2.小船の来訪者
無人島へと来ました小船の方々、小船から降りた軽鎧に身を包んだ戒律騎士団の方と小舟に乗ったまま座るローブで全身を覆い隠している女性。
騎士の方にダメ元で食料と水とを分けて貰うようにお願いしたら結構な量を譲ってもらえましたわ。
戒律騎士団とは『緋恋の記録 その手は暖かく』の一部ルートの終盤に現れる王国の司法を取り仕切る、つまり武力を持った裁判員たちですわ。
まあ、その一部とは主人公であるカリエがアンジェリークに刺殺される王子ルートの話ですわ。
裁判所で戒律騎士がアンジェリークを連行しているシーンで、判決にアンジェリークが喚き散らしている最中に戒律騎士が彼女を黙らせるために頭を掴んで地面に叩きつけるシーンはやりすぎだと……今までの彼女の所業から妥当としか思えねーわですわ。
まあ、そんなこんなで少ししか出番が無かった戒律騎士団が小船に乗ってやって来たということは、つまりこの世界が緋恋の世界で確定ですわね。
ただまあ、戒律騎士は私を見た瞬間に驚いたような表情を浮かべていましたが。
食料と水を受け取りながら、私は疑問に思いますわ。まるで、有り得ないものを見る様な表情でわたくしを見つめて、一体どうしましたのかしら。
「食料、ありがとうございますわ。
それで何やら驚いているようですが、こんなわたくしに何かありまして?」
その言葉に戒律騎士の方が意を決したように口を開きましたわ。
とても、慎重に。
「あなたは……いえ。
レディ、一つよろしいですか。なぜ下着姿なのですか?」
その言葉に、自分の姿を検めまして。
けっこう自分でも際どいかなーと思うぐらいに攻め攻めな感じの下着姿のわたくしがそこに居て。
まあ、確かに大貴族の娘たるアンジェリークが気温が暑いからと言ってこんな姿をしていたら誰だって驚きますわねと……あっ、つまりわたくしのあられもない姿が殿方の目に……。
「……どうやら、反応を見るにその姿で我々の前に現れたのは不本意なのですな。
不躾な質問でした。今のは忘れてください」
「現在進行形なので忘れるのは無理ですわ!?
というよりちょっと失礼しますわぁぁあああああああああ!?!?」
服を、服を着て来なければ!!
小船が来たのに狂喜して放り投げてそのままのわたくしの服、何処ですわー!!
悲報、服が見つからないですわ。
代わりに浜辺の漂流物の中から、乾燥御ハーブが詰まった密閉されたガラス瓶が見つかりましたわ。うーん、嬉しいけど探し物はこれじゃないですわ。
◇
「あれがこの島に流された例の嬢ちゃんか。
愉快そうな性格みたいだが、どうだい仲良くできそうか?」
戒律騎士の男、ウェルバル・ダグバイバルは小船に乗り続ける女性に声を掛ける。
言葉に女性は反応を返さず、ただ座り続けている。
無理もないか、とウェルバルは肩を竦める。
女性はこの島へと島流しされるために連れて来られたのだから。
女性は罪を犯したわけではない。むしろ被害者である。だが、戒律騎士団は女性を島流しにする事に決めた。
それが神託であるのだから。
基本、戒律騎士団は法により罪人を捌くのであるが、例外として神託は法よりも優先される。
神託とは、それすなわち神からの啓示。戒律騎士団長が神からの意思を受け取り、戒律騎士団全員がその思いに死力を尽くす。
ゆえに、女性は裁判を行われる事が無く島流しと相成った。それも神託により指名された何もないこの島へと。
何故、他の流刑地ではなくここが選ばれたのかはウェルバルには分からない。
だが女性に同情の念を抱く彼は、少しでも助けになれば良いと思い女性に餞別として食料と飲み水を大量に、そしてサバイバルに役立つ道具を与える……はずだった。
まさか女性に渡す分の一部が、あの半裸の女性に渡る事になるとはウェルバルは思いもしなかったが。
「まあ、なんだ。とりあえずお前さんをここに送り届けたし、本部からさっさと帰って来いって連絡がしつこいから俺は本土に戻る。
あの嬢ちゃんが戻ってきたら、よろしく伝えといてくれ。それと小船とその中の物は餞別だ。
俺が言えた義理じゃねえが、とりあえず生き延びろよ。じゃあな」
そうして、ウェルバルは軽鎧に刻まれた魔法刻印の一つ、帰還の魔法刻印を起動して一瞬のうちに虚空へと消えた。
後に残るのは小船と、その上で揺られ続けている女性だった。
揺られ、揺られ揺られ続け。ただ、女性は身じろぎ一つせず。そのローブのフードで隠れた顔の内側の瞳はただ虚空を見つめていた。
◇
服が見つからないまま小船の所へと戻った私ですが、戒律騎士団の方は何処にもいませんでしたわ。
女性に騎士の方がどこに行ったか尋ねても無言のままですし。
と言うよりも、意識あるのでしょうか。さっきから無反応で身じろぎもせずに小船に座りっぱなしですし。
それに気温が高いのにローブを着込んでいて暑くないのかしら……もしかして、無反応なのってこの御クソ暑い中でローブを着込んでいるせいで熱中症とか脱水症状になって意識が飛んでいるとかじゃ……。
「もしかして貴方具合が悪いとかじゃありませんの?
ちょっと失礼しますわね」
反応を返さない女性のフードに手を掛けても、反応は何も返ってこないですわ。
これ、本格的に不味いのではと思いながら顔を露わにさせると、そこには見覚えがある様な顔が無表情でわたくしを見つめていましたわ。
えーと……見覚えがあるのですが、どこかで会ったかしら。
そう思っていましたら、ふと一人の少女が思い浮かびますわ。と言っても平面のイラストなのですけど。
そうそう、緋恋の主人公のカリエさんが現実にいたらきっとこの様な顔をしているのですわ。
……もしかしなくても、本人様ですの?
「………もしかしなくても、カリエさんですの?」
その問いかけに、女性はこくりと頷いて。
「貴方を、許さない」
「御ハーブも生えませんわ……」
絶許宣言されましたわ。
おのれアンジェリーク、やっぱ悪役令嬢は御クソですわ。
悪役令嬢と主人公ちゃんの無人島生活が始まります。なお、戒律騎士のおかげで難易度はイージーに。
ちなみに戒律騎士の方が使っていた魔法ですが、一般的に緋恋の世界の魔法は装備品などに刻印を刻んで、その刻印に魔力を流し込んで発動させるタイプです。
なので戒律騎士さんの軽鎧には沢山の刻印が刻んであります。
戒律騎士さんが本部から帰って来いとの連絡が来てると言っていたのも、軽鎧に刻んだ遠距離通信の魔法刻印が毎秒上司から帰ってこいコールを受信していたから。
……毎秒コールし続ける上司。