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===回想開始===




 先にも述べた様に、ミューラーはここ数日を散歩と昼寝とヤブ医者の繰り返しで過ごしてきた。特に散歩。辺境とはいえ大きな街故に人々も多い、散歩をしていれば当然様々な人を見かけることになる。


 子供も大人もお姉さんも、

 住民も冒険者も行商人も、

 一般人も危ない人もアッー!ぶない人も。


 とにもかくにも世の中色々な人がいるのである。


 さて、ここで久しぶりにミューラーのHPMPを確認してみよう。まぁ、現在値の方は着々と上限突破スキルで限界突破し続けているので今回は割愛するが、それぞれ現在の最大値はHP432、MP235となっている。

 一番最初の数値と比べれば、どちらも数倍は上昇している。スタミナ系スマホゲーよろしく、毎時毎時MPが回復する度にポーションを生成してきた甲斐があろうというものである。




.........が、散歩中に見かける子供はHPが300~500位あったりする。




 子供も大人もお姉さんも、

 住民も冒険者も行商人も、

 一般人も危ない人もアッー!ぶない人も。


 誰も彼もがミューラーのHPを軽々しく凌駕していたのである。厳密に言えば子供の中でも小学生位の子供にはまだ勝っている、だが中高生程度の子供にはもう負けている。ミューラーは自分が子供と同レベルの強さなのだと知ったのだ。へこむ。


 ちなみににMPに関してはHP程酷くはない。そも、MPには適性というか才能というか、とにかく個人差が激しい。殆んどの人は本当に1や2程度しかなく、少々多めでも10や20といった所である。

 しかしこれはあくまでも街の住民の話であり、本職の魔法使いだと話が一変する。とりあえず魔法使いと思われる人間でMPが1000を下回っている人間をミューラーは見た事がない。

 具体的な人間で言えばルルやミーア・ニーア姉妹であろうか。銅級のミューラーと同じ階級の筈のルルですら2000に少し足りない位であり、金級である我らがパーティーメンバー様2人に至ってはもう一息で万の大台に乗りそうな勢いである。


 再度確認するがミューラーはHP432、MP235である。これを分かりやすく言い表すと『街の子供並なHPとド三流魔法使いのMP』である。泣きたい。


 流石に酷い、あんまりである。これでもミューラーはテンプレ通りに常人離れしたステータスをもってして無双していく展開を夢見ていたのである。非情。夢は夢でしかなかったのだ。

 強いて言えば大器晩成型だったり一点特化型だったりするかもしれないと未だに一縷の望みを捨てきれないが、考えてみれば既に幾度もレベルが上がった上でのこのザマである。望みは薄い。


 そういった現実を、自分が途方もなく弱キャラらしいという世知辛い現実を理解したミューラーは考えた。『これ冒険者として生きていったら早晩死ぬんじゃね......?』仮にもし本当に大器晩成型だったとしても、晩成しきる前にオダブツである。


 であれば冒険者を辞めるのか? 論外。梅干しは酸っぱい。カラスは黒い。異世界転移者は冒険者になる。最早考えるまでもない彼の中の常識。故に冒険者を辞める事などミューラーは一考すらしない。まぁ、現実には甘い梅干しも白いカラスも存在するのだが。


 であればどうするのか? 答えは簡単、他力本願である。


 そも、ミューラーの持つスキル達......有能である事は疑いようもないが、如何せん戦闘向きではない。明らかに後衛、しかも言うなれば道具係である。某アトリエなゲームで回復アイテムばかり作れるようなものだろう。

 ならば折角有能な魔法使い2人とパーティーを組んだのだ、これを活用しない手はない。しかも彼女らのHPはふざけた事に前衛職であるララのそれを上回る、思い起こせば魔法剣士として戦えるとも言っていた。


 なので戦闘に関しては彼女らが居れば問題ない。が、彼女らとて四六時中一緒に居るわけではない。毎回毎回依頼を手伝ってくれるとも限らないし、ここ数日はまぁ例外としても、街にいる間は別行動を取ることもあるだろう。

 別にまだこの街でそんな厄介事に巻き込まれた事はないが、これから先も無いとは言い切れない。そして往々にして揉め事や荒事というのは1人で居る時に限って巻き込まれるものだ。絶対そうなると確信めいた思いがミューラーにはあった。お約束と言うものはそういうものだ、と。


 そういった紆余曲折した考えの果て、結論を言えばミューラーは自衛の手段を欲したのである。もっと言えば何時でも自分を守ってくれるボディーガード的な存在を。

 しかし、彼の考えはここで一旦行き詰まる。元々ただの一般人でしかない彼にとってボディーガードなどと言われても何処に行けば雇えるのかさっぱりぽんである。

 なので彼はこの件を過程や経緯は適当に誤魔化しつつ、『(ボディーガード的な)人を雇うにはどうすれば良いだろうか?』、とギルドマスターに相談してみた。なんだかんだで毎回食事はギルドの軽食で済ませているので、ギルドマスターとは地味に親しくなっている。それでなくとも向こうから見れば大事な商売相手だ、良い関係を続けるためにも有益な情報をくれるだろうという打算もあった。汚い。


