第二百八話 青い森のギルマス
福寿荘にはすでに連絡してある。明日には東京に帰ることも前回の宿泊時に伝えた。
さっさと向かって最後の温泉を楽しむとしよう。
ってなわけで車を走らせて福寿荘へ到着。
明日のためにも今日は深酒は禁止だな。代わりに美味い飯を堪能しよう。
「こんにちわなの!」
みーちゃんの元気な挨拶で宿の玄関をくぐる。
奥からすぐに女将さんが出てきてくれた。
「いらっしゃい。今回もちゃんと帰ってきたね」
「ええ、収穫もバッチリでしたよ。これよろしかったらどうぞ」
おすそ分けで今回収穫した貝類と海苔を女将さんに渡した。
ぜひ康介さんと美味しく召し上がってほしい。
「ありがとうね。部屋はいつものところだから夕飯までゆっくりしててね」
そう言って部屋の鍵を渡してくれた。
ここに泊まるときは俺達専用となっているいつもの部屋だ。
もはや部屋に入ると安心感を感じるほどに馴染んでいる。
俺達はそのまま部屋に直行して、畳の上にごろ寝をした。
「やっぱ畳はいいな〜」
「・・ゆーちゃんみっともないわよ」
「そう言いながらちーちゃんもやってるじゃない」
「みんなでごろごろなの」
広い部屋で大の字になって畳を満喫する。
床に転がってこんなにリラックスできるなんて日本に生まれてよかった。
ただこのままだとちみっ子達が俺の腕枕で寝てしまうので、キリの良いところで起き上がり温泉に行く準備をする。
「・・ゆーちゃんはほんとに温泉が好きね」
「可能なら毎日入りたいさ」
「みーちゃんがんばれば、おうちのおふろもおんせんにできるの」
・・何ですと?
さらりととんでもない事を口にしたみーちゃん。それは俺だけじゃなく日本人の夢だぞ。
「確かにみーちゃんになら出来るね」
「そうなの。いちじかんくらいくらいかければおんせんにかえられるの」
一時間かぁ・・
たしかに凄いがさすがにそれはみーちゃんの負担でしかないな。
みーちゃんなら喜んでやってくれるのかもしれないが、申し訳がなさすぎて堪能できる気がしない。
「やってもらいたい気持ちはあるが、それであれば入浴剤を入れたほうがお手軽だ。気持ちだけ受け取っておくよ」
「はいりたくなったらいつでもいうの。ゆーちゃんのためならあさめしまえなの」
可愛いちみっ子め。とりあえずぎゅーっと抱きしめておこう。
羨ましそうに見ている後の二人もせっかくなのでハグして、みんなで温泉に向かった。
男女別に分かれて、服をぱっと脱いで浴場へと向かう。
すると珍しいことに先客が温泉に浸かっていた。
俺もかけ湯をして温泉へと入る。
「こんにちは」
「やあ、こんにちは。いい湯加減ですね」
マナー程度に挨拶したところ、向こうも笑顔で挨拶を返してくれた。
白髪の男性で、六十代くらいだろうか。どこにでもいるおじいさんといった感じだ。
「もしかして本城さんですかな?」
「え? ええ、そうですが・・」
見知らぬおじいさんに名前を呼ばれて驚いてしまう。
何処かで会ったことがあったか?
「失礼。私は青森のギルドでギルドマスターをしています高円寺と申します」
「青森のギルマスでしたか」
会ったことなどありませんでした。こっちは記憶力に自信がなくなってきているお年頃なんだ。
高円寺さんはもしかすると水神社の視察に来たのかな?
「水神社に起きていた異変が解決したと聞きましてね、温泉に入るついでに見に来たんですよ」
そこは逆にしたれや。たしかに温泉は気持ちいいが青森だって温泉天国だろうに。
「本城さんのお顔は例の動画で拝見してましたので。青森の掲示板でも毎日流れてますよ」
「そうでしたか。お恥ずかしい限りで・・」
「いえいえ、うちの冒険者達や観光客からも評判は上々ですよ」
ちみっ子達の方に目がいって、俺の顔なんか記憶に残らないんじゃないかと期待してたんだがな・・
しっかりと全国区になってしまったようだ。
「こっちのギルマスの宮本君に本城さん達が頑張ってくれたと話は聞いてますよ」
「ちょっと解決する手段に心当たりがあっただけですよ。偶然みたいなものです」
「偶然であれ必然であれ、ダンジョンを救ったのですから凄いことですよ。よかったらそのうちこちらにも遊びに来てください。職員も冒険者達も喜ぶことでしょう」
俺達は芸能人じゃないんだがな・・
まあいずれは青森にも行くかもしれん。俺の前任のギルド会長だった、山さんこと山口さんにも会えるかもしれないしな。
「機会があったらそちらのダンジョンに潜りに行かせてもらいますね」
「お待ちしてますね。では私はこのへんで。今日中に帰らないとなりませんので」
そう言って高円寺さんは風呂場を出ていった。
ここって日帰り温泉もやってたのか。宮本さんに会ったときにここを進められたのかな?
まあ行くとしてもこれからの季節は無しだな。暖かい季節にしたい。
一人になった温泉で俺はのんびり今後のプランを考える・・事をやめてだらけた。
その後は特筆することもなく、夕飯時に女将さんと康介さんが酒を持って乱入したり、俺が朝風呂で眠って遅くなりちみっ子達に怒られたりと特筆することは全くなく、帰る時間となった。
チェックアウトを済ませて車に乗り込む前に女将さん達に挨拶してるのだが・・
「本城さん、また遊びに来てくださいね。今度は船で沖に出て一緒に釣りでもしましょう」
「ちみっ子達も元気でな」
何故か如月さんとヤスが居た。
あんたらは朝早かったんじゃないのか?
「今朝ギルマスから聞いてな。見送りくらい行こうってキサが言い出したんだ」
「馬鹿野郎、当然の事だろうが。どれだけお世話になったと思ってんだ」
朝早い二人はこの時間は元気だな・・
まあ見送りに来てくれたのは嬉しいさ。
「二人も頑張ってうまい魚を捕り続けてくれ。ヤスはちゃんとトイレ掃除やるんだぞ」
「もう終わってるわ!」
「俺達はこれからも今まで以上にダンジョンに感謝しながら漁をさせてもらうよ」
「来年からはダンジョンを復活させてくれた日に祭りを開催することにもなってる。これからもずっとダンジョンを大事にするさ」
ヤスの言う通り、一度は消滅の危機に陥った水神社だ。きっとここの人達は今まで以上に水神社を大事にすることだろう。
俺から言わせればダンジョンは大事にするよりも楽しむものなんだがな。
「じゃあみんな元気で」
「ばいないなの!」
「・・また来るわね」
「ご飯美味しかったよ!」
俺達は車に乗り込み東京へ向けて発車した。
ちみっ子達は窓から四人に手を振り続け、ミラーを見れば四人もこちらに手を振り続けている。
角を曲がって姿が見えなくなるまでそれは続き、ようやくちみっ子達は窓を閉めた。
「いざおうちへなの!」
「帰ったらまずは掃除からだなぁ。いや流石に明日に回すか」
「明日出来ることは明日でいいんだよ」
「・・ゆーちゃんはもっとのんびりして私達と遊ぶべきよ」
・・充分のんびりしてるつもりなんだが。
まあたまには一日中ちみっ子達と遊ぶのもいいかもしれない。
昨日温泉でフラグのような出会いをしたが、フラグクラッシャーな俺はしばらく地元で楽しくやるぜ。
そのためにもまずは安全運転で東京まで帰りましょう。




