めぐりあい
巡る、 此れ、 即ち、 摂理 也。
うわぁ…。
思わず見とれた。
「どうしたの?星志ちゃん」
京都駅へと流れる雑踏を見つめ足を止めた私に、奈南が気付いて立ち止まった。
「あ、ほら、この前のビブリーのバッグ!あれを持ってた人がいたの」
「え?どこどこ?」
「残念、もう見えなくなっちゃった」
「あれ、ヤバいくらい可愛かったよね~」
「うん。社会人だったらバーゲン待たずに即買ってたのに。零が1つ多い」
「早く夏バーゲン始まって欲しいよね」
「ホント待ちきれない!」
私達は再び、学校へ向かって歩き出した。
奈南は親友。とっても優しくてイイ子。でも、そんな奈南にも誰にも、私は言えない事がある。
それは、私の変な能力?のようなもののこと。
私には他人の体の周りに、その人の色が見える。
世にいう、オーラというものだろうか?
他人の体を中心に、球体が取り巻いていて、その球体に色が付いている。球体は人それぞれ大きさが異なり、その人の体調や気分等によっても大きさが変わる。また、人生を歩んでいく内に、色も変わっていくようだ。
小中学校の友達や同級生で、久しぶりに会うと昔と色が変化した子が何人もいる。
小学校中学年くらいまでは皆同じような色だが、高学年くらいから、色々な色になっていくようだ。
物心ついた時には見えていて、生まれつきなんだと思う。でも、唯一自分のだけは見えない。
これが変な能力?だと知ったのは、幼稚園の年中組くらいの時だった。「どうして星志のは見えないの?星志は何色?」何気なく母に質問した事で、母や他の人には見えないものだと知った。母から、「この事は誰にも内緒にすること」と言われて、指切りを交わした。幼い頃は何故そうするべきなのか分からなかったが、今は分かる。
さっき足を止めた程の理由は、欲しいバッグを持っていた人の側に、オーラの色がとても綺麗で優しい人がいたから。そんな色は中々お目にかかることはできないので、見とれたのだった。
この色は、どうやら、その人の性格や内面を表しているのかなと、今までの経験から思う。
優しい色の人は、笑顔が絶えず他人に優しい。
暗い色だったり濁った色の人は、他人に暴言を吐いたり傷付けたりする人が多い。多いというのは、そのような色でも、大人しい人がいたり、ニコニコ振る舞っている人がいるからだ。でも私はその人達の全てを知らないので、狂暴な本性を持ってるのかなと思う。そのような人に何人か出会った事があるから。
「前々から話していた通り、今日からこのクラスに仲間が一人増える」
朝礼が始まってすぐ、担任の朝野のその言葉に、教室内が騒がしくなった。
そうだった。今日は転校生がくるんだっけ。確か女子だった。
「さあ、入って」
ガラガラ…
朝野がドアを開き、転校生を招き入れる。
ドクン
心臓が大きく波打った。
あれ…?どうして…?
「緊張してるだろうが、自己紹介してくれるか?」
朝野と並んで教壇に立つ彼女から、私は一瞬も目が離せない。
「渡辺 月姫。奈良県から来ました。」
同じ名字だ。
それが何か関係あるのだろうか?
なんだか、懐かしさを感じる気がする。
遠い親戚だったりする?奈良に親戚がいるとは聞いたことないけど。
でも、だからなのだろうか?
