第37話:帝国へ
明日、首都ペルートから飛空挺に乗り、帝国に向けて旅立つ。
戦争の気配が高まり、帝国行きの飛空挺が少ない。
夜。
今日はセラのお別れパーティーという名目で、夜から『ニニギ亭』のメニューが半額。
そのため、客が多い。
酔って泣き出す客もいる。
「セラちゃーん、行かないで〜!!」
と言うセリフが、そこかしこから聞こえる。
接客態度はぶっきらぼうなセラだが、割と愛されているようだ。
僕はカウンター席の端っこで、夕食中だ。
セラは歌を披露するらしい。僕も久しぶりに聞くので、楽しみだ。
チコ、ルーリア、アルも来ている。
チコは知り合いに挨拶に行き、アルは女の人に声をかけに行った。
ルーリアは僕の隣に座って、カウンターの向こうにいるユウラさんとしゃべっている。
食事を終えてしばらくすると、店内が拍手に包まれた。
セラが歌うようだ。
息を吸い、歌い始める。
セラの透き通ったソプラノヴォイスがあたりに響く。
周りの拍手は一斉に静まる。
セラの歌はこちらの言葉ではない龍言語で歌われている。
だが、すべての人が聞き入っていた。
バラード調の静かな曲だ。それゆえに、セラの声の美しさが引き立つ。
6分ほどの曲が終わるまでの間、誰ひとりとして声を出さなかった。
歌が終わると、数秒の間の後、拍手喝さいだ。
「すげぇーー!!セラちゃん、お見事!!惚れ直した!!」
ピーピー口笛の音もする。
僕の隣でルーリアも拍手している。
「すごいですわ!!感動しました!!」
カウンターの向こうにいるユウラさんも、
「龍族の女性は歌が上手いって話は聞くけど、これほどとは思わなかったな・・・・・あ!!これで客引きすればよかった・・・・・・」
と言って感心している。後半の言葉は聞かなかったことにする。
セラは憮然とした表情でお辞儀している。顔が少し赤いので、恥ずかしがっているようだ。
それから、客が持参した楽器の音に合わせて、店員の猫人のミスカさんが踊り始めた。
ミニスカメイド服のまま踊るものだから、きわどい。
あと少し、あと少しスカートが上がれば・・・・・・・。
殺気を感じて視線をあげると、セラが人を殺せそうな目つきでこちらを睨み、隣にいたルーリアはニコニコ笑いながら、僕のほっぺたを結構な強さでひねってきた。
その様子を見てユウラさんがけらけら笑った。
〜〜〜〜〜〜
店の外に出て、風に当たる。
夜風が気持ちいい。
店の中からは、いまだにどんちゃん騒ぎの音が漏れてくる。
夜も深くなり、通りには人通りはない。
「よしっ!!」
体内エーテル操作による脚力強化。跳びあがる。
『ニニギ亭』の屋根に着地。
腰を下ろす。
ここならいいかな。
「イヴ。」
「はーい。呼んだ?」
僕の隣にイヴが突然現れる。
「呼んだ。ちょっと話したいことがあってね。」
わざわざ屋根の上にのぼったのは、他人には見えないイヴと会話して一人でブツブツ言っているのを怪しまれないようにするためだ。
「これで良かったのかなーっと思って・・・・・・」
「帝国に行くことになったこと?」
「うん。この時期に行くのはまずいんじゃないかなー、とか思う・・・・・・」
「でも、ユウはセラちゃんのことほっとけないでしょ?」
まあ、確かに。
セラは少し危なっかしいからな。微妙に世間知らずだし。
「戦争か・・・・・なんか大変なことになって来たなー」
「ユウにはその戦争を止めてもらわないといけないんだけどー。」
「んー・・・・分かってるけどさ、本当に僕にそんなことができるかな?」
不安だ。
「大丈夫。簡単なことだよ。ユウは元凶を潰すだけでいいの。」
「竜宮天次郎って人?」
「そうそう。あんまり深く考えすぎないでねー。」
イヴがそう言った時、通りのほうからルーリアが跳んできた。
「よっと・・・・こんなところで何してるんですの?」
ルーリアは僕の隣に軽やかに着地した。
「イヴとちょっと話をね・・・・・」
「なるほど。イヴはそこいるんですの?」
「うん、いるよ。」
イヴのほうに目を向ける。
「おっと、お邪魔のよーなので消えまーす。」
そう言ってイヴはさっさと消えた。
別に邪魔じゃないけど・・・・
「行っちゃった・・・」
「どうしましたの?」
「イヴが帰った。」
「邪魔してしまいましたか?」
「いや別にそんなことないよ。」
ルーリアは僕の隣に座る。
「ユウ、亡霊騎士団について聞きましたか?」
「うん。ルーリアも一員らしいね。」
「はい。ユウが参加してくれることは、とてもうれしいですわ。」
そう言って微笑んだ。
む、そう面と向って感謝されると気恥ずかしい。
「いや、僕、役に立つか分からないよ?」
「そんなことありません。ユウの力はとても頼りになりますわ。」
あー・・・・・あんまり期待しないでくれ〜。
と思いつつ、ルーリアが徐々にこちらに密着してくる。
いや、なんか、素晴らしい感触が・・・・・・
「なにをしている?」
と、ルーリアとは反対の位置から声が聞こえた。
ビクッとしてしまった。
振り向くとミニスカメイド服の格好のままのセラがいた。
なんか怒ってるような・・・・・?
「あら?セラ、あなたはパーティの主役なのに、こんなところ居ていいんですの?」
「別にかまわんだろう?みんな酔いが回って気付かないさ。そんなことより、こんなところで二人は何してるんだ?」
な、なんか口調がきつい。
セラ、怖いぞ。
ルーリアはニコニコ笑いながら、
「ユウとお話してましたの。そーいえば寒いですわねー。」
と言い、僕のほうにさらにくっついてきた。
寒くないよー。わざとだ!!
