8話
「あの、松木さんは、一体どういう出身なんです?」
これまでの緊急事態モードから、このまま約半日は何もない。ようやく一息がつける。機内にも遅れるがルナ=モジュールへ到着できることをアナウンスして、三人にも少し余裕ができた。
ジャック船長は突然現れてこのピンチを切り抜けた少女にどうしても聞いてみたかった。
「え? わたしですか……? 通りすがりですよぉ」
「いや、そんなに若くて一等を持っているなんて……」
「あぁ、これですかぁ……。もう10年前のお話ですけど、ルナの基地で船がコントロールエラーで激突したことありましたが、ご存知ですか?」
渚珠は正面に浮かんでいるルナ=モジュールの方を見ながら言った。
「あれは、航行システムにバグがあったとか?」
もちろん知っている。あの事故は忘れられないからだ……。
「調査結果ではそうなりました。でも、結局は犠牲者が出てしまいました。最後には全部のコントロールからコンピュータを切って手動で中心を外したそうです」
コックピットと、船外から全部の制御を手動にするには、本来その数分では足りなかったはずだ。
結果的に完全に逸らすことが出来ず、機体は頭から作業用のクレーンに突っ込んで大破。しかし、もう少し遅れたりずれていたら、一般客を巻き込んだ大惨事になっていた。
最後まで操舵に携わっていた二人の犠牲者が出てしまったが、惨事を防いだと言うことで、表彰されている。
「わたしの両親でした……。父は予想していました。コンピュータ任せではいつか事故が起きる。自分で動かせてはじめて一人前なんだぞと……」
「そんな……。君はケンジとチヒロの娘さん……」
「父と母をご存知ですか?」
ジャック船長は改めて渚珠を見た。よく見れば大きな瞳の目もとは母親にそっくりだし、あの難しい瞬間での判断力や計器を見つめるときの厳しい視線はやはり父親譲りなのだろう。
渚珠が口にした言葉も聞いたことがあるし、一緒に仕事をしたことも数え切れない。頼りになるキャプテンだった。
だから、はじめて現れたにも関わらず、席に座った時の懐かしさと言うか安心感があったのはそのためだったのか。
「もちろん……。あの船は自分が担当するはずだったんだ。しかし、前の船の到着が遅れて。ケンジとチヒロが引き受けてくれた。そして、戻らなかった……」
二人は職場にいつも娘の写真を飾っていた。そう、あの幼い娘も天涯孤独になってしまったはずだ。
その子が目の前にいる。そして、自分を助けてくれた。
「わたしで役に立てるなら、何でもします。例えそれで死んじゃうとしても……。だからそれが出来るようにするために、取ったんです。なんか後ろ向きな理由ですよね」
その事故の後には、やはりコンピュータは故障するものという条件が復活し、スイッチ一つで手動に切り替えが出来るように更新されてきた。
「渚珠さん、ご両親も喜んでいますよ」
それまで静かに話を聞いていたリンがようやく入ってこれた。
「そうですかねぇ」
まだ若い彼女だが、きっと今回の活躍であちこちから引き抜きの話も出て来るだろう。
「わたしは……、誰かに認めてもらいたいとかは思っていません。みんなに迷惑をかけないように……。それだけなんです……」
あれだけの技を持っていて、このまま全員無事に到着ともなれば、英雄扱いになってもおかしくないし、将来も有望だ。
それなのに、この少女はその声を拒絶していた。
「無事に着いたら、わたしは弟と妹を連れて普通に帰ります。あの子達をちゃんと連れて帰ると約束しましたし……」
きっと独りになってからここまでの歩みは想像を絶するものだったに違いない。普通ならこの道に入ること自体嫌かもしれない。
「わたしには……、これしか無かったんです。ルナでは迷惑ばかりかけていました。何事も遅いし、頭もよくありません。みんなのお荷物だって分かってました。一人で生きていくために……これしか……道が無かったんです」
うつむいた顔からポタポタと涙が落ちた。
自分の尊敬するあの二人が遺した一人娘。彼女は気付いていない。彼女が自身に求めるレベルは一般より何倍も高いところにあるのだと言うことを。
瞬発力を求められるルナ=モジュールのようなコロニーでは、ふだん熟考型の彼女は確かに鈍く見えてしまうかもしれない。しかし、咄嗟の判断力と先が見えたときの決断力は間違いなく両親以上に正確で超一級だ。
この業界に籍を置いて知らぬ者はいない伝説のALICEポートの総責任者。聞けば昨日が卒業式だったという。間違いなく、今日から彼女は正式にその座に就いているはず。やはり伝説という言葉だけではない。今回の出来事でそれは十分すぎるほど思い知らされたし、天性の能力を受け継いだ人材でないとそこに入ることは許されないのだろう。
「大丈夫。ケンジとチヒロに誓って、最後まで無事に届けるのが俺の仕事だ。少し休んでくれ」
「はい」
やはりここまでの時間は、プレッシャーもあったのだろう。疲れきったようにコックピット後方の補助シートに座り込んで目を閉じると、小さな寝息を立て始めた。
「凄い子だったんですね」
「さすがケンジの娘だ」
彼女一人にはまだ限界も多い。しかし、全てを信頼している仲間たちと準備が整うと、先行していたはずの周りを一気に抜き去ってしまう。
後で知った話では、星間運行本部がどうしても連絡がとれず、やむ無くルナ=モジュールの基地に出動を依頼しようとした頃、渚珠とその仲間はすでに連絡がとれていたし、地上から軌道の計算すら終えていた。それを突きつけられて管制を引き継いだという。
どれだけ権力や仕組みを持っていたとしても、人命がかかって本気を出したALICEポートには敵わない。彼女たちにはしがらみがないから、冷静にその時に一番必要なものを選択して使うことができる。
失礼と思いながら、乗客リストから渚珠を探し出した。ルナ=モジュールに近くなったため、低出力のアンテナでもデータ通信が自然に回復していた。
「こりゃ凄い……」
「どうしました?」
彼女のデータには、既に190年ぶりの正式なALICEポート総責任者という役職データが加わっている。そして、移民局の特記事項として、彼女が初代の松木朱里の子孫だと言うことも。
「ケンジの奴、こんな凄い経歴とは言ってなかったじゃないか」
ジャック船長の頭の中で、彼女の父親がニヤリと笑っていた。
『どうだ、俺の自慢の娘は?』
「最高すぎて涙が出ちまうぜ」
ジャック船長は首を振った。
「凄いですね……」
「おいリン君、こりゃ下手な役人なんかを乗せているのとは話が違うぞ?」
「こんな可愛いのに……。これから大変ですよ」
「確かに」
二人とも、渚珠にはこのまま素直に大人になってほしいと願わずにはいられなかった。




