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星空のパッセージ【改稿対象】  作者: 小林汐希
11/12

11話

「渚珠!! 起きて。行くよ?!」


 気が付けば、桃香が起こしに来てくれていた。


「うん、ちょっと待って。すぐ着替えるよ」


 出来上がっている制服を取り出して袖を通す。これが本当に最後だ。

 仕事の制服も折り畳んで持っていく。見れば桃香も同じように荷物を持っていた。


「桃ちゃん、なにかあるの?」

「まぁ、なんとなく想像は付くでしょ?」

「まぁね……」


 自分のために卒業式を行ってくれるのだろう。でも、それなら桃香には荷物は必要ないはずなのだが。


 久しぶりの学校の教室。

 入るときにはやはり緊張した。約9ヶ月ここには入っていない。


「大丈夫。渚珠の席は変わってないよ」


 やはり分かってくれる。親友が手を添えてくれた。


「あ、松木だ!」

「来た! すげぇ!」

「大丈夫なの?」

「渚珠ちゃん!」


 すぐにクラスメイトに囲まれる。彼らにとっても、アクトピアでの変化を目の当たりにし、今回の事故では奇跡の生還の立役者としてテレビで見ていた人物が目の前にいる。


 やはり、9ヶ月前とは扱いが全く違う。でもそれを今さら言うつもりはなかった。


「お騒がせしましたぁ……」


 どうやら、今回の騒ぎは他のクラスにも漏れているらしい。教室の外にも何人かの顔が見えた。


「おーい。始めるぞ。校長も来てるから静かにしろ」


 担任の先生とも久しぶりの再会だ。自分のインターン先を見たときに、間違いじゃないかと言われたのも良い思い出だ。


 結局、昨日の本番でも、事故の影響で式が簡単になったことで、各自の証書伝達は教室で行われたとのこと。


「松木渚珠」

「はい」


 校長先生が渡してくれた。


「よく、頑張りました。本校の誇りです」

「あ……あぃ……」


 顔を赤くしてうなずくと、暖かい笑いに包まれた。


「よし、全員集まったぞ。これで撮れるな」


 クラスの卒業写真はまだ撮影していなかった。全員が今日再び集まることを信じて翌日に延ばしたのだ。


「松木、真ん中に来いよ」

「え? いいよぉ」

「それが残るんだから、行ってきなって」


 全員が整列した場面を撮り終わるとあとはオフショットだ。クラスの真ん中に渚珠が据えられた。


「はい、お疲れさまでした」


「渚珠、どうしたの?」


 開放されてみると、渚珠の目は赤く染まっていた。


「ううん。嬉しくて……。みんなが迎えてくれたから……」

「バカだなぁ」

「ううん。みんなに迷惑かけてたから……。こんなふうにしてもらえるなんて思ってなかったよ」


 半年前、修学旅行で目の前に現れたクラスメイトたちに、彼女は卒業式にだけでいいから教室に入れてほしいと言っていた。


「今の松木にそんなこと言わせたら……、きっと逆に凄いことになるぞ」


 もはや、彼女は一中学生という存在ではない。


「松木って誰か気になる人がいるんか?」

「えーー? いまそれ聞く?」


 女子からブーイングが起きる。


「ううん。わたしは……そんな資格なかったもん。遅いけど、それもこれからだよぉ」


 ルナ=モジュールではこの卒業を終えてしまえば制度上は大人になる。条件さえ整えば結婚して子供を産むことさえできる年だ。

 女子の中ではこの時に相手がいるかいないかで運命が変わるとも言われていたりもする。


「こんなわたしのこと好きになってくれる人なんて、なかなかいないよぉ」


 歓声が上がったとき、教頭先生が呼びに来た。


「はい。次に出番がある人は着替えてください。松木さんも」

「はい?」


 渚珠には保健の先生がついてくれた。


「松木さんはこっちでどうぞ? お仕事の服に着替えてね」

「は、はぃ」


 今回持ってきたのは、スカートが膝下まで隠れる正装の方だ。

 スニーカーから新品のように綺麗にオーバーホールしてもらった、あのストラップの革靴に履き替えた。


「やっぱり、もうこっちの方が落ち着く?」

「うーん。このスカートの時は正装なんで、ちょっと緊張しちゃうんですよ。いつもはミニに近いから」


 保健室の扉が開いて、クラスメイトの瑠璃が迎えに来た。


「松木さん、お迎えにきました」

「はぁい」


 二人で暗い廊下を歩いていく。


「あの……松木さん……」

「ほぇ?」


 彼女は階段のところで立ち止まった。


「これまでごめんなさい。私たち本当に酷いことしてた。修学旅行ね、実はみんな見られなかった。桃香ちゃんは自信あったみたいだけど。あの時の松木さんにはみんなショックだったんだよ。いつの間にか、誰も敵わない凄い人になってた。それなのに、みんな酷いことばかり言ってたなんて……」

