第39話:ダイブ!!
憲兵隊。
軍隊内部における警察組織だそうだ。
アルが教えてくれた。
僕たちは赤い軽装鎧と兜で顔を隠した兵士に囲まれている。
全員が抜剣しており、剣を突き付けてきている。
どーして?まだ何も悪いことしてませんよ?
囲む兵士の中から、兜の形が少し違う兵士が前に出てきた。
おそらく隊長格だろう。
「我々は、帝国憲兵隊だ。帝国騎士団第一空挺連隊所属『大鷹隊』副隊長ルーリア ハルギート第一級空戦騎士。あなたに国家反逆罪の容疑がかかっている。ご同行願おう。」
げぇ・・・・・
おそらく亡霊騎士団のことが漏れたのだ。
クーデターで開戦派が支配している現在の帝国にとって、戦争を止めようとする亡霊騎士団は邪魔以外の何ものでもない。
どうしようか?
強行突破でもするか?
「おい、ユウ。動くなよ。狙撃詠唱師がいる。」
アルが小さな声で言った。
憲兵隊の飛空挺を見ると、甲板上に数人の詠唱師が通常よりも大きな詠唱杖を肩に担ぐようにして、こちらに照準をつけている。
バズーカ砲で狙っているような姿だ。
狙撃詠唱師とはその名の通り、遠距離狙撃に特化した詠唱師だ。
射程距離は、通常の詠唱杖の大氣術をはるかに凌ぐ。
ただ、狙撃用詠唱杖は大きく、取り回しが悪い。
接近戦では全く役に立たないため、使いどころが難しい。
現在の状況では、狙撃詠唱師の存在は脅威だ。
こちらの攻撃の射程のはるか向こうだ。
迂闊に動けば、即大氣術が叩きこまれるだろう。
「わかりました。同行しましょう。この方たちは関係ありません。見逃していただけますか?」
ルーリア!?
一人で捕まる気か!?
しかし、隊長格の兵士は首を振った。
「いえ、同行者も連行しろとの命令を受けております。残念ですが・・・・・・」
こりゃ大人しく捕まるしかないかな。
セラが今にもとびだしそうでヒヤヒヤする。
「ん?確か、同行者を含めて5人のはずだ。船内は捜索したのか?」
と、隊長格の兵士が部下に言う。
チコだけがいまだに船内に残っている。
「現在船内を捜索中です。捜索班がまだ戻ってきていません。」
チコは無事だろうか?
そう思っていると、船内のほうからドスンという音が何度か聞こえた。
「おいおい・・・・・まさかちびっ子、戦ってんじゃないだろうな・・・・」
アルが心配そうに言う。
大丈夫かな?
船内に続くドアがゆっくり開いた。
そして、隙間から筒状の物が二つ転がって来た。
筒は隊長格の兵士の足に当たり、止まった。
カシャっという音と共に筒の両端が開き、煙が噴き出した。
煙幕か!!
ナイスだ、チコ!!
これなら視界が悪くて、狙撃できない。
目の前にいる兵士の剣の側面に触れ、エーテルを徹す。
兵士が徹していたエーテルを一瞬で押し返し、剣を支配下に置く。
剣をへし折り、兵士のみぞおちに当て身を入れる。
僕が動くのと同時に、セラとルーリアも動いた。
兵士たちは煙幕にひるんでいる。
セラは目の前にいた兵士を掌底で突き飛ばした。
何人かを巻き込み、倒れる。
ルーリアは折りたたみ式の斧槍起動して、隊長格の兵士の足を払い、転ばせた。
だがこのまま戦っていても、いずれは捕まる。
この場合は・・・・・・・
「みんな、降りるぞ!!」
煙幕で視界が悪い中、全員に聞こえるように言う。
向かってきた兵士を足払いで転倒させ、アルのほうに寄る。
「ユウ、まさか降りるって・・・・・冗談だよな?な?今、空中飛んでんだぞ!?」
「諦めろ。行くぞっ!!セラも早くっ!!ルーリアはチコを頼む!!」
僕は渋るアルを抱え、船の端まで走る。
セラもこちらに向かって来ているのが見える。
ルーリアはチコを抱えて、僕たちとは反対側の手すりに向かっている。
追いかけてくる兵士に向かって、ダガーを投げる。
チコが作った特別製ダガーだ。
エーテルを徹すと、爆発する仕組みになっている。
エーテルを徹す量によって爆発時間を調節できる。
ダガーに直接術式を刻むため、一本あたりの単価が高いのがネックだ。
ボンッ!!
