タカシくんとニャンこ
「私、好きな人がいるから、タカシ君とはおつきあいできません」
ウサギ姫はにっこりと微笑んで、僕にキスをした。訳が分からない。ウサギ姫はサークル唯一の女の子で僕たちの姫様だ。大学のテーブルトークRPGサークル『ぬこぬこ』は男六人姫一人でできていて春の『箱根! 朝までSW!』合宿の二日目の夜にセックスもした。いきなり僕のアパートに押しかけてきて、泊まっていったこともあるし、二人で鴨川シーワールドにも行ったし、旭川動物園にも行った。僕は最初ウサギ姫のことが好きじゃなかった。そもそも、女の子とつきあうなんて考えたこともなかったし、女の子に好意を寄せられるなんて考えたこともなかったから、うれしいって感情よりも、困惑のほうが先にたって、できるだけウサギ姫を避けていたら、グイグイ、そうグイグイとしか形容しようもない勢いでウサギ姫が僕のボディーイメージに入り込んできて、いつのまにかキスされてて、えいやってセックスもされてて、一度体を重ねたからか、初めての相手へのインプリンティングかすっごくウサギ姫のことが好きになっていた。
好きになると、怖くなる。ウサギ姫を、僕だけのモノにしたくなる。
だからまぁもうセックスしてるし、家に泊まりに来てるし、旅行いってるし、手を繋いでデートとかしてるから、今さらなんだけど、やっぱり形は大事で、しっかりカレシ、カノジョの関係になりたくって、告白してみたら、フラれて訳が分からない。
「僕のこと好きじゃないの?」
「好きよ」
「じゃつきあおうよ?」
「ダメ、好きな人がいるの」
「だって僕のこと好きなんでしょ?」
「うん、でもその人のこと、すごく好きなの」
「僕より?」
「……ごめんなさい」
やっぱり訳が分からない。
訳が分からないままウサギ姫と別れて、一人アパートに帰る途中、昼間から飲んだくれて道端で寝転がってる親戚のクロウおじちゃんに出会った。
「おいどうしたタカシ坊、お前泣いてるぞ?」
え? 顔をさわると涙でグジャグジャだ。僕はいつのまにか泣いていたみたいだ。
泣いていたって分かると、急に心が寂しくなる。僕はクロウおじちゃんに抱きつきその胸でオンオン泣いた。悲しくて悲しく、ウサギ姫が僕以外を好きなんて耐えられなくて、声を出して泣いた。
「おっ、おうおう、なんだ、どうした? こりゃどうしたらいいんだ? よーしよしよし、べーべーべーべー、べーべーべーべー、」
クロウおじちゃんは焦りながらも優しく僕を包み、頭や背中を撫でてくれた。
ひとしきり泣くと、二人でマックに入りシェイクを飲みながら今日の出来事をクロウおじちゃんに話す。クロウおじちゃんはむずかしい顔をして、「女か~」と絞り出すように呟く。
クロウおじちゃんは二回結婚し二回離婚し、母親が全員ちがう四人の娘に養育費を払っている親戚内の恥さらしだ。だがある意味では『女』って生き物に関して酸いも甘いも熟知しているプロといっていいだろう。少なくとも僕よりは『女』の生態を知っているはずだ。僕はウサギ姫が何を考えているのか分からない、訳が分からない、理解不能だ。だからクロウおじちゃんにきいてみた。
「クロウおじちゃん、僕はどこかで間違えた?」
「んー、間違えたってわけじゃねーんだけど、ねーんだけどよ? まぁ最初っから間違ってるっていうか、そこ手ー出しちゃまずいってゆーか、な? 分かんだろ?」
「全然分からないよ」
「そうか……」
「教えてクロウおじちゃん、僕はどうしたらウサギ姫の気持ちが分かるの?」
「いや、そもそも女の気持ちなんて男が分かるもんじゃねーしな、分かりたくもないってーか、分かるのがこわいてーか、な?」
「な? じゃないよ。僕は女の子の気持ちが知りたいんだ」
クロウおじちゃんは「ん~」といって考え込む。そして、「あっ!」といって手をポンと叩いた。
「猫を飼え」
「なんで?」
クロウおじちゃんはニヤリと笑い、両手を頭の上で開く。
「タカシ坊、猫と女は似ている。猫と暮らせば、女が分かる」
そういって、頭の上の手のひらを、猫の耳のように、ぴくぴくと動かした。
ウサギ姫は女の子だから訳が分からなかったが、クロウおじちゃんは男だから答えが簡潔で分かりやすい。猫と暮らせば女の子が分かる。シンプルで、明確な解決法を教えてくれた。クロウおじちゃんと別れてペットショップに行き子猫を買う。メスがよかったが、オスしかいなかったのでオスのロシアンブルーを買った。クロウおじちゃんも「猫と暮らせ」っていってはいたが「メス猫と暮らせ」とはいってなかったので別にオスでもかまわないはずだ。猫のトイレと、エサと、エサ入れと水のみも買いアパートに帰る。猫を部屋の中に放つと、猫はダッシュでカーテンに隠れた。恥ずかしがり屋さんだ。そういえばウサギ姫もセックスのとき「恥ずかしい」っていってよく手首とか隠してたっけと思い出し、猫とウサギ姫の類似点に嬉しくなる。
