冬とめぐる子ども
昔の昔のさらに昔、ある国に春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る四人の女王様がおりました。
その女王様たちは決められた期間、交代でその国にある高い高い塔に住むことになっていました。
女王様がその塔の最上階に住む間、その国には季節が訪れるのです。
ところがある年のこと、いつまで経っても冬が終わる様子がありません。
冬の女王様が塔に入ったきり出てこないのです。
日に日に国は寒くなり、雪はどんどん積もります。
動物たちは弱り、植物も育ちません。このままではいずれ、食べる物も尽きてしまうでしょう。
弱りはてた王様は、国中に「おふれ」を出しました。
≪冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。 ≫
≪ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。 ≫
≪季節を廻らせることを妨げてはならない。≫
そのおふれを知った人々が、国中から王様の元にやってきました。
王様はいろいろな人々の中から、これは本当に交代させられるかもしれないと思った人だけに塔に入る許可を出しました。
力自慢の大男は冬の女王様を自慢の怪力で連れ出そうとしましたが、嫌がる王女様を無理やり抱えると、みるみる冷たくなって氷の像になってしまいました。
口の上手い商人が女王様を褒めて気分を良くさせて塔から連れ出そうとしましたが、しくしくと泣く王女様とずっと話しているうちに、あまりの寒さに塔から逃げ出してしまいました。
他にもたくさんの人たちが冬の女王様の外に出そうと塔に入っていきましたが、誰も女王様を連れて出てくることはありませんでした。
ある日、みすぼらしい格好をした一人の子どもが王様のところに来ました。
「ぼくが冬の女王様を助けに行くよ。」
子どもは真剣な顔でそう言いましたが、子どもなんかに何ができると王様は鼻で笑うばかり。
それでも必死にお願いをすると、王様は根負けをしてめんどくさそうに許可を出しました。
子どもはやっと塔に入る許しをもらうと、一目散に家に走っていきました。
そして家にあるありったけの服を着ましたが、貧しい家なので暖かいコートなんかありません。
あちこちがやぶけて靴からは指が出ています。
それでも子どもは元気よく塔に向かいました。
塔の入口に立つと、それだけで寒さが身にしみます。
それでも子どもは両手を擦ると、冷たい鉄の扉を開けました。
塔の中に入ると、一面の雪と氷の世界になっていました。
「うわあ、すごい。なんてきれいなんだ。」
子どもは初めて見る氷の世界に見とれながらも、冬の女王様を探して歩き出しました。
途中で何度も転んで濡れた服に身を震わせながら、子どもは最上階までやってきました。
一面に霜がはった大きな鉄の扉を開けると、そこには氷に彩られた夢のような部屋がありました。
その中心には素敵なベッドがあり、その上には冬の女王様が座って泣いていました。
ベッドの上には女王様が流したたくさんの氷の涙が、まるで宝石のように輝いています。
「冬の女王様、大丈夫ですか?」
子どもが声をかけると、女王様はハッと顔を上げました。
「お前は私を心配してくれるのね。」
そう言うと女王様はほろほろと泣きました。再び氷の涙が彼女の膝に落ちて砕け散りました。
「みんな私を嫌って追い出そうとするの。みんな冬が嫌いなのね。」
女王様はずっと泣いてばかり。
かわいそうに思った子どもは、女王様の手を握って驚きました。
冷え切った子どもの手は赤くなっていましたが、女王様の手はもっと冷たかったのです。
それでも凍える手で女王様の手を温めながら子どもはにっこりと笑います。
「ぼくは冬が大好きだよ。」
女王様は子どもの顔をじっと見つめると、信じられないといった顔をします。
「冬の朝の野原は雪がじゅうたんみたいにふわふわで柔らかそう。」
「いっぱい雪で遊べるし、暖かい食べ物がいつもよりも美味しくなるよ。」
「いつも仕事に行って家にいない、おとうさんとおかあさんが家にいる時間が多いんだ。」
「それにね、冬の夜空はすごく綺麗だから大好き!」
子どもはたくさんの素敵な冬のことを女王様にお話ししてあげました。
すると、それを聞いた女王様はまた泣き出しました。
でもその涙は凍っていませんでした。
女王様は泣きやむと、ため息をつきながら言いました。
「でも、どこに行っても私が長く居れば、そのうち嫌われてしまうわ。」
「だったら、ぼくと一緒に世界を回ろう。世界には冬の女王様を待っている人たちもいっぱいるよ!」
そう言うと子どもは力強く女王様の手をひっぱって部屋の外に歩き出しました。
女王様は困った顔をしていましたが、それでも自分を好きといってくれた子どもを信じて付いて行きます。
子どもが塔の扉を開けると、そこには王様や国中の人たちが待っていました。
「なんというすばらしい子どもだ!」
王様は大喜びで子供を迎えます。
国中の人が子どもを褒め称え、大騒ぎです。
「これでやっと春が来るぞ!」
「さあ、春の女王様をお迎えする準備を!」
それを聞いて、やっぱり冬の女王様は悲しそうな顔をしました。
みんなやっぱり冬よりも春の方が好きなのでしょうか。
「さあ、勇気ある子どもよ。何でも望みを言うがよい。」
王様は子どもの前に立つと高らかに宣言しました。
しかし子どもは言いました。
「ぼくはこれから冬の女王様と世界を回ります。一年経って無事に帰ってきたら、その時に王様にお願いを言います。」
王様は不思議そうな顔をしましたが、子どものお願いを快く引き受けてくれました。
子どもは女王様の手を引いて国を出しました。誰も二人を見送る人はいませんでした。
みんな春の女王様を迎えるお祭りの準備で大忙しだったからです。
それから二人は世界中を回りました。
砂漠の国へ行って大雪を降らせると、国中の人が喜んで大騒ぎになりました。
暑くて雨が降らない国に行くと、雪は溶けて水になって、たくさんの苦しんでいる人を助けました。
泣いてばかりいた冬の女王様は、少しずつ笑顔を取り戻し始めました。
それを見た子どもはとても喜びました。
世界中を回って一年がたつ頃に、二人は塔のある国へ戻ってきました。
冬の力で色々な国を助けた女王様はとても嬉しそうでした。
そして春と夏を満喫した人々は、秋の女王様と一緒に笑顔で二人を迎えてくれました。
王様も子どもが帰ってくるのを喜んで迎えると、再び尋ねました。
「約束通り一年で帰って来てくれたな。さあ、何でも願いを言うがよい。」
しかし子どもの顔は青白く、その手足は凍っていました。今にも死にそうです。
それでも子どもは笑顔で言いました。
「ぼくはこれからも冬の女王様と一緒に世界を旅したいです。」
「もちろん絶対に一年に一度は、世界を回って帰ってきます。」
「だから、ぼくに女王様とずっと一緒にいられる強い命をください。」
王様はその願いを聞くと驚いて困りましたが、国を守ってくれた英雄の願いを聞いてあげないわけにはいきません。
王様は偉大な魔法使いに頼んで、子どもに魔法をかけてもらいました。
「そういえば、君の名前を聞いていなかったな。」
「ぼくの名前はシリウス。」
そう言うと、子どもはその場に倒れました。
すると子どもの体が光り輝きはじめて、天高く昇っていきました。
子どもは星になったのです。
それ以来、星になったシリウスはずっと冬の女王様と世界を回り続け、一年に一度だけ王国に帰ってくるようになりました。
少し遅い年もあるかもしれませんが、それはきっと途中の国で楽しい事があったからからですよ。
おしまい