いや、感触が素晴らしいので僕的には、いいんですけどねー・・・・・・
はっ!?セラの顔に青筋が!?
「ルーリア、そ、そんなに、くっつかなくて、いいだろう?」
セラの言葉が震えている。
ルーリア、セラが怒ってるよ!!
「知りませーん。」
うわぁ・・・・・挑発してる!!
セラは、しばらくむっつり黙りこんだ。
そして何を思ったのか、ルーリアのいる位置とは反対側の僕の隣に座った。
「なら、私もその話に混ぜろ。」
そう言ってセラまで密着してきた。
え、何なのこの状況?
「セラの方こそ、くっつきすぎなんじゃありませんか?」
「そんなことはない。」
うわっ。張り合いだしたぞ。
これはまずい。
二人が張り合いだすと、なぜかいつも僕がひどい目にあう。
「セラ、あなたは離れなさい。」
「そっちが離れろ。」
二人がさらにこちらによって来る。
最初のほうはありがたい感触だったのだが、今は両方向からプレスにかけられている感じだ。
潰れるー!!!!
「あの二人とも・・・・・離れ、ゴフッ・・・・潰れる・・・・」
そんな僕の様子を気にすることもなく、セラとルーリアは口喧嘩している。
「あ、おおおーーーい!!な、なんてうらやましいことしてやがるんだっ!!」
通りにはこちらを見上げているアルとチコがいた。
アルは相変わらず素晴らしいタイミングだ。
それをきっかけに二人のプレス攻撃がやんだ。
〜〜〜〜〜〜
プレス攻撃から解放された。
ふぅー・・・圧死するとこだった。
アルとチコまで『ニニギ亭』の屋根にのぼって来た。
「ユウさん大丈夫です?」
ああ・・・・心配してくれるのはチコだけだよ。
アルは恨めしそうにこちらを見ている。
「で、結局何をしていたんだ?」
と、アルは聞いてきた。
「ほら、前話した亡霊騎士団について。」
以前の魔物の襲撃にかかわった、セラ、アル、チコ、には亡霊騎士団については話してある。
「ああ。ユウが参加すると言っていた組織か・・・・・」
「そうそう。アルはどうするんだ?お前もユウラさんに誘われてたろ?」
「ん・・・・・・俺には無理だよ、そんなの・・・・・」
「そっか・・・・それじゃあ、明日お別れか・・・・」
アルが自分で決めたことだ。反論するつもりはない。
明日、首都を出るのは僕とセラとルーリアとチコとなる。
「なんだよ?俺様がいないと寂しいのか〜?」
「「「「いや、別に」」」」」
みんなの声が見事に重なった。
「ひどいっ!!」
みんな笑った。
明日にはお別れだ。この場所とも、ここに住む人々とも。
〜〜〜〜〜〜
次の日。
飛空挺に乗るべく、湖の港の集まった。
ユウラさんが見送りに来てくれた。
アルは来ていない。
「みんな気をつけなよ。」
「はい。本当にお世話になりました。」
みんなで、礼をいう。
「セラ、あんたには餞別をやろう。」
と、ユウラさんは何か取り出した。
銀色に鈍く輝く、格闘用の手甲だ。
「私が現役の時、使ってた手甲『虎鉄』だ。龍族のセラのばか力なエーテルにも耐えるだろうから、使ってやってくれ。」
「あ、ありがとうございます。」
「ぬぉおおおおお!!」
受け取ったセラの手元を覗きこんだチコが叫んだ。
びっくりした!!
「これはすごいです!!後で見せてくらはいっ!!」
チコが暴走した。
チコをなだめてから、ルーリアが別れを言う。
「ユウラさん、お体気をつけてくださいね。」
「大丈夫だよ。この体とは、もう10年の付き合いだ。そっちこそ気をつけろよ。そろそろばれてもいい頃あいだ。」
「分かっています。」
ばれるって何だろ?
と、考えていると
「そろそろ出港になりまーす!!乗船するお客様はお急ぎください!!」
おっと、もうそんな時間か。
「それじゃあ、僕たちは行きます。」
「ああ。・・・・・それにしても、アルの奴は何してんだか・・・・」
そーいえばなかなか現れない。
何となく腑に落ちないまま、僕たちは飛空挺に乗り込む。
出港の合図の鐘が鳴る。
「・・・・・・・おおーい!!待てっ!!その船、待てっ!!」
アルだ。
アルが走って港まで来た。
手には詠唱杖、肩から大きめのカバンを下げている。
旅の準備をした格好だ。
「ユウラさん、俺行ってくる!!」
「ああ。行っといで。」
アルは走りながら、ユウラさんに言った。
そして、そのまま飛空挺への橋を渡る。
「ハア・・・・・ハア・・・・疲れた・・・・・」
「アル、どーしたんだ?」
息が上がっているアルに聞く。
みんな驚いている。
「パパに帝国の支社に行って来いと言われて、しかたなくお前たちに同行してやることとなった。嬉しいだろう?ありがたく思え!!」
アルの実家は飛空挺貿易の会社だったか・・・・・
まあ、同行してくれるのはありがたい。
「アル、頼りにしてるぞ。」
「んお!?あ、ああ、うん。」
けなされるもんだと思っていたアルは、びっくりしたようだ。
たまには、正直に言ってやるもんだな。
飛空挺が湖を走り出す。
加速がつくと、徐々に水面から船体が浮き上がる。
帆がエーテルを反射し、空中をさらに加速。
僕たちは下にいるユウラさんに手を振る。
「行ってきます。」
こうして僕達5人は帝国に向けて旅立った。