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File:1 ある少女の依頼

一日の天気が変わりやすいこの地域では、珍しいほどの晴れ渡った空が広がっていた。家の埃がかった窓から眺める街の景色にはビクトリア式の建物が連なっている。


誰もが望みそうなこの美しい景観を前にしても、私の心は晴れやかではなかった。半月は掃除をしていないフローリングには白い埃がかかり、そこに1人の少女が怒りに満ちた顔でこちらを睨んでいた。


幼さが残るその可愛い顔の眉間に似合わない皺を寄せて、手には便箋を握りしめている。


私はザ・ピースの煙を肺に吸い込み、溜息と共に吐き出す。ザ・ピースは一箱1000円もするから今は私の財布が上機嫌な証拠だ。


「聞く必要など無いと思うが、一応聞いておこう、どういう要件かな」

少女は今にも憤死しそうなほど顔に怒りを露わにして便箋を突きつけた。

「ここ、【JACK OF ALL TRADES】でしょ?依頼があるの」

「子どもが来るような所じゃないんだよ。しかし、ここまで来てくれた顧客を無下にもできない。そこの参カ条を読んでから依頼内容を教えてもらおうか」



私は顧客の依頼を何でもこなす所謂【万屋】という職業だ。私の口から出た言葉はただの好奇心でしかなかった。何故こんな少女が私に一体どんな依頼を託そうとしているのだろうか。


「三カ条...?」

少女は扉の後ろに貼ってある古びた紙に目を向けた。

一条、早くきた方の依頼を受諾する。

二条、依頼内容は文書に限る。

三条、如何なる非常事態が起きようとも任務を遂行する。



「読んだか?」

「うん。ここって何でもしてくれるんでしょ?」

「あぁ。殺人・強盗・密輸・拷問、お客様の声に応えてできる限りのことは実行する」

「お、穏やかじゃないね...でも、それだからお願いできることがあるの」


少女は一瞬苦笑を見せ、そのあと真剣な目で私を見据えた。

「見ようじゃないか」

私は古びた机の上に煙草を擦り付けてから、便箋を受け取った。そこには子どもらしからぬ依頼内容が綴られていた。少し眉を潜めてその内容を脳内に記憶した。



父親を殺してほしい。



それが彼女の依頼だ。

多感な時期の子供が親子喧嘩を理由に親を殺したいと思うのは別段珍しいことではない。


しかし問題は彼女が本格的に殺す手段をとったということだ。大抵は心の内にしまっておくといつの間にか消えてしまう殺意が、彼女の場合外に出てしまったのだろう。だがこの少女、どこか見憶え、いや既視感がある。長めのブロンドヘアーに青い目、上品そうだが少し汚れている衣服。



「そうか、奴の子か...」

「え?」

「いや、何でもない。ところで、少女は何故父親を殺したいんだ?」

少女は悔しさを思い出してか歯を食いしばり、拳を固く握った。

「お父様は、何かと私に厳しいんだ。厳しいなんてものじゃない。私は半奴隷化していたんだ...」





なるほど、聞くところによると、彼女の家庭は裕福で、それ故に父親は彼女に高いスペックを求めていたらしい。無理な勉強・習い事・鬱病を発症させるほどの指導に嫌気をさして2日前に喧嘩をして家を飛び出してきたらしい。


「お父様はいつも私のため私のためって言ってたけど、あれは私のためじゃない。世間体を守りたい自分のための言葉だった...許せない、これ以上お父様の奴隷にはならない‼︎」


