第45話:セラの日記(3)
6月2日
亡霊騎士団の人たちに救出されて2日。
現在は飛空挺に乗せてもらい、砂漠を越えている。
船内は比較的涼しいが、外は暑い。
砂漠というものは知識として知っていたが、実際に体験するととても辛い。
徒歩で歩くことにならなくて良かった。
ユウはいまだに死んだように眠り続けている。
今日も様子を見に行ってみる。
ドアをノック。
「は〜い。どーぞー」
部屋の中から間延びした声が聞こえる。
ドアを開け部屋の中へ。
部屋には小さなテーブルとイス、そしてベッドがある。
ベッドにはユウが寝ており、イスには白く美しい羽を背中に持つ女性が座って本を読んでいる。
「おはよーセラちゃん。」
「おはようございますノーラさん」
背に白い羽、金髪、いつも優しげな笑顔をしている有翼人。
それがノーラ ローランという女性だ。
優秀な詠唱師であり、空戦においても無類の強さを発揮するそうだ。
ルーリアに、
「あの人と空中戦をして、一度として後ろを取れたことがありません」
と言わせるほどだ。
見た目と違って、かなりの腕なのだろう。
「ユウはどうですか?」
「んー、だいぶマシになって来たよ。心拍数も上がって来たし、肌も血色がよくなってきたみたい。」
「そうですか・・・・・」
よかった。
一時はどうなることかと・・・・
腹に大きな穴をあけられて、この程度ですんでいるのは幸運なのかもしれないが。
よくよく考えてみると、ここ最近ユウは良く怪我をしている。
前回の魔物との戦闘でも倒れたんだったな。
ユウに近づき、頬に触れる。
冷たい。だが、少し暖かさが戻ってきている。
しばらくその寝顔を見つめる。
「心配?」
「そりゃあまあ・・・心配ですよ。こう頻繁にこんな大けがをすると」
「ふーん・・・・あのさー、セラちゃんはユウ君の恋人なのー?」
いきなりそんな言葉が飛んできた。
振り向くとニコニコ笑うノーラさん。
とっさに否定する。
「は?・・・・いえ、違います!!」
「あら、違うの?」
「違いますよ!!どうしてそういうことになるんですか!?」
「だって、いい雰囲気だしてたしー・・・・ルーリアちゃんの話を聞くと、そーなのかなーと思って」
ルーリア・・・・いったい何を話した?
後で聞いてやらなければ!!
「でも、好きなんでしょ?」
「な、なんでそんな話になるんですか!?」
「だってー、最近こういう色っぽい話が周りになくて、飢えてるんだよ〜」
知りませんよ・・・・
このままこの話を突っ込まれるといろいろ大変なことになりそうなので逃げよう。
「私、用があったのでもう行きます!ユウのことよろしくお願いしますじゃあ!!」
早口にそう言って部屋を出る。
「あー、ずるいーまた今度聞かせてねー」
ドアを出て、閉まるまでの間にノーラがそう言った。
私はあの人苦手だな・・・
〜〜〜〜〜〜
6月3日
船内の一室。女性陣が寝泊まりしている部屋。
昨日と同じくユウの様子を見て、部屋に帰ってくると珍しい組み合わせの二人がいた。
チコと人狼族の忍びである犬上 レンだ。
レンは短めの黒髪に、頭部に大きな犬耳、お尻にフサフサのしっぽを持つ小柄な少女だ。
ヤマトの出身で、『忍者』という暗殺などの隠密行動を主とする職業らしい。
二人はテーブルをはさんでイスの座っている。
テーブルの上には、武器類が数多く並べられている。
どれも見慣れないものばかりだ。
「あ!セラさん、お帰りです。ユウさんはどうでした?」
「うん。順調に回復してるみたいだ」
「そうですか!!よかったです!!」
チコは飛び上がって喜んでいる。
それにしてもチコは何してるんだ?
