第52話:金色の瞳
宣戦布告から2日がたった。
魔物の対策が立てられ、非戦闘員の避難場所の確保等が行われた。
そして各自が己の力量を高めるべく訓練に励んでいた。
ユウは、訓練場で犬上レンとともに訓練中だ。
「ユウが凶一郎教えられたアルベイン流は、刀術は竜宮流、格闘術は虎島流、移動系の技は鳳流、が主として作られている。ユウは『韋駄天』とか『閃光』とか『影渡し』使えるでしょ?」
『韋駄天』、『閃光』は高機動系、『影渡し』は隠密系の移動術だ。
「うん。使えるけど・・・」
「私も使える。もともと鳳忍軍の技だから。つまりね、ユウが使っている技は、竜宮凶一郎が今まで生きてきた中で盗んできた技の集合体なの。」
へぇ~・・・なるほど。
じゃあ、水上歩行を可能とする『水渡し』とか、水にエーテルを徹し武器とする『水牙』も鳳の技なのかな?
「水を使う技は、おそらく北方のルーンラルドに住んでいる人魚族の技だと思う。凶一郎のすごいところは、盗むだけじゃなく、技を自分用にアレンジして、新種の技をつくりだすところ。」
人魚がいるんだ・・・
おっさんは世界中から、技をぱくってきてるんだな。
「新種の技?」
「そう。ユウが凶一郎に教えられた技の、奥義クラスの技はほとんどが凶一郎が作り出した技。『瞬天一刀』、あの技は竜宮の刀術『斬鉄閃』と鳳の『韋駄天』の融合技」
ああ・・・言われてみればそんな気もする。
『瞬天一刀』は高速の疾走居合。
『斬鉄閃』は居合の技だ。
「それにしてもレンはよく知ってるな~。『瞬天一刀』なんて訓練中に使ってないはずだけど・・・」
「凶一郎が教えてくれた。ユウが『技喰らい』としてレベルアップしていくためには、己の技をもっとよく知ること、そして実戦を通して己で技を奪っていくことが必要なんだって。だから、これから亡霊騎士団のメンバー全員と順番に戦ってもらう。」
「え・・・・今全員って言った?」
「そう。全員」
亡霊騎士団って基本的に強い人達ばっかじゃないか!
ちょっとハードすぎませんか?
「今日は私と、元鳳忍軍の忍び総勢10名を相手にしてもらう。準備はいい?」
「よくないよ!?展開が早すぎる!」
「じゃあ、はじめる」
「聞いてないね!」
レンの後ろに黒装束の影が10名急に現れた。
その中から一人が一歩前に出る。
「まずは、それがしがお相手いたす。元鳳忍軍『影縫いトクジ』参る。」
「参るな!」
スパルタ訓練が始まった。
~~~~~
ザガルバフから西に少し離れた砂漠のオアシス。
付近は砂漠の真ん中でありながら、オアシスの水により草木がある。
そして、普通では見られない光景がここにはある。
金属の柱だ。
それは、直径300メートルはあろうかという柱で先は丸みを帯びており、中は空洞となっている。
かつて栄えた文明の遺跡である。
この柱には入口があり、中はかなり頑丈な作りとなっているため、砂狼族の訓練施設となっている。
内部には人が生活していた形跡があるため、かつての文明の居住施設ではないかと考えられている。
その内部はやたらと頑丈で広いため訓練場として使われている。
巨大な空間に3人の影。
そこで白い軽装甲服に身を包み、長い銀髪をまとめポニーテールのセラと普段通りメイド服のミリスが激突し、その傍らに大柄の男砂狼族首領の息子、コウ シュラーがいる。
『はじけろっ!!』
『炎の壁』
衝撃波と炎がぶつかり相殺される。
セラの視界は一瞬炎に遮られた。
その炎をぶち抜きミリスが飛び出してきた。
直滑降の蹴り。
セラは咄嗟に拳で迎撃する。
両者とも高密度のエーテルを纏った打撃。
ミリスのエーテルとセラのエーテルが激突し、激しい衝撃とともに両者が弾き飛ばされる。
