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 それから大上の機嫌は少しずつ悪くなっていった。理由は簡単。気のせいだと結論付けたはずの視線を最近頻繁に感じるのだ。純花の傍でそれを態度に出すと、純花がオロオロとして心配してくるので、自重している。しているのだが。




 ある日、大上はキレた。




 もっと分かりやすく言えば、その日大上が視線を感じた瞬間、頭の中で何かが切れた音がして、その音が導くまま視線の主の元に話を聞きに行くことにしたのだ。


 「悪い。ちょっと待っててくれ」


 大上はドーナッツを頬張って幸せそうな純花に声を掛ける。きょとんとした純花は、両手にドーナッツを持ったままこくりと頷き、再び齧り始めた。ほわわんとしている純花に苦笑すると、そっと店を出た。


 人込みに体を滑り込ませ上手く紛れると、大上は静かに視線の主の元へと歩いていく。近づくと、その男は誰かに電話しているようだ。聞き耳をたてていると、どうやら予定外に大上が純花のそばを突然離れたため、どちらを追うかと言う相談をしているようだ。


 大上は目を細めると、ゆっくりと男に近づく。


 「おい」


 低い声で声を掛けると、男は鬱陶しそうに振り返った。目の前に立った不機嫌極まりない男が、先程まで監視していた男であると気付いたその男は、サッと顔を青ざめさせた。


 「お、大上、征司…」


 「俺を知っている、か。誰だ。何のために俺たちに張り付いていた」


 大上が気だるげに尋ねるが、男は唯々目を泳がせるだけである。苛立ちがピークに達した大上は男からスマホを取り上げ、通話状態が続いているそれを耳につけた。


 「誰だ」




 『おいおい、冷てぇなあ。俺の声、忘れたのか大上?』




 その声に大上の顔色が変わる。一気に刺々しさが増したその雰囲気に、スマホの持主の男が腰を抜かす。


 「てめぇ」


 低く唸った大上に、電話の先の男はくぐもった笑い声をあげる。


 『あの女随分と気に入っているようだな、大上よお?』


 思わず大上が鋭く息を吸い込み、純花に目を向ける。幸せそうな純花はまだドーナッツを頬ばっている。


 『よく見りゃいい女じゃねぇの。なあ、俺たちとも遊ばしてくれよ?』


 「アイツに近づくな」


 卑下た笑い声を立てる電話の先の男に冷え冷えと吐き捨てる大上。だが、効果は無い様だ。近づくなだってよぉ、と電話の先で笑っている気配がする。大上の手の中のスマホがバキと言う音を立てて折れる。完全に引いている男を放置し、大上は再び純花に目を向けた。


 漸く食べ終わった純花は楽しそうに体を揺らし笑っている。


 大上は手の中で憐れな姿になったスマホを見下ろした。暫くそのまま俯いていたが、次に顔を上げた時。その精悍な顔に覚悟の色を宿していた。






 ドーナッツを食べ終わった純花はホクホク顔で大上が戻ってくるのを待っていた。今回も大上のおごりである。因みに、大上が買ってくれたドーナッツは三つ。二つは純花の胃の中に納まったが、もう一つは残っている。


 「これはあんまり甘くないですし、大上さんでも食べれるでしょう」


 大上の為にとっておいたのだ。苦笑しながらも食べる姿を想像し、笑みが止まらない純花である。すると、手元に影が落ちた。


 「あ、おかえりなさい。ドーナッツ、一個取っておきました!!」


 そう言ってニコニコと見上げると、大上はため息をついた。大上がため息をつくのはいつもの事。


 だが。 


 「大上さん?」


 純花は不安に駆られ声を掛ける。何時もと様子が違う。すると、男は口元に笑みを刻み鼻で嗤った。


「取っておきました、ねぇ」


 冷ややかな声に、純花の体がびくっと震える。見上げた男の顔は興ざめだという顔をしていた。困惑する純花に、男は再びため息をつく。


 「もういい」


 その言葉にきょとんとする純花。男は憐憫の表情を浮かべている。ぽとりと純花の前に何かが落とされた。視線を落とすとそこには純花の生徒手帳があった。


 「飽きた。もう面倒だし、これ返すわ」


 純花は一気に血の気が引くのを感じた。急に態度の変わった大上の様子に混乱し、青ざめる純花に、大上は冷ややかな笑みを向ける。


 「なに?遊びだって事にも気付かなかったのか?傑作。笑えるな」


 「な、なに言ってるんですか…?冗談ですよね、だって、大上さんはそんな人じゃ!」


 強張る顔に無理やり笑みを浮かべ、必死に叫ぶ純花。体の震えが止まらない。そんな事、遊びだったなんて事、ない。無いと信じたい。だって。


 あれほど綺麗に笑う人がそんな事をするはずない。


 必死に男を信じようとする純花。縋りつくような眼差しを向けるが、男は全く感情の籠らない瞳を向けただけだった。


 「はっ。俺は元々こんなんだったし」


 そこには、純花の姿は映っていなくて。


 「つーか、本気だと勘違いするとか、馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけどここまでとはな」


 純花の瞳がひび割れる。ずっと引っかかっていたことをはっきりと言われ、一筋涙が零れ落ちた。男は踵を返し背を向ける。思わず純花は手を伸ばしたが。


 「まあ、そこそこに楽しかったぜ。あの写真の事は誰にも言わねぇから安心しな」


 中途半端な所でその手が止まる。顔だけ振り返った男は無表情だった。


 「じゃあな」


 赤いポンチョを纏ったその腕がぽとりと、落ちた。

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