「うわぁっ!!」
甲板に突き刺さったダガーは追いかけてくる兵士の足もとで爆発し、吹き飛ばす。
甲板の手すりに足をかける。
その先はもう何もない。
景色は、はるか下に見える。
覚悟は決めた。
「おいおいおい!!マジかよっ!!うわぁぁぁぁぁぁ!!」
わめくアルを無視して、僕は空中に身を投げた。
〜〜〜〜〜〜
ゴォオオオという風を切る音。
さてこれからどうしよう・・・・・
飛びだしたのはいいが、その先を考えていない。
昇華して、技の反動で落下速度を相殺するのはどうか?
ん〜・・・・無理っぽい。
飛行機に乗ったことすらない僕が、スカイダイビングなんて当然初めてだ。
どうすれば空中を移動できるのか分からない。
チコは翼脚甲を持つルーリアに抱えられているから大丈夫だろう。
抱えているアルを見てみると、失神している。
おいおい・・・・
頭を叩かれた。
何かと思ったらセラだ。
どうやらうまく体を操作して、こちらに寄ってきたようだ。
僕の耳元に口を当て、何か伝える。
「龍化する・・・・・これを・・・たの・・・目をつむ・・ろ・・見るなよ!!」
そう言って、付けていた手甲を外し、僕に渡す。
風の音でよく聞き取れなかったが大体分かった。
僕は頷く。
龍化。
すなわち、龍族の真の姿である龍の姿への変身。
セラは体を動かし、空中を器用に移動して僕から離れた。
セラの体が輝き、大氣エーテルが収束。
龍化が始まった。
あ・・・・そう言えば龍化すると着ている服が破れる。
それで、見るなってことか。
目を逸らしておく。
輝きが収まると、落ちる僕の真下にもぐりこむように大きな銀色の龍が現れた。
セラが相対速度を合わせてくれて、何とか背中の上に着地する。
「おっとっと・・・・ふうー・・・・ありがと、セラ。助かった。」
「ああ。降りるなんて言うから焦った。服も破れちゃったじゃないか・・・・・」
龍の姿のセラは不満そうに言った。
っていうか龍の姿でも話せるんだ・・・・・
龍化したセラを見るのは久しぶりだ。
首の根元に行き、座る。
なかなかセラの背中の乗りごこちは結構いい。
銀色の美しい鱗が僕の足もとに並んでいる。
撫でてみるとすべすべしていて、気持ちいい。
「こ、こら!!おい、ユウ!!くすぐったいからあんまり触るな!!」
お?
