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満ちていく光  作者: 伊藤せいら
プロローグ
3/10

入学~始まりの日~

そうして晴れて(?)浪人が決まった俺であるが、一番重要な予備校選びは案外あっという間に終わってしまうこととなる。あの後親と相談して考えた予備校の条件、それは「家から電車一本(乗り換えなし)、大手以外」以上! どこかの転職CMを思い出しそうなさっぱりとした内容だったが、人数が少ない大手以外の面倒見の良さそうな予備校と勉強時間と定期代を考えての近場。俺としても文句のつけようのない条件だった。

 そして、この条件を満たした予備校はただ一つ、町川予備校のみだったので俺は迷わずそこに通うことを決めたのだった。

「つかの間の休息だね~。一緒にどっか遊びに行かない?」

 予備校は早くに決めたというものの書類整理や参考本とノートの類の整理で気づけば三月も末。結菜はとっくに春休みに入っていた。

「今遊んでちゃいろんな方面に申し訳が立たんだろうな」

 だからごめん、と返しつつ俺も本当は遊びたい気持ちを抑えているんだということを心の中で結菜に叫んでいた。だけど……。予備校に親と見学に行った時に見たあの光景を思い出すとどうしてもそんなことを簡単に口に出す気にはなれなかった。見学の時に自習室を回った際、一人二つの自習室の机に目一杯参考書と問題集を広げ、だだっぴろい自習室の中一人で喰らいつくように問題と向き合っていた女の子。案内係の若い先生(か事務の人)はあのような感じで自習するんですよ、とその子を見学の材料にして使っていたが、母がこんな時期からあんな熱心に勉強されている子もいるんですね、と言うとその若い先生も微笑を浮かべながら、この時期には珍しいですけど毎日自習室に来ていてとても熱心な子ですと答えていた。春に燃え尽きてしまわないか予備校側が心配しているほどなのだから相当なのだろう。その女の子がどんな現役受験時代を過ごしていたのかは俺には知らない。ましてや今後知る機会もないだろう。もしかしたら日本のトップの東大京大辺りをA判定で落ちたのかな。まぁ想像でしかないが。

 それ以来、俺はちょっと遊ぼうと思うとその時の光景がフラッシュバックするようになり、なんとなく薄っぺらい罪悪感と浪人時代はあのような子とペンを交えなければならないことに一種の不安をも感じるようになってしまっていたのだった。

 予備校から事前にもらった問題に目を通すことで気を紛らわせていると、ふいに机に置いてあったスマホが振動し着信の合図を告げた。壊れかけのレディオならぬ、そこにあるだけのスマホとなりつつあったあった俺のスマホが鳴るなんて珍しいなと思いながら画面を見ると着信にはクラスメイトの戸田の名前。

 内容は全然たいしたことはなく、というか逆に俺には精神的ダメージ増な内容だったのだが、合格電話だった。くそー俺は落ちたというのに!!

 俺が落ちたよ予備校だよもう一年底辺から頑張るよと涙の決意を返答すると、一瞬の沈黙のあとに「頑張れよ。応援する。年末は時間ないかもだけど出来たら忘年会したいな」と言って会話は終わった。

 急に向こうも申し訳なく思ったのだろう、俺が落ちたことをしってからは声のトーンが一段階下がっていた^^(まぁあいつはいい奴だから俺に恨みはない。)


 これは後で知ったことだが、俺の学年で試験全落ちの浪人生になったのは俺を含めて二人だけだったらしい。俺は学年でたった二人ということよりも、そのもう一人に妙な親近感を覚え一回お会いしてお話ししてみたいと思った。その思いは得てしてかいずれ叶うことになるのだが……。


 まぁそんなこんながあり、ともあれ俺は高校を無事卒業、高校の仲間とまた会うことを誓い予備校の入学式の日を迎えたのであった。


 入学式は予備校内の一室で行われ、そこに集められた浪人生約二百人ちょっとが校長のブラックに富んだ挨拶を聞く所から始まった。

「皆さん、入学おめでとうございます……とはここでは言えませんね。皆さんは同じ同級生よりプラスしてもう一年、この受験という土壌で他の受験生としのぎを削り合うことを選びました。その選択に際しいろいろな思い、葛藤、決意があったことと思います。ですがただ一つ。私から言えることは、この学校でのおめでとうはここを「大学に受かって卒業する」ことだけ。それ以外はおめでとうではありません。そのために私たちは一眼となって皆さんをサポートするので、皆さんもそのおめでたい日に向かって突き進んでください。道は見えています。頑張れ、受験生!」

 最初は笑い声も聞こえていたが、話が進むにつれて皆の雰囲気も真剣そのものに変わっていった。……この世界を長く見てきているのだなぁ、俺は予備校生ながらに校長のことを感心した。

 挨拶が終わってからは各クラスに分かれてのガイダンスの運びとなった。クラスは四クラスに分かれていてそれぞれ私大文系、国公立文系、私大理系、国公立理系という名前でクラス名称が前からD、C、B、Aと略して呼ばれるらしい。なんで逆に紹介されているかは俺にも謎である。

 俺は国公立を目指すかつ文系なのでCクラスに入ることになっていた。

 Cクラスのガイダンスには約五十人ほどが集まった。教室は高校では見たことがないような長い黒板を備えた大教室だった。一人一人机と椅子は独立しているが何せ数が多いため隣の席との距離が近い。もし授業中に居眠りでもしようものなら、隣に息遣いでも聞かれてしまいそうな。そもそも浪人生に居眠りをしている余裕はないのだが、と思いつつ教室をもう少し見渡してみると、ここの教室には日光が一切入ってくる場所が無いことに気づいた。入って右は細く薄暗い廊下に面しており、窓という窓はない。そして左は窓はあるのだが景色を遮断する様式のガラス窓であり、かつ隣に隣接している建物のせいで圧迫感がすごく、「あぁ今は日が照ってるのだなぁ」というちょっとした光の強さのニュアンスしか感じられない有様である。外の景色を見せないための予備校側の戦略なのか。高校では端の席や窓の大きい教室に移動教室で行ったときなど、景色を眺めながら授業を聞く機会はいくらでもあったがここではそうはいかないかもしれない。他の教室も調査せねば。


「はい、では今日はガイダンスなので以上で終わります。明日から勉強頑張ってな」

 俺たち国公立文系Cクラスの担任は増田という長身で優しそうな先生だった。ここの予備校では、クラス担任は先生ではあるけれど授業はしない、クラス担任アドバイザーという役割らしい。増田先生はCクラスの生徒全員の出席チェックや校内テストと模試の成績管理、進路相談を行う。多くの受験生を見た来たであろう増田先生の目は新しい春の出発に満ち満ちており、教室の後方から見ていても眩しいほどであった。優しそうな先生で良かった、とほっと一息をついた。


予備校での授業は明日から始まる。

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