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飽和していく季節

作者: エリー

皆様はじめまして、エリーです。

もう夏も本番ですよね。時期的には今にぴったりのお話なんじゃないかなと思います。

今年の梅雨は酷かった。

朝のニュース、天気予報の時間には毎日小さな日本列島が完全に梅雨前線に飲み込まれる絵が映し出され、6月に入って少しした頃から、連日物凄い量の雨が降り続いた。雨の音に邪魔されて口数が減ることも、上手くまとまらない髪も、まとわりつくような湿気も、コンクリートから立ち上ってくる雨のにおいも、テレビで梅雨明けが宣言されたついこの間までは、全てが私たちの日常だった。


好きな人がいた。同じクラスの人だった。

その人は、特別みんなの人気者でもなく、イベントで急に一芸に秀でていることがわかるようなアーティストタイプでもなく、他を寄せ付けない一匹狼でもなく、ただいつも誰かの隣でそっと笑っているような、そんな人で、名前は春樹くんといった。

仲がいいわけでもなく、誰にも言えないまま私の想いはじめじめとした季節の中で着実に大きくなっていった。私の恋はずっと雨の音がBGMで、私は抑えきれなくなった分の気持ちを、そこに吸い込まれてしまえ吸い込まれてしまえと願いながら、ぽつり、ぽつり、吐き出していた。願い通り、雨は毎日のようにしとしと、ざあざあと私の声を包み込んで隠した。可哀想な私の、たった一つの居場所だった。

梅雨が明ければ、告白しようかなとも思った。ずっと甘えてはいられないから。雨からの独り立ちが、今の私には必要だった。


「奥野!」

甲高い笑い声やざわめきに支配される休み時間、自分の席にいた私は、春樹くんに名前を呼ばれた。

「何?」

「このノート、先生から奥野に渡しといてって頼まれてさ」

「あ、ありがと」

精一杯笑顔は作れたつもりだった。何とかこの一瞬をやり過ごせたらと、それだけを頭で考えていた。なのに、春樹くんは用が済んでもどこにも行かずに窓枠に手をついて外を眺めている。

「窓際の席いいよなー。気持ちよさそう」

「そうかな?もうそろそろ暑いくらいだよ」

「あーたしかに、最近すげー暑いよな。梅雨明けしてからずっと真夏日だし」

「……ねえ」

「ん?」

「戻らなくていいの?」

教室の反対側、春樹くんと仲がいい男子の方を指さしてそう言うと、「あー...」と彼は少しだけ苦い顔をした。

「いや、ちょっとだけ、避難したくて。ごめん、俺邪魔だよな」

「邪魔とかじゃなくて。大丈夫なのかなって」

「いいよあんな奴ら」

その、少し素っ気ない、取り繕うような言い方で、私はすぐに察してしまった。

「もしかして、日野さん?」

「え」

図星だったらしく、彼は顔を真っ赤にさせて窓の外に顔を向けた。

「…何。そんな、噂なってる?」

「うーん...私は、近くの女の子が話してるの聞こえちゃっただけだから」

「やっぱ広まってんじゃん」

「悪い噂じゃないだけ、まだマシだって」

「ははっ、ポジティブ」

「ごめんね、からかうつもりじゃなかったんだけど、もしかしてって思って」

「いや、気にしなくていいよ。もう大分いじられたし」

無理もしていない様子で彼は笑ってみせた。流れるように自然なそれは、雨の音に似ていた。

そうだ、春樹くんの声は雨に似ているんだ。ゆっくりと、でも確かに打たれる相槌も、息をするように笑う声も、好きだった。

だから、

「好き」

もしかしたら春樹くんも、応えられなくても受け止めてはくれるんじゃないかって、そう、思って、

「春樹くんが、好き」

甘えたくなっちゃったの。ごめんね、ワガママで。

もしも、私があの子より早く、例えば昨日の昼休みだとか、今日の朝だとかに伝えてれば或いは、なんて、そんなバカみたいな考えを、全部あなたに押し付けて、私一人自由になろうとしたの。ずるいよね。ごめんね。でももう私には居場所がなくなっちゃったから。

蝉の声が、やけにうるさい。

春樹くんは困ったように首をかしげ、小さく「ごめん」と呟いた。

「ううん、私が悪いの。ごめんね。だめだって、わかってるのに。でも、言いたかった」

春樹くんはしばらく黙っていた。私のことを考えてくれているんだろうと思った。自惚れではなく。私が春樹くんに対してどれほど想いを抱えてきたのかとか、どんな思いで今告白をしたのかとか、そんなことに考えを巡らせて私に伝えるべき言葉を選んでいるのだろうと。

「……ごめん。でもありがとう。すげー嬉しい」

「...良かった。ありがとう」

名前を呼ばれ、彼は「もー分かったって!今行く!」と声を張り上げた。それじゃあ、と片手をあげた春樹くんを手を振って見送った。上手く笑えているか、なんて気にする必要は無かった。

窓の外、きらめく入道雲が目に痛かった。夏はもう、すぐそこまでやってきている。

ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。

このお話は実際に雨を見ながら書きました。雨は好きです。見るのも聞くのも好きです。

お話の主人公である女の子は、一見物静かですが表に出していない分の頭の中で色々考えてしまう子です。だから地の文は一文がとても長くなっています。わざととはいえ、読みづらかったかもしれません。すみません。

とにかく、そんな自分の中で物事を完結させる主人公が思わず口にしてしまうほど、彼女の想いは募りに募っていたのです。だからこそ春樹くんは驚きつつも彼女の想いと弱さを真摯に受け止めた、というお話でした。

長々と失礼しました。また次のお話も楽しんでもらえれば幸いです。

それでは、お話だけでなく後書きまでも読んでくださった皆様、(こんな長い後書き読んでくださった方本当にいるんですかね...笑)本当にありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言]  葵枝燕と申します。  『飽和していく季節』、読ませていただきました。  私は、奥野さんのこと、すごいと思います。好きな人に想いを伝えるなんて、そう簡単にできることではありませんから。少なく…
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