引渡し証が一枚
主人公、普通の人にとってのラッキーがアンラッキーだったりします
肩を叩かれ振り返ると、思わず土下座をしてしまいそうなくらいのコワモテのおっさんが立っていた。
もしかしてカツアゲ?
ピーンチ・・・じゃないチャンスだ!
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自分自身の見込み違いで予想以上の金を抱えることになってしまった俺は、次の日には少しでも早く、少しでも多くの金を使って減らしたいところだったのだが、張り切ったコレットに捕まってしまい、一日中商売に必要な知識や常識についてかなりの詰め込みで教わる羽目になってしまい、一銭も使うことが出来なかった。
さらに次の日は出入りの職人さんやら取引先の商人やらに挨拶周りで、これまた一日潰れることに。
その結果、金貨284枚、銀貨292枚という惨状。
流石にもう一刻の猶予も無いとコレットに半日の休みを請求、昼まで商人の勉強を続けて昼食を一緒に取った後、なんとかせねばと街をうろついているのだ。
頼れる存在、僕らの神殿・・・は、この世界の人たちのコミュ力の高さというか情報伝達能力の高さというか、そういったものに敗れた。
神殿に入り、銀貨をすべて寄付しようとした俺に、おじさんと呼んでしまうと凹むのだろうなと思われる神官が優しく声をかけてきた。
「もしかして・・・」と語ってきた内容は、俺が最初に寄った街での寄附をしたのは俺だろうと言う半分確信した質問。
外見やら年齢やらまで、直接あの街の神官から聞いたとの話で「いつの間に会って話をしたんだよ!」と問い詰めたいところである。
「いい話」として受け止められているんだから問題はないはずなんだけど、俺にとっては非常に都合が悪い。
神官は銀貨を10枚だけ数えて受取ると「これで十分です。後は栄養のあるものを食べたり、本を読んだりと貴方自身のために使いなさい」と頭をなでてくれた。
人の善意が重い・・・。
うん、優しい人が多いのはいい話なんだけど、今の俺にとっては・・・。
いかんいかん、いくらこの金が増えてしまうという異常事態に追い詰められているとは言え、善意を鬱陶しがる様な真似をしたらそれこそ罰が当たる。
この世界の場合、本当に神様が見ていないとも限らないしな。
それに役に立つことも言ってくれたし。
そうだよ、こういう世界の本はきっと高い筈だ。
まあ、下手すると金貨以上に重いかもしれないが、金以外は増えていない現状、散在の当てとしては有望だ。
そうして素直に神官から受取ってもらえた以外の銀貨を渡してもらうと、本を売っているお店の場所を聞き、俺は神殿を後にしたのだった。
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そうして街を歩きつつ「小細工」をしていたのだが・・・。
「おう、坊主、お金落としたぞ! しっかり注意しな!」
「は、はい、ありがとうございます!」
カツアゲかと思ったら親切な人でした、顔で判断してごめんなさい。
近くで売っていたリンゴの様な果物(面倒くさいから以下リンゴ)を買って、お礼としておじさんに渡す。
「んな、気にしなくていいぞ! まあ有り難く受取っておくわ、もう落としたりするんじゃないぞ!」
少し照れた様な顔をしてリンゴをかじりながら去っていくおじさんに頭を下げながら、俺は失敗した「小細工」に「この手は街中じゃ無理か・・・」と肩を落とした。
三回目でおじさんが三人目。
つまり三回落として無くしてしまおうとして銀貨を落とし、三人の人がそれを俺に拾って届けてくれたということだ。
いい人が多過ぎて涙が出る。
その度に近くで売っている何かを買っては御礼として手渡していたが、非常に心苦しい上に銅貨まで増えてしまった・・・何をやってるんだか。
旅を続けていれば、道中で「どうにか」することも可能だったろうが、自分でも全く予想の出来なかった成り行きでコレットの店に転がり込み、この街から移動出来なくなってしまった今の俺である。
将来的には都にも行ってみたいとは思うものの、いつになることやら、少なくともしばらくは隣の町にすら出かけられないだろう。