「それはですね、レンさんにヤマトの武器についていろいろ聞いていたんです」
レンはコクコクと頷く。
そういえば私はこの人と話したことがない。
「そうか・・・・ヤマトの武器は変わっているのが多いな。これはなんだ?」
手のひらサイズの十字の形の金属を手にとる。
「手裏剣と言うそうです。投擲武器です」
「これを投げるのか?」
「はい。回転することで殺傷能力を高め、投擲時の軌道を安定させます」
「ふーん・・・・これうまく飛ぶのか?」
私がそう言うと、レンが手裏剣を手に取り壁に向かって投げた。
ストトトトト
という音をたてて、横一列に綺麗に10の手裏剣が突き刺さった。
一度しか投げたように見えなかったが、いつの間にか10本も投げられている。
「おおー!!すごいです、レンさん!!」
「すごいな・・・・こんな一瞬で10本も正確に投げるなんて」
「別に、普通」
レンはまったくの無表情だが、お尻にあるしっぽはパタパタ振られている。
喜んでるのか?
顔には出ていないが、割と感情豊かなのかもしれない。
その後もチコは連に質問しまくっていた。
レンは嫌な顔を見せず、それにつきあっていた。
何となく微笑ましく思いながらその姿を眺めた。
〜〜〜〜〜〜
6月4日
砂漠を越え、ザガルバフに到着した。
大きな山のふもとにある鉱山都市。
いくつもある煙突から煙が出ており、ゴンゴンという音が鳴り響いている。
帝国随一のエレメント鉱石産出量を持ち、自治都市として砂漠狼が統治している。
エレメント鉱石はエーテルを用いる武装を製造する上で必要となる金属だ。
戦争をするためには大量に必要となる。
そのため10年前の帝国によるザガルバフの襲撃は、前大戦の引き金になったそうだ。
着いてすぐにザガルバフの中心部にある塔のように背の高い建物に通された。
この建物は『首領塔』というらしい。
浮力床に乗って『首領塔』の最上階へ。
亡霊騎士団の面々と共にザガルバフの首領・フォイス シュラーと人物に謁見をするそうだ。
建物の最上階の部屋。部屋の中心には壮年の男性がいる。
礼をして、全員が入室した。
「よく帰った。共和国の方はどうだった?」
しゃがれているが良く通る声でドン・フォイスが言った。
「ああ。『牙王』の救出は成功したぜ」
気安い感じでコウが答える。
そういえば、コウさんもシュラーというファミリーネームだったはずだ。
親子なのか?
「ふむ・・・・それにしてはずいぶん早い帰りだな。何かあったのかな、ミリス君」
「それはだな!」
「コウっ!!お前は黙っていろ、私はミリス君に聞いているんだ!バカ息子が失礼した」
一喝されて、コウさんは大きな体を込ませてシュンとしてうなだれている。
やっぱり、親子か。
ミリスが前に出る。
相も変わらずメイド姿のまま。
「はい。『牙王』様の救出に成功した現状では共和国よりも、竜宮天次郎が目撃されている帝国の方が危険性は高いと判断しました。そして・・・」
「あー、そっからは俺が」
凶一郎さんがミリスを止める。
ドン・フォイスが嫌そうに顔をゆがめる。
「貴様か・・・・竜宮凶一郎。なぜお前がここにいる?」
「まあ、それは気にしないで。今回の帰還は俺の意志だ」
どうやら、ドン・フォイスは凶一郎さんを良く思っていないようだ。
言葉の端々に敵意が見える。
「どういうことだ?」
「今回の『イヴの眷属』は俺の弟子でね。ちょっと心配になって急いで帰って来た」
「なにぃ!?そんな話は聞いていないぞ!!」
「まあ、今はじめて言ったからな」
「なぜ黙っていた!」
「もう巻き込むのはごめんだと思ったからさ。あんただって思うだろ?」
ドン・フォイスは黙りこんだ。
やはり仲は悪いようだ。
それにしても『イヴの眷属』というのはユウのことだろう。
今回、とはどういうことだろう?
