むきあう
火曜日
少しだけ、ご飯が喉を通るようになった。
水曜日
ピピピピピピピピピ…
一応セットしておいた目覚ましで目を覚ました。
カーテンをめくってみたら
「わぁ…
眩しい……」
快晴だった。
濃い青色の夏空が広がっている。
金曜の夜から放置したままになっていた携帯電話に手を伸ばした。
「わっ…。
溜まってる…」
奈南や他の友達がメッセージをくれていた。
"ありがとう。
だいぶ快復してきたよ"
返信したメッセージは、自然と本心からこぼれた言葉だった。
なんだか、外に出たくなった。
そう思うと、いても立ってもいられなくなって、外に出た。
午前9時過ぎ。
通学通勤時刻は過ぎていて、静か。既に少し暑い。
噴水のある公園に来た。
公園は静かだった。
噴水の脇のベンチの、木陰になってる部分に座った。
水音が爽やかに耳に響く。
心地よくて暫くそうしていたら…
「にゃぁ」
猫が寄ってきた。
毛並みの綺麗な小柄な黒猫だ。
足元にすり寄ってきたので、額をそっと撫でた。
「俺は黒色に誇りを持ってるぞ」
「………え!?」
一瞬固まったのち、即、撫でていた手を引っ込め、猫から体を避けた。
叫ぼうとしたが、声が出なかった。
耳を疑ったが、確かに、猫が、言葉を発したように感じた。
私、とうとう、動物と会話できるようになったのだろうか…!?
「にゃっにゃっにゃ。
驚かせてすまぬ」
「!?」
やはり、猫は喋っている!
私を見て、話しかけている!
「安心せい。
この猫は物ゆうてはおらぬ。
わしがこの子の体をちょっと借りておるだけじゃ」
「!?!?!?」
どういうこと!?!?
「もうすぐ会えるのう。
じゃが楽しみで待ちきれんくて、ほんのちょっと、ちょっかいを出してしもうた」
「もうすぐ会える!?
どこで!?あなたは!?」
ブルブルっと黒猫は身震いをし、
「にゃあ"」
そう一声鳴くと走って行ってしまった。
「え、ええぇ…!?」
なんなのだ!?(・・;)
取り残されて呆気にとられた。
だが、この異常な体験で、心は軽くなっていた。
お腹空いてきた…。
確か、お昼は、クリームシチューを食べてねって、お母さん言ってた。
栄養が優しく溶けた私の好きなお母さん特性レシピのクリームシチュー。
「♪」
家に帰る足取りは軽かった。
翌日から、学校に復帰した。
渡辺さんは私の姿を見ようともしていないように思えた。
私の方は相変わらず、渡辺さんが気になって仕方がなかったし、姿を見ると前よりも心が苦しくなった。
でも、避けられているような状態はむしろありがたく感じた。もしまた正面から退治したら、なんだか、感情が爆発して恐ろしいことになりそうな気がした。
土曜日
「星志ちゃん復活が課外授業に間に合ってホントよかったぁ~」
「ホント、心配かけてゴメンね。一緒に来れて良かったよ」
奈南と私は並んでバスに揺られている。
今日は課外授業。
うちの学校には年に1回、休日に行われる課外授業がある。生徒達は予め、好きな科目を選択する。
数学は、半日みっちり学校での授業、
世界史は視聴覚室で世界史に関する映画を2本鑑賞、
そんな風に、授業内容は固いものから遊びのようなものまで色々あり、毎年変わる。あと、学年毎にも内容は違う。
私も奈南も、日本史を選んでいた。今年の2年生の日本史は、伊勢神宮の見学?参拝?である。
渡辺さんも日本史を選択していたらしく、集合場所で彼女の姿を発見した私の心は、とたんに落ち着かなくなった。
「うーーん、疲れた~」
数時間のバスの旅。
到着してバスを降りて、まずは大きく伸びをした。
「う~ん。
歴史の重みを感じるね~」
鳥居をくぐったその瞬間…。
「え!?」
水面が揺らいだように、目の前の景色が歪んだ。
「え!?え!?」
突如、回りが真っ暗になり、
「くっ、苦しい…っ!」
体に圧迫感を覚えた。
「!?
なに!?なに!?なに~!?」
例えるなら、掃除機のホースの中のようだった。
真っ暗な狭い筒の中を、全面からすごい勢いで吸い込まれる感じに引っ張られているように、進んでいる。
ゴーーーーッ
風を切る音がすごい。
「なんなの~!?みんな!?どこ~!?」
風の音がうるさくてよく分からないけれど、周りに誰かいる感じはしなかった。
キラッ
前方に光が見えた。
小さな光の点は、近付くにつれ、どんどん大きな円になり、眩しくて目が開けていられないほどになった。
「っ!」
目を瞑ったまま、その光に吸い込まれたんだと思う。
ぽんっ!