 ちなみに、この際ギルドマスターは『(ポーション作りに人手がいるので)人を雇うにはどうすれば良いだろうか?』と聞かれたものと誤解している。噛み合わない。


「人手が欲しいならギルドで依頼でも出してみるか? あぁーでも長期間になるんだったら、いっそ奴隷でも買った方が安くつくかもな」


 天啓ここにキタル。


 良くも悪くも平和な日本人たるミューラーには、奴隷制度なる存在が実在するとは思いも寄らなかったのである。その後彼は詳しく話をマスターから聞いた。さらに後になってからもっと詳しく話を聞いておけば良かったと後悔する事になるのだが、この時の彼にそんな未来を知る由はない。迂闊。




===回想終了===




 俺が部屋の中で椅子に座って、ボー、とこれまでの事を振り返ること数分。先程の奴隷商人の男が部屋に戻ってきた。


「お待たせ致しました。こちらがお客人の要望に見合った商品達でございます」


 そう言った男に続いて部屋に入ってくる男女合わせて十数人の集団。中には明らかに暴力的な雰囲気の人間も居るし、明らかに目付きがオカシイ人間も居る。見た目だけでいえば恐ろしげな集団だった。

 しかし、俺の目は誤魔化せない。どいつもこいつもHPMPが低い。いや、俺に比べれば全員高いのだが、それにしたって1人もHPMPが1000を超えていないのはちょっと期待はずれである。見かけ倒しの雑魚集団だった。


 まぁ、別にHPMPでその人間の強さが決まる訳でもないのだが、俺に分かるのはそれだけなので、そこを判断基準にせざるをえない。


 何もHP1万を超えているマスター程ではないにしても、せめて銀級成り立てのララと同じHP3000位はあって欲しい。っというかむしろそこが最低ライン。それ以下の人間を奴隷として買うくらいなら、大人しくララに護衛依頼でも出す方が良いだろう。


「お気に召した商品はございましたでしょうか?」

「全員いらねぇ。こんなんしか此処にはいねぇのか? せめてアンタと同じ位のが居りゃ即決なんだがな」


 驚いた事にこの男、HP8000を超える実力者である。なんで商人なぞやってるのか不思議になる位強いんだが。怖いわぁ。


「ふふ、御冗談を。私など一介のしがない奴隷商人に過ぎませんよ」

「しがない......? 表の2人よりも強いくせによく言うぜ......」


 ちなみに表の真っ黒二人組はHP5000程度だった。程度、とか言ったがこれは一般的な銀級冒険者の前衛職と同じである。目の前の男は金級のそれと同じ位なのだが。


「ですが、確かにこの程度のゴミ商品ではご満足頂けないのも仕方がありません。申し訳ありません、実を言うと少々お客様を試させていただきました。何せ怖いもの見たさでやって来るお客人も少なくありませんので」

「そりゃつまり、見る目がねぇ人間ならこの程度の見かけ倒しで十分と?」


 良い性格してやがる。


「はい。相手の実力さえ見抜けない人間ならそれで十分でしょう?」

「違いない。番犬にでもするんならそれで十分だろうよ」


 まぁ、奴隷なんて買い求める人間がどんな奴か知らんが、普通に考えりゃ金持ちの、それもろくでもない人間なんだろう。是非とも不幸な目にあってくれたまえ。


 自分の事は棚に上げてミューラーは人の不幸を祈った。外道。


「でもわりぃんだが、俺は中身の伴った奴が欲しいんだよ。誰か居ねぇのか?」

「申し訳ないのですが、お客様のお求めになるような...私と同程度となると些か希少でして。自分で言うのもなんですが、私位強ければ余程の事がない限りは奴隷などに身をやつしたりはしませんので」


 んーまぁ、そりゃそうよな。強ければ用心棒として雇ってくれる所もあるだろうし、それこそ冒険者としても食っていける。考えられるとすれば戦争奴隷や犯罪奴隷などだろうか、仮に強くてもそんな奴隷買う気にはなれないが。


「で、す、が。候補となる商品が無いでもありません。少々訳ありなのですが......貴方が当店のお客様に相応しい人物と見込んでご紹介させていただきましょう」


 『今しばらくお待ちを』そう言い残し、男は見かけ倒しの集団を連れて部屋を再び後にする。


 そして今度は本当にしばらく戻っては来なかった。


 10分。20分。30分程経ってようやく扉の向こうから物音が聞こえ始めてきた。そして程なくして開いた扉の先には男の姿。に加えて、重り付きの手枷足枷に布袋を頭にスッポリ被せられた長身の男性の姿。


 パッと見は何処の囚人だよとツッコミたくなる見た目である。先程の戦争奴隷や犯罪奴隷という単語が再び脳裏をよぎる。が、すぐにそんな事は意識の片隅に追いやられた。


「失礼。お待たせ致しました」

「いや、ぉい......バッケモンじゃねぇか......」


「流石。この状態でも一目で見抜かれましたか」

「......もしかしなくてもソイツか?」


「はい、現時点で当店にある一番の商品となります」

「そりゃまぁ、そうだろうよ」






        ───HP49500───






 こんな人間がそう易々と居てもらっちゃ困るだろう。


「お気に召して頂けたでしょうか?」

「召したね。実にお気に召したとも」


 これ以上無い逸材である。是が非でも欲しい、欲しいがこれは......お金足りるか?