「ううん。もういいよぉ。大丈夫。泣かないでぇ」


 ハンカチを差し出す。仕方ない。みんなが知っている自分は、いつも周回遅れで迷惑をかけていたことに間違いはなかったのだから。


「この間の事故ね、すぐに連絡が入って……。桃香ちゃんだけが『そんなことで諦める子じゃない』って……。私も言いたかったけど、言えなかった。ズルいよね」

「瑠璃ちゃん……。もう大丈夫」

「名前、覚えててくれたの?」


 彼女は顔を上げる。こんな酷い仕打ちをして来たのに。


「わたしの大事なクラスメイトだもん。みんな覚えてるよ」

「間に合うかな……?」

「ほえ?」

「今からでも……、ずっと仲良くしてって言ってもいいかな……」


 顔を赤くしている瑠璃の手をそっと握った。


「これからも、よろしくね」

「松木さん」

「ううん。渚珠でいこうよぉ。わたしの友だちはみんな名前呼びだから」

「渚珠……ちゃん?」

「うん、ちょっと遠いけど、遊びに来てね」

「連絡先、すぐに送っておくから」

「お願いね。すぐに登録するから。さぁ、遅れちゃうよぉ」


 どちらが迎えに行ったのか分からない。二人は廊下を走って会議室に駆け込んだ。


「お、到着ですね。それでは始めますか」

「あ、はい。署長さん」


 そこまで来て、渚珠もようやくここがどういう場所か気がついた。


 そして、どうもそれだけでは無いと言うことも。


「それでは、先に発令伝達を行います。松木渚珠さん、こちらへ」

「はい」


 署長と向かい合って立つ。


 気がつくと、彼女の仲間たちがモニターに映し出されていた。相互に映像が中継されているらしい。


「松木渚珠さん、ALICEポート所長を任命します。これまでのインターン、ご苦労さまでした」


 本当は昨日行われることになっていたのだろう。凪紗はとっくに渚珠を正式に迎え入れていたが、学生という立場上、籍を異動することができなかった。

 これで、渚珠は完全に大人の仲間入りをしたことになる。


「先日は見事でした。やはり、創始者のご子孫で、ご両親の血が流れていますね」

「はい」

「判定会議では、誰も異議を唱える人は居ませんでしたよ。あの難しい立場のポートにおいて、これ以上の人材はないと。体にだけは気を付けてくださいね」


 任命書を手にする。きっと凪紗は自分で渡したかったに違いない。悔しそうにしている様子が見えた。


 そして、渚珠が下がると、式は次に進んだ。


「えー?」


 思わず口を押さえる。


 渚珠が気づかなかったが、そこには六人、グレーの服に身を包んだ人物がいたが、その制服は自分も1年前に着ていた港湾学校のもの。しかし、問題はその中身だった。


「桃ちゃん、なんで……」


 桃香をはじめとして、クラスメイトで三人。あとは同じ学年で三人。

 確かに、チームが出来るほど人数が集まれば、特別編成で授業ができるとはあったが。


 渚珠がぽかんのしている間も、式は進んでいって、全員に入所許可が手渡されて終わった。


「渚珠……。隠しててごめん」

「桃ちゃん、怒られなかった?」


 すべての行事が終わって、簡単な立食パーティとなったとき、二人は自然に歩み寄った。


「いろいろあったけど、最終的にはうちの親もポート係員だしね」


 確か、彼女はアテンダントのインターンを済ませていたはず。あれだけの高倍率のそれをもし蹴ってまでとなれば、そう話しは簡単でなかったはずだ。


「いやね、あのアテンダントインターンはこの前段だったの。いわゆる適性検査代わりってやつ? 当然デビューなんてのも当分先でしょ?」

「えぇ? そりゃそうだけどぉ」


 桃香の話には目を白黒させるしかない。しかし、この人選はどのように行われたのか?


