第31話:首都内戦闘(終)・紅光
ユウがスコーピオンのハサミによって、横殴りに吹き飛ばされ、半壊していた建物に突っ込んだ。
「ユーーーーーーウ!!」
セラは思わず叫んだ。
直撃だ。
そんな・・・・まさか・・・・
「くそっ!!ユウ!!」
セラはユウの突っ込んだ建物に向かおうとした。
しかし、スコーピオンが妨害するように、道をふさぐ。
セラは怒りで目の前が真っ赤になった。
もう龍族であることを隠すことなんて、どうでもいい!!
「どけぇぇ!!」
怒りによって、無意識にエーテル共鳴声帯が発動。
龍声によって大気エーテルが共鳴し、衝撃波が発生。
スコーピオンに直撃した。
港の石畳をえぐり、スコーピオンは数メートルほど吹き飛ぶ。
ハサミが片方と、足がいくつか吹き飛ばされ、白い体液が舞う。
セラの瞳は龍化した時のように、細く変化している。
「このまま消してやるっ!!」
意識の隅、かすかに残った理性が、今の状態がかつての暴走と同じ感覚であることを感じさせる。
しかし、すぐさま怒りにかき消され次の行動に移る。
龍魔法で跡形もなく消してやる!!
空気を吸い込み、歌を謡う。破壊の歌を。
「セラッ!!」
その時、セラは走って来たユウラに思いっきり殴り倒された。
「バカか、おまえはっ!!落ち着けっ、龍魔法なんか使ったらこの辺一帯がなくなるぞ!!そもそも、お前がユウ君の所に行ったところで、なにも出来んだろうが!!」
殴られたショックで、セラは冷静になった。
危なかった。無意識のうちに龍声を使い、あげくは龍魔法まで使う所だった。
「す、すいません・・・・」
「ふぅー・・・・冷静になったんならいい。ユウ君のところには、アルを向かわせた。まあ、ユウ君のことは安心しな。こんなところで死なない、というか死ねないだろからね。」
死ねない?
いったい、どういう意味だ?
セラはどういうことかユウラに聞こうとした時、スコーピオンが起き上がった。
白い体液をボタボタ滴らせ、残った足で何とか歩いている。
これなら勝てると思ったら、スコーピオンの白い体液はまるで意志を持っているかのように動き、吹き飛ばされた部分と繋がり、再生しようとしている。
「こいつは・・・・魔物操者が、エーテル供給を暴走させてるのか!?魔物操者は死ぬ気か!?」
キィイイイイイ!!
スコーピオンは再生だけでは終わらず、軟体装甲が溶け出している。
魔物はサソリの形から崩れ、どろどろとした赤い塊となっていく。
「セラ、出し惜しみなしだ。龍声も使っちゃいな。」
「あ、あれ、ユウラさん、私が龍族だって分かったんですか?」
「まあね。実際に龍声使ってたし、龍族のエーテルの質は特徴的だからね。」
え、エーテルの質!?
どうやって見るんです、そんなの?
「とにかく手加減するなよ。あの状態の魔物は危険だ。まだ騎士団の連中は来てないから、龍族だってことは私たちにしかばれないよ。」
周りには、ユウラさんと、ルーリアの足を手当てしているチコ、気絶している人が数人。これならまあいいか。
「ユウラさんは、見ててください。」
「セラだけだと心配だから、私もやるぞ。」
「さっきまで血吐きまくってたくせに、よくそんなこと言えますね。」
「そうですわ。病人は休んでいてください。」
足の手当てを終えたルーリアがやってきた。
「わかったよ。病人扱いしやがって・・・・・二人とも気ぃつけなよ。」
そう言ってユウラさんは下がった。
かつてスコーピオンだったものは、今や赤いどろどろした塊になって、こちらに向かってくる。
「セラはユウのことが大事ですのね。」
「な、なにを急に・・・・・・」
「ふふ・・・気持ちはわかりますわ。」
「?」
「ユウを大事にしたくなる気持ちってことですわ。」
魔物の赤い体表に、大量の眼球が現れた。
あの光の攻撃か・・・
セラとルーリアは、視線を合わせ頷く。
2人は、同時に魔物に向かって踏み出した。
〜〜〜〜〜〜
「ユーウ、起きなさーい!!」
誰かが呼んでいる。
なんだ?
意識が少しずつ鮮明になる。
視界に入って来たのは、真っ白な色。
そして僕を覗きこむ、白い美しい髪と血のように紅い瞳を持つ少女。
「目、覚めた?」
あれ?
