っていった。
「おつかれさま二人とも」
「高倉さんこそお疲れ様です」
「私は大したことしてないよ。本城君が頑張ってくれたからね」
「そうですよ。俺なんて泣くことしかできなかったんですし・・」
仲間の死はいつだって悲しいものだ。慣れるものではない。
さっき葛西さんが言っていたように、浩人君の魂は彼らと共に生き続けるだろう。
「二人とも今日はゆっくり休んでな。なんなら酒でも飲むといい」
「そうですね。それもいいかも」
俺と葛西さんも部屋を辞した。
葛西さんは仲間たちに報告するためにここで別れた。
一階に戻ると俺の姿を見つけたみーちゃんが駆け寄ってきた。
「ゆーちゃん、かなしい?」
俺を見たみーちゃんが、俺の服の裾を引っ張りながらそう聞いてきた。
「大丈夫。だいじょうぶだよ」
俺はそうみーちゃんに言いながら、その体を抱きしめて・・
しばらく泣き続けた。
感想などで、情報を伏せすぎ、または伏せてるけど簡単にわかってしまうなどのご意見を頂きました。
これはひとえに私の技術不足によるものです。
この話を書いていくことで自分も成長していきたいと思います。
遅筆や誤字脱字、内容がうまく伝わってこないなどたくさんのご意見もあると思います。
どうか長い目で見ていただけるなら、これからもよろしくお願いいたします。




