第30話:首都内戦闘(三)・暗躍
ユウたちが戦っている港のフロリア湖をはさんだ向こう岸。
そこには小さな森がある。
森の中で、黒いローブ姿でフードで顔を隠した男がいる。
男の前には、魔法陣が3つ浮遊しており、映像が映されている。
2つは映像が途絶えている。
スコーピオンの視点から送られる映像だ。
この男、魔物操者は焦っていた。
まさか自分の操るスコーピオンのうち、2体がやられることになるとは。
それも騎士団でもない連中に・・・・・
このままでは、作戦失敗だ。
あの方に殺されてしまう・・・・・
「おいおい、どーいうことだ?これは?」
急に真後ろから軽薄な声が聞こえた。
男はスコーピオンの操作をオートに切り替え、後ろを振り向く。
「て、天次郎様・・・・・・」
後ろにいたのは、ヤマトの民族衣装をだらしなく着た、黒髪の中年の男、天次郎。
その後ろには、銀髪碧眼の顔立ちの整った男と、天次郎の護衛である黒装束の隠密部隊の人間が数人。
「俺は戦争の始まる瞬間を楽しみにしてたんだが、まだ中央議事堂が破壊されていないのは、どーいうことだ?ん?」
魔物操者の男は冷や汗を流した。
このままでは殺されてしまう!!
「も、申し訳ありません!!予想外の抵抗がありまして・・・・・」
「騎士団は囮に引っかかったはずだが?」
「それが、一般人の中に腕の立つ者が数人おりまして、抵抗されています。」
「ふ〜ん・・・・」
天次郎は湖の対岸に目を向ける。
常人なら遠すぎて見えない距離だが、天次郎には見えているのだろう。
「ほー・・・面白いのがいるな。あれは『神殺拳』のユウラか?虎島の次期当主がこんなとこで何してんだか。それに・・・おい、ローグ。お前の探してる龍族の女はあれか?」
天次郎は、後ろにいた銀髪の男に声をかけた。
「ああ。あの人が私の標的。セラ S.D. ライノス、ライノス家の直系だ。」
「へぇ・・・・三大龍族の銀龍宗家か。美人だねぇ・・・。まぁ今回はほっとけよ。」
銀髪の男は頷いた。
そして、天次郎は魔物操者の男を睨む。
「龍族と『神殺拳』といっても、『神殺拳』は病気、龍族はまだ若い。死ぬ気でやれば勝てるはずだぞ。」
「はい!!死ぬ気でやります!!」
男は急いで魔法陣に向き合い、操作をオートからマニュアルに。
その男の後ろに、天次郎は全く気配を感じさせずに近づいた。
「安心しろ。俺が死ぬ気にさせてやる。」
え?
男が振り返るよりも先に、天次郎が男の首に注射器のようなものを刺した。
「これでお前は死ぬ気になったぞ。」
天次郎はニヤリと笑う。
この薬は、暴走薬!?
そ、そんな・・・・う、あ、ぐおおおおお!!!
男の意識は、一瞬のうちに暴走した。
もうスコーピオンの前にいる奴らを殺すしか頭にない。
「さあ、死ぬ気でやれ。」
天次郎が笑う。
〜〜〜〜〜〜
「うおっとと・・・」
僕の横をレーザーが通った。
あぶねぇ・・・
何度か攻撃を仕掛けて分かったことは、レーザーを発射するあの眼球は、体のどこからでも現れるようだ。
後ろに回り込んでも、眼球が尾の部分に現れ、狙われる。
だが、眼球は同時に3つまでしか出せないようだ。
といっても、こちらは3人。
それぞれが違う方向から攻撃しても、狙い撃ちされる。
どうする?
考えていると、雷が落ちるような音が聞こえた。
アルが大氣術を使ったようだ。
自分の目の前のスコーピオンに注意しつつ、アルのほうを見る。
黒こげのスコーピオンが煙を上げている。
さすが、魔法学園トップ。
あとで、何か奢ってやろう。
後は目の前にいる一匹だけだ。
レーザーが邪魔だな・・・・
眼球を破壊すべく、行動を起こす。
その時、スコーピオンに異常が起こった。
体表に一瞬、幾何学的な模様が走ったかと思うと、体全体が真っ赤になった。
キィイイイイ!!
そして、スコーピオンが叫んだ。
な、なにごと!?
スコーピオンがハサミを振りかぶる。
え?
とっさに体をずらした。
僕の真横の地面を砕いて、ハサミが叩きつけられた。
速い!?
見えなかった!?
そして、今まで3つしかなかった、体表の眼球が数え切れないほど出現。
見た目が恐ろしくキモくなった。
っていうかあの眼全部からレーザー出すのか!?
レーザーに当たらないように、とにかく動く。
走りながら、観察する。
スコーピオンの動きはさっきまでと違って、めちゃくちゃだ。
目の前にいるものすべてに攻撃している。
レーザーを乱射し、ハサミを振り回す。
これじゃあ、ますます手が付けられない。
セラもルーリアもレーザーを避けるので必死だ。
僕は走りつつ、ダガーを取り出し、投擲。
目標はレーザーを発射する眼球。
軟体装甲から飛び出すように現れている眼球には、それほど防御力はないはず!