「べーべーべーべー、怖くないよウサギちゃん、ほら、出ておいで」
近づき、カーテンをめくると、猫はびっくりして固まったまま動かなくなる。
かわいい。猫ちゃんはウサギ姫のようだ。
背中を撫でてやると、ブルブルブルと体を震わせる。その仕草もかわいい、まるで私を撫でてって誘っているようだ。だからなんべんも撫でると、いきなり猫ちゃんは僕の手を引っ掻き、「フー!」と威嚇するような声を出す。ウサギ姫もさっきまで笑っていたらいきなり落ち込んだり、いきなり不機嫌になったりした。こんなところも猫ちゃんとウサギ姫は似ている。そうだ名前をつけよう。ウサギちゃんがいいかな? ウサギ姫にちなんで。でもそれじゃちょっと気持ち悪いやつとか思われそうなんで一字だけ変えてウナギちゃんにしよう。うんすごくかわいい名前だ。美味しそうだし。
僕は嬉しくなり、愛しいウナギちゃんに抱きついたらほっぺ噛まれて血が出た。
ウナギちゃんは情熱的だ。
ウナギちゃんと暮らしてほぼほぼ経ち、最高にふたりは仲良くなった。朝起きるとうにゃんとすり寄ってきて、抱っこすると目を細め鼻先を顔にすり寄せてくるウナギちゃん。餌のカリカリを手のひらに乗せると、カリカリカリカリ僕の手から餌を食べるウナギちゃん。ウンチをすると興奮して部屋の中を走り回り、最後に僕の足にしがみつき、足首を噛むウナギちゃん。ノートパソコンを開くと必ずキーボードの上に寝転がり、レポートを書かせてくれないウナギちゃん。畳で爪を研いでいるときちょっかい出すと、怒って引っ掻いてくるウナギちゃん。ウナギちゃんのことはなんでも分かるようになった。
ウナギちゃんと暮らしてみて理解できたことは、かまうと逃げ、かまわないと寂しくなりすり寄ってくるってことだ。猫と女の子が似ているなら、ウサギ姫も構うと逃げ、かまわないとすり寄ってくるということになる。とりあえずウサギ姫からくるメールを返さず、夜中によくかかってきていた電話にも出ず、サークルで会っても無視か最低限の会話しかしないことにした。そもそもウナギちゃんがかわいいから大学終ればすぐアパートに帰りたかったし、ウサギ姫とダラダラしゃべったりしている時間はないのだ。
そんなふうにしてほぼほぼ経ったら、サークル終わりにウサギ姫に手を掴まれ人気のない場所まで引っぱって連れてこられた。怒っているウサギ姫の顔が怖い。
「どうして電話もメールも無視するの!」
ウサギ姫が叫ぶ。
「いや、忙しくて。ウサギ姫は僕より好きな人がいるんでしょ? 電話もメールもその人とすればいいじゃない」
僕がそういうと、ウサギ姫は目を吊り上げ、歯をむき出しにして、直視することができないほど怖い顔になる。
「くぁwせdrftgyふじこlp! ふじこlp!」
何か叫んでいるけど、まったく意味が分からない。
やっぱり猫と女の子は似ている。かまえば逃げて、かまわないとすり寄ってくる。
まぁ今のウサギ姫は般若のようなので、すり寄ってくるというには情熱的すぎて怖いが、それでも僕に関心が向いているってことはいいことだと思う。ここはもう一押しだな、もう一押しで僕にべったりウサギ姫が完成だ。もう一無視しておこう。
「いやさ、アパートでウナギちゃんが待ってるし、帰るね」
そういってウサギ姫の横をすり抜け、背を向けて歩き出す。感じる感じる。ウサギ姫の視線をビリビリ感じる。これは成功だな、なんて考えていると、背後から、
「ウナギって誰よ! キー! 浮気してんじゃないわよ!」
て、声がきこえて、背中がいきなり熱くなった。
振り向くと、僕の背中に包丁突っ立ててるウサギ姫。
「あんたが浮気なんてするからいけないのよ! あんたがいけないよ! 悪よ!」
遠のく意識のなかで何がいけなかった考えるけど、べつに刺される直前までは上手くいっていた感じだったので、答えが見つからない。そのままブラックアウトした。
死んだかなって思ったけど、病院のベッドの上で目を覚ます。ベッドサイドにはクロウおじちゃんが心配そうな顔で僕を見ていた。
「刺されたな」
「うん、猫と暮らして女の子の気持ちが分かってたはずなのに、どうして刺されたのか訳が分からないよ」
クロウおじちゃんが、ガバッと頭を下げる。
「俺のアドヴァイスが不適切だった。女の気持ちは猫を飼えば分かる、こりゃホントだ、でもな、」
クロウおじちゃんは顔を上げ、真剣な表情で僕を見る。
「病んでる女は、別の話だ」
僕は天を仰ぐ。じゃあどうしたらいいのだろう? どうしたらウサギ姫の気持ちが分かるのだろう? 方法はないのだろうか?
「クロウおじちゃん、病んでる女の子の気持ちを知る方法はないの?」
僕がきくと、クロウおじちゃんが得意げに、ニヤリと笑う。
「そりゃ簡単だ、タカシ坊、病んでる女を知るにはな、病んでる猫を飼えばいい」
END