セラは地面を削りつつ制止し、ミリスは空中で1回転し着地する。
そこで黙って試合を見ていたコウが、セラに話しかけた。
「あー・・龍族の姫さん、おれから一つアドバイスだが・・・」
「お嬢様、何度も言いますが龍声は単発で使うのはやめてください。格下相手ならともかく、ローグなどの龍族の上級クラス相手には通用しません。」
コウの言葉を押しつぶすかのようにミリスが叱る。
「わ、わかってる!」
「ならやめてください。今のも0点です。たしかにお嬢様の龍声の出力は龍族最強ですが、それは相手に当たってこそです。」
「ぬぅ・・・・」
セラは難しい顔で悩む。
一方コウが若干顔をひきつらせている。
「なあ・・・おれしゃべってんだけど・・・」
「ああ・・・そういえばいたんですね、コウ。獣くさいんでどこかいってください」
「てめぇが一緒に訓練するって言ったからおれはここに来たんだよ!!ケンカ売ってんのか!?」
「はいはい、売ってます。」
「こ、こいつ・・・絶対ぶっとばす・・・」
セラの目から見て、この二人はいつも口げんかをしているが、実際のところは仲がいいんだろう。
「お嬢様、その微笑ましいものを見る顔をやめてください。話を戻します。腕力に頼りすぎです。今のも私の蹴りに対する対応が場当たり的すぎます。」
「う・・・ならどうしろと・・・」
「清空の技を使ってください。」
清空。
龍式拳殺術は大きく二つに分けられる。
剛天につらなる技と、清空につらなる技である。
剛天は打撃力強化による剛拳。
清空は感覚強化による柔拳。
つまり動と静の区分けである。
セラは性格的なものか、清空の技が苦手である。
清空の技はエーテルの操作が細かいのである。
戦闘中にはついつい苦手な技を使わず、得意分野である剛天の技に偏りがちである。
「うー・・・わかってはいるんだが・・・」
「お嬢様がエーテル操作が苦手なのは存じ上げております。これも慣れです。お嬢様は使えないわけでなく、使うことに慣れていないだけです。」
「うう・・・・」
「ではいきますよ。」
ミリスが特殊な歩法で滑るようにセラに向かって疾走した。
右正拳からの連撃。
龍式拳殺術 剛天五式 『龍鱗舞踏』
対してセラは、連撃を円を描く足さばきで攻撃を捌きながら移動。
「くっ・・・!?」
「遅い」
ミリスはさらに接近。
ゼロ距離となる。ミリスの拳がセラの体に密着する。
龍式拳殺術 清空二式 『雷震甲』
生体電流とエーテルによる超振動のゼロ距離打撃。
セラは咄嗟にミリスの拳を両手で押さえつけ、拳を下方へずらす。
超振動による直撃は避けたが、生体電流による雷撃が体を貫いた。
「くぁ・・!?くそっ!!」
その痛みをこらえつつ、セラはミリスの足を狙う。
龍式拳殺術 剛天三式 『転歩』
セラの踏込の足がミリスの足に蛇のように巻きつき刈る。高速の足払い。
ミリスの体勢が崩れる。
そこにセラの渾身の一撃。
龍式拳殺術 剛天一式 『龍砲』
正拳。それもエーテルを纏い、龍族の膂力から繰り出される高速の正拳。
速すぎる正拳が空気をぶち抜き、砲弾のごとく射出される。
ミリスは崩れる体勢のまま流れに逆らうことなく体を倒した。
右手を地面につき、両足が跳ね上がる。
そしてミリスの両足がセラの撃ち込まれた正拳を放つ腕に巻きついた。
「これは!?」
龍式拳殺術 剛天四式『蛇龍・神楽』
関節技系を表す蛇龍。
その一つで、空中での腕関節をとる。
「まずいっ!?」
セラは関節を極められる前に、跳んだ。
腕に絡みつくミリスを地面に叩き付けようとする。
「だめですね。『炎上』。」
この至近距離で!?
ミリスの龍声がさく裂した。
ボッ!!
