0.無慈悲すぎて御ハーブ
青い海、白い砂浜、常夏のあっつい太陽。
わたくしは、どこまでも続く大海原に向けて、せーのっ!!
「こんなのおかしいですわぁぁぁああああああああああああ!!」
拝啓、お父様、お母様、じいや。
わたくし、竜宮木そあらは何故か無人島で倒れておりましたわ。
まさに御ハーブも生えないですわ……いやマジで。
◇
現状確認を致しましょう。
今のわたくしの持ち物は、貴族令嬢らしい動きづらい服、以上!!
私の容姿は……ちょうど浜辺に手鏡が落ちていますわね。
ふふふ、やはり普段通りの自分の顔ですわ。
イケメーンの日本人のお父様と美しゅうロシア人のお母さま譲りの、まさに美少女と言える顔ですわ。
まあ、どキツイ印象を与える眦が悪役令嬢っぽい顔となっておりますが……そして背中まで届く長い黒髪に高校二年生なのにボンキュッボンなわがままダイナマイトボディ……食べ過ぎるとすぐ太るのが悩みですわ。
そして周囲の光景ですが、まさに人っ子一人も居ない未開の無人島おーいぇーい……。
何でこんな状況に陥っているのか、まったく見当がつきませんですわ。
えーと、ここで目を覚ます前の最後の記憶は……だめです、思い出せないですわ。
一体何故こんな目に遭わなければなりませんの。
わたくし、この容姿から何故か通学している名門女子高の様々な方から悪役令嬢とまことしやかに噂されてますが、誰かを虐げるなんて酷い事はしておりませんのに。
それにわたくし、どちらかと言えば群れるよりボッチが落ち着くですの。
教室の窓際の席で優雅に御ハーブティーを嗜みながらラノベチックな恋愛小説を読むのが好きですの。
あと、細かな待ち時間でネット小説を読むのも楽しいですわ。
最近読むのは悪役令嬢物ですが、憑依したり転生したりといったパターンがもう普遍的になってますわね。
「あれ? 悪役令嬢……憑依……転生……ぬ?」
そういえば、わたくし。
アヌーメイトで知り合った乙女ゲーム友達から、緋恋の悪役令嬢にめっちゃ似てると言われてましたわね。
正式なタイトルは『緋恋の記録 その手は暖かく』。
いわゆる乙女が嗜むアドベンチャーゲームであって、その内容は主人公である平民の少女カリエが殿方ときゃっきゃっうふふする作品ですわ。
そして、この作品の最大の特徴は用意された殿方達全てのルートが、全て悲恋で終わってしまうという事ですわ。ちょっと製作、表に出ろやですわ。
身分違いゆえの別れ、事故に遭い命を落とす、主人公の母親がNTR。
様々な悲しい結末が描かれる中、わたくし似の悪役令嬢アンジェリーク・パウ・ロマラスが出るルートでは、なんとアンジェリークが嫉妬に狂って彼女に婚約破棄を突きつけた王子からプロポーズを受けてる最中のカリエを刺し殺すというもの。
もちろんアンジェリークのは完全な逆恨みですわ。しかも嫌がらせの内容も理由も酷過ぎて御ハーブも生えないですわ。
ええ、ほんとに、わたくし似の彼女がカリエを虐めるシーンを見るたびに『このアマァ、シバいたろかぁ』と何度声を漏らしたものかと。
まあそんな悪役令嬢アンジェリークですが、流石に主人公のカリエを刺し殺した時には最高位の公爵家の者でありますが問答無用で憲兵に捕まりましたわ。
罪状は王子の目の前で刃物を振りかざした事による……うーん、御クソ貴族社会。
アンジェリークがカリエを殺した事に対しては特に罪に問われてないと言いますか。
そもそもこの作品の世界では御貴族様が平民を殺すの事に対しては罪に問われない社会でして、なのでわたくしから作中の大半の御貴族様に言わせて貰いますと、てめーら御クソ穴に手ぇ突っ込んでガタガタ言わしたろかぁ、な感じです。ノブレス・オブリージュって知ってりゅ?
「……まさか、ねえ」
それでカリエを刺し殺したアンジェリークですが、判決は島流しの刑でして。
喚き散らしながらも両肩を掴まれ退場していくアンジェリークを見て、ざまぁ等と思いましたが。
つまり、これ……状況的にわたくし、島流し後のアンジェリークに憑依したという事ですの?
えっ、マジで?
ていうか、えっ?
島流しって、ガチモンの無人島にほっぽり出されるって事ですの?
普通、島流しって流刑地にぽーんって放り出される物じゃないの??
これ、ガチで無人島、えっ???
……あー、そうですか。作品の世界の御貴族様って従者が居ないと生活については何もできないという事で。
つまり無人島に放り出されるってことは、何もできない御貴族様にとって死刑宣告と同じという事ですのね。
なるほど島流しって事ですのねアハハハ……無慈悲すぎて御ハーブ。
「つまりこれからわたくし竜宮木そあらは、悪役令嬢アンジェリークとして無人島で生きていくという事ですのね」
……多分、状況的にも展開的にもそうですわね。
こうなる前の記憶が霞が掛かったかのようにまったく思い出せませんが、つまり何かが起きてアンジェリークに憑依してしまったと。
……とりあえず、どこまでも続く大海原に向けて、せーのっ!!
「こんなのおかしいですわぁぁぁああああああああああああ!!」
神様、わたくし何か悪い事をしたでしょうか?
神様「せやで」