彼女の色が見えないのは…。
生まれて初めての経験だった。
色の見えない他人に、私は初めて出会った。
朝礼が終わると間髪いれずにそのまま、朝野は1限目の日本史を始めた。
私は彼女が気になって仕方なくて、ずっと彼女を見つめ続けたい衝動に駆られていた。
私と彼女の席は遠すぎず近すぎずの位置で、私の席は彼女の後ろ姿を自然に見れる場所だった。
私には朝礼も授業も全く聞こえなくて、彼女を見つめ続けた。
1限目が終わり、休み時間。
転校生は休み時間が始まると同時に、教室を出て行き、休み時間が終わる寸前に戻ってきた。
この日の午前中の授業は教室移動のないものばかりで、休み時間の度に、転校生はその行動を繰り返した。
3限目の後の休み時間には、このような憶測の会話が教室のあちらこちらで飛び交った。
「なんだろうね?対人恐怖症?」
「苛めで転校してきたのかも」
「引きこもり?…じゃないか、こもってないから…えっと、飛び出し?」「なんだそれ」
「むしろ目立ちたがりやん?謎の行動カッコイイ的な。」
こんなに目立っちゃって、絶対得策じゃないのに…。
私は内心ハラハラした。
4限目が終わり、バッグを手に席を立った転校生に、小川真綾が明るく話し掛けた。
「渡辺さんどこ行くの?お昼、一緒に食べない?お昼休みに学校の中案内するよ」
真綾は、ある女子グループのリーダー的な存在。友好的で積極的なグループだ。
ざわついていた教室内が静まり返った。皆、不思議な転校生が気になるようで、直接見ることはしなくても、真綾と転校生に神経を集中させた。
私は奈南と机を寄せ合っていた手を止め、真綾と転校生を見つめた。
「お気遣いありがとう。」
転校生は軽く笑って答えた。
「でも私、馴れ合いが苦手なのよ。学校内は適当にブラブラするわ」
転校生が出て行った後も、数秒間、教室内の静けさは続いた。皆、呆気にとられたようだった。
「超、個性的」
昼休みは多くのグループが、転校生の話題で持ちきりだった。
誘いを断られた真綾に、特に憤慨した様子は無かった。真綾はとても割り切っていてサバサバした性格だ。彼女の色は澄みきったオレンジっぽい色で、爽やかである。その色通り、今までの彼女の言動を見ていても、良い子だと感じている。
その為、真綾に対してはそれほど心配はしていなかった。
そう、私が心配しているのは…。
「な~んかさ。
…。
何様?じゃない?」
心臓がドキッとした。
岩下萌。
本来は高い声なのだが、わざと低い声でそう呟いたのが聞こえた。
1年の時、クラスメートの田中紗智に壮絶な虐めをして、不登校にさせたらしいグループのリーダーである。私は違うクラスだったが、クラス間を越えてまでそのような噂が届いていた。彼女の色は、黒く濁った赤っぽい色なので、噂の真実を証明しているように感じた。一応、担任から虐めの真実について問われたらしいが、上手くしらばっくれたらしく、特に罰則なども受けてないらしい。
2年になって同じクラスになった時は、正直最悪だと思った。なるべく関わらないようにしている。
「ちょっとだけ、オハナシしてみる?」
灰色オーラの宮本夏音が楽しそうに提案を出した。
「今日の放課後とか?」
岩下さんグループが生き生きとした。
もぉ~(>_<)言わんこっちゃない!
虐めのターゲットになっちゃったじゃん!