感覚があるのか。
「おーい、ユウさーん!!」
上を見るとルーリアに抱えられたチコが手を振っている。
良かった。みんな無事だったようだ。
アルはいまだに失神したままだが・・・・
〜〜〜〜〜〜
うっそうとした森が眼下に見える。
その森の中の開けた場所に降りることにする。
セラが着地して、僕はアルを担いで飛び降りる。
「よっと・・・・・セラ、お疲れー。」
「ああ。」
龍の姿のセラが言う。
上空から薄緑色のエーテル反射光を輝かせルーリアがゆっくり降りてきた。
着地して、担いでいたチコを下ろす。
「ふ〜・・・・・重かったですわ。チコはいったいどれだけ荷物を持ってるんですの?」
「リュックの中に皆さんの荷物も詰め込んできましたから。」
チコのドでかいリュックも担いでいたんだから、ルーリアも大変だっただろう。
「チコもルーリアもけがはない?」
「ええ。」
「はいです。」
よかった。
それもこれもチコの煙幕のおかげだ。
「チコ、あの煙幕、助かったよ。」
「いえいえ。船室から帝国の船が見えたんで念のためと思ったら、憲兵隊が現れたんで驚きました。」
まあそうだろうな。
帝国国内に入ってさっそく目をつけられてしまった。
「ユウ。人型に戻る。あっちに行ってろ。」
セラがこちらを睨んで言った。
こわいこわい。
失神しているアルを引きずって離れる。
「あら?ユウはどこに行くんですの?」
「ルーリア、セラのことよろしくー。」
ルーリアはセラが真っ裸になっていることを知らないだろう。
〜〜〜〜〜〜
ルーリアはアルを引きずって森の奥に行くユウを見送った。
「どういうことですの?」
よろしくと言われましたが、どういうことなのでしょう?
そう思っていると、目の前に立っていた銀色の龍が発光した。
龍の体に大氣エーテルがまとわりつき、ポンっと小さな爆発の後そこには人の姿のセラがいた。
素っ裸で。
「セラ・・・・なんで裸なんですの?」
「し、仕方がないだろ!!龍化は体を変異させるんだ。着ている服はすべて破れる。と、とにかく何か着るものをくれ!!」
あらあら・・・・龍族は意外と不便ですのね。
「チコ。わたくしの荷物から予備の服をとってください。」
チコがリュックから予備のわたくしの服を取り出した。
基本的な体格はセラとわたくしとでは、たいして変わらない。
あくまでもたいして、だが。
背の高さは少しセラの方が高い。
ただ、胸の大きさは負けていないはず。
チコが取り出した服を渡す。
「はいどーぞ。」
「わるい。助かる。」
木の陰に隠れて、セラはいそいそと服を着た。
服はわたくしが軽装鎧の下に着ている上下ともに黒い戦闘服だ。
しばらくして、服を着たセラが出てきた。
さすがに靴の予備はないので、裸足だ。
「すこし、丈が短いが、ちょうどいいな。ありがとう、ルーリア。」
「いいえ。それにしても、セラの龍化した姿には驚かされました。」
「そーですね〜。」
チコも同意する。
セラは少し悲しそうな顔をして、
「その・・・・・・怖かっただろう?」
と言った。
「は?いえ、そんなことはありませんよ。セラだって分かっているんですから。綺麗でしたわよ。銀色の鱗。」
「はいです!!とっても綺麗でした!!」
わたくしとチコの言葉を聞いて、セラは顔を赤くしている。
「あ、ありがと・・・・・」
と小さく言った。
ああ、かわいいなー。珍しく素直ですわね。
ユウを呼ばないと。
「ユウ、もーいいですわよ。」
「はーい。」
というユウの声が森の中から聞こえた。
これからのことを考えないといけませんわね。
〜〜〜〜〜〜
今日は着地した地点から少し移動した場所で、野宿することになった。
たき火をみんなで囲む。
「それにしてもひどい目に会った・・・・・」
と、アルが文句を言う。
お前はずっと失神してただろ・・・・
「チコ。ここがどのへんか分かる?」
僕が聞くと、チコはリュックから地図を取り出した。
