第11話:魔物という名の機械
ユードラッド駐屯騎士団の騎士、レオナルド ルーフは、憂鬱だった。
今回の作戦、魔物を相手にするだけでなく、傭兵どもの指揮も担当しなければならない。
傭兵たちには、基本的に自分の仲間以外信じない偏屈が多い。
作戦の概要説明の時も、こちらを見下した視線で、見てくるものばかりだ。
(作戦中、指示を聞いてくれるかわからんな・・・・・はぁ・・・)
ため息をついてると、その傭兵のうちの二人が近付いてきた。
一人は、黒いコートの気の弱そうな少年だ。この場に似つかわしくない雰囲気を持っている。
もう一人は、外套を着てフードをかぶった女性だ。碧い眼をしており、その顔はとても美しい。連れの少年とは、どうゆう関係なのだろうか。
(この作戦が終わったら、お茶にでも誘ってみようか・・・・・)
とか考えていると少年が話しかけてきた。
「あのルーフさん、魔物の等級はどれくらいなんですか?」
「等級?」
「はい。こちらの資料には載ってなかったので。」
自分の資料をよく見てみると、等級についての記述があった。
「ええっと、第二級って書いてありますね。」
「ありがとうございます。」
そう言うと、少年は離れて行った。傭兵にしては、礼儀正しいな。
離れていく少年と女性の話し声が聞こえる。
「ユウ。等級とはなんだ?」
「ああ、等級ってのは・・・・・・・・」
レオナルド ルーフはその会話を聞き流しつつ、あの女性を誘うのに成功した時の、デートコースを考え始めた。
僕は、騎士の反応を見て、全体的に緊張感が薄いように思えた。
200年も前に、滅ぼされた魔物との戦闘なんてみんな初めてだろう。滅ぼせた過去があるがゆえに、あなどりがあるのかもしれない。
今回作戦に参加する人数は、騎士団20名、傭兵10名、でかなり大人数だ。この人数も緊張感をゆるませる原因の一つだろう。
緊張感を保ち続けているのは、経験豊富な年配の騎士と傭兵の人たちで、比較的若い騎士の人たちは、のんびりしている。
大丈夫かな〜心配になって来た。
「ユウ。等級とはなんだ?」
セラが聞いてきた。
「ああ、等級ってのは、魔物の強さによって分けられた位階のことだよ。第三級、第二級、第一級の順に強くなる。その第一級の上が、魔王と呼ばれてたんだって。」
「へぇー。ユウは物知りだな。」
感心したように言う。
実際、僕もおっさんに聞いただけだ。あの人は見た目に反して、かなり博識だ。
僕はおっさんとの会話を思い出した。
「等級に分かれているのは、わかったけど、それぞれどれぐらい強いの?」
「第三級なら今のユウでも倒せるな。第二級は、一匹なら十人がかりで倒せるかな。第一級になると個人では無理だな。軍隊が必要になる。」
驚いた。軍隊が必要か・・・・怖いな。
それにしても、おっさんはやけに詳しい。
「おっさんは、魔物に詳しいけど、戦ったことあるの?」
「あるよ。」
「あんの!?」
なんですと!!
「前の戦争の時に、一度だけな。第二級を一人で相手にしたな。」
「勝ったの!?」
「勝ったからこうして生きてるんだろ。どうよ、すごいだろ!!俺様にかかればその程度簡単よ!!」
十人がかりで倒すのを、一人で・・・・・・・すごいな。
おっさんは自慢げにしている。イライライライラ・・・・・・・・
この時は、必要のない知識だろうと思っていたが、覚えておいてよかった。
思い出したおっさんとの会話を、セラに伝える。
「なるほど。それにしても君の師匠は、すごいな。物知りでかなり強い。」
「まあね。実際は、かなり変な人だよ。エロいし。」
「ふふっ・・・やはり師匠と弟子は似るのだな。」
セラは、くすくす笑っている。
失敬な!!僕はあんな変人じゃないし、エロくない!!
「いつも私に変なことをしていて、自覚がないのか・・・・・」
セラは、呆れたように言った。
僕はおっさんよりも、紳士だ!!
