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「お兄ちゃん!!それにっ…大上さんっ!!!」


 純花は涙ながらに名を呼ぶ。待ち望んだ二人の登場だった。


 「おうおう、早かったじゃねぇの大上よぉ?」


 呆けていた不良達の一人が我に返った。大上と電話で話していた不良男だ。若干引きつっている笑みを浮かべると、大上を見やった。すっとその傍らに視線をうつすと、首を傾げた。


 「それに、見慣れない顔が居るな。誰だソイツ」


 「どーもー。そこの純花の兄貴分、狩野って言います」


 ニッコリと狩野が挨拶する。見るからにひょろっとした体系の狩野に、不良たちが見下し切った視線を向ける。


 「ま、どうでもいいか。それよりも大上」


 不良男がにやりと笑う。黙って視線を向ける男に楽し気に声を掛ける。


 「あの時の落とし前、つけさせてもらうぜ?」


 すると、男は無表情のまま、ぼそりと告げる。


 「今ならまだ見逃してやる。純花を離せ」


 その言葉に、不良男が笑い転げる。


 「純花だってよぉ。よっぽど大事なんだなこの女」


 不良男は笑いをスッと収めると、卑下た笑みを代わりに刷く。


 「けどよぉ、この人数、お前ひとりで相手にすんのか?こっちには人質もいんだぜ?お前の大事な女がよぉ!!」


 その言葉を聞いた不良達が待ってましたと言わんばかりに二人を取り囲む。ニヤニヤとする不良達に男は淡々と忠告する。


 「この程度、大したことはない。俺一人でも十分なくらいだ。ただ」


 そういうと、男はわずかに同情を含んだ目を不良達に向けた。


 「誰が1人って言った?」


 その言葉と共に、不良の一人が吹き飛んだ。吹き飛ばした元凶は恐ろしくいい笑顔を見せる。


 「可愛い妹分が世話になったんだもんね?きちんとお礼しなきゃね?」


 「このなりで、かなりやるぞコイツ」


 ぼそりと大上が呟く。不良達が吹き飛ばされた仲間と狩野を交互に何度も見て、顔をひきつらせた。




 結局、乱闘はすぐに終了した。もちろん、男と狩野の圧勝である。






 「大丈夫か」


 男が純花の元にやって来た。その背後では狩野が嬉々として不良達を足蹴にしている。純花はぼんやりとその光景を見つめていたが、男をそっと見上げる。


 男は無表情だった。その口元に血がついてるのを見て、純花が手を伸ばす。


 「っ」


 大上が顔をゆがめたのを見て慌てて手を放すが、ポケットにハンカチがあるのに気付き引っ張り出すと、そっとハンカチを口元にあてた。男はされるがままになっていた。


 「ごめんなさい」


 ポツリと純花が謝る。男が瞠目しているのに気付かず、ぽつぽつと謝罪を続ける。


 「私が捕まったばっかりにこんなケガ…」


 「気にしなくていい」


 純花の言葉を遮って男は言う。上目遣いに顔色を窺ってくる純花に微苦笑する。


 「これは、狩野にやられたモンだからな」


 「お兄ちゃんに?」


 訳が分からないという顔をする純花。純花は狩野に叱られることすら滅多にないため、殴るなどと言ったことをする様子が思い浮かばないのだ。


 首を傾げる純花に遠い目をする男。だが、すぐに状況を思い出し、なんとも言えない顔をする。純花はそんな男を不思議そうに見ていたが、男に手ひどく拒絶された事が思い返され、俯く。


 「…悪かった」


 呟くように謝罪され、驚く純花。顔を上げまじまじと男を見つめる。居心地悪そうに身じろぎした男はぽつぽつと今回の件について説明する。


 「今回は俺の所為だ。昔の連中がまだ俺を狙ってるだなんて思いもしなかった。気付いたときにはもうお前のことまで知られていて、遠ざけることしかできなかった。巻き込みたくなかったんだが、結局はこのザマだ」


 純花は息を詰める。強張った口元をどうにか動かし、かすれた声で言う。


 「どうして…」


 男は視線を彷徨わせたが、ぐっと喉に力を入れて、純花に目を向ける。




 「守りたかった。いつの間にか好きになってたお前を」




 目を見開いたまま硬直する純花に、大上は苦笑した。


 「今までいろんな女を見てきたし、付き合ってこともあったけど、ここまで一緒に居たいとか守りたいって思ったのお前だけだわ」


 一気に真っ赤になる純花。大上は苦笑を引っ込め、真摯な声で語り掛ける。




 「好きだ」




 純花を見つめるその眼は優しくて、熱くて、酷く甘かった。大上からそんなことを言われるなんて夢にも思わなかった純花は困惑気味に視線を泳がせる。そんな純花の様子を見て、大上はそっと切なげに笑う。どうしてそんな顔をするのだろうか。純花が口を開いたとき。