ここはどこだ?
イヴがいるってことは、あの真っ白な精神世界か・・・・・
僕いつの間に寝たんだ?
ここには、眠った時にしか来れないはずだが・・・・
「まだ寝ぼけてるの?しっかりしなさい!!」
「あれ?なんで?どうなってんの?」
僕が混乱していると、イヴは呆れたように言った。
「ユウはスコーピオンの攻撃もろに食らって、吹っ飛んだでしょ?」
あ・・・・ああ!!
思い出した。そういえば攻撃食らってから、意識が飛んだような気がする。
「僕って今どーいう状況?」
「内臓破裂に、肋骨の骨折、あと折れた骨が肺に刺さって穴が空いてる。まったくー・・・ユウに死なれたら困るんだけどなー。プンプン。」
プンプンって・・・・。
怒られてしまった。
その状態って死にかけじゃないか?
「えー・・・・・死にかけ?」
「そうだよっ!!こんなところで死なれちゃ困るの!!だから、緊急処置としてユウの体内エーテルを昇華します。」
僕の体のことなのに、何やら勝手に決められている。
「ぶーすと?」
「うん。体内エーテルが一時的に増加、身体機能を回復とか、いろいろ効果があるわ。でも、今の状態だと30秒が限界ね。」
「30秒って、なにが?」
「昇華状態でいられる時間のこと。それ以上過ぎると、ユウの体が内側から爆発しちゃうわ。」
ええ〜・・・・なにそれ。
別にそんなことしなくていいけど。
「今、セラちゃんとルーリアちゃんがスコーピオンと戦ってるけど、負けそうだよ。」
なんと!?
それは急がないと!
「わかった。じゃあ昇華ってやつをよろしく。」
「よろしい。最初からそう言いなさい。でも、気をつけてね。溢れ出る力は、精神を侵食する。心をしっかり持ちなさい。」
イヴが真剣な顔でそう言うと、僕の意識は覚醒へと向かった。
〜〜〜〜〜〜
アルは急いで、ユウが突っ込んだ建物に向かった。
あんな攻撃を受けて、あいつは大丈夫なのか?
不安で足が勝手に急ぐ。
建物に入り、ユウを探す。
ユウが突っ込んだであろう部屋を見つけ、ドアを開ける。
いた。
外壁を突き破って、部屋の中であおむけに倒れている。
状態を見る。
呼吸はしているが、異音が混じる。肺に穴があいているのだろう。
それに、口から大量に血を流している。内臓をやられているのかもしれない。
とにかく今は応急処置だ。
詠唱杖を構える。
治癒系大氣術『第二治癒法』
第一治癒法よりも回復速度が速い大氣術だが、これまでの戦闘で体内エーテルをほとんど使っているので、調節が甘い。
くそっ!!
こんな重症、専門家じゃないと焼け石に水だぞ!!
焦っていると、ユウが目をうっすら開けた。
立ち上がろうとする。
「ん・・・・ぐう・・・」
「ユウ!?起き上がるな!!重症だ!!」
「わかってる。もう大丈夫だ。」
「大丈夫な訳が・・・・・・え?」
ユウがおかしい。
ユウの目と髪は、黒かったはずだ。
今は、今は、髪は真っ白になり、瞳は血のように紅い。
そして、ユウの体の周りには体内エーテルが火の粉のように舞っている。
おかしい。
この世界においてエーテルの色は薄い緑色ということは、空が青いということと同じように、当然のことだ。
だが、ユウの放つエーテルは紅い。見たこともない、紅い色のエーテル。
「アル、離れていろよ。殺してしまいそうだ。」
ぞっとした。
ユウの声だが、その言葉と雰囲気はまるで違う。
ユウはそのままフラフラしながら、突き破った外壁から外に出た。
ど、どうなったの?