騎士団と傭兵たちは、魔物が潜むという、キリギスの森に到着した。
事前の作戦説明によると、第二級が二体、森の中心部にある洞窟に潜伏しており、一体を騎士団が、もう一体を傭兵たちが引き受けることになっている。
森の中を中心部に向って移動中、セラに小声で注意しておいた。
「セラ。本当に危ないとき以外は、龍魔法使っちゃダメだよ。」
「わかっている。格闘メインでいくつもりだ。」
「危なかったら、使ってもいいからね。」
セラは強情だから、危なくなっても使わなさそうで、心配だ。
洞窟についた。
まずは騎士団の人たちが一体をおびき出すため、エーテルを徹すことで爆発する魔道具「感応爆雷」、を洞窟に投げ込む。
ドカッ!!
爆発音の後、煙が上がる。何かが洞窟から出てきた。
クモだ。体は乗用車ぐらいの大きさがあり、脚は人間よりも太く、とても長い。
体表は、泥やコケに覆われている。
一体目は、騎士団の人達が相手を始める。
二体目が着た。ほぼ一体目と変わらない姿かたち。
先制で、詠唱師の、中級大氣術によって攻撃することになっているのだが・・・・・攻撃指示がない。
僕は、指揮する騎士のルーフさんを見る。すると、彼は魔物の大きさに圧倒されているようだった。
「指示はどうした!!」
誰かの厳しい声が聞こえた。
「あ、あ、こ、攻撃開始!!」
そこでようやく、詠唱師による攻撃が始まった。中級大氣術の『第二爆法』だ。爆発を起こす大氣術、『第一爆法』の強化版だ。
魔物の足もとに、術式の描かれた魔法陣が浮かび上がる。
ドウンッ!!
爆発。爆煙によって視界が一時利かなくなる。視界が回復するまで待つ。
「チッ・・・・・やはり騎士は使えんな・・・・・」
と横にいた傭兵の氣闘士が言った。
氣闘士たちが、視界回復後の攻撃のため身構える。
クモが見えた。体表にあった、泥やコケはすべて吹き飛ばされていた。
僕は驚いた。クモの体表は驚くほど白いのだ。真っ白だ。
そして何か違和感を感じた。なんだろ?この感じ?
奴の動き方、変な感じがする・・・・・・
「ユウ!!棒立ちだぞ!!」
セラの怒声が聞こえた。
クモは僕に向かって来ており、脚を振り上げていた。
やばっ!!
アルベイン流秘戦術 一号 『閃光』
瞬間的に脚力を強化。大陸主流の高速移動の身氣術「F.M.《ファストムーブ》」を超える速度で緊急回避。
この技は、かなりの速度で動けるが、短距離にしか使えない。そのため、回避によく用いる技だ。
何とか回避に成功。あぶない、あぶない。
すでに移動していたセラに、怒られた。
「バカか、君は!!何をぼさっとしているんだ!!」
「ごめん、ごめん。」
先ほど感じた違和感は、心の奥に置いておく。
僕は、刀を抜かず、両手を構えた。
「セラ、僕が動きを止める。あとよろしく。」
「まかせろ。」
一瞬、碧い瞳と目を合わせる。
いくぞっ!!
アルベイン流格闘術 二式 『発剄・風牙』
普通の「発剄」を、体内エーテルを弾丸とし、腕を銃身とする、拳銃とするなら、『発剄・風牙』は、ショットガンだ。
僕は、構えていた両手を前に突き出す。両手から放たれたエーテル衝撃波は、空中でぶつかり合い、バラバラになりながらクモを襲った。
一つ一つは小さいが、数十発の衝撃が同時に着弾したことで、クモは足を止める。
その瞬間、外套を脱いだセラが、銀の髪を揺らして高速で接敵、クモの体の真下にもぐりこんだ。
そして、クモの体に真下からアッパーをかます。
ボゴンッ!!
クモは空中に浮き上がり、セラの足もとは20センチほど陥没した。
浮き上がったクモは、無防備だ。
セラの怪力に唖然としていた傭兵たちだったが、このチャンスを見逃さなかった。
剣を持つ氣闘士は、剣でエーテル衝撃波を放つ「I.S.《インパクトシュート》」を、詠唱師は基礎的大氣術を連続で放つ。
僕も刀を抜き、『天衝破』を放つ。
連続の爆発音の後、脚を何本か吹き飛ばされたクモが、白い体液をまき散らしながら落ちてきた。しばらく待っても動かない。
終わったか?
