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File:3ある友達の依頼

「あらサンダー。今日の講義での質問、よく答えられたわね」


講義を終え、友達の待つ食堂へ向かう途中、廊下ですれ違った赤縁眼鏡をかけたブロンドの年配女性がにんまりと笑って言った。


彼女はサンダーがとっている講義の教授で、アジアの文化を研究している。


「クロエ教授。ちょうど今東洋文化の本を読んでいた所なんです。特に日本の文化はお気に入りで...」


サンダーは白い頬を少し朱に染め、頭をポリポリと掻いた。メアリーと話す時とは比べ物にならないくらい目をしっかりと開けている。レモン色の前髪をくるくると手で巻いて照れを隠す。


私曰く、彼女は話す価値のある人が相手だと開眼する。


「ふふ、はい。これ美味しいからあげるわ。勉強の息抜きにでも食べてちょうだい」


彼女がポケットから取り出したのはミルク味の飴。なんでも海外旅行の際に買って、それ以来ぞっこんとのことだ。わざわざ海外サイトから取り寄せているらしい。


「あ、ありがとうございます。...何度も貰ってしまって...」



「いいのよ、貴女は顔付きがうちの猫に似てるわ。とってもキュートなのよ。家に大きな砂場があるのだけど、うちの猫ったら何かを咥えるとすぐに砂場に隠すの。まるで犬みたいでしょ?」


白く化粧され、余計に目立つ紅い唇の端を釣り上げて微笑む。


不気味なほど気に入られていることに驚いて、サンダーは苦笑した。そんな彼女の不慣れな顔を見てか、教授は

「あらやだ、歳を取ると話がころころ変わってしまうわね」と言った。


その台詞が年寄りのそれですよとサンダーは思う。


「ところでクロエ教授、E-2教室の壁からなんだか砂が漏れていたのですが...」


「あ、あらほんと?管理人に言って業者を呼んでもらわないとね」


彼女はそう言うと、悪目立ちする紅いドレスを揺らして次の講義教室へ向かった。




「飴、甘い」


包み紙をポケットに入れて、サンダーも待ち合わせ場所へ急ぐ。




...

......

.........


数日後、殆ど客のいないFeather Bar にはサンダーと私の姿があった。


サンダーは水、私はスピリタスのソーダ割り。雰囲気のある店内ではねっとりとしたモンローのような声のジャズが流れている。


1席分、私と微妙な距離を開けたサンダーは、言いにくそうにこう切り出した。


「ねぇ、メアリーは幽霊とか信じる?」


「お前...シックスセンス知らないの?幽霊はいるんだよ」


彼女は真面目な顔をしてサンダーをからかう。真剣な話をしている分、サンダーは機嫌を損ねた。


眉を潜めて遺憾の意を示し、「冗談やめてよ」と睨む。どっちかと言えばこの場合冗談を言っているのは彼女のほうだと思うが。


「あぁ悪いね。見たならいる、見てないならいない。こればっかりはそういうことだろ?」


そうかもしれない、とサンダーは不覚にも思った。


南極には行ったことがないが、南極は確かに存在する。それはメディアで流れる映像。人々からの情報をもとにしたものだ。


まさか見たことないから南極は存在しないと言う者はそういないだろう。


では、幽霊だとどうか。

確かに映像も情報も少なからずある。

だが、いかんせん信憑性に乏しい。


「私の行ってる大学でね、未解決殺人事件が起きた教室があるの。そこはもう取り壊されたんだけど...最近になってその教室の隣の教室の壁から砂が溢れてくるんだよね」


何とも不思議な言い回しだが、この娘はそれを幽霊の仕業とでも言うのだろうか。


こんなことで頭を抱える彼女が少し可愛く思えてしまった。


「業者に頼めよ。私は建築関係弱いぞ」


「管理人に言って頼んで貰ったよ。でもね、原因不明なの。壁の中に穴が空いてるわけでもない。削れているわけでもない。誰かの悪戯ってことになったわ...おかしいよね?」