やはり私には知らないことが多いようだ。
それから現状報告をミリスが行い、解散となった。
〜〜〜〜〜〜
6月5日
昨日はドン・フォイスに用意してもらった部屋でぐっすり眠ることができた。
今日はルーリアと昼食を一緒に食べる。
『首領塔』の食堂。
ルーリアと共にテーブルにつく。
メニューは肉っぽい物が多い。味はなかなかだ。
「あ、そうだルーリア。昨日のことで、聞きたいことがあるんだが」
「ええ、いいですわよ。何です?」
いまだに前回の戦闘の怪我が治りきっていなようで、ルーリアの腕には包帯が巻いてある。
「昨日のドン・フォイスへの報告の時、『牙王』を救出したって言ってたけど、誰のこと?」
「『牙王』というのは通称で、本名はグラトン ブルクという共和国の狼将軍です。」
「狼将軍?」
「ええ。一兵卒から将軍まで上り詰めた人狼族の英雄です。帝国側からは『牙王』と呼ばれています。亡霊騎士団の初期メンバーで、頼りになる方です。」
共和国の人か。
亡霊騎士団のメンバーは底が知れないな・・・・
「助けだしたってことは捕まってたのか?」
「ええ。共和国でも帝国と同じように開戦派が力を持ち、非戦派であったグラトン将軍は拘束されていたんです。それを凶一郎さん達が救助に行ったということです」
なるほど。
共和国でも帝国と同じようなことが起こっているのか・・・・
偶然・・・・じゃあないよな
それにしても、
「ミリスが亡霊騎士団のメンバーだってことには驚いたな・・・・」
ミリス F.D. ガイエン
かつての私の世話係の炎龍。
まさか、ミリスまで国を出ているとは思わなかった。
「ミリスというと・・・・あの赤毛でメイド服の?」
「ん?ルーリアは面識がないのか?」
「ええ。亡霊騎士団に龍族の方がいるなんて初耳でしたわ。驚きました。しかもセラの世話係だった人だなんて・・・・・世間は狭いですわねー」
それは同感だ。
〜〜〜〜〜〜
食事を終え、紅茶を飲みゆっくりしていると
「ルーーーーーーーリーーーーーーーアーーーーーー!!」
と、大きな声を出しながら食堂に誰かが飛び込んできた。
さらさらの金髪に上等そうな服を着た青年だ。
ルーリアのほうを見ると、頭を抱えてため息をついている。
青年はルーリアを見つけると、すぐさま近づいてきた。
「久しぶりだね、マイハニー!!怪我をしたらしいじゃないか!!心配したよっ!!」
「殿下・・・・・あなたは狙われている身であることを理解しているんですか?目立つ行動は控えてください」
「殿下なんてそんな他人行儀な!!いつもみたいにラー君と呼んでいいんだよ!!」
私の第一印象は、何だこいつ、だ。
異様なテンションに若干引いてしまう。
ルーリアの知り合い?
「殿下をそう呼んでいたのは子供の時だけです!!少しは静かにしてください。」
そこでゴホンと咳払いをして、
「セラ、ご紹介します。以前話した、現在絶賛逃亡中の帝国皇太子ラブリフ R シグルド殿下ですわ」
この人が皇太子!?
もっと落ち着きのあるのを想像していたが・・・・
どうすればいいんだ?
形式通り膝をついて礼をした方がいいんだろうか?
私が戸惑っていると、ラブリフ殿下はこちらを見た。
「やあ!!はじめまして、セラさんと言うのかい。僕はラブリフ。気軽にラー君、またはラー様でもいいよ」
「はあ・・・・」
今思い出したが、ルーリアが前に皇太子はアルに似ていると言っていた。
なんとなく覚えがある光景だ。
仮にも相手は皇太子。ぶん殴るわけにもいかない。
「君が良ければ僕の嫁にガバラッ!!」
後半の言語の乱れは、ルーリアの右拳が顔面に突き刺さったためだ。
「相変わらずですね、殿下。しかしこの子に手を出したらわたくしがタダじゃ置きませんよ。わたくしの大切な従姉妹ですので」
ラブリフ殿下は殴られて顔を腫らしているが全く微動だにせず、会話を続ける。
「なんだって!?どおりで美しいはずだ!!ぜひとも僕の・・・・・ルーリア、その拳は何だい?」
怖い笑みを浮かべてルーリアが拳を振りかぶっている。
「次は手加減しませんわよ」
「はっはっはっは!!冗談だよ、ルーリア。なんだい、嫉妬しているのかい?安心していいよ。僕のハニーは君だけさ!!」
アルよりも打たれ強い分、たちが悪いな・・・・
隣からは肉を殴打する音が何度も響いている。
怒ってるなー、ルーリア。
こうして帝国皇太子との騒がしい出会いを果たした。