第38話:平和でゆっくり空の旅
僕は飛行機に乗ったことがない。
中学の時の修学旅行で、新幹線に乗ったのぐらいだ。
そのため、飛空挺からの景色は圧巻だった。
だが、飛空挺に乗ってから三日目の今日は、あいにくの雨。
甲板に出ることができない。
現在は飛空挺の船内の一室。
僕たち五人が泊まっている部屋だ。
二段ベッドが4つ部屋の端にあり、部屋の中央には机と椅子が置かれている。
僕たちはその机で、チコの話を聞いている。というか、聞かされている。
チコのテンションが恐ろしく高い。
「本日、まずご紹介するのは、ユウさんの持つ多機能コート。前回の魔物との戦闘でできた損傷を見ごと修復しました!!」
そう言って、黒いコートを取り出し、広げた。
確かに魔物のレーザーで、背中に空いた穴が塞がれている。
しかし、ただ塞がれているわけではない。
穴のあった背中に大きく『鬼』と銀色の刺繍がある。
なんじゃこりゃ!!
なんでヤクザの人が着そうな感じになってるんだ!?
「な、なにこれ?」
「え?いや、かっこいいかなーと思って!!いいですよね?」
かっこ悪くはないが、着るのが若干恥ずかしいよ・・・・・
「この文字の部分、全部エルメト銀糸ですから、すごくお金かかっちゃいました。」
エルメト銀糸は術式記述などに使われ、エーテルを徹しやすい。
結構高価な素材だ。
どれだけ請求されるんだろうか・・・・
まあ、直してくれたからいいけどね・・・・
「はい、では次の商品をご紹介しますです!!次はユウラさんがセラさんに渡した、手甲『虎鉄』です!!こちらのセラさんのエーテルに対応するために、内部術式に微調整を加えました!!あ〜それにしても素晴らしい一品です〜。おおっと、よだれが・・・」
興奮しすぎだ。
ユウラさんがくれた手甲『虎鉄』は鈍い銀色の装甲に、金色の虎の装飾がついた業物だ。
おそらく、かなり上等な武器だろう。
「そんなにいいものなのか?」
と、セラが聞いた。
こら、チコの話が長くなるだろっ!!
「それはもう!!こちらもユウさんの刀同様、鬼族謹製の武具です!!並の技術じゃないですよ!!例えばこの部分、大気エーテルを吸収して打撃力に変換する特殊機構ですよ!!こっちは・・・・」
やっぱりいい品なんだな。
そんな物をポンと人にあげるユウラさんもすごいな・・・・
ところで、このままだとチコが鬼族の歴史まで語りだしそうなので、横やりを入れとく。
「よしっ!!チコ、次いこ、次。」
「おおっと!それもそうですね。では次は、アルさん用の新型詠唱杖です!!これは・・・・・・ってアルさん起きてください!!あなたのですよっ!!」
アルはさっきまでベッドの端に座って、チコの話を聞いていたが、いつの間にか横になって寝ていた。
チコの声で、アルは起き上がった。
「あーはいはい、起きますよー。ちびっ子の話は長いんだよ・・・・・」
と、あくびをしながら言う。
「真面目に聞いてくださいっ!!アルさんが使うことになるものですよ!!・・・・では、説明しますです。この詠唱杖は二重詠唱専用の詠唱杖です。並列処理機能を搭載するため、詠唱器を二器使用しています。」
詠唱器は詠唱杖の核となる部分だ。
それを二つもつけて、重くならないのか?
「そこんとこは知ってる。俺が設計したんだ。問題は重量のほうだな。」
僕の疑問通りのことを、アルが言った。
っていうか、アルが設計したのか・・・・・相変わらず、すげぇ万能っぷりだ。
「はい。重量については確かに一般の詠唱杖より若干重くはなりましたけど、許容範囲内に収めることができました。」
「へぇー・・・・・・おっ、ほんとだ。どうやったんだ?」
アルは詠唱杖を手にとって、確かめている。
確かに以前の詠唱杖より、杖の上の部分が大きくなった気がするが、大きな変化はない。
「高価ですが軽量な素材と、鬼族の技術を応用した詠唱器を使用してみました。」
「鬼族か・・・・なるほど。はじめて見る型だな・・・・」
アルは詠唱器を覗き込みながら、言った。
「ユウさんの刀とか、セラさんの手甲で学んだ鬼族の技術を実験的に盛り込んだんです。不具合があったら言ってください。」
「はいよ。ありがとさん。」
チコの優秀さを再確認できたな。
「それでは、こちらが請求書になります。みなさんの分を一つにまとめました。はい、ユウさん。」
請求書を受け取る。
え?
なにこの値段・・・・・?
