第十四話 縁
「その『カイザーナックル』を見せてほしいんですが」
そう、気になったのはカイザーナックルだった。
前腕を覆う籠手とグローブが一体化しているガントレットのようなものだ。
店員さんは一瞬『マジで!?』みたいな顔をしたがすぐに、
「わ、わかりました。ちょっとお待ちください」
と言って、ガラスケースを開け始めた。
左右一対のガントレット。全体は赤く塗装され、部分部分に金色が使われている。
カイザーと名付けただけあって力強い見た目だ。
「ではとりあえず右手のほうをどうぞ」
店員さんが右手用のカイザーナックルを渡してくる。
受け取ると、思っていたほど重くはなかった。
実際に右腕にはめてみた。あつらえたようにサイズはぴったりだ。
グローブの部分は袋状ではなく五指の表面を覆い、リングに指を通して装着するようになっている。
反対に手の平側は開いているので、道具を扱うときにも不便はないだろう。
「このカイザーナックルの素材は籠手の部分が一番内側に通気性のためのメッシュ、真ん中にジュラルミン、さらに一番外にリキッド・メタルを使っています。グローブの部分はリキッド・メタルのみです」
「リキッド・メタル?」
聞いたことがあるが詳しくは知らない。
「アメリカのダンジョンで発掘される金属で、ダイラタンシーのような特性を持つ金属です」
「ダイラタンシーって、あの水で溶いた片栗粉でやる実験の?」
テレビの科学実験のコーナーでたまにやっていたやつだ。
大きな水槽の中に大量の水溶き片栗粉を入れて人がその上に立つ。
そのままだと沈んでいくが、足踏みを続ければ足を着いたその瞬間だけ片栗粉は固まり、沈まずに片栗粉の上に立てる。
「そうです。この金属も普段は鉛のように柔らかいですが、相手の攻撃を受けた時や、こちらが殴った瞬間は固まります。固まった時の硬度は、金属の中で最も硬度が高い超硬合金と同等だそうです」
鉛の柔らかさと超硬合金の硬さを持つ金属か。確かにこのカイザーナックルにピッタリの素材だ。
指や手首の動きは全く阻害されない。
試しに両拳を握り、打ち合わせてみる。
がんっ!
まるで鉄の壁を殴ったようだ。超痛い・・
しかし痛みに悶絶しながら、ある問題点が浮かんだ。
「そうか。これを装備してたら『スラッシュショット』が死にスキルになるな・・」
剣や刀と違い、刃のないカイザーナックルではどうしようもないか。
さすがにそうなるとこいつは選択できないな。
そう思ったのだが、
「ああ、拳に装着する武器でも『スラッシュショット』は使えるそうですよ」
とびっくり情報を教えてくれる。
「元ボクサーの人達は好んでグローブやナックルを使うんですが、その中でスラッシュショットを習得した人がいたそうです。その人はグローブを装備していれば、手刀でスラッシュショットを放てることに気付いたそうです」
「マジで!?」
それって・・それって・・
あの山羊座の人の聖剣と同じような事が出来るのか!
やべえ、そうなるとこのカイザーナックル超ほしい。
俺の中でこのカイザーナックルの株がストップ高になっている。
「店員さん、これいくら?」
「本気で買うつもりですか!? 元ボクサーの人達にも勧めてみたけど、みんな籠手の部分が邪魔だと言って見向きもしなかったのに」
そりゃ元ボクサーたちはボクシンググローブで戦ってきた人達だ。
全格闘技中最速のパンチスピードを出すボクシング。
いくら籠手の部分が軽めに造られているとしても、重りになってしまう物は着けたくないだろう。
「俺はもともと左腕にラウンドシールドを着けて戦ってきたから、防御方法は似たようなものだ。それに刀や剣と違って、折れたりもしないしな」
刀が悪いわけではない。しかし俺は出会ってしまったんだ。
これは前にここで刀を買った時と同じ。
あの時はじいさんの勧めた刀に出会い、今回は孫の彼が見せてくれたカイザーナックルに出会った。
これも縁というものかもしれない。
もしこのカイザーナックルがダメになってここにまた買いに来た時、今度はじいさんから伝説の武器を勧められたりしてな。
せいぜい長く持たせるから、次来る時までにじいさんの夢の結晶を完成させてほしいものだ。
「わかりました。ではこちらは八万円となります」
「・・安すぎじゃない?」
二十万円くらいは覚悟してたのだが。
あまり安いとそれはそれで不安になる。
「これは祖父がつけた値段です。おそらくほぼ材料費だけの値段ですね」
「なぜそんな安くしたんだろう?」
「あくまで推測ですが、さっき言った通り、これらの武器は使う人を選びます。逆に言えば使える人がいるのなら原価だけで十分だから使ってほしい、と思ったのではないでしょうか?」
ロマン武器とはいえ、やはり武器。飾っておくものではなく使ってほしい。そう思うのは当然か。
他の武器たちも、いずれ使いこなしてくれる人が現れるかもしれない。
俺とカイザーナックルが縁で惹き合ったように。
いずれダンジョンでその雄姿を見せつける日を夢見ながら、相棒を待っていてほしい。
「よし、買った」
殴殺系主人公の誕生・・




