第五章 泉美と圭・命と月下 その5・命
ふらふらしていたぼくは、遊園地の奥へと歩いて行く泉美ちゃん達を見つけ。ぼくと違って余裕しゃくしゃくで、ジェットコースターの余韻に浸っている月下さんに声を掛けた。
「月下さん。居ました、二人ですよ」
「おう。では行くか」
「はい」
そうして二人の後を追ううちに、ぼくは二人がどこを目指しているのかが分かってきた。
「ねぇ月下さん。あの二人、もしかしたら化け屋敷に向かってるんじゃないでしょうか」
「お化け屋敷じゃと?」
「はい。この先に少し行ったらあるんです。……不味いなぁ、泉美ちゃん幽霊が苦手なのに」
「ほぅ、知っておったか」
ぼくを見る月下さんの目が細められる。その視線はまるでぼくを探っているようで、きっと大切な妹の秘密を何故ぼくが知っているのか疑問に思ったのだろう。
「はい、神社でお世話になっている時に偶然知りまして」
「なるほどのう」
月下さんは一つ頷くと、二人の後を追いながら、おもむろに泉美ちゃんが幽霊がダメになった理由を話し出した。
「わし等の住んでいる所が住んでいる所じゃからのう。その、時々出るのじゃよ。……幽霊が。あれは泉美がまだ小さいじゃったか……、あやつが悪霊に襲われた事があってのう」
「そんな事があったんですか」
ぼくは今まで襲われた事がない。だからその時の彼女の恐怖を理解出来るとは言わないけれど、そんな事があったのなら幽霊をあんなに怖がるのも仕方ない事だろう。
「その時はわしが何とか祓ったんじゃがな、これでも巫女じゃてのう」
月下さんは前を行く泉美ちゃんを見ながら遠い目をする。きっと、小さい頃の泉美ちゃんの事を思い出しているのだろう。
「あの頃から泉美は可愛い娘じゃった。わしによう懐いてのう、何かあるとよく泣きついてきたものじゃったよ」
「へぇ~」
「……お主の小さい頃はどうだったんじゃ?」
「へっ? ぼくの小さい頃ですか? ……そうですねぇ」
月下さんの声は意外と真剣で、真面目に答えなければいけないという思いに駆られる。
「今よりもずっとやんちゃでしたよ。動物が好きで、よく野良犬や野良猫なんかを追い掛け回してました」
「ほう、犬猫か。……野良犬を追い掛け回しとったんなら、噛まれた事もあるのではないか?」
「噛まれた事ですか? いえ、ないですよ」
噛まれそうになった事は何度かあったが、実際に噛まれた事はなかった。小さいながらもそこら辺の引き際は心得ていたんだと思う。
「そうか……」
そこで月下さんは何故か残念そうな表情を見せる。ぼくが噛まれていたら、月下さんに何か良い事でもあるんだろうか?
「………あっ、でも狐に噛まれた事ならありますよ?」
月下さんがあまりに残念そうだったので、ぼくは明日香にも話した事のない秘密を話す事にした。
「父さんと母さんに旅行に連れて行ってもらった事があって。旅館近くの森で猟師の罠に掛かってる狐を見つけたんですけど、その時に」
ぼくにとって、これは重大な意味を持つ思い出だ。だからあまり人に話したくなかったんだけど、月下さんの表情を見ていたら話さなきゃいけないような気がしたんだ。
「………そうか」
月下さんはぼくの話を聞くと、本当に真剣な表情で何度も頷く。何でそんな顔をするのか聞きたかったけれど、泉美ちゃん達がお化け屋敷の中に入って行ってしまったので、仕方なくその話は後回しにした。
「ほう~。今のお化け屋敷はこんな風になっておるのか。いや~、凄いもんじゃのう」
「そんな、お年寄りじゃないんですから……」
お化け屋敷に入って以来、月下さんは関心しきりだった。どうやら、ここまでこった造りのお化け屋敷は始めてらしい。
「ぬっあははははは。いやいや、すまんのう。遊園地やお化け屋敷に来る機会なんぞあまりないのでのう」
カラカラと気持ちよく笑う月下さんは、薄暗いお化け屋敷の中にあってもさんさんと輝くお日様のように明るかった。
………だけど、そんな風に思っていられたのも僅かな間だけだった。
「邪魔じゃどけっ、泉美が見えんじゃろうが!」
「ぐへぇあっっ⁉」
泉美ちゃんが怖がっているのが分かるからだろうか? 月下さんは泉美ちゃんから一秒たりとも目を離したくないらしく、間に入るお化け達を容赦なく殴り倒してしまう。
「す、すみませんすみませんっ! げ、月下さん! 抑えて、抑えて」
「グルルルルルルッ!」
幸いにも、泉美ちゃんにも圭にも気付かれずにすんでいたが、お化け役の人が悲鳴をあげる度に、泉美ちゃんが遠目でも分かる程ビクッとなっていたのが可愛そうだった。
それに可愛そうなのは泉美ちゃんだけでなく、ぼく達を案内してくれる看護師さんとお化けも一緒だ。
特に看護師さんは何の罪もないのに殴り倒されるお化けを見て、恐怖のあまりぼく達を置いて逃げようとした所を、月下さんに口を塞がれてしまった。
「お願いですから、これ以上騒ぎと被害者を出さないでくださいよ月下さん!」
「ふんっ!」
いまだに騒ぎになっていないのは月下さんが被害者を全て昏倒させている事と、この暗さのおかげだろうが、それも時間の問題だ。
「泉美を怖がらせる奴など許しておけるかっ!」
さっきから何度も説得を試みてはいるのだが、この調子で一向に聞く耳を持ってもらえない。
「………はぁ~、ダメだこりゃ」
とうとうぼくも説得を諦める。これは少しでも被害者を軽減するためにぼくが苦労するしかなさそうだった。
正直ここまで来ると、何でぼくが巻き込まれているのかと言う疑問や、友人二人のデートを盗み見る罪悪感よりも、あの人見知りで怖がりな少女の事を心配する気持ちの方がずっと強くなってしまっていた。
「………っ!」
苦労してお化け屋敷の中頃まで進んだ時だった、圭が泉美ちゃんと……手を繋いだ。
薄暗いお化け屋敷の中だったが二人がちょうど明かりの下にいたせいで、圭に驚いた視線を向ける泉美ちゃんの表情も、圭の笑顔もばっちり見えてしまった。
「! ! !」
だがぼくがその光景に何らかのアクションを起こすよりも早く、月下さんが激昂して暴れだしてしまう。
「ちょっ、月下さんダメですって! 落ち着いてください!」
「放せ命っ! あ、あの男暗がりなのをいい事にわしの可愛い泉美に手を触れおった! 許せん。許しておけるものかあぁ‼」
「月下さぁあああああぁんっっっっ‼」
建物ごと圭を破壊しそうな勢いの月下さん。それを慌てて止めた僕は必死で、圭と泉美ちゃんの事を考えている余裕がなくなってそまった。
………はっきり言って、ぼくにとってはお化け屋敷の作り物のお化けよりも月下さんの方がよっぽど怖かった。