そんな事を考えながら歩いていた俺の前に、ようやく目的地である書店が現れた。
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前世の俺の感覚で言うと「街の古本屋」的サイズのこじんまりとした書店には意外と言っていいほど多くの客が居た。
みんな立ち読みをしている。
良く見ると店主らしき男に立ち読みしている人間が小銭を渡している。
「ん、坊主、見ない顔だな? 本屋は初めてか?」
店主が俺に話しかけてくるのにうなずき、コレットの店で働くことになったと自己紹介する。
定期的な散在先としてお世話になる予定だ。
悪い印象は持たれたくない。
そうして説明を受けたのだが、本の定価の1%のお金で立ち読み出来るシステムなのだという。
買うに当たって内容をチェックする様な場合でもこのお金は発生するので、あらかじめ知っている本を買ったり、予約や取り寄せなどで購入する様な場合以外、本の価格は最低でも定価の101%ということになる。
毎日の様に立ち読みに来て、その金額を合わせれば数冊は本が買えている様な人間も居ると店主は苦笑した。
そうしたシステムで運営されているため、客の希望に合わせて店主が本を紹介する様なこともしている。
俺は興味のあったモンスターに関する図鑑の様な本と、この国の歴史、それに神話についての本の三冊を購入した。
手持ちの山になった銀貨と銅貨で支払いは済んでしまった。
金貨は減っていない上に本自体が重いので、荷物としては軽くはなっていないが、少し気持ち的に楽になった。
しかし、金貨相当の本は魔法関係の本くらいなものだとは・・・銀貨の消費先としてはこの店は有望だが、金貨を減らすのには役に立ちそうも無いな。
本当、どうしよう?
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金の使い道に悩んだ俺は、冒険者の装備などを売っている、鍛治職人などが住む街の一角に足を運んだ。
独特の臭いと周囲の高い冒険者率、場違い感丸出しの俺ではあるが、子どもは俺だけという訳ではなく、まるでショーケースのトランペットを見るような目で武器屋の剣を見つめる子どもの姿も目にした。
また見習いまでいかない下働きの子どもも忙しく動いている。
さて、どうするか?
武器は確かに高価だろうが、俺が持っていても意味が無い。
買うとしたらせいぜいがナイフ程度だろうが、兄に貰ったナイフはまだまだ新品そのものだ。
無茶な使い方でもして壊してしまったならともかく、買う意味が無い。
それに店の目玉になるような高い武器の場合、それに目をつけていたり、それを目標に蓄財に励んでいる人間なども居る筈で、そんなものを購入しようものなら、まず間違いなく目立つ。
下手をすればこの街中全体に知れ渡る。
防具も同様、商店で働くのに高価な鎧が必要だとは思えないしな。
・・・アクセサリ、魔法を付加したアクセサリはいいんじゃないか?
この辺で売ってるのかな?
休憩してるっぽい下働きの少年に店について尋ね、お礼に銀貨を一枚渡した俺はアクセサリなどの細工物の店へと向かった。
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「金貨30枚と50枚だな!」
精力付加の腕輪と防御力強化の耳飾りを買おうとした俺に、俺より背は低いが無茶苦茶ゴツイヒゲまみれのおっさんがぶっきらぼうに言った。
素直に言われたまま支払おうとする俺に、おっさんは何故だか腹立たしげに声を荒げた。
「素直に出そうとしてんじゃねぇよ! どこのお坊ちゃんだ? 今時、貴族のガキでも少しは疑うぞ? ったく、ドワーフがぼったくりをする訳がねーだろうが! なんなんだおめえは、冷やかしかと思って脅して追い払ってやろうかと思ったら素直に支払おうとしやがるなんて・・・。」
ドワーフだったんだ、このおっさん・・・。
顔も拳も声もデカイが背は低い。
こんなデカイ手で良くこんな細かい細工出来るよな。
俺は思いもかけず大金を手にしてしまったが、現金の形で持つのは怖いので一見、それとは分からない物を買おうと思ったのだという話をした。