少女の般若の如く歪んだ顔には薄っすらと悔し涙が浮かんでいた。その顔に見惚れていた私は暫くの沈黙の後、ハッとして返事をした。


「そうだ。その通りだよ少女。自らのために子を利用するのは親として最低の行為だ。愛を失った家族がもう同じ家にいる必要はない。いいだろう。引き受けるよ」


私はすっくと立ち上がると少女に車のキーを放った。手をバタつかせて何とかそれを受け取る。

「私は事務連絡があるから、少女は先に車に乗っておけ」

「たくさん車あったけど...どれに乗ればいいの?」

「黒のマセラティがあるはずだ」

「わかった!」

わかったのかよ。さすがボンボンだ。

私は黒のスーツを羽織ると、汚い部屋に比べて綺麗な携帯電話を手に取った。よく使っているものは埃を被らない。

「もしもし...あぁ、そういうことだ」

私は電話相手と手早く連絡を取り合うと、電源を切り、外に向かった。





車に乗ると、やはり緊張しているのか、助手席の少女の表情が堅くなっていた。

「行くぞ」

「う、うん」

「取り敢えず、少女の家の裏口を確認する。案内してくれ」

「わかったよ」

私はチェック柄のカッターシャツの襟を正してから鍵を回した。




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄









「ここ、ここだよ」

車を停めて外に出ると、気候が変化したのか、少し雨の臭いが鼻をつついた。私は彼女が指差す家と真逆の路地に入り込んだ。

「え、ちょっと!そっちじゃないよ‼︎‼︎」

「大通りに抜ける道を確認しておく。この辺りは車が使えなくなっても、路地が入り組んでいるから撒きやすい」

私は適当なことを抜かして辺りを見渡す。少女は納得できないような顔をしながらも私についてきた。



「こんな依頼...初めて?」

突然の質問タイムだ。任務中はあまり世間話をしたくないのだが、この少女の緊張を少し解してやったほうが良いのかもしれない。

「いいや、依頼主がオヤジから子どもに変わっただけだね」

「何とも思わないの?その...人を殺す時に...」

お前が言えたことかよと言いかけたが何とか口の中に飲み込んだ。



「私は人じゃなくて【手段】としてここにいるんだ」

「?」

少女はその可愛い顔をきょとんとさせた。

「わかりにくいか。例えば人を殺す時、銃を使うとする。撲殺も可能だが、殺し切れないリスクを考えて銃殺するとする。そいつは銃がないと人を殺せない。少女は私がいないと父親を殺せない」

「あ!お姉さんは私の銃ってことね!」



元気良く回答してくれるのは有難いが、私はこんな子どもと何故こんな物騒な話をしているのだろうか。殺しとは無縁の世界に生きているこの少女。


父親を殺せば必ずショックが大きいはずだ。それは父親がいなくなるショックではなく、人は死ぬという恐怖。彼女は耐えられるだろうか。


「私、学校でも持て囃されてるし、本当の友達っていうのを知らないんだぁ」


「どうしたいきなり。お悩み相談の依頼も追加か?」


「ううん。これは私の【独り言】」


彼女は俯いて、まさに言葉を零していた。誰もが彼女の親に萎縮して媚びへつらう。そんな態度を彼女は見透かしていたのだろう。


「でも、お姉ちゃんは普通に接してくれる」


「そうかい、ファストフード店に行ってみな。口の悪い店員が平等に接してくれるからよ」


「ふふ、何それ」


私のジョークに彼女は笑顔を見せた。



「君、何をしている。その子どもは?」


突然の野太い男の声に、反射的に後ろを振り返る。私たちの視線の先には大男が立っていた。黒の警帽と青いカッターシャツ。黒いズボン。

確定だ。これは警察だ。ほら帽子にポリスメンって書いてある。すごい主張している。



「いやーこれはですねぇ。これはねぇ。あのぉ」

突然の出来事に声が上擦って高くなった。大男の精悍な顔からは疑いが見てとれた。

「お前、まさか指名手配犯のメアリー・ベル・ガネス...おい!来てくれ‼︎」

大声と共にワラワラと3人の警察が駆けつけた。中年太りの男、マッチョの男、中年太りの男2号。女1人に男4人も寄越すとは。



「バレたか」

「え⁉︎指名手配犯だったの⁉︎というかどうするの⁉︎捕まっちゃうよ」

「第三条だ、少女。如何なる非常事態が起ころうとも任務は遂行する。......少し下がってな」


大男の後ろにいる中年太りが「捕まえろ!」と指示を出すと、マッチョマンが先に掴みかかって来た。

私は左手で相手の右腕の袖を掴み、右手で相手の左の襟を掴んで身体を反転させた。流れるように男の身体は私の背中に乗っかり、そのまま重力を借りて地面に叩きつける。背負い投げだ。


まともな実践を積んでない身体だけの警察はいとも簡単に女の私に投げられた。左手に持った袖を固定して身動きを封じ、顔に何発か拳を食い込ませる。大男が戦闘に加わり、前蹴りで私をマッチョから離す。