「!?」
コルクの栓が抜けたような音がした。
吸い込まれてた感じはなくなり、止まった。風の音も止み、しーんとしていた。
辺りを見渡すと
「え!?」
目を疑った。
「渡辺さん…!」
私から2~3メートル離れたところに、渡辺さんがいた。
「…」
「…」
「…」
「…」
お互い、事態が飲み込めていないようで、ただこの意味の分からない出来事に驚いていた。
「一体ここは…」
見回すと、板張りの床が、果てなくどこまでも続いている。
そして、あるのは板張りの床だけだと思えた。
上空は、どんよりとした曇り空のようだった。
そしてなんだか、恐怖感を覚えるのは、私の足元にも渡辺さんの足元にも、直径30センチ程度の大きさの白い縁取りの円があるのだ。
二人とも、その円の中心に立っている。
「ここは、ついに運命のどんづまり」
「!?」「!?」
突如、どこかの空間から響いた声に、私も渡辺さんもビクッと驚いた。
「お主たちは、お互いに対して、今まで感じたことがないとても強い感情を抱き、その感情に苦しんでおる」
「!?」「!?」
渡辺さんも私と同じように、説明のつかない感情が沸き起こって苦しんでいるの??
「わしにもはっきりとした説明はできぬが、ここはあの世とこの世のあいだ…というような場所かもしれぬ」
「??」「??」
「不思議なこの場所で、己の気持ちの意味を知れるであろう」
「己の気持ちの意味…!?」
「…」
「…」
しーん…。
「?
「あの、すみませーん」
「話今ので終わりなんですかー!?」
返事はない。
「ここはどこですか~!?」
「伊勢神宮に戻りたいんですけど~」
数分ほど二人で呼び掛けてみたが、返事はなかった。
「…あの世とこの世のあいだ…ってどこよ??」
「うーん…。
聞いたことない…」
「じっとしてても絶対に帰れないでしょ」
そう言うと、渡辺さんは歩き出した。
「えっ、あっ、勝手に動いて大丈夫かな!?」
「私は行くわ。
じっとしてるより良いと思うから」
渡辺さんは、どんどん進んでいく。
「私も行く!」
なんだか心配で、慌てて後を追った。
「…ん?」
後を追いながら、異変に気付いた。
「え!?
え!?」
それが見間違いではないようだと気付き、ゾッとして立ち止まった。
「…なん…で?」
慌てて自分の髪を確認した。
何も変化はないようだった。
なん…で!?
なんで渡辺さんの髪、伸びていってるの!?
5メートル程前を歩く渡辺さんの髪が、少しずつ伸びていっていた。
肩にかかるくらいの長さだったのが、今はもう腰まである。
ピタッ。
突如、渡辺さんは立ち止まった。
そして振り向いた。
「!?」
心臓が止まりそうだった。
振り向いたその姿は、渡辺さんではなかった。
「…だ…れ!?」
私はクルっと180度向きを変え、全速力で走り出した。
「はぁっ
はぁっ」
恐怖のせいか息がすぐに上がった。
何度も、足がもつれそうになる。
コワイ…
コワイ…
コワイ…
この、心霊現象そのものの怖さも勿論あるが、それだけではない。
何故だか、渡辺さんが豹変?したあの女性(年は20代後半~30代半ばくらいに感じた)に対して、ものすごい恐怖を感じる。
渡辺さんを見ると浮かんでくる、今まで胸の奥深くに眠っていた感情が一気に爆発したかのような強い感情。いつものその感情全てが、恐怖に変わって、とめどなく沸き起こってくる。
離れたい
少しでも遠くに…。
がむしゃらに走り続けていたら、
「??」
なんだか妙な異変に気付いた。
何故か、少しずつ目線が上がっていくのだ。
歩幅も広くなっていく。
床を蹴る強さも、力強くなっていく。
「な…なに…これ…」
漏れた声は、男性のものだった。
「!?」
あまりの衝撃に思わず立ち止まった。
手のひら、腕、胸、お腹、太もも、足、見えるとこ全てを見たが、どう見ても男性だった。
服も、いつの間にか、黒いスーツに変わっている。
そして。
「あ~~~~か~~~~つ~~~~き~~~~ぃぃぃぃぃ!」
背後から女性の叫び声が上がった。
怖くて怖くてたまらない、でも、懐かしくて愛しい声。
振り返った。
また向き合える日がくるとは、思わなかった。
自分と5メートル程離れた所に立っている女性。
渡辺さんが豹変?したそれが誰だか、今の自分には分かった。
どうして忘れていたんだろう、とさえ思う。
俺が心から愛した女性。
あんなにも恋い焦がれ、自分の人生を全て擲ちたいと願ったひと。
「蓮華…」
もう一度、その名前を呼べるなんて…。
「あ~~~か~~~つ~~~きぃぃぃぃぃ!」
女性は絞り出すようにもう一度、
俺の名前を叫んだ。
「あんた…
よくも…
あたしを殺したわねぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」