第百九十七話 献身の理由
この日は昼過ぎまで海水浴を楽しみ、地上に戻って福寿荘にお世話になった。
海水浴からの温泉ってのも良いものだな。これまでは遅い時間にチェックインしていたので滞在時間も短かったが、余裕を持って行けばその分温泉を楽しむ時間も増えるってもんだ。
康介さんにはドロップしたウナギのパックをお裾分けしておいた。いつも美味い飯を作ってもらっているしな。女将さんと飯にでも晩酌にでも楽しんでほしい。
ってなわけで次の日。
今日の予定は地下六階。ポータルを起動させることからだ。そしてそのままその階の探索だ。
地下六階からは川フィールドになる。海とは違った楽しさがあるだろう。
俺達は意気揚々と水神社へと向かった。
だが、いつも通りに車をを駐車場に入れたときに違和感を感じる。
「いつもより車が多いね」
「言われてみればそうだな」
ふーちゃんの言う通りいつもはがらがらだった駐車場だが、今日は十台ほど止まっている。まあそれでもがらがらだが。
別に気にすることもないかと車を降りて水神社に向かうと、やはりまばらに人がいるのを確認できる。
「そうか、昨日から漁が再開したんだったか。それで人がいるんだな」
人がまばらなのは漁港としては遅い時間だからだろう。
現在は十時過ぎ。漁に出るのは真夜中だし、当然出荷も朝早い。
早朝に来ればダンジョンから出入りするトラックの列が見れたかもしれないな。
まあそれをするくらいなら朝風呂に入るのだが・・
「・・これでようやく元通りね」
「だな。俺達も探索に専念できるってもんだ」
そういえば昨日のうちに魔石の換金に行ってれば、漁の再開に関しての情報も手に入ったかもな。
めんどくさいから最終日にまとめて持っていこうとしたのが仇となったかも。
とはいえ知るのが一日遅れたから何だって話でもある。
「さあ今日からは六階だ。新たなフィールドが俺達を待ってるぜ!」
「もう少しこの状況に感動してくれてもいいんじゃないかな・・」
不意にかけられた言葉に後ろを振り向くと、ツナギを着て長靴を履いた宮本さんがいた。
いつもはスーツ姿なので違和感バリバリだ。
「えっと、漁の再開おめでとうございます?」
「なんで疑問形なんだい? めでたいことだよ。こうして水神社での漁や出荷を見守れるようになったんだから」
「ってことは朝早くから水神社に入ってたんですか? ギルドでの仕事もあるのに大変でしょう」
この人は一体何時間仕事をするつもりだ?
それともここのギルマスの仕事がブラックなだけか?
「心配いらないよ。漁を見るのは仕事だが毎日じゃないし、その日はちゃんと早めに上がることになってるから」
「そうでしたか。何故か宮本さんはいつもハードワークな気がしまして・・」
前に聞いた話では、ここに赴任してきたときからかなり無理して働いていたと聞いた覚えがある。
被災地のために頑張ろうとしていたのかもしれないが、倒れるまで働くのはどうなのだろう。
「・・私はね、子供の頃は石巻に住んでいたんだよ」
あ、昔語りが始まった。
まあ気にはなるんで聞いておきましょうか。
「もともとは東京に住んでいたんだけど小さい頃に両親が離婚してね、母方の実家がある石巻に預けられたんだ。家には祖父母と叔父夫妻が住んでいて、叔父夫妻には子供がいなかったからとても可愛がってもらったんだ」
重い話ですな・・ウチらこれからダンジョンに潜るってのに。
「私は順調に大きくなって大学を出てダンジョン庁に入って出世して、高倉さんの後釜としてファーストのギルマスに着任する予定だった・・あの日まではね」
大震災の日か・・
この人も大切な人達を亡くしていたんだな。
「電話しても全く繋がらず、有給を取って現地に駆けつけたら・・何も無かったよ。街がキレイに消えていたんだ。人も建物も思い出もね。そこに居た人達と一緒に泣き崩れることしか出来なかった」
さすがに茶化すことの出来ない空気に、ちみっ子達も静かに話を聞いている。
俺も言葉を挟まずに話を聞き続ける。
「失意の中東京に帰ったが、数日後にビッグニュースが耳に入ってきた。そう、水神社の出現だ。それを聞いた私は一も二もなくギルマスに立候補したよ。目をかけてくれていた高倉さんには申し訳ないことをしたが、それでも頑張ってこいと送り出してくれた。ギルドハウスを建てるくらいならそのお金を支援に回してもらいテント一つで始まったギルドだが、何も気にならなかったな。体を壊して倒れたときにはみんなは復興のために頑張ってくれていると言ってくれたが、私は働くことで悲しみから目を逸らしていただけなんだよ」
前に高倉さんから話を聞いたときにはファーストのギルマスの椅子を蹴って東北復興の力になるためにこちらにきたと聞いて、立派な人だと思った。
宮本さんは悲しみから逃げるために働いていると言った。ここに住んでいた過去がなければギルマスに立候補をしなかったかもしれない。だが・・
「宮本さんがどんな想いでギルマスになって仕事をしてきたとしても、実際沢山の人達が救われてきたんです。あなた以外ではこんな短期間に信頼を得て復興の助けになるなんて出来なかったでしょうよ。胸を張れなんてことは言わないが、自分が成したことを後ろめたく思うもんじゃない!」
思わず声がデカくなってしまった。
如月さん達もギルドの人達も街の人達も、宮本さんの気持ちがどうであれ、その行動に感謝して信頼しているんだ。
自分が頑張ったことを後ろ向きに捉えているんじゃ、宮本さんに付いていってる人達がかわいそうだと思った。
「自分勝手な理由でギルマスになったというのに、みんなはかまわないと言うのか?」
「むしろこれだけやっといて誰が責めるっていうんですか。せいぜい当時のダンジョン庁のお上が苦々しく思ったくらいでしょうよ」
宮本さんにそう言ってやると、苦笑いをしながらもホッとした表情になった。
誰だって聖人君子じゃないんだ。個人的な事情があったっていいじゃないか。
だから俺達も個人的な事情で、さっさとダンジョンに潜らせてください・・




