2話
午後の一番のんびりした時間、いつもどおり渚珠と奏空が定期ボートを迎えに行った。
「お疲れさまですぅ」
ボートが接岸し、橋をかける。
「おぅ、二人ここで降りるってよ?」
「えっ、そうなんですかぁ?」
下ろされたのはキャリーケースが1つ。これで二人分なのか。
「おねぇちゃぁん!」
降りてきたのは小学生くらいの兄妹だった。そして、渚珠を見つけると一目散に走り寄ってきて抱きついた。
「佳奈ちゃん! 佑都くんまで、どうしたの二人とも?」
信じられないものを見たように、渚珠の目がまん丸に見開かれた。
その場にしゃがみこんで二人を迎え入れているところを見る限り、半年前にあったように招かれざる訪問者ではないようだ。
「お知り合い?」
渚珠から離れない二人に、ボートを代わりに出してくれた奏空が戻ってきた。
「うん……。わたしがお世話になっていた親戚のお家の二人だよ。ずっと一緒だったからね」
渚珠は二人の荷物を奏空にお願いして立ち上がった。
「ここじゃ落ち着けないから、とにかく中に入りましょ」
四人でロビーに戻り、飲み物とお菓子を出してテーブルにつく。
松木佑都が兄で小学5年生、妹の佳奈はまだ2年生。
二人は初めての場所に緊張が解けていないようだったが、目の前に渚珠がいることで少しずつ落ち着いてきているようだった。
「こんなに遠いところまで、二人だけで頑張ったねぇ」
ここに越してくると決心をして船に乗り込んだ渚珠ですら、やはり長旅には間違いなかった。小学生で親のいない二人旅では心細かっただろう。
もし、こちらに来るのであれば、事前に連絡を貰っていれば、ハブポートまでは迎えに行けたのに。
「お姉ちゃんに通知来てたんで、渡しに行くって決めてたんだよ」
佳奈は書類を渚珠に手渡した。
それは、渚珠が来ないと不思議がっていた卒業式の通知だった。
「これを渡すためにわざわざ来てくれたの?」
よっぽど自分よりこの兄妹の方が行動派ではないか。
それにしても、子供とはいえ二人分の交通費だって安くはないはすだ。
「姉ちゃんに会いたかったから……」
「そうかぁ……。ありがとう……」
そう言えばこの二人にはあまり事情を話せずに出てきてしまった。
「お隣の桃香お姉ちゃんが、元気にしてるよって教えてくれて、おこづかい貯めて……。居なくなっちゃって、寂しかったから……」
鼻をすすり出してしまった佳奈。彼女の物心が付く頃には、もう渚珠は一緒に住んでいたから、佳奈にとっては本当の姉のように思っていたはずだ。
「どうしたの? 迷子?」
さっきの騒ぎを管制室から見ていた凪紗が降りてきた。
「ううん、わたしのお客さまだよぉ」
「へ?」
渚珠が二人のことを紹介すると、凪紗は大笑いだ。
「やっぱ、渚珠ちゃんの家族は凄いね。私はこの年に一人で連絡船に乗るのは無理だったな」
その場を奏空と二人に任せて、渚珠は手元から二人の家に連絡を入れた。もしかしたら勝手に出てきたかも知れなかったからだ。
結果、二人がアクトピアの渚珠に会いに行くことまでは話が着いていたが、帰りは渚珠と一緒にすると言ったことで、帰りの予約などはなかったらしい。
渚珠は卒業式のために明日の午後、こちらを発つときに一緒に戻ることを伝え、自分だけだった予約を三人分に変更した。
「渚珠ちゃん、今夜はどうする? 宿泊の部屋の方にする?」
どのみち、今夜はここに泊まることがベストだろう。問題は二人だけにするか、渚珠と一緒にしてあげるかだ。
「そうだねぇ。確か折り畳みのエクストラベッドがあったよねぇ。あれを持ってくるよぉ」
自分が客室に行っても構わなかったけど、きっと二人には自分の部屋の方が良いだろう。
夕食までの時間、渚珠は二人と過ごした。二人にとっては生まれて初めての完全な屋外。どこまでも続く海と波打ち際の砂浜は絶対にルナ=モジュールでは経験できないからだ。
はじめは二人ともおっかなびっくりだったけれど、さすがに慣れが早い。すぐに水のかけ合いになった。
「あんまり濡れちゃうとあとが大変だよ」
