第50話:決意と役目
「いた・・いたたたた・・・」
頭痛がする。
レンのあの投げ技・・・地面に叩きつけられたのが効いた。
頭に触れてみると包帯が巻かれている。
なんか最近、怪我して運び込まれるのが多い気がする。
周りには自分の寝ているもの以外にいくつかベッドがあり、薬品のようなにおいがする。
病院のような雰囲気だ。
部屋には人の気配がない。
しばらくボーっとしていたが、さっきの訓練を思い出し、意識がすっきりした。
神の視界
エーテルの流れとそれに込められた魂とも呼べるもの。
エーテルの記憶を読む。
そして虚構の技として再現する。
今回の訓練で改めて疑問に思った。
エーテルとは何なのか?
今回の訓練でエーテルというものが一体何なのか分からなくなった。
いままでは、いわゆる気や魔力的な力だと思っていたけれどどうやら違うようだ。
あの感覚・・・他人の魂に触れる感覚。
おっさんがかつて言っていた。
「エーテルとは粒だ」
と。
「人の記憶、魂、とかいろんなものを記録した粒。それを読むことができれば、お前も俺様とタメはれるかもなぁ~」
ずっと昔に言われたことだ。
タメはれる、か・・・
今の自分が本当におっさんと同等の力といえるのか?
正直まだおっさんの存在は、はるか遠くであるように思える。
『錯線』を見取った時のあの感覚。
技を編み出したその人物の意志までのぞくことができたあの感覚を忘れないようにしなければ・・・
ふとベットの横に気配を感じた。
「ユウ・・・・調子はどお?」
いつの間にかベットのそばに白い少女が立っていた。
びっくりするくらいニコニコしている。
すごく機嫌がよさそうである。
「ああ・・・・イヴか・・・調子はまあまあ・・・ってそっちはご機嫌みたいだな?」
「んん?わかる?わかっちゃうか~うへへへへ」
わかるよ・・・そこまでにやけてたら。
「で・・・何なの?」
「え?・・・こっちのこと。気にしないで」
気にするわ。
変なの・・・
「ううっん、さて真面目な話をします。」
イヴは咳払いをして、ゆるんでいた顔をちょっと引き締めた。
「もうすぐこのザガルバフを魔物の大群が攻めます。仕組んだのは当然、竜宮天次郎。帝国の特殊部隊も参加してくるわ。ユウを叩きのめしたあいつもね。」
は・・・?
思考が停止した。魔物が攻めてくる・・・?
「な、何言ってんだ?そんなのなんでわかるんだ?」
「私は伝えるべきことは伝えたわ。ユウこの戦いを乗り越えなさい。本来の目的を遂げるためには、この程度の危機は乗り越えていかなければならない。」
イヴは笑みを浮かべたまま重要なことを言う。
その内容とイヴの表情の違いに余計に混乱する。
「ちょ、ちょっと待て。何でそんな急に・・・本来の目的だって?何言ってんだ?」
何で急にそんな重要な話を・・・
「戦争はもう止まらない。世界の敵はもう手の届くところにいる。猶予はあと2週間ほど。」
「おい!?ちゃんと説明しろよ。意味わかんないって!」
あせった。急にこんな話をされても困る。
「ユウ、この世界に連れてきた異界人の役目をそろそろ果たしてもらうわ。じゃあ、がんばって。」
「お、おい・・・」
そう言ってイヴはうっすらとほほ笑んだ後、姿を消した。
しばらく考えがまとまらなかった。
何度かイヴを呼んだが、出てくる様子はなかった。
魔物が攻めてくるって、本当なのか?
でも、今までイヴの言葉に間違いはなかった。
そして、考えないようにしてきたことが心に浮かんだ。
イヴは本当に味方なのか?
いろんな情報を知っていることも、魔物の出現を教えてくれることも、イヴが自分のことを『管理者』だの『神様』だの言うので、知っていて当然のことなんだろうと思っていた。
いや、そう自分に言い聞かせていた。
僕をこの世界に連れてきた少女。
今まで何度も助けてくれた。
でもいままでのことがもし仕組まれたものなら・・・・?
