プロローグ
2020/4/24 追加修正
月明かりが辛うじて射す薄暗い路地裏に怒号が響き渡る。
「おらぁ! 逃げんなやぁッ!!」
怒号の主は華奢な身体に前掛が縫い付けられたワンピースを着た町娘である。その見た目とは裏腹に女の言動は乱暴極まりない。彼女に捕まった筋肉隆々の大男は恐怖で顔を歪めながら必死に逃げる術を探していた。
そんな大男の胸倉を右手で掴み、女は鬼のような形相で睨みを利かせる。女が胸倉を掴む手に力を込めると、苦しそうに踠く男の両足は徐々に地面から離れていく。
「もう……お前には、ち……ちょっかいはかけない! だから……い、命だけは……」
懇願する男に女は徐に手を離し、息苦しさからは解放された男は短く呼吸を整えた。が、その瞬間に首元にナイフを突き付けられ男は腰を抜かした。
「ひぃッ!」
女はそのまま男と目線を合わせるように屈み、男にナイフを見せびらかす。
「有り金全部置いてけ。そしたら見逃したる」
男は青ざめ、慌ててポケットから皮袋を取り出して女に差し出した。女は乱暴に皮袋を奪い取ると中身を確認し軽く舌打ちする。
「なんや、こんなけか? シケとんなー」
革袋に入っていた貨幣を不満そうに数える女を男は怯えながら眺める。
「しゃーないけど、これで見逃したるわ。ほら行けッ」
女は屈んだまま男を追い払うように手を払う、解放されたと理解した男は一目散に路地裏の奥へと消えて行った。
…………。
男の姿が見えなくなった所で女は立ち上がり、一部赤色で染められた黒髪を麻紐で一つに束ね直す。そして路地裏の隙間から見える夜空を見上げ、何故か溜息を漏らした。
「はぁー。何で私がチンピラみたいになってんねん」
…………。
視線を下ろした女は手に持ったナイフどうするか少し悩んだ末、そのまま路地裏に投げ捨てた。
「まあ、ええわ。とりあえずこれで飲み直すか」
気を取り直した女は、男から奪った戦利品を片手に賑やかな夜の街へ消えて行った。
【戦利品】
皮袋
銀貨3枚
銅貨7枚
黒貨2枚