「みんなさ、修学旅行の後に考え直した仲間たちだよ。このままじゃいけないって」

「いつか、俺たちのポートを作って、松木さんを驚かせようって事になってさ」

「みんな、恥ずかしくなっちゃったんです。だから、特別編成が組める人数を集めたんです」


 六人いれば、そこで1クラスが組める。

 もちろん、希望すれば誰でもとは行かない。それぞれ適性や試験を乗り越えてここに来ているはずだ。


「渚珠、ALICEポートには敵わないけど、うちもきっとこの仲間でやってみせる。その時には負けないわよ?」

「おや、松木さんところにライバルですね?」


 渚珠には辞令を。他のメンバーには入学証書を渡してくれた署長が来ていた。

 このメンバーで、これから担当する内容を分担し、小型ポートを運用していくためのコースで半年から1年間のトレーニング入っていくとの事。


「きっと、松木さんの所の力が必要になると思います。やはり異常時に対応できるポートやスタッフは今後も増やさなければなりません」

「その時は、ぜひ協力させてください」


 渚珠は一人一人と握手を交わした。







「ふぅ……。おわったぁ……」


 がらんとなった部屋で大きく息をついた。


 カーテンを開けて、窓から外を見る。アクトピアでは真っ青な空が広がるが、ここでは灰色の天井しか見ることができない。

 そう、こんな動作も、本当の空を知ることが出来ていたからだ。


 昨日は驚きの展開にも関わらず、やはり体は休憩を渚珠に要求した。

 帰ってきてから、朝まで目を覚ますこともなかった。


 朝、学校に向かう佑都と佳奈を見送り、最後の部屋の片付けを始めた。

 大きな家具と、佳奈が残してほしいと言っていたカーテンや調度品を残して自分の私物を全て整理した。


「なんだか、本当に寂しいわね」

「明日から佳奈ちゃんのお部屋ですから。本当にお世話になりました」


 この家にも迷惑をかけてしまった。最後の事故にしても、乗客だった佑都と佳奈の家だということ、さらに渚珠が身を寄せていたとの事情もあり、しばらく記者も帰らなかったそうだ。


 夕方、渚珠を入れた一家の食事で、渚珠はこれまでのお礼を口にした。


「どこまでやれるのか、自分でも分かりません。でも、精一杯頑張ってみます。佑都くん、佳奈ちゃん、元気でね。また遊びに来るからね」


 二人とも、渚珠はすでに普通の家族ではないことを理解していた。それでも、自分たちにはそんなことを感じさせない優しい姉だった。


 毛布を1枚だけ借りて、部屋に戻ってくる。


 明日は予定を変えて、壁にかけてあるあのワンピースを着て出ていく。初めてアクトピアに向かったとき、そしてALICEポートで奏空と一緒に海に落ちたときに着ていたものだ。昨日まで活躍した2着の制服も全部荷物に入れた。


 外が消灯時間になったとき、窓を叩く音がした。


「いいよ」


 この密会も最後だ。桃香は半べそをかきながら隣に座る。


「本当に片付けちゃったんだ」

「うん。わたしも卒業だよぉ」


 仮に、渚珠がALICEポートという場所を見つけることができなかったとしても、彼女は15歳の卒業を期に一人で暮らさなければならないとずっと思っていた。


「渚珠がね……、必死に頑張ってるのを見ちゃったら、申し訳なくて……。もちろん、カッコいいからってきっかけのメンバーもいたよ」

「そんなぁ」


「でね、いろいろ聞いてみたんだ。渚珠がずっと休みも取らずに訓練してたこととか。訓練内容を聞いても凄くて……。渚珠の先生にも会ったよ。誰よりも真面目に一生懸命やってたって……」


 やはりもって生まれたものは仕方ない。一人でのスピードはないが作業の丁寧さは折り紙つきだし、作業を補佐する役割ならどれだけ早くても間違えることもない。これは今も弥咲の作業を手伝う時に発揮することで証明ずみだ。


「渚珠……、分かってあげられなくてごめん。休みに遊べなくて付き合い悪いなんて言ったこともあったし。それでさ、渚珠が一人で頑張ってるのに、自分たちだけいいのかって……」

「いいんだよぉ。これはわたしが自分で選んだんだから」


 自分で選んだ道だから、誰とも比較はしていないし、大変だったけど納得していた。それに、桃香以外にも自分を受け入れてくれる仲間も出来た。


「渚珠とずっと一緒にいるって約束して、守るんだって思っていたら、いつの間にか私が渚珠を追いかける方になっちゃった。正直ね、親が敷いてくれた進路でいいのか迷ってたし。話し相手もいなくなったら気合いも入らなくなって……」


「そうだったんだぁ……」


「ますます惨めになっちゃって。そしたら、人数が集まれば、新規のポート開設計画に乗れるってことになってね。これにしようって決めたの」


 やはり、ルナ=モジュールだけでなく、テラ=フィールドも本格的に可動してきたことによって、連絡船の大型化も進み、その運行準備にかかる時間が長くなってしまう。実際に大多数の乗客が搭乗するハブポートとは別に、メンテナンスや緊急時のためのサブポートは今後も各所で増やしていくと聞いていた。


「それはアクトピアなの?」

「まだ決まってないみたい。だったらいいなとは思うけどね」


「そっかぁ……。桃ちゃんがリーダーになるのかな?」

「それもまだこれからだって。でも言い出したのがあたしだしね。そうなっちゃうかもしれないね」


「大丈夫。普通はそこまでたどり着くのも本当に大変なんだよ。きっと、もう話は相当先まで行ってるはずだよ。うちでお手伝い出来ることは何でもするから」


 恐らく正式な発表にはなっていないだろうが、新規ポートの増設計画は見ることができるだろう。その中に桃香の名前が入っている可能性は十分にある。


「うちがうまく行ったら、姉妹港になれるかな?」

「そうだよぉ。そうなれば楽だもんねぇ。融通もいろいろ出来るし。やっぱり頑張ってもらわないとぉ」


 二人の話しは時計が日が変わったことを告げてもしばらく続いた。


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