僕がこういった思考をしていることもイヴには筒抜けなのかもしれない。
でもそう考えられずにはいられなかった・・・
「くそ・・・・急に重大なことぶち込みやがって・・・」
うじうじ悩んでいる場合じゃないな・・
とにかくイヴの情報をあの皇太子やザガルバフの人に伝えないと・・
ベットから這い出し、着せられていた薄い入院着のようなものを脱いで、置いてあった服に着替える。
どうやら僕の持ち物なかの一つのようだ。
着替えてから外に出てみると、ばったりセラと出くわした。
と言うより病室に入ろうとしていたようだ。
「おっ・・セラ」
「・・・はぁ・・・・もう大丈夫なのか?」
セラは最初驚いた顔で僕を上から下まで見ていたが、異常がなさそうなのを感じ取り、ため息をついた。
何かため息をつかれるようなことしただろうか?
「えーと、なんのため息?」
「ユウは周りにどんだけ心配をかければ気が済むんだと、呆れているとこ」
「あー・・・・ごめん」
最近病室で目を覚ます機会が多いことは自覚している。
「おおっと、そうだ。セラ、皇太子とかはどうしてる?ちょっと伝えたいことがあるんだけど」
当初の目的を思い出して聞いてみる。
「ん?ラブリフ殿下なら先ほどドンフォイスに呼ばれていたぞ」
「誰、それ?」
「ザガルバフの長だ。砂狼族の長でもある。」
「その人どこにいるの?」
この件は皇太子にもザガルバフの長にも、イヴの話を伝えておかなければならない。
「この首領塔の最上階だ。・・・・ユウどうかしたのか?何を急いでいる?」
ここって首領塔だったのか
「え・・?まあいろいろあって・・・」
どう説明したらいいものか迷う。
正直に言ってもいい。
セラはイヴのことを知っている。
そこで思い至った。
どうやって皇太子とザガルバフの長にこの事を伝える?
イヴの言ったことを信用してもらえるのか?
「どうした?まだやっぱり調子が悪いんじゃないか?」
急に僕が黙り込んだので、セラが心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
碧の瞳が心配そうな色を宿している。
「いや、ちょっと衝撃的なことをイヴから聞いてさ・・・」
「私に話せ。私もユウに話したいことがあった。」
セラがずいっと近づいてきた。
一人で考えていても仕方ないか・・・
セラの話ってのも何なのか気になる。
「そうだな・・・一人で悩んでも解決しないか・・」
~~~~~
廊下から近くにあったテラスに移動した。
テラスからはザガルバフを一望できる。
赤茶色の岩とそびえたつ山。
過酷な環境であるにもかかわらず、ザガルバフは活気に満ちている。
エレメント鉱石とそれを精製する技術。そして豊富な地下水がこの活気を実現している。
「で・・・イヴの話っていうのは?」
「ん・・・ああ。それは・・・・」
セラにイヴから言われたことを説明した。
「だからセラはすぐここを出た方がいい。戦争に巻き込まれることになる。そうなってしまったらお母さんのことも満足に探せなくなる」
「いや・・・私が話したかったこともそのことだ。私はこの戦いに参加する。」
「・・・・は?なんで!?お母さん探すんだろ!?」
セラは母親を探すためここまで来たはずだ。
なんで戦争に参加する必要がある?