私は内心、泣きそうなほど不安な気持ちになった。
それから3日が過ぎた。
表面上では、転校生と岩下さんグループ間に、虐めの関係が出来上がったようには思えなかった。
転校生は何も変わらず、誰とも関わろうとしない。岩下さんグループの方も、私が見てる限りでは、一切、転校生と関わろうとしなかった。むしろ避けているくらいに、近寄ろうとしないように見えた。だが、これが岩下さんのやり口なのかも知れない。人目につかないところでしか実行しないことで、後々、誰かに担任に告げ口されたり、虐めを見たという証言をされなくて済む。
だが、私のその推測は外れた。
この日の3限目の授業中、グループ討論をするために自由に5人程度でグループを作る事を先生が指示した。
そこで驚くべき事態が起こった。
ぼっちになると予想された転校生が、岩下さんのいるグループへ歩いていき、
「私もこのグループに参加させてくれない?」
と、岩下さんへ向かって言ったのである。
岩下さんの悪名は皆知っていて、クラス中が固まった。
そして、
「別にいいんじゃない」
と眉間に皺を寄せながらも承諾した岩下さんに、クラスメイト達は更に固まった。
この時の二人の様子は、転校生が岩下さんの上に立ったという雰囲気を感じさせた。
この後暫く、岩下さんのいないところで、この時の事についての会話でクラスメート達は盛り上がった。
「あの転校生ヤバすぎだよね」
「何でよりにもよって岩下さんに言ったんだろ?大丈夫なのかな?」
「あれは、岩下萌を打ち負かしてた感じじゃなかった?」
「うーん、そんなことできる?」
「そうだ!空手の達人なんだよ」
「あ、なるほど。何かそーゆー強者なのかもね。」
私にも何がなんだか分からなかったけど、とにかく、転校生は岩下さんに虐められていないようだ。
こうして、転校生渡辺月姫は誰とも馴染む事なく、日々を過ごした。
私の、渡辺さんが気になってしょうがない気持ちはいつまでもおさまることがなく、毎日彼女を密かに目で追い続けた。授業中もノートをとる気になれず、放課後、奈南にノートを写させてもらう状態が続いた。奈南には、ゲームにハマって睡眠不足で、昼間は授業どころじゃないんだ、と言い訳していた。奈南の席は私より前なので、私が授業中寝てないことはバレなかった。
でも当然、渡辺さんが私の視線に気付かない訳はなくて…。
渡辺さんが転校してきて1ヶ月が経過した頃。
ザッ…ザッ…。
掃除の時間。
私は今月は裏庭の担当で、一人、持ち場を竹ぼうきで掃いていた。
そこへ
「渡辺さん」
あまり聞き慣れない声に呼ばれて、ドキッとして顔を上げた。聞き慣れないのに、誰かすぐ分かった。
「渡辺さん…!」
やはり、渡辺月姫だった。
ゴミ袋の入ったをゴミ袋を片手に持っていた。
彼女は今月は教室掃除の担当。
ゴミ出しをするついでに、少し遠回りしてここに来たようだ。
「いい加減、1ヶ月経ったわよね?
他の人達の視線は、殆どおさまった。
でも、あなたの視線は全くおさまらない。」
「…。」
そりゃ、こんなに見られて気付かない訳ないよね。
「あと。
私の背後にいる時は、あんなに見てきて、
私が正面にいる時は、今みたいに目を反らすのは何故?
あなた、私と、1度も顔を合わせた事ないわよね?」
…。
そう、実はそうなのだ。
私は何故か、渡辺さんが気になって気になって仕方がない。それは彼女が初めての、色が見えない相手だからだと思ってる。見えないから、善人か悪人か分からないから、気になって仕方がないのだろう。
そして、初めての、善人か悪人か分からない他人に対して、私は恐怖を感じていた。相手の本質が分からないで対峙するというのは、こんなに怖いものなんだと、初めて知った。
だから、気になって仕方がないのに、彼女を正面から見ることができないのだった。
私はうつむいたまま、心の中の思いをグルグルかき混ぜた。探求心、懐かしさ、もどかしさ、嬉しさ、恐怖、愛しさ、、、私、変だ。渡辺さんが目の前にいて、私を見ていると、何故、こんなに、相対する色んな感情が同時に沸き起こってくるんだろう。
渡辺さんの突き刺さるような視線を感じる。
「…。」
「…。」
二人とも、何も言わずに向き合って立っているこの時間が、とてつもなく永く思えた。
その永らくを破ったのは渡辺さんだった。
「あなたの色は、闇のような黒。卑怯な悪人の色。」
「!?」
驚いた!
思わず、顔を上げた。
そしてようやく初めて、私と渡辺月姫は、きちんと目が合った。彼女を正面から見た私は、何故か泣きそうになった。
そんな私を嫌悪感たっぷりの表情で見る渡辺さん。
「この1ヶ月、迷ってたことが確信に変わったわ。
渡辺星志。
私はあなたの存在ごとが大嫌いよ。」