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星空のパッセージ【改稿対象】  作者: 小林汐希
9/12

9話

「さてと、最後の仕上げに入りますか……」


 同じように管制室の椅子をリクライニングして目をつぶっていた凪紗。目覚まし時計のアラームで体を起こした。


「1592便、こちらALICEポート」


『凪紗ちゃん、おはよう』

「少しは休めた?」

『うん、船長さんがもうすぐ起きてくるよ』

「了解。もう少しだからね。頑張るんだよ」


『うん。帰りはおみやげたくさん買っていくね』

「みんな、渚珠ちゃんが帰ってきてくれればそれが一番だよ」


 マイクを切ってから、隣で難しそうにしている弥咲に顔を向ける。


「どう?」

「そうだねぇ。ぎりぎりアウトかも……」

「どのくらい?」

「そうだなぁ……。1時間弱てとこ」


 弥咲が表示を睨み付けている。


 昨晩遅くから、これまでの望遠鏡アンテナを使わなくても、ルナ=モジュール経由での通信が可能になっていて、それと同時に、船内の各状況がデータでも分かってきた。


 その結果、船内呼吸用の酸素残量が足りない。漏れているわけではない。しかし、もともと2日足らずの飛行時間を4日目に延ばしているのだ。これでも相当節約しての運用だったがそれも限界に来ている。