「うわぁ・・・・・・すげぇ値段だな。」
「私の金は全部ユウに預けてあるから、後は頼んだ。」
「これは・・・・・すごいですわね。」
みな、他人事のように言う。
現在の所持金の3分の2が飛んでいくぞ。
「安くは・・・・・」
「なりません!結構苦労したんです。今回で手持ちのお金と素材をほとんど使いきっちゃいましたから。よろしくおねがいしますです。」
ぐぅー・・・・・
あ、そうだ。
「アル、お金出して。」
「ん?そりゃ、俺の詠唱杖の分は出すが・・・・・」
「いや、全部。」
「はあ?何でおれが・・・・・・」
金持ち坊ちゃんのくせにー。
ぶーぶー。
「・・・・・じゃあ、少しだけだぞ。」
「・・・・・・アルは神様だ。」
「大げさな・・・」
ありがたい。
しかし、またどっかでバイトしなくちゃいかんな。
〜〜〜〜〜〜
次の日、天気は晴れだ。
甲板に出ると、昨日の雨のしずくが太陽の光を反射して輝いている。
僕は深呼吸する。
「ん〜・・・・昨日、一日中部屋の中にいたから、気持ちいいな〜」
「そうだな。」
一緒に甲板に出てきたセラが言う。
セラの腰辺りまである銀髪も、雨のしずくに負けず劣らず太陽の光を反射し、輝いている。
その姿に見とれながら、船の後側の甲板に向かう。
甲板の端で、しばらくセラとぼーっと流れる景色を眺めていた。
なんとなくセラに聞いてみる。
「セラはさぁー・・・・お母さんに会った後どーするの?」
「ん?どーいうことだ?」
「お母さんに会って、お父さんの手紙を渡した後、龍族の国に戻るの?」
そう聞くとセラは、黙り込んだ。
しばらくして、ぽつりと答えた。
「・・・・・・・わからない。」
戸惑っているというか、途方に暮れているような感じだ。
「故郷に戻りたいとは思はないの?」
「あまりいい思い出はないし、そもそも私は脱走して来たからな。帰るわけにはいかない。」
セラは龍族の国で監禁されてたらしい。
龍族ってよくわからんなー
「ふーん・・・・・そっか。じゃあ、今のところ目的はなし?」
「そうなるな。君の方こそ戦争を止めた後どーするんだ?・・・・やっぱり、元の世界に戻るのか?」
セラは少しさびしそうに言った。
「あー・・・・・・どうしようかな。この世界に不満はないし、別に帰らなくてもいいかなーとか思ってる。」
この世界に来て二年が過ぎた。
両親や姉、友人に会えないのは少し寂しいと思うこともある。
でも、二年たっているのだ。元の世界で何年たっているか分からないが、二年の月日は大きい。
そして、僕はもう何人も人を殺している。
いまさら帰って、何もかも忘れて平穏に暮らしていけるか分からない。
そんなことを考えると、このままこの世界に居てもいいかなと思う。
「だから、この世界を旅してまわろーかと考えてる。」
「そうか・・・・・・」
「セラも目的がないんなら、一緒に行く?」
なんとなく誘ってみる。
すると、
「い、いいのか!?私も一緒に行ってもいいのか?」
と、やたら興奮して聞いてきた。
僕はおされぎみに答える
「あ、ああ。別にいいよ。」
「ほんとか?ほんとにいいのか?」
「そんなに何度も聞かなくても・・・・・・うん。いいよ。一緒に行こう。」
「うん。・・・・・・ありがとう。」
めちゃくちゃ笑顔で礼を言われた。
うー・・・・・面と向かって礼を言われると、恥ずかしいな。
っていうか、別に礼を言われる理由もないんだが。
今すごい顔が赤くなってるだろうな。
セラの笑顔は割と貴重だ。
恥ずかしいのを紛らわすために、甲板の手すりいついている雨のしずくをすくってエーテルを徹す。
水をビー玉のような球体にして、指で転がす。
「ユウは相変わらず器用だな。」
「え?なんで?」
セラは僕の手にある水の球体を見て、感心している。
「それだよ。水にエーテルを徹すだけならできるが、そこまでうまく変化させて球体にするなんて、並みじゃないぞ。」
あれ?そーなの?
誰でもできるもんだと思ってた。
「その通りですわ。」
んお!?
