お星さん
夏虫やカエルの鳴き声がにぎわいをみせる、とある夜。
一軒家の裏庭、ウッドデッキの端っこに腰かけながら、今年小学生にあがったばかりの娘とそのお父さんがお話しをしていました。
今宵は空に流星群が見られるそうで、二人はわくわくしながらその時を待っていました。
しかし、お父さんのわくわくは驚きによってすぐに上書きされます。
「ねぇ、おとーさん?」
「ん、なんだい?」
「人は死んだらお星さんになるって、ほんと?」
まだ真新しいランドセルに“背負われる”という表現が似合うほど、小さな娘。
その、これまた小さな口から予想外におませさんな言葉が飛び出したのです。
「そ、それは……誰からきいたんだい?」
「おんなじクラスのタケルくんに教えてもらったの。えへへ。もしほんとなら、すてきだなぁー」
夜空の星にも負けないくらい、まんまるな目をいっぱいに輝かせる娘。
そんな様子をみて、この子もどんどん大人になっていくんだなぁと、嬉しいやらさみしいやら、なんとも複雑な気持ちのお父さんでした。
そこにタケルくんへの軽い殺意を抱いたこともご愛嬌。
そんな気持ちを胸の奥にしまい、お父さんは娘のささやかな夢を壊さぬよう、優しく教えてあげます。
「そうだよ。夜空にうかぶお星さん、これから流れるお星さんもみーんな、今まで生きてきた人たちの生まれ変わりなんだよ」
「そうなんだー。じゃあ、流れ星さんにお話ししたら、お返事してくれるのかな。楽しみだなぁ」
「……え?」
少し説明に不足があったのでしょうか。
娘の言葉に、お父さんはほんの少し不安を抱きます。
そんな時。
空をおおう暗闇に一筋、ささやかな光が線を描きました。
――流星群です。
その一筋を皮切りに、次々と光の線は夜空を駆けては残影を映し、儚く消えていきます。
そんな光景にすっかり心を奪われるお父さんと娘。
そこでハッとしたように、娘は空に向かって声を張り上げました。
「お星さんお星さんっ! あなたはだぁれー?」
お父さんの不安はどうやら的中のようでした。
娘は何度も何度も、ただひたすらに空に向かって問いかけはじめたのです。
「お星さんお星さん! お返事してください! あなたはだぁれー?」
ちょっと困ったお父さん。
ここで星からお返事がないと、娘はきっと悲しむにちがいない。
かといって『星は返事などしない』などと説明しても、結果は同じ……。むしろ、お父さん株までダダ下がってしまう恐れがあります。それはお父さんにとってあってはならぬ、悪夢にも等しいシナリオです。
「よ、世は……古代○○王国の王さまだぞよ……」
「あ、おとーさん! きいたっ? 今お返事あったよっ? 王さまだって!」
星からのお返事に跳びはねて喜ぶ娘。
その声主はもちろん星ではなく、正体は娘の背後に立つお父さん。
なんとかお父さん株を保ち、なおかつ娘の夢を壊さないために、彼は今宵、道化になることを誓ったのでした。
そこでとっさに出たのは、かつて幼少期のお父さんが遊んだゲームの登場人物、○○王国の王さまだったのです。
「あ、また流れた! お星さんお星さん! あなたはだぁれー?」
「ええ……私は、三年B組の担任です。人という字は互いに支え合ってヒトと……」
「……あれ? その人って、まだ生きてなかったっけ?」
続いて流れるお星さん。
娘の呼びかけに、次に出たのは自分の好きなドラマのキャラクター。
ですが娘は、一瞬にしてその矛盾を見破ってしまいました。
そうです。その三年B組の先生を演じた役者さんはまだご存命。
お父さんの隣で一緒にテレビをみていた娘にとっては、今のお返事に齟齬を感じるのはごく自然なことでした。
まだ小学にあがりたての子どもと、娘の情報収集力をあなどったお父さん。
額に大量の冷や汗を、口元にひきつった笑みを浮かべながら、必死に言い訳をつむぎます。
「い、いいかい? お星さんってのはね、亡くなった人だけじゃなくて、今を生きてる人たちの強い願いや想い……そんなのが形になったりもするんだ。だから今のお星さんは、三年B組の先生の想いだったのかもしれないね」
「ええ、そうなんだ! なんかすごいねー。すてきだなぁ……」
以後、何度かのピンチはあれど、時に鼻をつまみ時にノドボトケにチョップし……お父さんは星の日本語吹替えに努めました。
そしてなんとか、この流星群の時間を乗り越えたのです。
お父さん株も娘の笑顔も守られた瞬間でした。
「あ……、結局星見られなかった……」
……ひきかえに失ったものもあったようですが、それでもお父さんは満足げ。
お父さんの娘に対するひたむきな想いも、いつしか、この夜空にきらめく時が来るのかもしれません。
おわり。
お読みいただきありがとうございました!




