3.悪いのは悪役令嬢
『緋恋の記録 その手は暖かく』の主人公、カリエ。
彼女は王国の貧民街出身の十七歳の少女ですわ。
綺麗な金髪に、くりっとしたグリーンの瞳。スレンダーな体型の彼女はまるで北欧の妖精の様な可憐な美少女。
父親は居らず母親と二人暮らしの彼女は、貧しい境遇の中でも心根の優しい少女として日々を生きておりました。
物語は彼女が森の中で採集した薬草を一般庶民の住む街のいつもの店に売りに行った所から始まりますわ。
ルートを選ぶ事により様々な殿方と出会い、そして恋に落ち、そして悲恋として終わる。
……一部だけ例外ですが。母親に殿方をNTRれる通称『八百屋さんの大きな大根ルート』なんて考えたシナリオライターは頭おかしいですわホントに。
そんな悲劇のヒロインでもある彼女がわたくしの目の前に居るのですが。
もっと言えば、何故かわたくしと同じ島流しにされてますが。
「あの、カリエさん」
「………」
「そのローブ暑くありませんか?
熱中症とか色々と危ないですわよ」
「………」
「そういえば、浜辺で乾燥御ハーブが詰まった瓶を見つけましたの。
見た所ラベンダーですわね。よろしければ夜にでも小船に置いてあった鍋を使って淹れましょうか?
まあ、ティーポットとか色々と道具が足りないので本格的にはいきませんがどうです?」
「………」
反応が返ってきませんですわ。
そりゃまあアンジェリークがカリエさんにした仕打ちを思えば当然の態度だと思いますけど。
中身が別人とはいえガワはアンジェリーク。そんな悪役令嬢が友好的に接しようとカリエさんには不審にしか思われないでしょう。
そういえば、この緋恋の世界はどのルートなのか謎ですわ。
一応隠しルートを含めて全て見ましたが、カリエが島流しにされるルートなんてわたくし知らないのですけれど。
ただカリエさんが目の前に居るという事は、アンジェリークがカリエさんを刺殺するルートでは無いという事ですのね。
あれ?
じゃあ、わたくしが憑依する前のアンジェリークは何をやらかして島流しにされたん?
あの庶民を殺しても罪に問われない御貴族社会で島流しなんて厳刑受けるなんてよっぽどの事をしでかしてますわ……ええ、余りにも仕出かした事が大きそうで何をやらかしたか知りたくないですわね。
ほんと、御ハーブ生えない……。
◇
とりあえず砂浜に敷物を敷いて座ったままのカリエさんは放置しておく事にしまして。
あの戒律騎士さんが小船と一緒に残しておいてくれました道具類を物色すれば色々と役立ちそうな物がありましたわ。
まあ、もともとこれらは戒律騎士さんが島流しされるカリエさんに餞別として個人的に渡した物であるそうですが。
そう説明してくれましたカリエさんは、わたくしに道具を好きに使えばいいなんて突き放したような言い方をして、それ以降は黙りっきりなんですが。
嫌われてますね悪役令嬢アンジェリーク。あの優しさ塊であるカリエさんがこの態度って……その態度がわたくしに向けられてて不条理すぎて泣けてきますわ。
まあ、今はそれは置いといてですね。
昨日は何も食べていませんでしたので、べらぼうに美味しく感じた保存食の干し肉と飲み水で気力を回復したわたくしは、小船に置いてあった銛と水中眼鏡を手に取りますわ。
戒律騎士さんは良い物を用意してくれましたわ。わたくし泳ぎが得意ですし、銛突きは初めての体験ですが上手くやれると思いますわ。
ええ、つまり魚を捕まえる事が出来れば食糧問題は何とかなるということですわ。
という事で、いざ魚を捕まえに大海原へ飛び込みますわ!!
……銛はまだしも、緋恋の世界にも水中眼鏡ってあるのですね。
レンズもプラスチックみたいな素材ですし、海水の侵入を防ぐための目の周りにフィットする素材なんて、普通に着け心地が良いですわね。
◇
「………」
無言でカリエは女の姿を見つめる。
何も説明もされず送り届けられた島流し。その島に居たのは彼女が怨みを抱える女性。
その彼女の行動は有り得ない事の連続だった。
暑いという理由で下着姿になるなんて、自身が知る彼女からかけ離れた姿だった。
そして銛を手に海へと潜って行くなんてもっと有り得ない姿だ。そもそも彼女が泳げるなんてカリエは思いもしなかった。
「………」
カリエが知っている彼女はプライドを優先させる。
なのに彼女はプライドなんてそっちのけで行動している。
まったく、意味が分からない。だけど、それでもカリエの気持ちは変わらない。
「私は、許さない」
ローブの下の胸に手を当てる。
許す事なんて、カリエにはできない。
カリエは奪われたのだから。アンジェリークから、奪われたのだから。
銛を片手に下着姿で海に潜るアグレッシブな悪役令嬢もどき。