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 それからというものの、男は度々純花を呼び出した。呼び出し方法に関しては、学生証と写真(ひとじち)をちらつかせられた純花が泣く泣く連絡先を教える、という脅迫まがいの手法により連絡先を好感した男から、気まぐれにメールが来る、という感じになっている。


 場所はそのたびに異なっている。ある日は映画、ある日はアウトレットなど、様々だ。




 今日も、その“デート”の日だった。数日前にメールが来て、今度は一応観光地となっている場所に行くらしい。顔を洗った純花は、ふんふんと鼻歌を歌いながらクローゼットを漁る。


 「……」


 ふと純花は気付いた。何か引っかかる。首を傾げて考え込んだ純花は愕然とした。


 「い、今、私、鼻歌を⁈え、ええ⁈」


 それは期限がいい時の純花のクセ。つまり……今日の“デート”を楽しみにしている⁈


 「ええええええ⁈」


 「ちょっと純花!何騒いでるの⁈」


 思わず絶叫する純花。あまりの煩さに、親から叱責が飛んでくる。しかし、混乱のさなかに居る純花には聞こえていなかった。


 だって、だって、あの最低な男との、で、で、で、デートっですよ⁈そ、そ、そ、それなのにっ、それなのに、た、た、た、楽しみ⁈ええ⁈


 「そんなぁ!!」


 「ちょっと純花!いい加減にさない!というか、時間は大丈夫なの?」


 再びの純花の絶叫と母からの叱責。その言葉に、ピキっと音を立てて固まった純花は、ギギギと音を立てて首をまわす。そっと窺った時間を見て。


 「遅刻ぅ!!行って―きまーす!!」


 慌てて家を飛び出した。そんな娘を見送った母は、やれやれと嘆息する。何気なくテレビを見やると、純花が好んで見ている星座占いをちょうどやっている所だった。






 『ざんねーん、今日の最下位は山羊座。ついてない日かも。でも、今日を乗り切ったらいいことがあるかもしれないから、めげないでね?』


 「あらあら」


 よく当たるんだ!と目を輝かせていた娘を思い出し、母は苦笑してテレビを消した。






 その頃、純花はというと、とぼとぼと歩いていた。考えることは一つしかない。


 「楽しみ…。デート…」


 むむむ、と自分の世界に入り込んでいた純花は、目的地に着いたことに気付かず、あまつさえ。


 「むきゃ⁈」


 「お前ホンットによく人にぶつかってくれるな。目、見えてる?」


 先に来ていた男に思い切りぶつかった。きゅーと鳴いて落ち込む純花を呆れ顔で見やる男。やれやれと言わんばかりに嘆息すると、手を差し出す。きょとんとする純花。そんな純花の様子に苛立ったのか、やや乱暴に純花の手を救い上げる。


 「三歩歩けば転ぶか、人にぶつかるか、迷子になるかの三択なんだから、掴まってろ」


 そう言うと男はさっさと歩きだす。きょとんとした表情で自分の手と男の手、そして背中を見つめていたが、状況を理解して。ぼふん。純花の頭から湯気が立つ。


 真っ赤になって言葉も無い純花をチラリと盗み見て、男は笑いをかみ殺す。


 「行くぞ」


 放心状態の純花を引っ張って男は歩き出した。






 そうしてやって来た場所は、観光地と言っても普段は人はそこまで多くない場所なのだが。


 「なんだこれ…」


 見た瞬間、男が呻く。そう。今日はなぜか人がごった返していたのだ。ややあって復活を果たした純花はきょろきょろと辺りを見回し一枚のポスターを見つけた。


 「あ、今日、お祭りみたいですね」


 「まじかよ…」


 心底嫌そうな顔をした男が苦々し気に呟く。見上げると、男はそっぽを向いた。


 「人込みは…?」


 「誰が好き好んでそんな鬱陶しいところに行くってんだ」


 嫌いらしい。


 「ゲームセンターの様な騒がしい所が嫌い、お祭りの様な人の多い所も嫌い…」


 「何か文句でも?」


 思わず、口に出した言葉に男は律儀にも反応する。ジロリと睨まれて、視線を泳がす。


 「あ、えっと、その…。あ、あれ!美味しそうじゃないですか?」


 逃げ道を探して視線を巡らせた純花は、クレープを見つけて目を輝かせる。甘いモノに目が無いのである。尻尾をふって駆け寄ると種類を熱心に研究し始めた。


 「ううーん、イチゴチョコ…いや、でもやっぱりバナナチョコ…?」


 「バナナチョコ一つ」


 「はーい」


 後ろからやって来た男がため息交じりに注文する。威勢のいい声を上げて店の人が手際よくクレープを焼いていく。この人、クレープ食べるの?