セラの目の前に一瞬にして炎が生成された。
その炎に驚かされたセラは一瞬の隙ができた。
ミリスはその隙を見逃さない。
関節を完全に極め、さらに力を加える。
ゴキンッ
と鈍い音が響いた。
「くあっ!?」
ミリスは空中にいる間に、腕から足をはずし、きれいに着地した。
セラはあまりの激痛に地面に着地してうずくまった。
肩関節が外されたのだ。
「龍声にはこうした使い方もあります。私たち炎龍一族は生半可の炎では火傷もしませんので、こうした至近距離での発動も可能なのです。」
そしてミリスはセラに近づく。
見ていたコウは少し心配そうに声をかけた。
「おい・・・仮にも姫様だろ?いいのか、ここまでして?」
「かまいません。私一人程度に勝てないようではお嬢様には龍族の郷でおとなしくしてもらっていたほうがいい。」
「はぁー・・・相変わらずこぇー女だな・・」
ミリスがうずくまるセラの目の前まで来た。
「いつまでうずくまっているつもりですか御嬢さま。早く関節を戻して、エーテル操作で痛みを遮断してください」
ミリスはしゃがみ、さらにセラに顔を近づける。
「いつまで己の力から目を背けるつもりですか?」
「っ・・・!?」
「お嬢様はなぜこの戦争に参加することにしたのですか?」
「それは・・・・銀龍の暴挙を止めるため・・・」
「そんな建前はいりません。なぜあなたが嫌いな銀龍の一族にかかわろうと思ったのか答えてください」
「・・・・・」
ミリスは立ち上がる。
「いつまでそうしているつもりですか?」
「くっ・・・・・」
ゴキン!!
「っ・・・・くぁっ・・・」
セラは強引に外された関節を戻す。
しかし、まだ立ち上がるほど痛みはひいていない。
ミリスがうずくまるセラの胸ぐらをつかみ、持ち上げる。
「ぐっ・・・!!」
「お嬢様に見せるのは初めてになりますが・・・・『炎灼鎧』」
「お、おい!?それを使うのはやり過ぎだぞ!!」
静観していたコウが慌てる。
ミリスの体から炎が生まれ、鎧のように巻きつく。
ミリスのメイド服と炎が合体する。
その姿は炎を纏う戦女神。
「炎龍宗家ガイエン家秘奥『炎灼鎧』、身体能力を外部から強化する戦技です。」
「あっつ・・!!」
セラの戦闘服が炎にあぶられ黒い煙があがる。
「いきます!!」
ミリスはつかんだセラを空中へと投げる。
そしてセラを追いかけるようにミリスも跳ぶ。
龍式拳殺術 炎龍真技 『滅炎撃掌』
炎龍が龍式拳殺術を独自に発展させ、開発した炎龍真技。
『炎灼鎧』発動時にのみ可能とする技。
ミリスの炎の鎧から腕が2本生まれる。
四本の腕から繰り出される高速の連撃。
ダダダダダダダッ!!
マシンガンのように拳が撃ち出される。
「くっ・・・・負けるかっ!!」
龍式拳殺術 清空一式『乱れ散華』
エーテルを集めた掌により、打撃を散らし、反撃するカウンター技だ。
バチッバチッ!!
ミリスの拳とセラの掌が接触するたびにエーテルの反発しあう音がはじける。
「あああああああっ!!」
セラが吠える。
だが、ミリスには腕が4本、セラには当然2本。
おのずとその結果は決まる。
セラがさばききれなくなる。
ドスンっ!!
「ぐっ!?」
ミリスの一撃がセラの脇腹に直撃する。
その瞬間ミリスの腕が炎に変化し、爆裂する。
ドドドンッ!!