よく見ると、サンダーの顔は青ざめていた。ぐっと顔を近づけてきた彼女に思わず身を引いた。


「幽霊が砂遊びしてんだよ。そっとしておいてやれ」


「この間その砂の山に蹴つまずいて転んだんだよねぇ」


「わりと本格的な砂遊びしてんだな...。というか、それはお前の注意不足だろ」


3mmくらいだと思っていたが砂場のお城くらいあるのだろうか。


彼女は不貞腐れて指でグラスの縁をなぞる。今回は立場が逆転して私が半目になって興味なさそうな顔をしていた。


それを見てか、サンダーは私のグラスを奪ってショットで飲んだ。


「ちょうどスカート履いててさぁ、パンもろしちゃったんだよ...」


頬を紅潮させながら言う。


「誰得だよ」


「あー、酷い。私だって自分の容姿に多少魅力があることくらい自負してるよ...!」


酒臭い息がかかるくらい顔を寄せて彼女は言う。


「可愛い可愛い。で、私に調査しろと?」


頭を撫でてやると、彼女は猫のように目を瞑ってニヤリと笑った。


「うん」


カウンターの向こうから娘と友達とのやり取りを見ていたロックストックは、蚊帳の外にされていることに苛立ちを感じ、身を乗り出して2人にこう問う。


「誰か忘れてねぇかい?お二人さん。元ギャングの俺なら幽霊のケツの穴を増やすことくらい容易いぜ?」


「そのドレッドヘアと刺青を引っぺがしてから出直してきな相棒。今回の舞台は大学なんだぞ?」


私は眉をあげて彼を挑発し、サンダーに水をやるよう促した。


洗われているのか怪しい髪の束を揺らし、ロックストックは歯切れの悪そうな顔をする。


何はともあれ友人の願いとあらば調査するしかない。私は翌日、サンダーの通う国立大学へと赴いた。


雲の隙間から射す太陽光が煉瓦造の校舎を照らして神聖さを増している。警備員に出入りの手続きをして学内へ入り、例の教室に向かった。


「やっぱ学力は高いだけあって顔付きが違うな...」


隣で案内するサンダーは照れたように喜びを頬に浮かべる。別にお前のことを言った訳ではない。


「ここが例の教室。でもまだ講義中みたいだね」


教室内をガラスの窓越しに見ると、教卓で車椅子に乗ったお爺さんが、嗄れた声で講義していた。


「何であの爺さん常にシャウトしてんの?」


「し、失礼だよ...アンダーピック先生はもう90歳超えてるし仕方ないんだよ」


「死臭がする...」


「?」


唐突な私の言葉にサンダーは戸惑いの表情を見せた。


「ししゅう...?」


彼女の頭の上にクエスチョンマークが飛び交う。


それにしてもあの死にかけの老人、普通の人間にしては違和感がある。


鼻に管を入れ、腕に針を刺し、頭頂部は禿げあがって側面は辛うじて白髪が生えている。


モニターにはこの教授の自論だろうか、哲学めいた文字の羅列が並べられていた。


「死臭ってどういうこと...?失礼のレベル越してるよね?いくらメアリーでも怒るよ...?」


「講義中だ静かにしてくれ」


「えぇ...」


流石のサンダーも私の言葉に呆れかえり、口を三角にした。


申し訳ないが今はサンダーに説明できない。言葉にできないレベルの違和感。それがあの教授に感じられるのだ。


暫し待つと、私たちの間に流れる不味い空気を取り払うかのようにベルがけたたましい音を立てた。


ぞろぞろと学生が前方の入り口から出てくる。廊下の端で案山子になっていると、サンダーの知人らしき人から声をかけられた。


「あれ?サンちゃん今日コマあった?」


先は赤く、金髪のサイドテールに口ピアス、クマと見紛うほどアイシャドウが濃い女性が言った。


私は悪目立ちしすぎなその女性に思わず引いてしまい、お面を被せられたかのように固まった。


「あ、ちょっと教授と話があって。ルウィンはもう終わり?」


「今日はフルで入っててね...。それじゃ、もう行くから」


彼女が笑顔で手を振ると、サンダーも私には見せない笑顔で手を振り返した。


何故私には微笑みかけてくれないのだろうか。遠慮しない仲ってことか。そういうことにしておこう...。



...

......

.........



「サンちゃん。友達いたんだ」


「し、失礼なっ...!」


いけない。つい思ったことが口から零れ落ちてしまった。こういう所に嫌われる原因があるのかもしれない。私は自重しつつ話を取り繕う。


「変わった友達だね」


「ルウィンは見た目あんなんだけど特待生だし私なんかより頭いいよ」


彼女は友達を自分のことのように誇ってしたり顔をした。


人は時々見た目と異なる内面を持っている。この言葉がそっくりそのまま当てはまる人間は少ないだろう。


そう考えると行く前に叱責してしまったロックストックのことが後ろめたくなった。


(言い過ぎたかな...あいつもあんな(なり)だが殺人、麻薬密売、拷問、詐欺をしてただけだし...本当はいい奴なのかもしれない)


いや、無理がある。

私は心で思ったことをすぐに否定した。


兎にも角にも、私達は昼休憩の合間を狙って例の場所を調査しに教室へ入った。


用務員のおじさんが黒板を消していたが、彼は目撃者の内には入らないだろう。


さっそく教卓から向かって右端。つまり壁際の席に行ってみる。

木製の長机と折り畳み式の椅子。特に変わった箇所は無く、壁にも目立った損傷はない。窓からは小さな中庭が見え、背の高い木とベンチが心にゆとりを与えてくれるような気がした。