一人が近付いて確かめた。どうやらもう動かないようだ。
セラはすでに僕の横に移動していた。
僕は声をかける。
「御苦労さま。」
「ああ。君もな。」
ふぅ・・・なんとかなったな。
もう一体のほうも無事倒せたようで、騎士団の人たちがこちらに来ていた。
合流し、お互いの無事を確かめた。
みんな帰ろうと準備をしていた。
セラは、遠くに脱ぎ棄てていた外套を拾い、着込んでいる。
そのセラの後ろで異変が起こった。
倒したクモの体の一部が盛り上がり、目玉のような形になった。
そこで僕はその異変に気づいた。クモの体にできた目玉が、一番近くにいるセラを見ていることを。
その目玉が、怪しく発光していることを。
「セラッ!!!」
叫びつつ、脚力強化で走る!!やばい!!やばい!!
このままだとセラが・・・・・
「・・・・・・・助けてあげて・・・・・」
「は?」
今、女の人の声がした?と思った瞬間、自分の体が急に軽くなり、人生最速の動きでセラに近づいた。
すごいスピードで近付いてきた、僕に対して驚いているセラの腰辺りに跳びついて、押し倒した。
その瞬間、僕の頭の上を光の帯が通過した。
レーザー!?目玉みたいなのからレーザーを出した!?
僕の頭上のほうからセラの声がする
「ユウ!?ケガはないか!?くそっ、あいつ生きてるのか!!」
ケガはないかって、それは僕のセリフだ。
「ユウ、動くな。私がしとめる!!」
セラが、息を吸い込んだ。
「ラ」
セラは、たった一つの音を発声した。だがその音一つで、大氣エーテルが共鳴、大氣術とほぼ同じ現象が起こり、クモの残骸が爆散した。
その威力は、先ほどの中級大氣術イクスプロジョンを上回るほどだ。
『龍声』だ。
その騒ぎを聞きつけ、帰ろうとしていた騎士団が駆けつけてきた。
セラが、龍声を使ったのも見られていないようだ
もう安心だろう。
「ありがとう、助かったよ。・・・・・ん?どうした!?ケガでもしたのか!?」
セラがお礼を言ってきた。だが僕は返事が出来ない。あまりの、あまりの、
やわらかさに!!
僕の今の状況は、セラの腰に跳びついて、押し倒した時のままだ。腰に腕を回していると、必然的に僕の顔は素晴らしい位置にある。
セラは着やせするタイプですね!!
「・・・・・・・・このっド変態が!!!」
僕の頭に高速のげんこつを落とした。
「まったく!!本当に心配したんだぞ!!」
ユードラッドまで帰って来てから、作戦成功のお祝いに騎士団の人たちと酒場で飲んでいた。
僕は、セラに説教されている。もう何時間も・・・・・
「助けてくれたことには感謝する!!だがその後の行動は何だ!!」
楽しい気分にさせてやろうと、飲ませたらこんな状況だ。
セラはかなりお酒が入っているので、いつも以上にエキサイトしている。酒乱だ。
セラをナンパしにきた騎士が何人かいたが、全員一睨みで追い返されていた。
「ごめん、ごめん。ほら楽しく飲みましょ!!」
「ごまかすな!!君は、いつもいつも私に変なことをして、助けてくれて、そのぉああ・・・・・なんなんだ!!」
だんだん意味のわからないことを言い出した。
これはもう駄目だな・・・・・・
それから数分後、セラはいびきをかきだした。
セラをおぶって帰り、宿の部屋に寝かす。報酬のおかげで今日から一人一部屋だ。
僕も部屋に戻る。
今日の事を振り返ると、不可解なことが二つある。
まず一つは、あのクモだ。あのとき感じた違和感の正体は、奴がレーザーみたいなのを出したことで、気付いた。
あのクモは、なぜか僕には、生物に似せた機械に見えた。機械がプログラムに沿って動いているような、そんな雰囲気があった。
もう一つは、あの声だ。セラを助けようとしたときに聞こえた、女の人の声。あの声が聞こえた瞬間、体がウソのように軽くなった。
それに、どこかで聞いたことあるような・・・・・・
と、考えてもしょうがないか。
今日はたくさんお金が入ったので、明日買い物に行こう。
そう考えて、僕は眠りについた。