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「それでは今日の講義はここまでとします」


 教授声がマイクで拡張されて教室に響く。純花はほっと息をつき、体をむにょーんと伸ばす。


 「今日は筆箱落とさないの?」

 「おーとーしーまーせーんー」


 からかってくる友人に、いーっと歯をむき出して威嚇する。友人の笑い声を背に、校門へ足を向けた。赤いポンチョの裾をなびかせ、鼻歌混じりに帰途に就く。


 今日は、お母さんとご飯を作るのです。もっともっと上達して、食べて欲しいんです、あの人に。


 そう思って頬を緩めた純花。そして、首を傾げる。




 今、私は誰に食べて欲しいと…?




 ふと顔を上げると、校門のところに人だかりがある。純花の頭の中から微かな違和感が吹っ飛び、その顔に引きつった笑みが浮かぶ。で…デジャヴ?


 恐る恐る人込みをかき分け、そっと様子を窺ったそのとき。




 「つまりはそういう事なんだけど…意味、分かるよねぇ?」

 「はっ!なんでそんな事、アンタに言われなきゃなんないのか分かんねぇな」




 聞こえてきた二つの覚えのある声に目を丸くした。純花の視線の先で、狩野と男が睨みあっていたのだ。醸し出すピリピリとした雰囲気。両者ともに、無駄に顔が整っていることも手伝って、下手に手を出せない空気が充満している。それで多くの人が遠巻きに見ていたのだ。


 「お、お兄ちゃん⁈それに…」


 しかしながら、純花にそんな雰囲気は通じなかったようだ。びっくりした顔で二人に声を掛ける。するとすぐに狩野が振り向いて相好を崩す。


 「やあ、純花。迎えに来たよ」


 「え、本当⁈」


 優しい言葉に目を輝かせる純花。おいでおいで、と手招きする狩野に駆け寄る。すると、男の気配が一層刺々しくなった。そんな男の様子に純花が戸惑う。不機嫌になったり、無茶ぶりを要求してきたり、こちらの羞恥心の限界を突破させるようなことはいくらでもする男だが、ここまで苛立った様子を見せたことは、ない。


 しかし、すっと男の視線から純花を遮った狩野が笑顔で純花を促してくる。


 「さ、帰ろっか」


 そう言って肩に手を回し、くるりと純花の体を回転させる。自分も男に背を向けると、そっと純花の背を押して歩き始めた。純花は頭を回転させて男を顧みる。


 大上は険しい顔をして二人を睨んでいた。どうしてか純花の息が苦しくなる。だが、何も言うことなく、狩野に促されるまま重い足を動かしてその場を去った。






 どことなく重苦しい空気の中、二人は歩いていた。いつもならお兄ちゃんが居るだけで楽しく会話が弾むのに、二人の間には会話は無かった。ぼんやりとしていた純花に狩野が声を掛けた。


 「ねぇ、純花?」


 「え?あ、なに?」


 急に声を掛けられて慌てて笑みを浮かべる純花。そんな彼女に狩野は気づかわし気な顔をする。




 「もう、あの男には近づかないほうがいいと思うよ?」




 「え?」


 唐突に何を言うのか。純花はきょとんとする。狩野は真剣な表情を崩さない。


 「あの男に何を言われたの?というか、何をされたの?」


 「ええ⁈い、いや、別に何かされただなんて、そんな事!!」


 「やっぱりか…」


 慌てて否定する純花に狩野がため息をつく。どうして知っているのか、と愕然とした面持ちの純花を横目に見て額を押さえる。


 「何があったのか知らないけど、とにかく、アイツにはもう近づくな」


 そんな事を言う狩野に、純花は困惑の表情を隠せない。


 「な、何でですか?」


 「あんな軽薄そうなやつ、信用できるのか?」


 幼い子供を叱るように言われ、純花はむっとする。


 「あの人は、そんなに悪い人じゃないです!だって、色々奢ってくれたり、いろんな場所に連れてってくれるんですよ?」


 毛を逆立てて威嚇する純花に、狩野が困ったような顔をする。


 「あのなぁ、そんなの、ああいう不良ナンパの常套手段だろうに」


 その言葉を聞いて純花は息を止めた。凝視してくる純花に、狩野は言い聞かせる。




 「お前、遊ばれているだけだよ」




 その言葉は、純花の胸にグサりと突き刺さった。




 だって、だって、あの人は。いつも人の事からかって、馬鹿にして。一緒にいて疲れるし、大変だけど。もう一緒に居てられない、とかよく思ったりしたけど。




 それでも。




 一杯色んな物を奢ってくれた。いろんなところに連れて行ってくれた。確かに不良っぽい格好で、不良っぽい言葉も使うけど。




 でも。




 俯いた純花の視界に赤色が揺らめいた。純花は目を見開く。




 言動とは裏腹に、すごく優しくて。ふとした時に見せる笑顔は本当に純粋で。




 その笑顔がすごく好きだったのだと、自覚した。




 そして、納得する。




 ここ最近のもやもやしてたモノは、あの男とどうしてか顔を合わせられなかったのは。




 大上の事が好きだから、だったんだ。




 その答えは純花の胸にストンとおちた。




 「そうだったんだ。だからさっき…」


 「え?」


 暫く黙っていたのに、突然呟いた純花に狩野が怪訝そうな顔をする。顔を上げた純花はキッと狩野を睨む。たじろぐ狩野に純花は言い放つ。


 「私は、お兄ちゃんじゃなくて、大上君に料理を食べてもらいたいもん!!」


 「ええ⁈」


 まったく脈絡ない言葉に狩野があっけに取られる。そしてその言葉の意味を理解して絶叫する。絶望的な顔をする狩野を涙目で睨みつけた純花は、そのまま駆け出した。


 再び、狩野は一人取り残された。

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