6.その頃、とある場所で
バースランド王国首都ファストリア、戒律騎士団本部。
神託に指定された通りにカリエを無人島へ送り届けた戒律騎士ウェルバル・ダグバイバルは団長室の扉を開ける。
質素な、それこそ調度品すら仕事に必要な最低限しか置かれていない部屋で羽ペン片手に書類の内容を吟味している細身の男が居た。
名はリュドシー・グリッチフル。
その男こそ三十一歳という若さでありながら戒律騎士団のトップに君臨する最高判事にして神の代弁者。
リュドシーは羽ペンをペン刺しに入れると、穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。
「任務ご苦労、騎士ウェルバル。
問題無く遂行出来た様で何よりです」
「ああ、確かに問題無く終わったが……ちょっと良いか?」
「はい、何でしょう」
ウェルバルは若干不機嫌そうな表情を浮かべた。
毎度毎度、ウェルバルはリュドシーの企みに付き合わされている。
だからこそ、彼は遠慮なく質問を投げかけた。
「知ってたな、あの少女の事を」
「はい、神託により無人島に先客が居るのは知ってました。
どうでしたか、やっぱりそっくりでしたか」
その言葉を聞き、ウェルバルはげんなりと溜息を吐く。
この愉快気に笑う団長のイタズラには慣れていたつもりであったが、今回の件はウェルバルにとっては眉間に皺を寄せる案件である。
なにせ、裁判の判決に不服を申し立て喚き散らすアンジェリークの頭を鷲掴んで地面に叩き受けた張本人がウェルバルなのだから。
あの殺意を抱いた女と鏡写しのような容姿の少女を見た時、それはもうウェルバルは驚きすぎて感情が一時的に消滅したほどだ。
そんな少女の所にカリエを送り届けるのが神託なのかとウェルバルが問えば、リュドシーは笑みを消し、真面目な顔で頷いた。
「はい、神曰く彼女に任せるのが良いだろうと。
この世界ではカリエ嬢は救えない。それに神は戒律騎士団には今は怒りを抱き失望していると言っています」
「そりゃそうだろ、団長。
なにせ、俺もアンタも、そしてこの戒律騎士団全員が共犯者なんだからな」
それは神の声を代弁する者が神の願いに叛いたからこそ。
裁判員であると同時に人を守るべき騎士が、計画を訊き賛同したゆえに揃いも揃って見てみぬ振りをしたからこそ。
だからこそ、神は歴史を変える事は出来なかった。
「全員の責任だ。
俺達は神の神託に目を逸らし、カリエを見殺しにした。
王子オズウェルに求婚されてる最中にアンジェリークに刺し殺される。
その悲劇を止めて欲しいと願った神の想いを踏みにじった、俺達の罪だ」
「そしてその罪を背負う事により、計画は一気に最終段階まで近づける事が出来ました。
クーデターを。貴族とは名ばかりの民を虐げる汚物共から国を取り戻す戦いを」
そう決意に満ちた声で戒律騎士団団長のリュドシーは口にする。
王国は権力を振りかざし民を虐げる貴族が蔓延っている。
もはや国王は傀儡となり力は無く、貴族の私兵の総数が国軍よりも多い状況となっている。
だからこそ、大国が破綻する前にリュドシーはクーデターを起こし国に害となる貴族を廃する事を決めた。
地道な根回しにより、クーデターの際は良識的な貴族は味方として共に戦ってくれるように約束を取り付けた。
平民の所属が多く、また平民の一兵卒から最高司令官となったジャグジー将軍が率いる国軍に対しては、もしもこの混乱に乗じて攻め入ってくる国があった場合の戦力としてクーデターに対しては一切不干渉を決め込んでもらう様に快諾して頂いた。
そして今回のカリエの死により、世間は理不尽な行いをする貴族に対して厳しい目を向けるようになった。
だからこそ戒律騎士団がクーデターを起こせば、民衆は味方となって此方側についてくれるだろう。
そして戒律騎士団は傀儡の国王を玉座から引き摺り落とすための神輿として最高の人物を手に入れる事が出来た。
この王国の王子オズウェル・バースランド。最愛の人を失ったがゆえ、もう悲劇を繰り返してはいけないとのリュドシーの説得を受けて彼は立ち上がった。
万全と言っても良い状況。この国を正しくするための聖戦。
「絶対に、成功させて見せます。
絶対に、絶対に」
でなければ、彼女の死が無駄になってしまうと。
カリエに申し訳が立たなくなると。
「ああ、そうだな。
でもまあ、その神の願いを切り捨てきれなかったからこその今回の任務が起きたわけだがな」
そうウェルバルが言うと、リュドシーは困ったように苦笑する。
「はい、私が死んだ直後のカリエさんに禁術を使った事により、彼女は動く屍として蘇る事が出来ました。
死んだ直後でしたので体のどこも壊死していないまま。つまり上手く条件を満たせば更に人間として蘇る事ができます。
まあ、禁術を使った代償として私は死後に冥府の女主人に魂を囚われる事が確定しましたが」
そう何ともない風に言っているリュドシーであるが、既に体には異変が起きている。
そも禁術とは外道の所業であり、代償が大きすぎるゆえに国に使用を禁止された魔法である。リュドシーはバレなきゃ問題ないよねの精神で禁術の一つ、亡者転生という人間をゾンビに変える魔法を使った。
その魔法を一度使った代償として聞こえるのだ、常に何者かが自分を呼ぶ声を。本能が警鐘する、その声に耳を傾けてはいけないと。
ただ、その事をおくびにも出さずにリュドシーは口を開く。
「神は凄いですよね。
私の禁術でカリエさんが目を覚ました瞬間に、神は新たな神託としてカリエさんを王国が把握していなかった無人島に送り届ける様にと仰った。
そして、そこに居る少女こそがカリエさんが幸せになる鍵だと。神はどれだけカリエさん贔屓なのですかね。
神、カリエさんの事好き過ぎでよね」
「たしかにな」
「私もウェルバルが好き」
声はウェルバルの後ろから。
リュドシーは見てみぬ振りをしていたが、ウェルバルは部屋に入った時から後ろから少女に抱き付かれていた。少女は抱き付きながら首筋に甘噛みしたり顔をグリグリ押し付けている。
リュドシーは仕方なく声を出した少女、ウェルバルが配属するレイチェル部隊の隊長、レイチェル・ミンクスに声を掛けた。
「何をしてるんですか、騎士レイチェル」
その言葉に、レイチェルは淡々と口を開いた。
「ウェルバルから他の女の臭いがするから、私の匂いで上書きしてる」
「そうですか……ウェルバル」
「………」
ウェルバルは、無言で首を横に振った。顔が悟りを開いている。
リュドシーも無言で目を伏せた。訊かなきゃ良かったと、後悔した。
レイチェルはウェルバルに対して異様な程の執着を抱いている。
唐突にリュドシーに神託が届いた。レイチェルのそれは、ヤンデレに分類される物だと。
(神よ、ヤンデレって何でしょうか)
そう念じて問いかけるが、返事は返ってこなかった。
なお、神はカリエが好き過ぎて異界とこの世界を先程まで一時的に繋げている事を二人は知らない。
そして後日、無人島に様子を見に来たウェルバルが島がない事に驚愕するのは別の話である。
今回は別の場所での話となりました。
クーデターとか色々書いてますが、本編で描かれるかは未定。
次回は無人島に戻ります。