「で、砂はどこだ?」


「私はいつも前から三番目に座ってるから、この辺り」


サンダーが指をさした先には、綺麗な床しかなかった。狐につままれたように彼女は首を傾げる。


私はしゃがむと同時に手で床を撫でてみた。


不規則な感触が指紋をなぞり、私は、僅かだがそこに砂が落ちていることを確信する。


用務員のおじさんを一見すると、彼は小さな掃除機を片手に持っていた。恐らく、それでここにあった砂を吸ったのだろう。


壁に沿わせて手のひらで受け皿を作ると、少量の砂粒が溜まっていった。


「本当に壁の中は問題ないんだろうな?」


サンダーは2度頷く。

私は、床に少しずつ積もる砂を眺める内に、ある規則に気づいた。





『何かを創ろうとしている』


それが何かはわからない。だが、砂の散らばり方があまりに綺麗で、何らかの場面を表そうとしているように思えるのだ。


例えるならば超スローで作られるサンドアート。


「もしかして...私がいじったから...?」


床に砂があると、人は無意識の内にそれを退かしたり、靴で踏んでしまう。


サンドアートは誰の手も加えられない状態で、一瞬だけ見えるのだと私は推測した。


「どうしたのメアリー」


「憶測でしかないが...この砂の積もり方で何かわかるかもしれない」


彼女は疑問符を頭の上に浮かべて再び首を傾げた。


「次の講義、ここに座って見張っておこう。絶対に他人から手を加えさせるな」


「う、うん」


つまり、今まで砂が積もると同時に用務員や学生の手によって砂が捨てられてきた。


だがそれは、サンドアートで何かを作る途中だったのかもしれないということだ。


この際『誰が』という疑問は隣に置いておくことにする。


講義が始まり、頭頂部が禿げた仏頂面の教授が黒板に文字の羅列を書く。


チョークと黒板が擦れる音と、時々発せられる教授のジョークだけが教室内に響いた。


サンダーはノートを取る振りをして床を横目で見る。


講義開始から60分後、ついに砂はある場面を作り出した。


『The truth is in the sand』


砂でできたそのアルファベットの下には髑髏とリボンが描かれている。


「どういうこと...」


サンダーは小声で前の席に座っている私に聞いた。


「この隣の教室で死んだ子ってのは?」


「...小柄の女子学生だってことしか...クロエ教授と仲が良かったらしくて、私も教授に聞いただけだから」


それ以降、砂は不規則に積もり始め、サンドアートはただの砂山と化してしまった。


講義が終わると、用務員のおじさんが来てこれを片付ける。


このルーティンが何度も何度も繰り返されていたのだろう。


何者かによる信号は、今日初めて人に伝わった。


...

......

.........



深夜。


ガス灯だけが路地を照らす暗闇の中、205号室の窓からは淡い光が漏れていた。


机には例のサンドアートの写真と煙草の吸殻。


私はこの写真に写る髑髏とリボン、そして『真実は砂の中』という暗号を解こうとしていた。


だがこの3つだけでは何も解けない。


「そもそも...何を解こうって言うんだ私は...」


私がこうも混乱しているのは、昨日の帰りにサンダーからある不気味な話を聞いたからだ。


どうやら、教室で殺害された少女の遺体は未だに見つかっておらず、犯人すらも掴めていないらしい。


「幽霊の仕業とでも言うのか...」


だとすると、この髑髏とリボンは、この骨の主の性別を表しているのではなかろうか。


少なくとも「死」んだ「女」という情報は読み取れる。


そしてこの言葉。


『真実は砂の中』


何の真実だろうか。犯人?遺体の行方?


話が憶測だけで一人歩きしている気がしてならない。


「もう一度大学に行って調査するか...」


疲れの混じった溜め息を吐いて伸びをする。古びた椅子が軋んでいた。


翌日、曇り空の下、大学に行くとサンダーの姿は無かった。食堂で化粧をしていたルウィンを捕まえて話を聞くと、どうやら2限が終わった後顔を真っ青にして帰っていったらしい。


何度も声をかけたが上の空で、時々嗚咽を漏らしたりしていたとのことだ。


「何の講義だったんだ...?」


「さぁ、でもE-2教室に入ってったのは見たよ。1限の終わりに」


食堂では多くの学生の話し声が飛び交う。真剣な表情をした私はどこか疎外感を抱いていた。


「E-2...?」


例の教室だ。


多分、彼女は私と同様に、新しいメッセージが現れるかもしれないと調査しに来たのだろう。


だとしたら、彼女は一体何を見たのか。


「そうそう、サンちゃんがあんたにって...」


ルウィンはブランドもののハンドバッグからメモ用紙の切れ端を取り出した。


「最近疲れてるのかなサンちゃん...ねぇ何か知ってんの?」


私はルウィンの問いを無視してメモ用紙に書かれた言葉を睨む。




『A sweet candy is given to a game』







その日以来、サンダーはポツリと大学に訪れなくなった。ロックストックに問い合わせても、情緒不安定でとても会わせられないとのこと。





2つのメッセージは私にはわからない。だが、彼女は解ったのだろう。


それが知りたくない真実だったのかもしれない。









数週間後、大学のある職員が逮捕された。


私の頭の中では歯車が一向に噛み合わず、ただただ苦虫を噛み続けるような不快感が残った。


真実は彼女の記憶だけが知っている。


猟奇的殺人は実は続いていて、次のターゲットはサンダーだったというお話。



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