そうは言うものの、渚珠がここに来たばかりの頃、飽きもせずに波打ち際を歩き回ったことを思い出す。
「渚珠ちゃん、みんなの分もごはんできたよぉ」
「ありがとう。すぐ行くね」
渚珠が二人を連れて戻ると、六人分の用意が同じテーブルに並んでいた。
「すごぉい!」
「奏空ちゃんのご飯は美味しいよぉ」
きっと、ここでの食事を覚えてしまったら、ルナで一番と言われているお店でも満足出来ないのではないか。
合成ではなく、天然のフレッシュジュースなどはやはりアクトピアでしか味わうことが出来ない。
よほど口に合ったのか、二人はあっという間に平らげてしまった。
「姉ちゃんいいなぁ。いつもこんなご飯食べてるの?」
二人とも、奏空が持ってきたおかわりのパンとスープを変わらぬ勢いで平らげている。
「あの、姉ちゃんは迷惑かけてないか聞いてこいって……」
食事も一段落したあと、佑都が口を開いた。
ルナ=モジュールでは、佑都と佳奈には本当に良い姉ではあったけれど、学校では冴えなかったし、色々と噂も流れてきていた。そんな姉が一人でうまくやっていけるのか。家族の心配事になっていた。
「佑都くん、佳奈ちゃん。これだけはご両親に必ず伝えてね」
凪紗が二人に優しく話しかけた。
「お姉さんは、本当に立派に頑張ってくれています。心配は要りません」
奏空と一緒に食器を片付けている渚珠を見た。
「ずっと、二人のこと気にしてたよ。説明もせずに出てきちゃったって。一人前になって、みんなに報告できるようになったら、必ず一度帰るって。それまでは頑張るって。お休みも取らずにずっとね」
半年前、渚珠と同じ学年の修学旅行があったあと、それまでの評価が一変した。
佑都たちには気味が悪いくらいのべた褒めになったが、一体何が起きたのか。
「あの一件ね……。あれは見ていてヒヤヒヤしたけど、渚珠ちゃんは立派だったよ」
当時の話を聞いて、ようやく二人とも納得してくれたようだ。
「渚珠ちゃんを取っちゃってごめんなさい。でも、本当に素敵なお姉さんをありがとう」
消灯時間になって、三人は渚珠の部屋に入った。
佳奈はもう眠そうなので、ベッドに寝せると間もなく寝息をたて始めた。
「姉ちゃん」
「ん? ごめん……」
窓を開けて、椅子に腰かける。窓からは潮騒が小さく聞こえてくる。
これまで、やはり海を映像でしか見たことのない佑都には夢のような場所だった。
「わたしも寂しかったよ……」
渚珠が呟くように言った。
「佑都くんは知ってるよね。わたしが本当のお姉さんじゃないってこと」
佑都が物心つくかどうかの年に、渚珠が一緒に住むことになった。
「ルナで落ちこぼれだったわたしだから……、みんなのお父さんお母さんにはこれ以上迷惑かけられなかった。わたしは一人で何とか生きていかなくちゃって……」
「姉ちゃん……」
「ここはね、わたしが居ることを許してくれるたったひとつの場所なんだぁ」
意味がよく分からない佑都に、このALICEポートの生い立ちを話した。渚珠が後継者に指定されたのは、彼女が生まれる遥か前の時代だということ。
「わたしはその指定を受け入れたよ。それしか無かったの。こんなわたしでも、誰かの役に立てるなら、どんなに辛くても、寂しくても……」
窓際で振り返った渚珠の顔には涙の筋が何本も出来ていた。
「迷惑ばかりかけてごめんね……。今日、来てくれて本当に嬉しかったよ。ありがとう」
「明日、一緒だよね?」
「うん。一緒に行くよ。卒業式とお部屋の整理しなくちゃね。わたしがいつまでもあの部屋にいちゃいけないから。わたしの部屋はここに出来たから……」
渚珠はそこで自分の部屋を完全に明け渡し、籍も移すことにしていた。そう、明日の二人との帰路は、最初で最後の姉弟旅行になる。
「わたしの卒業旅行だぁ……」
佑都を自分のベッドの佳奈の隣に寝かせ、自分は持ってきた簡易ベッドに横になる。
「午前中に街を案内するよ。楽しい旅にしようね」
佑都も寝付いたことを確かめると、渚珠は一人ポーチに出た。
満月の月明かりが照らしている中、彼女は一人涙を押さえられずにいた。




