7.思い、出しましたわ
砂を巻き上げて浜辺に着陸しましたのは、竜宮木家が保有する遊覧用のヘリコプターですわ。
そして操縦席の扉を開けて現れたのは執事服を身に纏った初老の男性。
レオルド・ウォーダルンド。わたくしが幼少の頃から御世話になっている専属の執事ですわ。
その彼が、わたくしの前に現れて厚く抱きしめて―――。
「心配しましたですぞ、そあら御嬢様。
よくぞ御無事で、本当によくぞ御無事で」
それは、心の底からわたくしの無事に安堵している声音として聞こえてきまして。
もう、じいやには会えないと思っていました。だから、じいやのその声を訊いて、わたくしもじいやを抱き返そうとして―――。
「どういうことですか……」
声に視線を向けますとカリエさんがわたくし達を呆然と見つめている。
じいやもその声にカリエさんに気付いて、わたくしから離れてカリエさんに向き直りました。
わたくし達に見つめられて、それでもカリエさんは呆然と呟いた。
「そあらって……じゃあ、貴方は誰なんですか……。
貴方は、誰なんですか!!」
「ちょっ!?」
「お嬢様!?」
カリエさんが飛び掛かってきて、わたくしは押し倒される。
頭に固い何かが当たって視界に火花が……あれ、意識が……。
◇
(ここは、どこですの?)
気が付きましたら、わたくしは覚えのない場所に居ましたわ。
ここは……船の中でしょうか。
記憶の通りなら、夏の家族旅行で毎年利用する日本一周の豪華客船『あじあんあふろでぃて』の船内の廊下で違いありませんわね。
(そうそう、この船旅がわたくしの毎年の楽しみですの。
という事は近くに、ありましたわ)
おあつらえ向きに、近くにはわたくしが泊まっていた部屋がありますわ。
その扉に触れますと、手は扉をすり抜けて向こう側へ……あーつまり、わたくしは今、夢を見ているという事ですのね。
なら、遠慮なく中に入って―――。
「ラブロマンス……じぇすわ!!」
通り抜けようとした扉を開け放って現れたのは夢の世界のわたくし。
あのわたくしは廊下をフラフラとしながらも爆走していますわね。
そして開いた扉が自動で閉まっていますが、難なく扉をすり抜けて室内に入りますと……。
(………)
テーブルの上には軽食とプルタブの開いた缶ビールが二つ。
そして備え付けのテレビからは世界的に有名な沈没した豪華客船の映画が流れていますわね。
豪華客船でその映画のチョイスはどうなのと、わたくしは夢の中のわたくしに問いただしたい気分ですが、ちょうどテレビの画面では主役の男女が船首で有名なポーズを披露していますわ。
(………あっ)
廊下を爆走していくわたくし、テーブルの上のお酒、テレビに流れる映画の内容。
一瞬で思い出しましたわ。この夢、わたくしの過去ですわね。
ええ、思い出しましたわ。
わたくし、両親にこっそり隠れて初めてのお酒を堪能しまして、それで一本目を飲んだ時点で酔ってしまいまして、そこから何を思ったのかテレビに流していた映画を見て……。
はい、わたくしのバカァァアアアアアア!!
大方船首で例のポーズをやろうとして、それで船から落ちたんですわね。
完全に自業自得で御ハーブも生えないですわ……。
じゃあ、わたくしはあの無人島に居たのは憑依ではなく漂流という事ですわね。
酔っ払ったまま海に落ちて、それで運よく無人島に流れ着いて……これ普通に死に掛けてましたわ……。
それで、無人島で目が覚めた後は頭ファンタジー状態になってしまい、わたくしがアンジェリークに憑依してしまったと思い込んでしまって。
でも、いくらわたくしの頭が残念な事になっていたとしても一つ言わせてもらいたいですわ。
状況的に乙女ゲームの悪役令嬢に憑依したと思いますわ……。
そもそもわたくし、悪役令嬢のアンジェリークに似ていますし、何より無人島には戒律騎士とカリエさんが来たのですもの。
自分が異世界のアンジェリークに憑依してしまったと思い込んでもおかしくないですわ。
……あれ、じゃああの戒律騎士やカリエさんは一体なんですの?
「異世界からの来訪者だね」
夢の中で考え込むわたくしに声が掛けられる。
ギョッとして視線を向けると、テーブルの傍のソファに身を預ける男の子が居ましたわ。
年は小学校高学年ぐらいでしょうか。半袖短パンの格好でテーブルの上に置いてありました缶ビールを美味しそうに口にしていますわね。
ただ、一口で満足したのか飲んだ缶ビールをテーブルに置いて、男の子はわたくしに微笑んで。
「竜宮木そあら。唐突で悪いんだけどさ。
カリエちゃんのために、命捧げなよ」
何ともなげに、そう口にしましたわ。
地球神「勝手にこっちとそっちの世界を繋げた申し開きを訊きたいんだけど」
異世界神「カリエたん幸せにするためだけど何か?」
地球神「おっとこいつ、開き直ってやがる」
異世界神「それとカリエたん蘇生してあげて」
地球神「………」