6話
「渚珠ちゃん……お願い……無事でいて……」
後方支援に回った奏空。彼女も多少の手伝いは可能だけど、ここまで非常時になると、凪紗と弥咲の二人に任せるしかない。
このALICEポートにしろ、事故に陥っている船の裏技をその場で捻り出すためには、この二人がフル回転する必要があるからだ。
テレビでは通信が途絶えていること、これまで流れてきている情報の中身からして、絶望的であること。一番好意的に見ても、機体は無事だとしても、救出するためには数日かかり、非常に厳しい状態であると流れていた。
「すみません。ルナ=デイリー局の記者なんですが」
「あっ。どうも……」
奏空がロビーカウンターでそんなテレビを見ていたときだ。
きっと、タクシーボートでやって来たのだろう。外は夜明けの明るさが戻ってきていた。
「今回、所長さんがお乗りになっていると聞きまして」
「早いですね……。そのとおりです。まだ安否が分からないので、公開はしていませんが」
凪紗に言われていた、広報の仕事が始まった。最悪の場合、一番辛いことも彼女の口から発表しなければならない。
今は気丈にしているしかなかった。
「こちらで、何か情報はありますか?」
「そうですね……。少し待っていて下さいますか?」
彼女は一度奥に入り、凪紗に相談した。機体の損壊がないことを発表して構わないかということだ。
「奏空ちゃんに任せる。機体が壊れていないというだけでも、情報が全部ひっくり返るからね。でも、悪いニュースではないはずだよ」
「うん……」
そう、最初に弥咲が確認した、機体は無事。これだけでも大きいのだ。それに凪紗が準備をしている、見つけ次第に通信を試みる作業も、いま流れているニュースをひっくり返してしまうからだ。
でも……、この先の結果はどうなろうと、言わないことはもっと辛い。この船の他の乗客の家族もその一報は絶対に欲しがるに違いない。
奏空は決心した。
「驚かないで聞いてください」
「はい?」
「私たちは既に状況の解析が終わってます。機体は壊れていません。エア漏れも起きていません」
「本当ですか!?」
本当だとすれば大スクープだ。まだ機体の状態を明言している場所は、運行会社ですら発表していないのだから。
「現在、詳細位置の特定を進めています。わかり次第こちらからも指示を出せる準備を進めています」
奏空の発表した記事は最初小さなものだった。
しかし、ネットニュースはそんな小さな情報も見逃さなかった。
とたんに、彼女の手元の電話は鳴り止まなくなった。
「はい。新しい情報が入りましたら、すぐにお知らせします」
あまりの反応に、奏空も苦笑するしかなかった。
「でも、どうして私たちのところに?」
奏空がお茶を入れて、記者のテーブルに置いた。
「すみません。思い出したんですよ。先輩記者に、事故が起きたら小さな非常用ポートに行けってね。大きなところだと定期的な発表しかしないからと」
「そうなんですかぁ。その先輩記者さんは鋭いですね」
確かにそのとおりだ。アクトピアにはこのALICEポートを含めて同じような非常時にも使える小型ポートが存在する。
そういったポートは小型とはいえ装備もきちんとしていたり、レーダーなども大型ポートにひけを取らない物を持っていたりもする。情報を逐一もらうという意味ではこちらの方が細かい。
「でもまさか、ここでスクープになるとは思いませんでしたけど。発表して大丈夫だったんですか?」
「いいんです。それが私たちですよ」
奏空は笑った。
「渚珠ちゃん!」
ルナ=モジュールのアンテナから受信されている信号をモニターしていた凪紗が叫んだ。
「どうした?」
「これ、渚珠ちゃんだよ」
凪紗の目にみるみる涙が浮かんだ。これまで救難信号だけのメッセージが一度切れたかと思うと、ゆっくりだが別の文字が流れてきたからだ。
『なぎさへ、なみより』
「見つけた……。大丈夫。何があっても助けてあげる!」
モニター上の文字を二人は忘れられない。
凪紗が彼女だけに向けたメッセージに切り替える。
その後のやり取りで、送信出力を下げていることが分かった。
「さすが渚珠ちゃん。あれを思い出したんだな?」
この方法は全員が知っていた。しかし、コックピットに入ることができた渚珠だからこそ実現したのも事実だ。
「電源かぁ。補助動力があるでしょう?」
「非常バッテリーじゃ立ち上げは無理。機器室ならガスコンロと同じくらい簡単に動くよ」
今回の事故機と同じ機種を、弥咲は先月に点検整備を担当していた。
「マジ?」
そんな方法があるなら、一刻も早く送ってやりたい。
「ねぇ、渚珠ちゃんが無理やりでもいいから音声で流せって」
モールス信号は凪紗の手によって自動的に翻訳されて表示されるようになっている。
「渚珠ちゃんもやるねぇ。確かに声の方が早いな」
弥咲が操作指示をした数分間。二人にはとても長い時間に感じた。もし、機器室で何かあって、発電機が動かせなかったら。
「凪紗、軌道の計算しておいてもらえる? コンピュータが使えないなら、きっと軌道修正は手動だよ?」
「そっか。すぐやっておく」
『1592便、ALICEポート応答どうぞ』
「やった! 渚珠ちゃん!! もぉ……心配させてぇ……」
弥咲も両手で万歳をしたがその先が続かない。どれだけこの声を待ちわびたか。
『弥咲ちゃんありがとう。使えるようになったよ』
まだ無線出力が安定しない。それでもこれで誘導手段は確保できた。
『機内は落ち着いています。怪我人などは出ていません』
「了解。あたしたちの名にかけて絶対無事に送り届けるんだから」
状況を確認した凪紗はタッチパネルにひとつのコマンドを送り、画面に大きな赤いボタンを表示させて、再び星間運行本部を呼び出した。
『ALICEポート、どうしました?』
「1592便のコントロール権をください」
『本気ですか? ようやく少しずつ状況が分かってきたところですよ?』
いきなりの凪紗の要求に、相手も面食らった。この困難な局面で、いきなり全責任を引き継げと言われても困ってしまうのは仕方ない。
「音声通信が復旧しました。軌道の割り出しが終われば、音声と計器があれば、船上の一等航行士で誘導が始められます。何かあった場合の責任は私たちが取ります」
普通、どんなに危機的な状況でも、凪紗は最後まで管制権をもらうことはしない。あくまでこのポートはバックアップだ。
しかし、今回は違う。
船にいるのは、自分たちの分身でもある渚珠だから。彼女の能力は十二分に知っているし、今回の通信機能の回復だって彼女だからこんなに早かったのだ。船の彼女に指示を出すことに、直接指揮命令を出せるならば、その方がいい。所長の渚珠が居ない今、代行の自分がやらずにどうする。
もしかしたら、ハイジャックと呼ばれてしまうかもしれない。それでも、自分たちの手で渚珠たちを救いだしたかった。
『分かりました……。出来るんですね?』
「ここで出来なかったら、どこでやっても同じです」
確率は五分五分だ。でもやるしかない。
『押してください』
「ありがとう……」
彼女は礼を言って、そのボタンを押した。
全ての履歴や運行情報が表示された。
これで、この船の全管制は凪紗が握ることになる。
「渚珠ちゃん、始めるわよ?」
『うん』
「……凪紗ちゃん、本気でやる気ね」
そして、その瞬間はロビーで見ていた奏空と、一人の記者によって瞬く間に広まっていった。