 とろマナポや白マナポのお陰で懐具合は実に潤っているが、こんな人類屈指の実力者に見合う金持ちかと聞かれれば答えは断じて否である。それ以前になんでこんな化け物めいた奴が奴隷なんぞに......?


「......訳あり、つったよな?」

「はい。それも大分深刻なモノが複数です」


 深刻で尚且つ複数かよ。いや、まぁそうだよな、じゃなきゃいくら何でもおかしい。元々は金級冒険者だったらしいマスターの約4倍のHPだぞ、よっぽどな訳が有るのだろう。


「まず第一に彼は両足の腱が切れており、まともに走ることすら叶いません。日常生活で歩く分には支障は無いのは保証しますが」


 ファッ......?


「第二に喉を酷く損傷しており、声を一切出せないので意志疎通で非常に困難します。耳は正常ですので此方の声は聞こえますが」


 ひゅい......?


「最後に。これは直に確認していただいた方がよろしいでしょう。今から彼の布袋を取ります、あまり直視せず薄目位で見てください」


 え、いや、ちょ、待っ




 ((パサリ))




恐怖因子に対し薬物耐性スキルで抵抗、失敗しました▽



 ピイイイイイイギィイイイィイイイイイィイイ!?


 

 コォワッ! 目付き怖ッ!? 

 三白眼にも程があるわコッワ!

 比較的整った顔立ちしてるだけ余計に怖い!


「ちなみに別に不機嫌なわけでも睨み付けているわけでもありません。素でこの眼力です」


 素の目力で『恐怖』なんて状態異常引き起こす......? んなもん最早魔眼じゃねぇか!


「とまぁ大変曰く付きな商品でありまして。正直私どもと致しましても売れる見込みがまるでなく......もし、お求め下さるのであれば彼の実力云々は加味せず、奴隷売買の最低価格である金貨1枚でご案内させていただきます」


.........ん? 恐怖に飲まれ切ってて聞き流してたけど、金貨1枚?


「いくら問題があるっつっても、この実力で金貨1枚...? 正気か?」

「如何せん彼の目を見た途端どのお客様もパニックになられて商談自体を取り止めにされる方が後を絶たないものでして、正直我々としても自分より数段格上の人間を何時までも取り扱っていたくない、という本音がございます」


 まぁ、もし仮に反旗を翻されようものなら大損害だろうしな。分からんでもない。いつ爆発するか分からない爆弾を抱えてるのは誰だって嫌だろう。


「その点お客様は素晴らしい。我々ですら持て余す商品に表情一つお変えにならないとは」


 あ、それ表情筋が恐怖のあまり強張って動かないだけなんで。動かさないんじゃなくて動かせないだけなんで。頬が引きつる事この上ない。


 まぁ、でも実際実力は折り紙付きだし、これで金貨1枚なら買わない手はないだろう。あの目付きの凶悪さはともかくとして、足と喉の方なら解決策が思い浮かんでるしな。


「決めた、買うぞコイツ。ほら、金貨だ」

「お買い上げありがとうございます。ではこの腕輪を身に付けて下さい。ご存知かと思いますがこの腕輪が彼が着けている『隸属の首輪』と連動しており、貴方の命令に何でも従うようになります」


「ん、今何でもって言った?」

「はい。何でも、です。守れでも戦えでも殺せでも、究極的には死ねと言えば自害する程には何でも従います」


 強制力高ッ!


 いや、でもそれ位でないと歯向かわれるのかもしれんな。一人二人ならともかく、何十何百とか奴隷を持った日にはクーデターでも起こされそうだ。


「加えて言えば彼は終身奴隷と呼ばれる最も重い処遇の奴隷でして、主が認めない限りは自力で奴隷の身からは抜け出せない身分なのです」


 重い。この世界の奴隷制度って俺が考えてたよりも大分重いのな。え、じゃコイツ死ぬまで俺の奴隷人生って事なのか。


「......そういやコイツの名前は?」

「実は正式な名前は分からないのです。何分本人が話す事も出来ず、我々にも非協力的で筆談にも応じてくれない有り様でしたので」


 今更ながら名前すら知らずに奴隷買ったのか俺は。そして、名前すら知らずに売り付けやがったのかこの男は。どっちもどっちか。


「まぁ、いいや。取り敢えず買い物は済んだし、今日はここらで失礼するわ」

「はい。今後とも我ら奴隷商会『ヌー』をどうぞご贔屓に」


 こうして俺は名称不明、長身、凶悪目付きの三拍子揃った奴隷を手に入れた。手枷足枷も外してもらい彼を引き連れて店を後にする。




 どうでもいいけど奴隷商会をご贔屓って、それ控えめに言ってクズじゃねぇ?




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