大男は腰に装備した伸縮式の警棒を取り出し、こちらににじり寄った。

一線、水平に警棒を振るってきたが私はそれを屈んでかわし、更に斜め上へと振り上げてくるがそれもバックステップでかわした。大男に僅かな隙が生まれる。



警棒は路地の壁に当り、間抜けな音を立てた。瞬時に私は上段蹴りで大男の警棒を握る腕を壁との間に蹴りつけた。

「がっ⁉︎」



私の履いているブーツが彼の手の甲を壁との間で潰す。めきめきと骨が砕ける音がして、彼は警棒を地面に落とした。痛みのあまり声をあげその場で悶える。



他2人の老害は恐怖に支配されたのか、それとも自分が勝てないことを知ってか、応援を呼ぼうとしていた。私はベルトに挟んでいるS&W 3566を取り出し、彼らに銃口を向けた。1発、2発。


高いストッピングパワーを纏った銃弾が2人の胸を抉る。

2人は悲鳴もあげず膝から崩れ落ちた。大男は額に脂汗を掻きながら痛みと闘っている。少女を一見すると、初めての殺人現場に立ち会い、置物のように固まっていた。



君の望んだ【殺人】とは、こういうものだ少女。

心の中でそう言うと、私はトリガーを引いて残り2人の男を絶命させたのだった。


「さぁ、行こうか」

「...」

少女は死体を見続ける。だが、その青い瞳には何も映っていなかった。

私は茫然自失している少女の細い手を握り、立たせる。



彼女は鯉のように口をパクパクしながら私を見つめ、直ぐに目を逸らした。

「こ、これからどうするの...?私人を殺しちゃった」

「そうだな、殺したのは私だ。まぁここで待ってれば大丈夫だ」

私たちは曲がりくねった路地を抜け、袋小路になっている場所に行き着いた。

「袋小路じゃない‼︎三方向は塀で乗り越えられないよっ‼︎」

「少女ならな。私は乗り越えられる。君はどう見ても人質だ。だからここに警察が来ても少女は保護されるだろうな。私は塀を乗り越えて一時退散する」


「そんな!依頼はどうなるの!」

「口数の多いお嬢様だな。ここを真っ直ぐ見てな、この路地を真っ直ぐに...」

私は少女の頭を優しく掴み、道のむこうを向かせる。少女は黙ってそれに従った。遠くからはサイレンが聴こえる。応援が来たのだろうか。

暫くすると、曲がり角から人影が現れた。



その人物を見て少女は唖然とした。

「シャロット...!!こんな所にいたのか‼︎大丈夫か⁉︎さぁ、帰ろう‼︎」

シャロット・シップマン。この少女の名だ。

「お父様...!!なぜここに...」

「外で騒ぎになってたから駆けつけたんだ‼︎聞いてみるとお前が人質になってると...その女は何だ⁉︎ウチのシャロットを返せ‼︎」

父親はゆっくりとこちらに歩いてくる。



「だってよ、帰らないのか?」

「私は...私は...」

「どうしたシャロット?さぁ、おいで」

父親はまるで仔犬を可愛がるように腕を広げた。私は銃口を彼に向け、躊躇なくトリガーを引いた。乾いた音と共に彼の肩から赤い液体が飛び散った。



「...!!?」

少女は何が起こったのかわからない。そんな顔をしていた。でも知っている筈だ。少女、君が一番知っている筈なんだ。こうなることを望んだ超本人なのだから。


「う...ぐ...シャロット...父さんな...お前が出て行ってから考えたんだ...く、父さんが間違っていたよ...」

更に一発。銃弾は彼の太ももを抉った。灰色のスーツに赤い染みが広がる。




「がぁああっ‼︎はぁっ...はぁっ...!!シャロット...シャロットォォォ...‼︎‼︎‼︎私を許してくれえぇえ‼︎‼︎‼︎」

「お父様っ‼︎‼︎‼︎」

父親が最後の力を振り絞り、娘に許しを乞い、それに呼応するよう少女が叫ぶ。その刹那、父親の頭が赤く染まった。命が尽き、身体が動かなくなり、モノのように動かなくなった。