「えーっと・・・・飛空挺であと2日でザガルバフに着く予定でしたから・・・・・たぶんこの辺です。」
チコが地図を指さす。
んー・・・・徒歩で行くとなるとまだ一週間はかかるな・・・・
「ごめんなさい、みなさん。わたくしのせいでみなさんを巻き込んでしまいました・・・」
と、ルーリアが頭を下げた。
「いや、僕は別に気にしてないよ。亡霊騎士団の件があるから、こういうことは覚悟してたしね。」
セラも頷いた。
「私もルーリアには母上のことをいろいろ聞けるから、ついてきたことには後悔していないよ。」
続けてチコも首をぶんぶん縦に振りながら、
「私も皆さんと一緒に行動するととても勉強になってますので、全然平気ですよ!!」
と言った。
全員の視線がアルにいく。
「え、俺?俺は謝っている女の子に文句なんて言わないぜ。紳士だからな!」
そして歯をキラーンと光らせた。
なまじかっこいいのでさまになっているが、イラッときた。
「みなさん、ありがとう。」
とルーリアは礼をした。
まあ、そんなことよりもだ。
「ルーリア、僕たちが向かうザガルバフってどんなとこ?」
「ザガルバフは砂狼族が自治統治する鉱山都市です。自治区ですから帝国も手を出しずらいので、わたくしたちの拠点となっています。それに、亡霊騎士団と砂狼族とは前大戦から協力関係にあります。」
ふーん。
鉱山都市か・・・・・
「おい・・・・よくよく考えると、徒歩で行くとなると砂漠越えしないといけないんじゃ・・・・」
と、アルが冷や汗を流しながら言った。
砂漠?
「そうなりますわね・・・・・仕方がありませんが・・・・・」
うげぇ・・・・とアルが漏らした。
ルーリアも顔をしかめている。
「砂漠があるの?」
「ええ。飛空挺は砂漠を越えてくれるはずだったんですが、徒歩で行くとなるとそうなりますね。」
「砂漠ってそんなにきついのか?」
とセラが聞く。
僕も砂漠というものは知っているが、当然体験したことはない。
「当然。飛空挺の上からでも、あの暑さは堪えるからな。あ〜・・・・今から憂鬱だ・・・・」
とアルが言う。
そんなに大変なのか。
不安だ・・・・・。
〜〜〜〜〜〜
帝国首都ダイノスト ラファエロ機関本部
機関長室。
大きな執務机の前にある豪華なイスに座る天次郎は、報告する副官を睨む。
「逃げられた?」
「は、はい。憲兵隊の制圧を抜け、飛空挺から飛び降りたようです。死体を捜索しますか?」
天次郎はおかしそうにくつくつ笑う。
「くっくっく・・・・死体だと?そんなものあるはずないだろう。銀龍の姫に空挺部隊のイーグルファイター、それに『イヴの眷属』がそろってるんだ。飛空挺から落ちた程度で死ぬわけないだろうが。」
副官は天次郎の言葉に恐縮する。
「も、申し訳ありません・・・・・・では?」
「ああ。地上に待機させてある『猟犬隊』とローグに連絡、殲滅しろ。」
そこで、さっきまで部屋のソファに座って黙っていた白衣をきた研究者の女が割り込んだ。
「待て。銀龍は殺さない約束だ。」
メガネを指で押し上げながら言った。
金髪を結いあげた美しい女性だ。
副官はいつも、この女の偉そうな物言いが天次郎を怒らせないかとヒヤヒヤさせられる。
「ああ。そうだったな。銀龍は殺すな。捕獲しろ。」
「り、了解しました。」
副官は連絡をするため部屋を出ていく。
「さて、今回の『イヴの眷属』の実力を見せてもらおうか。ふふふ・・・・・」
天次郎は楽しみをこらえきれないように笑う。
その様子を見ていた金髪の女は殺気をこめて天次郎を睨む。
「おい。銀龍は無条件でこちらに渡せ。いいな。」
「わかってるさ。睨むな。あんたとは敵対する気はない。」
研究者の女は席を立ちあがり、部屋を出て行った。
「おお、怖い。研究者のだす殺気じゃないね。」
天次郎はその殺気にすら楽しみを感じる。
さあて、『イヴの眷属』の実力によってこの先の計画はいろいろ変化する。
今回はどーかな?