拳の連撃と連続の爆発。
ミリスが地面に着地すると同時に、セラが地面に叩き付けられた。
セラの装甲服はボロボロになり黒焦げだ。
セラはピクリとも動かない。
コウは頭を抱えている。
「おいおい・・・いくらなんでもやりすぎだろー・・・下手したら死んじまうぞ」
ミリスは『炎灼鎧』を解除しもとのメイド服に戻った。
「荒療治ですが、しかたがない。」
「しかたないって・・・気失ってるじゃねぇか・・・・」
「追い詰めなければならない。お嬢様には自身の力に向き合ってもらわなければ。」
「どういうことだ?・・・あの姫様の実力はお前よりいくらか下だろ?」
コウが不審そうに言う。
「8歳・・・」
「あん?」
「お嬢様が龍式拳殺術をマスターした歳です。」
「は?・・・・冗談か?」
「10のころには私の父すら負かすほどでした。」
「・・・・・ジョフのおっさんを!?・・・それが事実だとして、なんで今はこの程度なんだ?」
「コウは龍族の郷で起きた5年前の事件については?」
ミリスは突然話題を変えて言った。
「ん?5年前っていやぁ・・・・たしか大消失の・・・まさかあれを?」
5年前、龍族の郷に大きな災害がおきた。
郷の3分の1が突如消失したのだ。
その原因は1人の龍族だった。
「お嬢様の龍声が暴走した結果です。さいわいにして死傷者は出なかったものの、その事件以来お嬢様は幽閉され、常に監視されることとなったのです。」
ミリス自身も監視者の一人としてセラの世話をしていたのだ。
「龍声の暴走は龍族の幼少期にはよくあることでしたが、お嬢様の暴走は桁違いでした。郷を壊した事実、そして郷の人々からの非難に幼かったお嬢様の心は耐えられなかった。」
セラには事件より以前の記憶は断片的にしか残っていない。
「精神の均衡を保つため、お嬢様は無意識のうちに己の力を封印し、記憶を破壊してしまっているのです。」
「なるほどな・・・・ガキの頃のトラウマか・・・で、どうするんだ?」
「さぁ?」
「さぁってお前・・・・」
「私は医者ではないので、わかりません。お嬢様の気合いに期待します。」
「えー・・・・・」
「なんです、その目は。ぶたれたいのですか?さすがはドМの駄犬コウですね」
「ケンカ売ってるよな?おれ怒っていいところだよな?」
こめかみをひくつかせるコウ。
「まあ・・・・女に手を挙げるなんてサイテー」
ミリスは怖がるようなしぐさをする・・・・わざとらしく、無表情で。
「こ、こいつ・・・いつもそんなこと言って逃げやがってーー!!」
コウをけなしながらもミリスはセラをうかがう。
ピリっ
空気が一瞬しびれた。
セラがかすかに動いた。
ふらつきながらも起き上がる。
こちらを見た。
その眼は龍化した時のように、瞳孔が縦に裂け金色に輝く。
それを目にした瞬間、ミリスは寒気を感じた。
「コウ、人狼化を!!来ますよ!!」
「ああ?」
「急ぎなさい!死にたいのですか!」
「な、なんだよ。あーわかったよ!!」
コウの上半身がみるみる巨大化し、狼の姿へ。
ミリスは『炎灼鎧』を発動。
(一部龍化《Dクォター》、金色の瞳、ああ・・・・かつてのお嬢様が戻ってきた)
ミリスはセラの姿に戦慄するとともに、かつて自分があこがれた絶対的強者の帰還に喜び震えた。
~~~~~~
セラは沈みゆく意識の中でミリスの言葉を反芻する。
己の力から逃げるな。
わかっている。自分が逃げていること。
怖かった。
また同じことをしてしまうのではと考えてしまう。
私の暴走を止めようとして、父はけがを負い、その後遺症で死んでしまった。
龍族のみんなは私を責めた。
当然だ。私がしたことは暴走といえど許されることではない。
私は原因となった己の力を嫌い、無意識のうちに自分の力に枷をはめていた。
龍声も使いたくは無い。戦いたくはない。もう何もなくしたくない。失いたくない。
(じゃあ、どうして戦争に参加するの?)
この戦争に参加する理由。
銀龍の暴走を止め・・・・
(嘘。だってあなた銀龍が嫌いじゃない。)
嫌い・・・・そう嫌いだ。
父がいない今、銀龍には敵しかいない。
じゃあ、私はどうして・・・?
(思い出して。あなたが龍の郷を抜け出し、使わないと決めていた龍声を使ったのはなぜ?)
それは・・・・守るため。
(何を?)
大切なもの。
(それは何?)
ああ・・・・そうか・・・
ユウだ。
私はユウのために戦うと決めた。
あのお人好しで、スケベで、恥ずかしことを平然と言うばか。
初めて会った外の世界の人。
そして私の歌をほめてくれた人。
私はユウが好きだ。
守りたい。
(やっと正直になったね)
そういえば先ほどから聞こえるこの声は?
少女の声。
聞いた覚えがある。
(私だよ。あなたが封じた私)
目の前に銀髪の少女がいる。
私だ。10歳のころの私。
少女の足には鎖と足枷。
(守りたいものを見つけたね。)
ああ。
今まで忘れていてごめんなさい。
(いいよ。許してあげる。行こう今の私)
ああ、行こう昔の私。
鎖を砕き、足枷が外れる。
私はもう自分の力を恐れない。
少女とセラは手をつなぎ歩き出した。