びっくりした。
後ろには、美しい縦ロールの金髪をなびかせた少女。
ルーリアだ。
セラもそうだが、この二人はやたら気配を消して近づいてくることが多い。
ルーリアはそのまま移動して僕の隣に立った。
「水や木材などの有機物にエーテルを徹すこと自体は、それほど難しい物ではありませんが、ユウのしているように自在に形を変化させることは非常に難しいものです。水の操作は本来、大陸北部に住む人魚族のみに伝わる秘伝なのですよ。」
「そーなの?・・・・・・おっさんが普通にしてるから誰にでもできると思ってた・・・」
「おっさんというと・・・・・・凶一郎さんのことですの?」
「うん。ルーリアは知ってるの?」
「ええ。4年ほど前に一度お会いしています。稽古をつけてもらいましたわ。」
へー、ルーリアと知り合いだったのか。
「ユウ。もしよければ、その水の操作、教えてもらえませんか?おもしろそうです。」
僕の手元の水の球体を指さして言った。
「え?別にいいけど・・・・・・。」
「それではお願いします。」
「ちょっと待て。私にも教えろ。」
急にセラが割って入って来た。
「不器用なセラには無理だと思います。それに、さっきまで二人きりだったんですから、次は譲ってください。」
「そ、そんなの関係ない!私もやればできるはずだ!」
「無理です。セラのばか力のエーテルでは、繊細な操作なんかできませんわ。」
「うるさいぞ!金髪ドリル!」
「な、なんですって!!セラの脳みそ筋肉!!」
何やら低レベルな口論が始まった。
ケンカするほど仲がいいってやつなのか?
とにかく喧嘩を止めるか。
「どっちにも教えればいいんだろ。喧嘩するな。」
なんとか治まったが、どちらも不機嫌そうだ。
僕は雨のしずくを集めて、水の球体を野球ボールぐらいの大きさにする。
「じゃあ、まずルーリアから。はい、これ。壊さないようにね。」
僕は球体を渡す。
受け取ったルーリアは戸惑ったように言う。
「え?これどうすれば・・・・・・」
「エーテルを徹し続けて。ほっとくと崩れるよ。」
球体は徐々に元の水の状態に戻ろうとしている。
ルーリアは慌てて球体にエーテルを徹した。
しばらくは形を保っていたが、不安定に揺れだし、つぶれてしまった。
「あー・・・・・潰れてしまいました・・・・」
「まあ、最初はこんなもんだよ。これを繰り返して10分以上球体の状態を継続できるようになれば、次の段階に進める。」
「じゅ、10分ですの・・・・・先は長いですわね・・・・」
僕も最初は1分もできなくて、おっさんにバカにされまくった。
「よし!次は私だな。」
セラが意気込んでいる。
無理だと思うけどな〜
先ほどと同じぐらいの水の球体を作り、セラに渡す。
「む・・・・・・むむむ・・・」
セラはエーテルを徹し始めた。
球体はゆらゆらと揺れながら、膨らんでいく。
これはまずい。
僕は目をそらす。
バシャッ!!
「ふわっ!?」
「きゃっ!?」
セラとルーリアが悲鳴をあげた。
水の球体がはじけ、水が飛び散った。
予想通りの結果だ。
「な、なにがどうなった?」
「セラは人よりもエーテル出力が大きいんだから、もっと力を抜かないと・・・・」
龍族は体内エーテル総量が多いだけでなく、瞬間的に操作できるエーテルの出力も大きい。
水に大量のエーテルを一瞬で徹したことから、破裂してしまったのだ。
「やっぱりこうなりましたわねー。」
と、にやにやしながらルーリアが言った。
「うるさい。ルーリアだって失敗しただろ。」
「私の方が見込みのある失敗の仕方でした。」
「大して変わらん。そうだよな、ユウ?」
「そんなことないですわよね、ユウ?」
あれ、僕は何でこんなに冷や汗が出てるんだろう?
「えー・・・・どっちというわけでもなく・・・・・」
やべぇ・・・・最近よくなる展開だ。
な、なんとかしなければ。
と、そこで気付いた。
甲板から船内に入るドアが小さく開いており、アルがこちらを覗いている。
悔し涙を流しながら・・・・・
「くそぉ・・・・・・うらやましぃー!!」
という声が聞こえる。
「アル・・・・何やってんの?」
僕がそう言うと、アルがこっちにやって来た。
「うらやましい展開だな、ユウ!!死ねばいいのに!!」
なんだ急に・・・・
どこがうらやましいの?
だが、このままうやむやにできそう。
ナイスだ、アル。
最近このパターンで何度助けられたか・・・・・
〜〜〜〜〜〜
しばらく4人で世間話をしていると、飛空挺のスピードが急に落ちた。
「ん?なんだろ?」
「さあ?故障かもしれんな。」
どうしたんだろ?
そう思っていると、後ろから別の飛空挺がこちらに接近してきている。
ん?なんだ?
「ありゃ、帝国軍の船だな。巡視艇か何かじゃないか?」
と、アルが言う。
帝国の飛空挺は僕たちの船を追い抜き、前を塞ぐようにな位置に移動した。
後部甲板には錆びた銅のような色の軽装鎧を着た兵士がすでに抜剣している。
そして、脚力を強化した兵士たちは、こちらの船の前部甲板に次々と飛び移ってくる。
やばくない・・・・?
「まずいですわね・・・・・あの鎧、帝国憲兵隊ですわ・・・・」
ルーリアが呟いた。
平和でゆっくり空の旅は、もう終りそうだ。