第五幕 泉美と圭・命と月下 その1・命
明日香に振り回された日の翌日、ぼくは自宅のソファーに腰かけてテレビを見ていた。
時刻が八時を回り、そろそろお風呂を焚こうかと思った時の事だ。
ジリリリリリッ! と、明日香が最後に掛けて来て以来数日ぶりに電話が鳴った。
「もしもし、日野ですけど」
「あっ、俺、俺!」
ガチャンッ!
「さて、お風呂焚かなきゃ」
ジリリリリッ!
「はい、もしもし……」
「詐欺じゃねぇよっ‼ 俺だよ、俺っ! 伊野圭だよっ。分かてて切っただろうっ!」
「やだなぁ、そんな訳ないじゃないか」
ぼくは笑い混じりにそう答える。もちろん嘘だ、分かてて切った。
「たくよう……」
圭もその辺の冗談は分かっていて、呆れたようなため息が電話越しに聞こえる。
「で、こんな時間に何なのさ? 圭がぼくに電話してくるなんて珍しい」
「そうそう、それなんだよ!」
呆れ声から一転、非常にはしゃいだ声が返ってきた。
「実はさ今日電話があって、泉美ちゃんが俺とのデートを承諾してくれたんだよっ!」
「え……」
それは、ぼくにとって意外すぎる話だった。泉美ちゃんが何度も断わっている姿を見ているだけに、簡単には納得出来ない。
「初めてナンパに成功したぜっ。いや~、あんまり嬉しくってさぁ。誰かに話したくってついついおまえに電話しちまったよ」
ぼくが困惑している間にも圭は何かを喋っていたが、あまりに混乱してしまってその言葉を正しく聞き取る事は出来なかった。
そうしているうちに、気が付いたら圭からの電話は終わっていて、受話器からはツーツーっと言う音しか聞こえなくなっていた。
「………お風呂、入らなきゃ」
不意に思い出し、ぼくは受話器を置いてお風呂の準備にかかった。その間も圭からの電話の内容ばかりが頭に浮かび。入れたお風呂は、水風呂だった。