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 「それでは、今日はここまでとします」


 マイクで拡大された教授の声が教室いっぱいに響き渡る。ほっと息をついた純花は、凝り固まった体を解そうと、むにょーんと伸びをした。


 「にゅぅー」


 奇声を上げながら伸びをしていると、隣に座っていた友人が声を上げて笑う。


 「相っ変わらずよく奇声あげるよね、純花ってさ」


 「うにゅ?」


 よく聞き取れなかった純花がきょとんと首を傾げる。その拍子に体が揺れて純花の筆箱に当たり、勢いよく中身が散乱する。


 「わわっ」


 慌てて拾い集める純花。友人が苦笑して手伝ってくれる。


 「ホント、天然よねぇ、純花って」


 その感想に、純花が頬を膨らませる。


 「酷いですよぉ。私は天然じゃありません」


 「うん、その自覚してないところも、可愛いわぁ」


 本人は真面目に反論しているのだが、友人はそんな純花の様子を見て相好を崩す。近所のみならず、友人達の間でもマスコット扱いの純花。しかし、そんな扱いを受けているなどと夢にも思わない純花は、むぅ、と眉を下げ、とぼとぼと歩き始める。その背は哀愁を漂わせているのだが、なぜか可愛らしさは減るどころか、倍増している。友人は笑みをかみ殺して、純花を追った。


 「ごめんごめん」

 「誠意が足りないのです。そんな人は嫌いなのです」


 猫さながらにそっぽを向く純花に、友人は再び笑いをかみ殺す。


 「お詫びに甘いものでも買ってあげようかと思ったんだけどなぁ。嫌われちゃったんだったら仕方ないなぁ。他の人でも誘って……」

 「行く!」


 忽ち目を輝かせて振り向く純花。甘いモノに目がないので、機嫌を取る方法は実に簡単である。意識は既に甘いモノに飛んでいる純花をみて、ほっこりする。


 そんなところが、可愛いがられる理由なんだよなぁ。


 そう思いつつ、意識が飛んでいるせいでフラフラと看板に突っ込んでいく純花を引き戻して大学近くのカフェへと向かう事に決める。


 そのような事をぽつぽつと喋りながら、大学の出口に向かう二人。


 「…あれ?」


 校門が見えた所で、純花は首を傾げた。帰りに向かう者たちで賑やかなのは何時もの事だが、今日は輪をかけて騒がしい。近寄ってみると門の横に立っている人に注目が集まっているようだ。野次馬精神むき出しの友人に引きずられて人込みをかき分け、問題の人物を目にした瞬間。


 「え、ちょっと、純花⁈」


 純花はくるりと踵を返し、元来た道を猛然と戻り始める。友人の驚愕の声は聞こえていなかった。純花の頭には、とにかくその場を立ち去らねば、という事しかなかったのである。なぜなら、校門の横に立ち、視線を集めていたそのイケメンは。


 「おいこら」


 そう言って、いつの間にか近寄って純花の服の襟首をがっしりと掴み純花の逃亡を阻止したその男は。


 「……な、あ、な」


 余りの驚きに意味をなさない音しか出せない純花を見やり、口元を三日月に歪めたその男は。



 「随分だな、おい。人の顔見て即逃げ出すとか、ちょっとばかし失礼じゃあないのかねぇ?」


 そう言って、純花の服の襟首をがっしりと掴んで純花の逃亡を阻止したその男は。


 「……なんで、なんで居るんですかぁ⁈」


 以前公園で出会った、不良の男だった。




 逃げ出した純花を難なく捕獲した男は、にっこりと笑みを浮かべて、場所を変えることを提案してきた。本音では、すぐにでも断って逃げ出したかった純花だったが、周囲の興味津々な視線と、全く笑っておらず有無を言わせる気などさらさらない男の目に屈して渋々頷いた。


 暫く歩いたのち、ここでいいか、と呟いて足を止めた男はくるりと振り返って、純花と向き合った。びくっと体を揺らした純花は、既に涙目である。上目遣いに様子を窺うと、何が楽しいのか、男はくつくつと声を上げて笑った。純花は怯みそうになる自分を叱咤して、聞かなければならないことを、恐る恐る聞く。


 「どうしてここが分かったんですか?」


 すると男はにやりと笑う。


 「何でだと思う?赤井純花、さん?」


 男の口から出てきた自分の名前に、純花が固まる。


 え、どうして、何で知ってるんでしょう?私名乗りましたっけ?名乗ってないですよね?


 投げ込まれた爆弾に、案の定、混乱状況に陥る純花。その様子に、男は腹を抱えて笑い転げる。


 「これ、なーんだ?」


 漸く笑いを収めた男が、それでも笑いをかみ殺しながら、ポケットから出したものをひらひらと振る。首を傾げた純花が見たものは。


 「私の学生証⁈」


 叫ぶと同時に無意識に手を伸ばす。しかし、あともう少しの所で、ひょいっとその手を避けられる。透明なケースに包まれたソレは顔写真と名前を見る限り自分のもので。我に返った純花が慌ててカバンの中を漁る。そして、再び叫ぶ。


 「無い⁈」


 「そりゃそうだろ、ここにあんだから。何してんのお前?」


 心底あきれ果てたと言わんばかりの男である。わたわたとする純花を見て、笑いの発作をどうにか堪えているようだ。


 なんで、どうして?なんでこの人が持ってるの?そう大きく顔に書く純花に男はようやく種明かしをする。


 「この前会った時、お前逃げたろ?」


 その言葉に目を泳がせる純花。にやりと笑って男が付け加える。


 「そのとき、お前、これ落としてったの。まっさか全然気づいてないとはねぇ」


 純花は眩暈を覚えた。普段から天然だのマイペースだのとは言われていたが、ここまで自分の愚鈍さを呪ったことはない。まさか、逃げる最中に落とし物をし、それをこの男に拾われるなんて。