 意外な気持ちで男を見上げると、クレープを受け取った男が、ずいっと純花に押し付けてきた。


 「へ?」


 「何不思議そうな顔してんだ。食いたかったんだろ?」


 とっさに受け取った純花は視線をクレープと男の顔の間で行ったり来たりさせる。


 「食べるんじゃなかったんですか⁈」


 「俺は甘いモノは食えん」


 肩を竦めて男はあっさり言う。そしてさっさと背を向けると、人のより少なそうな場所を目指して歩き始めた。何時もの通り、おごりの様だ。


 その背にくっついて行きながら、純花はクレープと齧る。


 そう言えば、この人、良く奢ってくれますよね…。食べ物とか、服とか…。


 そこまで考えた時、純花の頭にクローゼットの中身が思い浮かんだ。そう言えば、最近色の濃い服が増えたなぁ。特に赤色…。


 『俺の好み』


 急に男の声が耳の奥で再生されて、純花はクレープと取り落としそうになって慌てて持ち直した。顔に熱が集まってくる。一人でわたわたしていると、男がひょいっと顔を覗き込んできた。


 「何やってるわけ?」


 「いいいいいいいいえ、あの、その、何でもないです!決してクローゼットの中が、とか、色々奢ってくれて良い人なのか、とか考えてるわけじゃなくてですね、ええと、…何が言いたいんでしょう?」


 凄まじい勢いでまくしたてた純花は、結局自分で何が言いたいのか、何を言っているのか分からなくなり、涙目になる。そんな純花にあっけに取られていた男は吹き出した。


 「んなこと、俺が知るかっつーの」


 そう言って笑った大上の顔を見てぼんやりと思う。最近こんな顔で笑うこと多いなぁ。何て言うか、無邪気な笑顔?そう思った瞬間、大上はちょうど純花が思い描いていた笑顔そのものを浮かべた。純花の心臓がドクン、と跳ね上がる。


 「ほれ、次行くぞ」


 そう言って再び歩き出す大上の背を慌てて追いかけた。顔が熱いのは、人が多くて熱気が押し寄せてくる所為だ、と自分に言い訳をした。






 悶々としたものを抱えながら、純花は家へと向かっていた。結局その後、純花は大上の笑顔や一挙一動に気を取られ、上の空のまま、デートが終了した。


 あの男は、生徒手帳と写真を人質にとって無理やりに“デート”に誘ってくるんだ、警戒すべきだ、という声と、いやいや、あの人はいい人なのかもしれない、という声が脳内で激しい論争を勃発させている。その勢いは今にも戦争が始まるのではと思わんばかり。うにゅーと呻きながらとぼとぼと歩いていたため。


 「…か、純花!」


 「ほへぇ⁈」


 かけられた声に気付かず、悲鳴を上げた。振り向くと、優し気な顔を不思議そうに歪めた男が立っていた。


 「おおお、お兄ちゃん⁈」


 「酷い反応だなぁ。大丈夫か?」


 心配そうに尋ねてくる“お兄ちゃん”―狩野義人に、笑顔を向ける。


 「うん、大丈夫だよ。ちょっと考えごとしてただけ」


 「ふぅん。何か困りごと?相談なら、いつでも乗るからね?」


 何気なく発したその言葉に、純花が固まる。

 純花の今の悩み事とは。人質をとったり人を脅したりするくせに、やけに優しかったりする男の事で。その男の事を考えると何故だか心臓が暴れ出し、顔が熱くなり、耳奥で低いその声が響こうものなら羞恥に身もだえせずにはいられない状態で。

 考えるだけでも恥ずかしいソレを、お兄ちゃんに相談?

 固まったその笑顔に義人は怪訝そうな顔をする。しかし、純花にはそんなことに気を配るだけの余裕がなく、顔が赤くなるのを止められなかった。


 「……だ、大丈夫だから、気にしないで!!」


 そう叫んで走り去っていく純花。置いて行かれた義人は呆然としていたが、すぐに絶望的な顔をする。


 「す、純花に逃げられた…?」


 シスコンの義人にとっって何よりもの重大事件だった。ややあって、その口元にゆっくりと笑みを刻む。


 「さぁて、何があったのかなぁ?」


 地を這う様な声をにこやかな笑顔で発した青年はゆっくりと歩き出した。

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