「この前の戦いのとき、私に攻撃してきた龍族の者がいただろう?」
「ああ・・・いたな。銀髪の人でしょ?」
龍声を使っていたし、雰囲気がセラに似ていた。
「あの男の狙いは私だ。そして銀龍一族は竜宮天次郎に荷担している。」
「銀龍が・・?龍族ってあんまり外部に出てこないんじゃないのか?」
龍族は排他的な一族だとおっさんから聞いている。
どこに住んでいているのかもはっきりと知られていない。
それにセラを狙っている?聞き捨てならないな。
「いまの銀龍宗主は私の叔父に当る人だ。その人は銀龍の力を使い、外への侵略を望んでいる。龍族の郷では己の支配欲を満たせない人だ。だから竜宮天次郎と手を組んでいたとしても不思議じゃない。」
「じゃあなおさら戦争に参加するべきじゃないだろ!狙われてんだろ!?」
「私が銀龍の一族だからだ。死んだ父上も銀龍が世に災いをもたらすことを望みはしない。だから私が止める。そう決めた。」
セラは強い意志を秘めた瞳でこちらを見た。
無理だ。その瞳をみて、説得するのは無理だと理解した。
セラ頑固だもんなぁ・・・
「はぁ・・・わかった。で、なんでセラが狙われんの?」
「それは私が銀龍前宗主の娘で、銀龍とは政治的に対立関係である金龍の次期宗主と婚約関係にあるからだ・・・・・あ!?べ、べつに婚約といっても、だいぶ昔に会っただけだし、私は龍族の郷から抜け出してきてるから無効だ!気にしなくていいからな!」
説明の途中で顔を真っ赤にしてセラが焦って早口になった。
政治的な対立か・・・セラを面倒なことに巻き込みやがって。
「ふーん・・・・そういうことか」
「・・・・えーっと・・・それだけか?」
「え?何が?」
「ぬ・・・別になんでもない!!」
いや、何かあるだろ。セラがなんか不機嫌になった。
「よし!だいたい事情はわかった。セラが戦争に参加するという決意も理解した。だから、戦うなとは言わない。その代わり絶対に僕がセラのことを守ってやるよ」
「は・・・え、・・何だ急に!?ま、守るってそんなの・・・むしろ私が守ってやるっというか・・・えーと・・・・何でそんなこと急に言うんだ!」
セラが顔を真っ赤にしてわめいた。
そこまで恥ずかしがられると、こっちも恥ずかしくなる。
「え、いや、なんとなく・・・」
セラのこういうかわいい反応を見るのは久しぶりの気がする。
「・・・と、とにかくイヴの言葉を伝えるときには私も同席する。ユウの言葉が間違いでないことを証明する。」
「ありがと。ま、悩むよりも進めだな。当たって砕けろだ。ダメもとで言ってみるよ。」
強い味方を得て、首領塔の最上階に向かうことにした。
~~~~~
首領塔はドーナツを何個も上に重ねたような構造をしている。
中央の吹き抜けを浮遊リフトに乗り、上下移動する仕組みだ。
リフトの浮遊感はエレベーターに近いものがある。
最上階の大きな両開きの赤色の扉。
狼を象った豪華な装飾がある。
扉の前にには二人の屈強な男が2人。
「何か御用か?」
威圧感いっぱいだ。
「えーと、首領さんに話が・・・」
「現在会議中ですので、しばらくお待ちを・・・」
その時、扉が内側から開いた。
「あ、ホントだ。ユウさん起きてたんですね。」
顔を出したのは、チコだった。
「レンさんが、ユウさんとセラさんの足音がするって言ったら、当たりでした」
部屋の中から足音を聞きとるって、すごい地獄耳だ。
「さあ、入ってください。ちょうどよかったです。お二人にも伝えるべきことを話し合っていましたので。」
そう言ってチコは、僕とセラを部屋の中に招き入れた。
伝えるべき事って何だろう?
セラと顔を見合わせ、首をかしげる。
室内中央奥には大きな椅子があり、そこには大柄で白くなった髭をたくわえた老人。
その瞳には外見以上に力が宿っており、この都市の指導者であることを感じさせる。
その椅子の前には亡霊騎士団の面々が集まっていた。
有翼人のローラさん、犬上レンなど僕が知っている人もいるが、知らない顔ぶれも多い。
メイドさんが混じっていることを、とても問い詰めたい。
え、なんでみんな普通にしてるの?メイドさんだよ?
レンは僕との訓練のせいなのか、頭に包帯を巻いている。
アルとチコとルーリア、ラブリフ皇太子もいる。
ほぼ全員が一斉にこちらを見た。
「あー・・・・お邪魔でしたか?」
視線が集まりひるんでしまう。
「いいや、良いタイミングだ。体は大丈夫か?」
ラブリフ皇太子が、さわやか男前フェィスで尋ねてきた。
「ええ、まあ。で、どうしたんです?みんなで集まって。」
「ああ・・・・・悪い知らせだ。」
ラブリフ皇太子は顔を引き締め言った。
「帝国が全世界にむけて宣戦布告した。」
「え・・・・?」
イヴの言葉を思い出した。
『世界の敵は手の届くところにいる』