三発目。これで依頼は完了だ。

少女の望んだ未来を叶えた。しかし彼女が泣いているのは何故だ。彼女の悲しみを表すかのようにイギリスの変わりやすい雲からは激しいにわか雨が降り始めた。

私は屈んで少女と同じ目線で言った。

「よく見な。この光景は君が作り出したんだ」

「うわぁあああああ‼︎‼︎‼︎」


雨に打ち付けられる父親の死体の手は、傷口を訳でもなく、ただ娘の帰りを待っていた。少女は父親に駆け寄り、縋り付く。雨が激しくなってきた。




「そろそろか、風邪を引くな」

私はひとつそう呟くと、父親の遺体に歩み寄り、横腹を軽く蹴った。

「何するんだ‼︎」

少女が威嚇をする猫のように私を睨んだが無視した。

「終わりだ。もういいだろ」

「?」


私の声と共に父親はむくりと起き上がった。少女は目の前で起きたことが理解できずに口をぽかんと開ける。当然だ、さっき死んだ父が生き返ったのだから。

「いてて...すまんなシャロット。これは私が依頼したんだ」

「え...え...」

どうやらまだ状況が読めていないらしい。私が声をかけると先ほど私に殺された警察が傘をさして笑顔を見せながら登場した。


「少女よ。私は君の依頼などハナから受けていない。何故なら先に君の父親から依頼を受けていたからな」

第一条、早くきた方の依頼を受諾する、だ。


「娘を無事に保護して欲しい、そして私との関係を修復させたいという内容だ。だからそれに合った舞台を用意した訳だ」

「皆が...私を騙したの...?」

少女は警察と私、そして父親を順に見つめた。


「お前のためだ。...いや、これは父さんのためだ。父さん、間違っていた...お前のためだと思って強制していたことは...結局お前を苦しめるだけだった...父さん馬鹿だった...許してくれ...!!」

「お父様...」

「頭の良さなんてどうでもいい、ピアノなんてできなくていい...ただ元気でいてくれれば...それでいい...!!」

「う...うん」

少女はひとつ頷いた後、堪えていた涙を流しながら父親と抱擁した。



にわか雨はやみ、曇りがかっていた空からは美しい陽が射し込んでいる。

「いやぁ、いい仕事しましたな。メアリー」

「あぁ、急な呼び掛けに応じてくれてありがとう」

警察やその他エキストラは最初に父親から貰った依頼金を使った。

少女が家に来た時、既視感から彼の娘だということがわかった。探す手間も省けたので、直ぐに電話をしてエキストラの準備とシナリオを説明したのだ。


銃弾はもちろんペイント弾だ。しかし父親の頭に直接撃ち込んだのはまずかったかもしれない。だって本物の血出てるし。

まあ息子を抱擁して余韻に浸っているからいいとしよう。


「それにしても、ジョンの手を粉砕するのはマズイだろ」

「げっ...!」


げっ、なんて台詞使う時があるのか。漫画の世界だけだと思っていた。これは治療費に依頼金も持っていかれそうだ。


「それにしても、【アレ】の母親は最悪ですよ」


若い新米警察が話に割って入った。


「なぜ」


「娘が行方不明なのに我関せずですからね。おまけに夫に莫大な保険金をかけてるとかなんとか」


奴の妻はとんでもない悪女なのか。将来シャロットが彼女に似ないことを切に願う。



私はザ・ピースを取り出し、ライターで火を点ける。一仕事終えた後の煙草は害悪感がなくて心地よい。その場を後にしようとすると、少女が口を開いた。


「お姉ちゃん‼︎ありがとう」



私はウインクだけしてその場から去った。今後のことは関係ない、彼らなら上手くやっていけるだろう。











___________



数日後...

窓から入る昼下がりの陽射しが気持ちいい。私の口にはゴールデンバットが加えられていた。どうやら私の財布はご機嫌斜めのようだ。

濃い目の珈琲を口に含んだ時、扉が叩かれた。


「どうぞ」

気だるい声で応える。扉が開くと、そこには疲れきった顔の年配の女性が立っていた。手には指輪、胸にはネックレス。女性はアイシャドウが強く作られた目で私を睨むように見た。


「こちら【JACK OF ALL TRADES】お金さえあればあなたの願いを何でも叶えましょう」

「そう?偶然にも、お金は腐るほどあるのよ。でも、独り占めしたくてね」

女性は悪魔のような微笑を見せると大きなバッグを乱暴に机へ置いた。

開いたファスナーの間から見えるのは大量の札束。一生食っていけそうなほどある。


「で、これが依頼なんだけど...」

女性はにやけながら便箋を私に渡した。私はそれを見て口端が自然に吊り上がる。便箋にはこう綴られていた。






夫と娘を事故にみせかけて殺してほしい。




結局私は変われない。いつものように、殺しや拷問の依頼を承諾する時のようにこう言った。



「なるほど。ちょうど依頼は何も入っていなかったところです。引き受けましょう」






女性は再び悪魔のような笑みを見せた。

もしかしたら、それは私も同じかもしれない。





そして私はほろ苦く、気持ちの悪い煙を肺に吸い込んだのだった。


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