第九話 贈る言葉
決戦前にもう一話。
命をかけて戦うのは本人だとしても、その影響は周りにも与えられると思います。
上野公園の駐車場に車を止めて、装備品を装着していく。
キャリーカートは出番があるか知らないが、一応持っていこう。
『ファースト』に向かう道中は一般の人も歩いているが、ここは冒険者のメッカ。この姿をじろじろ見るのは観光客くらいだ。
ほどなく『ファースト』に到着する。
ダンジョン入り口は地下鉄の入り口のような造りになっている。これは地面に開いた階段だけだったところに、後付けで建てたものだ。
また冒険者以外が入らないように、入り口には自動改札のようなゲートがあり、警備員さんが24時間体制で立哨している。
ここの警備員さんは何人か交代で立つが、全員顔見知りだ。
今の時間は元木さんという50代の線の細いおじさんだ。
「元木さん、おはようございます」
「おはよう本城さん。今日こそボスを倒すんだって?」
なぬ? どこからその話を・・いや、レンしかいないじゃん。
「レンが言ってましたか? 口の軽い奴だ」
「まあ彼も含めてだね。中に入っていく冒険者たちが口々に君の話をしてたから」
「恥ずすぎるぅぅぅ!」
あいつはどれだけ広めてんだ! ボスよりも先に羞恥心で死にそうだ。
引くつもりはないが、これで完全に退路は断たれた。
デッド・オア・アライブ。現代日本でこんな状況が起きるとは・・
「逃げることは恥ではないよ」
俺の表情を見たのか、元木さんがそう言ってくる。
「生きるために逃げる。何もおかしい事じゃない。死んでしまってはもう戦えないんだ。もしもの時は躊躇なく逃げて次の戦いに備えなさい」
「元木さん・・」
「私はここに警備員を配置するようになった時から、常駐で仕事をしている。たくさんの冒険者を見送って、たくさんの冒険者が帰ってこなかった。仲間を失ったパーティーが戻ってくる姿は正視に耐えない。私の子供たちほどの年の冒険者が帰ってこないと、悲しみで心が張り裂けそうになる」
そうだ、ここは生死を分ける入り口。
デッド・オア・アライブは俺だけではない。ここでは常に起きているんだ。
元木さんは、いったいどれだけの冒険者を見送り悲しみに耐え続けてきたのだろう。
自分達の死を悲しむ人がいるのなら、それは他人事にはならない。
「絶対に、死んでも生きて帰ってきます」
「あはは、死ぬなって言ってるんだけどね――行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
元木さんの思いも受けてゲートを抜けてダンジョンに入る。
必ず元木さんに『ただいま』と言おう。
内部を駆け足で進んでいく。
魔物は逃げられらない奴以外は避けていく。体力温存だ。
地下1階を進んでいると10人ほどの集団がいた。どうやら冒険者資格の実技講習中らしい。
冒険者の卵たちが、レッサースライム相手に戦っている。
懐かしい光景だ。当時の自分が重なる。
夢と希望で溢れていた頃。
初めて握ったショートソードの重さは今でも覚えている。
あの頃の思いをボスを倒すことで思い出すんだ。
俺はそのまま地下5階に向かって走っていく。
地下5階ボス部屋前。
驚くべき光景がそこにはあった。
「なんだよこれ・・」
思わずつぶやいてしまった。
人人人。百人位だろうか、通路を埋め尽くすほどの冒険者がそこにはいた。
「ゆーさん遅いよ」
「会って早々文句言われた!?」
おそらく元凶っぽいレンがそう言ってきた。
さらにその言葉にうなずく面々。
「何なんだこの騒ぎは?」
「もちろん、いつものゆーさん応援団だよ」
「いや多すぎだろ」
いつもはせいぜい10人前後。
今回は応援に来たことがある人たちすべてといった感じだ。
昔からのベテラン冒険者仲間や、俺がたまにアドバイスしたことのある中堅連中、それにまだ冒険者になって数年の若手たちまで。
ボス部屋の入り口が見えないほどの密集具合。男臭さムンムンだ。
中には10人ほど女性冒険者のパーティーもいるが、周囲のせいで華やかさが消えてしまっている。
「昨日話したでしょう? ここにいるみんなはゆーさんに、果たせなかった夢の続きを見てるんです。みんな自分の力だけでボスを倒したかった。物語のヒーローのようになりたかった。でも現実に負けてしまった」
レンのその言葉に悔しさをにじませる冒険者たち。
そうか。彼らも俺と同じだったんだな・・
現実に負けたことは決して悪い事ではない。誰も笑ったりなどしない。
そして逆に彼らも、夢を追うことに意地になってる俺を笑ったりしない。
もともとは同じ思いを持っていた人たちなのだから。
「今日ゆーさんが決着を付けに行くことをみんなに話したら、他の用事を後回しにしてでも集まった人たちです。すでに潜ってしまっている冒険者は後でこの話を聞いたら、きっと悔しい思いをするでしょうね」
なんて気持ちのいいバカ達だ。戦う前から泣きそうになるじゃないか。
予定通り・・いや、それ以上にモチベーションがMAXになる。
「というわけで、みんな! せーの!」
『ゆーさんがんばれー!』
百人近い冒険者たちの声援がダンジョンに響き渡り、人垣が割れてボス部屋までの道が開かれる。
その道を万感の思いで歩いていく。
気持ちを引き締めないと涙が溢れてしまいそうだ。
今こそあの有名な言葉の出番だろう。
エ〇ディングまで、泣くんじゃない。
次回はいよいよ決戦ですが、そこまでがプロローグのような感じです。
思ったよりも現実的・シリアスな話が多かったですが、この山場を越えた後はのんびりな日常やコメディー多めな話になっていくかと思います。
緊張からの緩和。お笑いの基本ですね(ラノベd