 「穴。穴が、欲しい……」


 羞恥に頬をそめ、涙目になる純花。しゅんと項垂れる。すると、なぜか男が息をつめらせた気配がする。上目遣いに様子を窺うと、男は目を見開いて固まっていた。だが、純花が様子を窺っていることに気付いて我に返ったようだ。再びにやりとした笑みを浮かべる。


 純花の背を悪寒が走り抜ける。なんだろう、この嫌な予感は。この男が意地悪い笑みを浮かべた時ほど怖いものはない。純花は引きつった顔をする。無意識のうちに体が逃げを打った。しかし。


 「第二問。これ、だーれだ?」


 男が純花の学生証の入ったケースから引っ張り出したモノを見て、再び硬直させられることになる。


 「そ、そそ、それはっ!!」


 純花の幼馴染の“お兄ちゃん”の写真だった。彼に憧れ、片思いをしている純花はお守り代わりに彼の写真を学生証のケースに挟み込んでいたのだ。


 「これ、彼氏?」


 「違いますっ!!」


 意地悪く聞いてくる男に、思わず力の限り叫ぶ純花。はっと気づいたときにはもう遅い。男は心底楽しそうな顔をしている。


 「へぇ、違うんだ。じゃあ、…片思い?」


 「そ、そんな事っ」


 「なるほど、片思いか。さっきの反応からするに付き合って無さそうだし、周りにも秘密にしてるってとこか?」


 「ななな、なんでそれを⁈」


 「やっぱりか」


 必死に否定しても、全然信じてくれない、それどころかむしろ墓穴を掘ってる気がする。


 赤くなったり青くなったりを繰り返し、口をパクパクさせる純花。状況を察した男は満足げに頷く。ついで、にっこりと笑みを浮かべて純花と視線を合わせる。純花の頭の中では、警報が未だ嘗てないほどに鳴り響く…というか、暴れまわっているのだが、手遅れである。


 「口止め、しなくていいのかな?」


 「わ、私は脅しには屈しません!!」


 これが本題なのだろう。遠回しに圧力をかけられるものの、純花は涙目で抵抗するが。


 「ふぅん。じゃあ、そこらへんで、大声で叫んでみようかなぁ」


 「あああああ!!いくらですかぁ?!」


 結局、この不良には勝てなかった。しゅん、と項垂れて財布を出そうとしたのだが。


 「いらん」


 「へ?」


 すっぱりと切って捨てられる。大きな目が零れ落ちんばかりに見開く純花に、男はしゃあしゃあと言い放つ。


 「それじゃあ、面白くない」


 「どういうことですか⁈」


 予想外の言葉に純花が呆然とする。そんな彼女に男はニッと笑う。


 「それだと面白くないだろ?例えば、そうだな…」


 そう言って考え込んだ男は、少し考えた末に、目を輝かせる。純花の引きつった笑みに満面の笑みを返すと、提案した。


 「俺とデート、でどうだ?」




 男からのデートの誘い。最早キャパシティーを大幅にオーバーしている純花は何を言われたのか、一瞬理解できなかった。そして、ゆっくりとその言葉を理解して。


 「無理です!」


 全力で辞退した。だって、だって、この人とは一回会ったっきり、しかも、カツアゲされそうになったんですよ⁈今も脅されているんです!絶対無理に決まってる!と心の中で悲鳴を上げる。因みに、脅されていると考えているくせに、拒否権を行使しようとする矛盾に彼女は気付いていない。だが、男はしっかりと理解している。


 「拒否権、あるのかな?」


 ひらひらと両手に持った学生証と、写真を目の前で揺らす。純花が手を伸ばすと、ひょいっと遠ざけられる。それを追うと、今度は頭上高くに持っていかれた。


 よし。純花は覚悟を決めて決死のジャンプをする。だがしかし、届かない。もう一度。


 …と、届かない。


 段々と意地になって取り返そうとぴょこぴょこ跳ねるのだが、いかんせん身長差があった。埋めようのないその差により、どんなに頑張っても手が届かない。


 「ううー」


 諦めた純花は恨みがましく学生証と写真を見つめる。諦めきれないのか、これらが右に左に、と動くたびに律儀にそれを追う。それに夢中な純花は男が笑いを必死にかみ殺していることに気付かなかった。


 「そぉれぇでぇ?」


 ニッコリと笑った男が答えを促す。目元を染めた純花が涙目で最後の抵抗を試みる。


 「知らない人についていっちゃいけないって教わりました!」


 そう言うと、ささやかすぎるほどささやかな胸を張る。そんな彼女の様子に男は呆れ顔を見せる。


 「おいおい、何処の小学生だお前は」


 まぁ、けど?と続けると、口元に不遜な笑みを刻む。


 「俺の名は大上征司おおかみせいじ。一応、大学生」


 突然の自己紹介に戸惑う純花。ややあってその意味を理解した彼女は絶望した表情を見せる。そんな彼女に、最後通牒を突き付ける。


「これで、知らない人じゃあないよな?」

「き、詭弁です……」


 冷静に考えればその程度で知らない人の枠を脱却できるとは到底思えないが、その時の純花にはそこまでの考えが及ぶ訳もなく。純花にはそれ以上の言葉も選択権も無かった。


 作中で純花ちゃんはオオカミに素直にお金を渡そうとしておりますが、これはあくまで物語であることを念頭においてくださいませ。カツアゲ、ダメ絶対。

 そして。知らない人について行ってはいけません。名前を知られていても、教えられても、です。分かったかな純花ちゃん?

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