「これ言っておく?」

「まだどっかに残ってるはず。それまで待ってて」


 弥咲は船の図面を広げて、髪の毛をくしゃくしゃにかき回した。






 仮眠していた船長も起きてきて、三人体制に戻った。

 この日の最初の作業は、最終的にドッキングする補給ポートの軌道に入るための減速だ。


 そして、凪紗は最後の仕上げを話した。


『私たちが地上からナビゲートできるのは、補給ポートから30メートル手前まで。そこから先は通信遅延を考えると危なくて出来ないから、船でお願いします』


 つまり、最後の瞬間はこのコックピットの三人が全てを決めなければならない。


「とにかく、一つずつやっていくしかないな」


 前日の軌道修正は三人がかりの作業だったが、今回のはスピードを落とすだけなので、ジャック船長一人の作業だった。

 数時間後、ついに目指す補給ポートの姿がみえてきた。


「さぁ見えてきたぞ」


 見えてくれば、必然的にテンションも上がる。


「長くてもあと1時間だな」


 ようやく、この旅も終わる。そう息をついたときに、コックピットにアラームが響いた。


「なんだ?」

「船長、酸素切れです。あと20分で切れます」


 ドッキングまではあと1時間。さすがにこれだけの乗客がいる。機内の空気だけで40分を乗りきれるとは思えなかった。


「ここまで来て……」


『渚珠ちゃん! アラーム出た?』

「うん、出たよ。あと20分」

『いい? もし、それが切れても40分は延ばせるから』

「どうやって?」

『非常用の客席酸素マスクがあるでしょ? あれを使えば。ただ、あのスイッチは1度動かしたら調整がきかないから、今のタンクが空になってからにしてちょうだい』


 ほんの数分前に弥咲がひねり出した答えだった。


『それでも足りないときは、作業用の宇宙服に少し入ってる。ホース外して出せば少しは呼吸に使えるよ』

「まったく、君のところのエンジニアさんはすげぇや。よし、やるぞ」


 客室のアテンダントに先ほどの手順を船内用に落としこんで伝える。





 そして、凪紗がこれから先は船に任せると言っていたポイントに到着した。

 目と鼻の先にドッキングするゴールがある。


「さて、最後だ。君がやるか?」

「いえ、私はお手伝いです。船長さんですよ」


 これまで、事故以来切れていたスイッチも全て手動にする。完全な手動制御だ。


 そこに、予定していたアラームが鳴った。酸素が0になった警報だ。


「キャビン。先ほどの手順で機内空調を保ってくれ」


 残る時間は40分。これなら十分に余裕があると思っていた。しかし……。


「くそ、スラスターがここでか?」

「どうしました?」


 姿勢制御用の小型ロケットエンジンがここに来て故障の表示が出た。


 確かにこれで減速コース変更やなどの想定外の大仕事をさせてきたのだから、仕方ないとはいえタイミングが悪すぎる。


 困ったことに、30メートルの距離では補給ポートのアームも届かない。


「燃料自体は残ってるのか?」

「はい、船長」

「では、渚珠さん、操舵を命じる。どうせ軸上にはいる。まっすぐスピードだけだ。リン、生で燃料吹かせるぞ。タンクの圧力を上げてポンプのブレーカーをショートさせろ」


 エンジンで燃焼ガスを作るのではなく、燃料をポンプから直接噴き出させて推力を得る方法。燃料タンクの安全弁が壊れるまでの1回切りの方法。


「やり直しは出来ないぞ?」

「分かってます。でも、私でいいんですか?」

「ケンジとチヒロの二人が見てる。しっかり頼むぜ」

「はいぃ」


 操縦桿を握ったことは何度もある。こんな非常時の訓練だってやった。


 しかし、最後のドッキングだけは渚珠がいつも苦手にしてきた。どうしても、両親の最期が体に染み付いてしまっている。


 窓の上に取り付けてある光学式の距離計を下ろした。


「お願い。しっかりしなさい、渚珠!」


 呟きながら小さなペンダントを握る。遺品整理したとき、母親の私物から見つけた物を貰ったものだ。


「行きます!」

「頼むぜ」


 自分で弾き出した設定は秒速5センチ。本当にゆっくりと前に進む。これ以上は出したくない。万一逆噴射ブレーキが使えなかったときに、ドッキング装置で吸収できる速度。そして、残りの時間でたどり着けるぎりぎりの数値だ。


「あと8メートル」


「5メートル」


「いいぞ、そのまま押し込め」


「3メートル、2、1、50……」


「到着だ。止めろ」


 逆推進を軽く吹かせて、機体は停止した。


「よくやった。さすがケンジの娘だ」


 すかさずガチャリと壁から音がした。外からの接続が終わった音だ。

 外部電源に切り替わり、消えていたモニターが明るくなり、酸素ゲージも一気に針が戻った。


「終わったぁ……」


 復活した正式の距離ゲージを見ると、その差は僅か1センチ。手動とは思えない呆れたほどに正確なアプローチだったことになる。


 ハッチが開いた情報が点灯した。






「お願い、もう終わりだから……」


 これまで地上から見守ってきた二人も、この最後の瞬間だけは手が出せなかった。


 アクトピアの軌道上なら、手動でもアームが届く5メートルまで持っていくことが出来るが、指示を出して戻ってくるまで3秒のタイムラグがかかる場所では正確な誘導が出来ない。


 スラスターの故障の表示も出たが、それについては報告もなかった。この事態はよくあることだし、船上で対応できるだろう。


『行きます!』


 渚珠の声が聞こえた。


「5? 遅くない? 20は出しても」

「逆噴射使えない想定だよ。あれだけ大きいものをぶつけたら大変」


 気分的にはとてもモニターを見ていられない。凪紗も脳裏に浮かぶのはあの事故だ。

 凪紗はマイクに続いてスピーカーも切った。じっとポート側からの映像を睨み付けるしかない。


「頼むわよ……」

「大丈夫。渚珠ちゃんにはご両親がついてる」


 ついに画面上の速度数値が0になった。


「どう?」

「ステーション! 結果は?」


『ALICEポート、1592便接続完了です。誤差1センチ、相対速度秒速2ミリでした』


「やった……」


 手元で拳を握る。あとは渚珠からの報告待ちだ。


『ALICEポート、現在全ての系統が外部に切り替わりました。なお、全員無事です。これより下船を始めます。A1592便サインオフです』


「よくやったぁ! お疲れさん……」


 今度こそ、両腕を上に突き上げた。同じく座り込んでいた弥咲とも抱きつく。

 そんな管制室のカメラと音声をモニターしていた報道向けテレビの前で、奏空も泣き崩れていた。


 これで渚珠が帰ってくる。声だけでなく、その無事な姿を早く見たい。


 現地からのテレビ画像に切り替えて、画面を食い入るように見つめた。


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