眼球に直撃。
突き刺さり、白い体液が飛び散った。
よしっ!!
予想通り、あの眼球には軟体装甲ほどの強度はない。
「きゃっ!!」
空中から悲鳴。
ルーリア!?
空中にいるルーリアを見ると、右足の脚甲から煙が出いて、バランスを崩している。
どうやら翼脚甲の踵にある浮遊機関を、レーザーが破壊したようだ。
何とかバランスを取ろうとしているが、間に合わない。
ちょうど湖の上にいたため、このままでは水に落ちる。
しかも、スコーピオンの眼球が、落ちていくルーリアを狙っている。
「セラ、援護!!」
走りつつ叫ぶ。
僕は港の端からルーリアに向かって跳んだ。
空中でルーリアをキャッチ。
体をスコーピオンのレーザーの射線に割り込ませる。
「ユウ!?何を!?」
レーザーが来た。
背中に直撃。
僕はコートにエーテルを徹し、防御フィールドを全力展開。
だが、レーザーはフィールドを一瞬で貫き、コートを焼き、背中を焼く。
痛い、痛い!!
そこでセラがスコーピオンを攻撃し、射線をずらしてくれた。
あとコンマ一秒でもレーザーが当たり続けていたら、体を貫通してたかも。
「ユウ!!大丈夫ですの!?」
僕の体より、今の状況がまずい。
湖に落ちていってるのだ。
ルーリアの翼脚甲で落ちる速度は遅いが、確実に落ちている。
僕は体をひねり、水面に足を向ける。
バシャッ!!
アルベイン流 秘戦術 四号 『水渡し』
僕は水面に着地した。
「ど、どうなってるんですの?水面に立ってる?」
『水渡し』はその名の通り、水面を移動する技術だ。
体内エーテルを足から水に徹すことで、表面張力を操作、水面を移動可能とする。
今回はルーリアを担いでいるので、いつもと重さが違う。
水面が足の裏ではなく、くるぶしの位置にある。
沈む〜
「ユウ!!狙われてるぞ!!」
いっ!?
セラの声が聞こえた。
僕は水面を走り、回避。
僕のいた位置の水面にレーザーが当たり、水蒸気をあげる。
逃げながら、ルーリアを担いでいないほうの手を水面につけ、水をすくう。
アルベイン流 秘戦術 三号 『水牙』
すくった水にエーテルを徹し、水を棒手裏剣のような尖った棒3本に形成。
さらにグローブにつけられた簡易詠唱杖で体内エーテルを雷撃変換。
『水牙』で作り出された水の棒手裏剣に雷撃を付加。
指の間に3本の棒手裏剣を挟み、投擲。
1本は軟体装甲に弾かれたが、2本は眼球に刺さり、雷撃を内部に伝導させる。
キィイイイ!!
雷撃が体内に入り、スコーピオンは動きが止まる。
今のうち!!
僕はそのまま水面を走り港の端に行き、跳んで水面から上がる。
ふー・・・水面は不安定で怖い。
担いでいたルーリアをおろす。
「ユウ!?背中が!?」
どうやらひどい状態のようだ。
今はあまり痛くない。
「ルーリアは下がってて。足やられてるだろ?」
ルーリアの足は脚甲に守られていたが、レーザーの直撃で怪我しているはずだ。
「それを言うなら、あなたのほうがよっぽど重症です!!ごめんなさい、わたくしのせいで・・・」
「いいよ。今はそんな痛くないし・・・・僕はセラを助けに行ってくる。ルーリアはここに居ろよ!」
そう言って僕は走り出す。
セラはレーザーを避けつつ、眼球を攻撃している。
どうやら先ほどの雷撃が効いているようで、動きが鈍い。
スコーピオンに急接近し、抜刀。
セラと一緒になって、眼球を破壊する。
いくつか破壊したところで、スコーピオンの動きが戻って来た。
まだ眼球はいくつか残っている。
僕とセラの二人だけで倒せるか?
ハサミの攻撃は相変わらず速い。
背中の痛みが、増してきた。
そこで、スコーピ−オンが予想外の行動にでた。
真上に跳んだのだ。
踏みつぶす気か!?
僕は地面の影を見て、転がるようにして影の範囲から出る。
僕のちょうど目の前にスコーピオンが落ちてきた。
ハサミをすでに振り上げている。
僕は転がった状態から立ち上がったところだ。
背中の痛みと、予想外の行動で反応が遅れた。
避けられない!!
ボグッ!!
腹にハサミが直撃。
パキパキという枯れ木を折るような音が僕の腹から聞こえた。
足が地面から離れる。
一瞬の浮遊感のあと、背中に強い衝撃を感じた。
「ユーーーーウ!!」
セラの絶叫が聞こえた気がする。
意識が途絶えた。