 「まあ、お前には好きな奴がいるの、知ってるし、どうしようもないっての理解してんだけどな」


 そう言って大上は嬉々として不良とじゃれている狩野に目を向けた。一瞬、意味が分からずきょとんとした純花だったが、ふと全ての始まりとなった学生証の事を思い出す。その上で、その言葉と視線について考えを巡らせたとき。大上が誤解していることに純花は奇跡的に気付き、青ざめる。


 「あ、あの…」


 「それでも、一応言っておこうと思ってな。言わずに引き下がんのは癪だし」


 純花の声も聞こえていないようだ。大上は視線を戻し、屈託なく笑う。


 「いえ、その…」


 「俺と一緒にいると、今回みたいなことがまたあるかもしれない。だから、俺はここで引くわ。悪かったな」


 ぽん、と頭に手を置かれ、優しく撫でられる。このままだと、ホントに終わりになってしまう。大上が純花を好きだと言ってくれたのに、純花もそうであると言いたいのに。純花は必死に声を掛ける。


 「あ、あの!そうじゃなくて!」


 「ここから帰る道は狩野が知ってるから。送ってもらえよ?」




 人の話を全く聞いていない、むしろ聞く気のない大上の様子に純花の頭の中で何かがブツリと切れた音が聞こえた。


 「じゃあ、俺はこれで…」

 「……て」

 「ん?」


 俯いたまま小さく体を震わせ、何事かを呟く純花。聞き取れなかった大上は首を傾げつい聞き返す。そして。


 「いい加減にしてください!」


 「は?」


 穏やかに締めくくろうとした大上が突然叫んだ純花にあっけに取られた。キッと睨みつけてくる純花にたじろぐ。


 「確かにっ!今回怖い思いしましたよ?しましたとも。不良さんたちに取り囲まれてこんなところまで連れてこられたんですから!でも!」


 ずいっと大上と顔を突き合わせる。デジャブ?と大上は思わず現実逃避気味に思った。


 「今回のようなことがまたあるかもしれない?守りたい?でも今回はちゃんと助けに来てくださったんですし、次も来てくださればいいんじゃないんですか⁈それなのに、これで引く?悪かった?ふざけるのもいい加減にしてください!!」


 そこまで言って肩で息をする純花。まだやるかと言わんばかりのその顔に既視感を覚える大上。沈黙が落ちる。


 前回はそこで純花が大上に嚙みついたことに青ざめて逃げたのだが、今回は違った。息を整えた純花は目を逸らすことなく大上に向き合う。


 「好きだって言って言い逃げですか?私の気持ちも考えてください!」


 「いや、別に俺は答えを期待してたわけじゃ」


 しどろもどろになって弁明を試みる大上。どうしてこうなった、と振り返る大上の耳に信じられない言葉が飛び込んでくる。


 「私も、です」


 「は?」


 何を言っているのかと、目が点になる大上。顔を真っ赤にして羞恥に瞳を濡らした純花が精一杯言い募る。


 「だから!私も大上さんが好きなのです!!」


 「いや、だって、お前は狩野が好きなんだろ?」


 必死に今の状況を整理しようとする大上。一向に信じてくれない、と言うよりも人の話を聞かない大上を純花は涙目で睨む。怖いというよりも可愛らしいその姿に大上がゴクリと喉を鳴らす。


 「ああもう!!確かに、お、お兄ちゃんの事は、す、好き、でした。でも!いつの間にか、大上さんの事を好きになってたんですっ!」


 そこまで言うと、きゅーと鳴いて顔を覆いながら純花はしゃがみこんで、赤いポンチョのフードを目深に被った。初心な純花は、ついに羞恥に負けたらしい。小さく丸まる純花を呆然と見下ろしていた大上は、目元を覆い、クツクツと笑った。その笑い声に純花が指の隙間から大上を見上げる。


 「まったく、変な奴」


 ひとしきり笑った大上は優しい瞳で純花を見下ろした。純花がこれでもかと赤くなる。


 「散々脅して、弄り倒して、果てに、こんな怖い思いさせたんだぜ?俺でいいのかよ」


 「た、確かにそうですけどっ。……お、大上さんじゃないとだめなのです」


 蚊の鳴くような声でそれだけ言うと、純花はそっぽを向く。すると、グイッと強く腕を引かれ、あっと思った時には大上の腕の中にすっぽりと納まっていた。


 「好きだ、純花」


 耳に直接甘く囁きかけられ、ぼふんと湯気を出す純花。クックッと笑う大上の胸に顔をうずめて隠すと、聞こえるか聞こえないかくらいの返答を返す。


 「わ、私も、好き、です、大上さん」


 そうして、赤ずきんはオオカミに食べられた。

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