〜〜〜〜〜〜
セラとルーリアは苦戦していた。
セラが龍声で表面のどろどろしたものを吹き飛ばして、ルーリアが斧槍で内部に攻撃を仕掛けている。
しかし、まったく効いている気がしない。やはり二人だけでは無理か。
どろどろした体表を吹き飛ばしてもすぐ再生する。
眼球は何度破壊しても、また別の所から現れる。
ただ、レーザーの狙いはめちゃくちゃで避けることができる。
「はぁ、はぁ・・・・手詰まりだな。」
「そう・・・・ですわね。」
二人とも息が荒い。
もういっそのこと龍魔法を使って完全に消滅させるべきか。
そこで、半壊した建物からユウが出てきたことに気づいた。
ほっとするのと同時に、何かが違うことに気づく。
様子がおかしい。
髪の色も目の色も違う。
そして纏っているエーテルが異質な紅い色。
まるで体の周りから火の粉が出ているようだ。
そして、その表情は虚ろでボーっとしている。
不安にかられ、セラは叫んだ。
「ユウっ!!」
〜〜〜〜〜〜
危ない。
本当にアルを殺しそうだった。
まるで自分が自分でないような、とにかく魔物を・・・・
建物の外に出た。
外は明るい。
まぶしい。
僕は何をするんだったか。
何を殺すんだったか。
いやそもそも僕は、どうして、あれ、なにが。
思考が散乱する。
自分の内側から、力がわき出てくるのを感じる。
これだけの力があれば、何でもできる。
だれにも負けない。
僕が、俺が、私が、ミンナコロセル・・・・
「ユウっ!!」
誰かが僕を呼ぶ。
誰?
そうだ。あの声は・・・・・
そこで思考が、鮮明になる。
ん?え?あ、ああ!!
何してんだ、僕は!!
なんか錯乱してたぞ!!
『ユウ、のんびりしてると時間切れになるわよ!!後10秒』
頭の中にイヴの声が響く。
そうだ。
急がないと!!
セラとルーリアがこちらを見ている。
2人の前には、赤いどろどろした塊。
あれが魔物か?
ずいぶん形が大ざっぱになったな。
体内エーテルが異常に溢れ出てくる。
これが、昇華ってやつか。
今なら、あの技を使えるかも。
おっさんに教えられたアルベイン流の中には、僕には使えないような技が多々ある。
奥義に当たる技の3分の1は使えない技だ。
だが、今なら。
僕は刀を探す。
どうやらさっきの攻撃で吹き飛ばされた時に、落としたようだ。
10メートル先の地面に突き刺さっているのを見つけた。
刀には、僕の徹したエーテルが残留している。
それに意識を飛ばし、引っ張るイメージ。
突き刺さっていた刀は、カタカタと揺れたかと思うと、地面から抜け、回転しながらこちらに来た。僕の手に収まる。
『遠隔操剣術』という技術だが、普段の僕にできる技術ではない。
手に収まった刀を一度納刀。
魔物に近づく。
アルベイン流 奥義 第五天 『韋駄天』
奥義に属するが、この技は移動術だ。
『閃光』などの移動術の数倍の速さで動く。
一瞬で魔物との距離をゼロに。
納刀した刀に手を置き、体内エーテルを徹す。
エーテルが紅く輝く。
どうして紅い?
と思ったが、今は魔物を倒すことが先決だ。
魔物と交差するようにして、抜刀。
アルベイン流 奥義 第六天 『瞬天一刀』
超高速移動状態からの抜刀により、敵を両断する。
『韋駄天』での移動を行うことで、初めて可能となる技だ。
キンッ!!
紅い光が一瞬きらめき、金属を切ったような音。
そして納刀。
僕の後ろにいる魔物は、一本線が入ったかと思うと、ずれた。
そのまま2つにパッカリ割れた。
そして、紅い燐光を放ちながら、解けるようにして死んだ。
ふうぅー。
自分の中にあふれていた力が、ふっと消える。
その瞬間すさまじい倦怠感と、体中の痛み。
そして眠気。
あー・・・・寝る・・・・・
〜〜〜〜〜〜
港に、一瞬目を覆いたくなるほどの紅い光が輝いた。
それと同時に、
「は、ぐ、ぐ、ぐおぉおぉ・・・・・」
魔物操者は苦しみだしたかと思うと、絶命した。
魔物からの破壊反応のショック死だろう。
「・・・・・・はははははっ!!見てみろお前らあの紅い光を!」
天次郎は急に笑い出し、後ろに控えている部下たちを振り向く。
「あれこそが俺たちの真の敵。異界からの刺客。俺の覇道を邪魔する者、『イヴの眷属』だ!!そして、あの紅きエーテルが『イヴの眷属』の力の象徴たる『異界』だ!!」
そして、天次郎は紅い光を見る。満面の笑みを浮かべて。
「今回も俺を邪魔するために来たか、異界人よ!!また楽しませてくれよ!!」
そう言い、笑いながら天次郎は湖を後にする。
部下たちも音もなく従う。
後に残ったのは、魔物操者の死体だけ。