なんか変な小技の嘘ばっかり上手くなる、ちょっと自己嫌悪。
「なんでぇ、コレットの嬢ちゃんのトコで働くのかよ。ってことはこの耳飾りは嬢ちゃんへの贈り物か? あの嬢ちゃんならこの耳飾りじゃなく、銀細工の髪飾りとかの方がいんじゃねぇか? おい、でいくら出せる? この効果がいいんならその効果持たせた髪飾りを作ってやる。」
俺の方は疲れや出来れば病気を防ぐ効果のあるもので高そうに見えないもの、コレットにあげるつもりのものは身を守る様な効果を持つものという希望と、予算を告げる。
「・・・その金額だと銀じゃなくミスリルが使えるな。まあ、坊主の方は銀でいいとして、嬢ちゃんのはミスリルと金で作るか? 坊主の方が精力増強、耐病魔、敏捷微増ってトコでどうだ。嬢ちゃんの方は防御力増、魔法防御、耐病魔、自動回復小ってトコだな。坊主の方が金貨40枚、嬢ちゃんの方が金貨240枚合わせて金貨280枚だ。」
「はい、お願いします。」
良かった、俺の方まで作ったものにしてもらえるようだ。
「3週間、いや2週間ばかり時間を貰おうか。ほれ、これが受取りだ。金は先払いでいいな?」
いや、むしろ先払いでないと困る。
待っている間にどれだけ増えるか、暗算するのも難しいくらいなのだから。
「ありがとうございます。」
「おう坊主、嬢ちゃんに迷惑かけるんじゃねえぞ?」
「はい!」
ウキウキとドワーフのおっさんから見れば出来上がりへの期待に見えただろう。
もちろん出来上がりには期待しているが、それ以上に懐が軽くなったことに俺は喜んでいた。
まさかほとんど全部に近い金貨を使えるとは思っても居なかったのだ。
なんとか今日少しでも多く使って、明日も時間を貰って使い道を探すつもりで、かなり気が重かったのだ。
少し前ほどは抱きつき癖が無くなって来たとはいえ、それでもそばにいたがるコレットを置いて一人で出歩くのは心苦しい。
足取りも軽く、ポケットに入れた受け取りの為の証書を軽く触る。
銀貨と銅貨は多少残ってしまったとはいえ、よくよく考えればコレットに頼んで両替して貰えばいいのだ。
小銭はよほど度を越さない限りお店にとって必要なものだしな。
「ただいま」と俺は店のドアを開けた。
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夕食を終えた俺は木が一本と雑草の元気さが目に付く中庭に出た。
中庭といってもごくごく狭い庭で、何の木かは分からないが一本だけの木の支配下に完全にあるといっていい状況だ。
帳簿の整理をしているコレットを置いてここに来たのはちょっとした実験のためだ。
木の根元をほじくり、金貨を一枚埋める。
これで増えなければ、今回の様に慌てずに済む。
これまでの旅の道中では不可能とまではいかないものの難しかった手段だ。
土をいじって汚れてしまった手を水瓶から柄杓で救った水で洗い流す。
よくよく考えれば清潔化の石を使えば良かったか・・・。
帰って来てから清潔化、点火、湧水の3つの魔法の石を買った。
ようやくこの店に来た本来の目的を果たした訳だ。
俺は定価を払うつもりだったが、コレットは無料でいいと言い張り、双方の妥協点として仕入れ値での購入となった。
実はこれも実験を兼ねている。
俺からお店へ流れたお金、俺が共同経営者というお店に権利を持った上で、俺自身が店の中に住んで居るというこの状況で、この支払ったお金がどうなるのか、これは今後の店との関わりにも関係してくる。
まあ、共同経営者となっても店のお金は増えなかったから、おそらくはこのお金も増えないだろうが、手持ちの金の移動は初めてなので一応の検証だ。
眠くなったのでベッドに潜り込む。
「なんかいつの間にか俺も全然抵抗感じなくなったなぁ」などと思いながら、あっという間に睡魔に眠りの中へ引きずり込まれた。
一人で悩まずに泣き付けば借金も寄ってたかってなんとかしてくれてたくらい
職人たちにコレットは好かれています
露骨な金額差を見ても分かるように「丁度いい機会だ」とばかりに
コレットに贈られる予定の髪飾りはドワーフの親方の全力ですw