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カードが一枚

今回は少し長めです

 「じゃあ、三日後」と言いかけて口を噤む。


 すがるような寂しげな視線にほだされただけでなく、不安になってしまったのだ。

 自分が自殺をしようと思ったことはなく、周囲に自殺をしたり、しようとしたりした人も前世と合わせても居なかった。


 現状、落ち着いている様に見えるコレットだが、憑き物が落ちた様に自殺への気持ちの傾斜が無くなっているのか、それともまた何かのきっかけでそちらに転落してしまうのか、俺には分からない。


 「じゃあ、早速で悪いんですけど、物置とかでも構わないから空いてる部屋があれば泊まらせてもらえませんか?」


 彼女への同情や、知識もコネも無い現状では自力で商人になるより問題が少ないなんていう打算もあるが、なにより自分が知っている人間が死んだり、不幸になったりするのが嫌だという単なる我侭から出た行動だ。


 目を離すのが不安なのだ。


 宿屋に荷物を取りに行かなくてはならないが、その少しの時間すら正直なところ目を離したくない。


 たぶん、大丈夫だろう、とは思う。


 ただ、人命とかに関わることで「たぶん」は弱過ぎる。

 ・・・だから、脅す!


 「今から荷物取りに行って、すぐ戻るけど、俺がいない間に死のうとしないでくださいよ! もし、戻って来た時に死んでたら、死体から服をひんむいて路上に晒しますよ!」


 「・・・おっかないこと考えるわねぇ。大丈夫、部屋の用意しながら待ってるから。」


 泣き笑いの表情で答えるコレットを残して、俺は宿屋へと向かった。




 ◆

 ◆




 コレットの店で働かせてもらえることになった、などとカバーストーリーを話しながら、女将さんに支払う必要のある金額を尋ねるが、「いいわよぉ、結局荷物置いてただけだし」と想定は出来たが心苦しい返事。


 なにか無いかと考え、テイクアウト出来る食事を頼むことにした。


 金貨一枚で銀貨90枚おつり。


 バスケットというか籠に入った色々な具が挟まったパンと壺に入ったシチュー、これ絶対料金分以上あるよな?


 「コレットもお父さん亡くしてから一人で大変だったからね、なかなか他の人に頼らない子だから、しっかり力になってあげておくれよ!」


 「はい! 頑張ります。今度改めて食事にでも来ますね!」


 俺は半ば駆け出すように、コレットの店へと向かった。




 ◆

 ◆




 おそらくは平気だろうと思ってはいても、顔を見るとほっとして力が抜けてしまう。

 口にしていた様に部屋の準備をしてくれていたのだろう。

 埃が汗で縞になった顔でコレットは「おかえり」と何かやり遂げた様な満足そうな顔で俺を出迎えた。


 「ただいま。」

 最初は客のつもりで訪れた店で口にするのはなんか変な感じだが、「おかえり」と言われてしまっては「ただいま」と返すしかない。


 「食べる物買ってきたから、顔と手を洗ってきて貰えます? あ、何か好き嫌いとか?」

 「あ、女将さんのトコの・・・シチューも付いてるんだ!」

 「だから手を洗ってきてください!」

 「疲れちゃったから一休みしてたのに・・・動く前に一個ちょうだい。」

 「だから手を洗って・・・。」

 「食べさせて! はい、あーん!」


 なんだろう、この妙な距離感。

 いきなりかなり親しい間柄の距離になってないか?


 「これ食べたら洗いに行ってくださいね!」

 「うまうま・・・もう一個!」

 「ダメです、はい、早く!」

 「ぶう、けちんぼ! イーっだ!」


 子供かよ。

 まあ、開き直ってるのか、無理にテンション上げてるのかは分からんが、素じゃないよな?


 「あ、そうだ! もともとはこの店に魔法アイテム買いに来たのよね? じゃ実演してあげるわ。そこの棚の三段目の引き出し開けてくれる? うん、そこ、中に石があるでしょ? 一個取って渡して!」


 これ?

 俺は宝石という感じでは無いが、カッティングされた石を取り出すとコレットに渡した。


 「『清浄』! ね、清潔そのものでしょ?」


 顔だけでなく、服に付いていた埃まで綺麗になっている。


 「君、そう言えば名前も聞いてなかったわね、なんていうの?」


 「レウスです。」


 「じゃ、レウスくんもやってあげるね。特別無料サービス!」


 生まれて初めて清潔化の魔法を受けたが、これは凄い。

 一番分かりやすいのが髪だ。

 サラッサラになってる。

 服のみ、体のみのものもあるそうだが、これは両方いっぺんに綺麗にしてしまえるものだという話。

 それぞれだけのものよりは高いが、二つ合わせた価格よりは安いのだそうだ。


 「じゃ、食べましょ!」

 「はい・・・。」


 泊まらなかったことを後悔するくらい、女将さんの作った料理は美味かった。

 少し冷めかけていたがシチューもおいしかった。




 ◆

 ◆




 その後、在庫の確認を兼ねつつお店で扱っている商品の説明を受け、気がつけば辺りは暗くなり始めていて、コレットが得意気に「じゃーん」と言いながら壁についているボタンの様なものを押した。


 「うおっ、まぶしっ!」


 「照明の魔法具よ。まあ、結構値段するから家中使うって訳にはいかないんだけどね。お店部分には実演も兼ねて使ってるのよ。」


 魔法具の説明を色々受けたが、思いっきり大雑把に分けると誰が使えるかという点で2系統に分けられるということを理解した。

 これは魔法の素養がある人間しか使えないものと、魔法の素養の無い人間でも使えるものという区分。

 ただ、素養の無い人間でも使えるものも、素養がある人間が使用した方がより効果的であったり、効率的であったりするとの話だ。


 これは楽器を例にとれば分かりやすいかもしれない。

 誰でも音を出すだけなら出来るものと、知識を持った上である程度練習しないと音を出すことすら出来ないものがあって、そのどちらも良く練習した人間なら音楽を奏でることが出来るといった感じ。


 お店の帳簿は複式簿記だった。

 知識チートは無理、どころか前世の仕事ではエクセル入力メインだったんで手作業には自信が無い。

 地味にコツコツと覚えていくしかないだろう。


 在庫管理とかまで考えるとパソコンが欲しいところだが、機能の一部ですら果たす魔法具は無い。


 「空間拡張のアイテムって無いって聞いたんですが、本当ですか?」

 「あるわよ?」

 「え、サイズや重さ無視出来る袋とか?」

 「あー、それは無理ね。空間拡張って固定された空間にしか使えないから、部屋とか家とか倉庫とか箪笥とかに限定されるの。船や馬車ですら成功して無いんだから、袋やバッグなんかは夢の夢ね。」

 「なるほど・・・。」

 「固定された場所でもかなり有効だから、その辺いじくれる人間は引っ張りだこだし、結果として研究はあんまり進んでないみたいね。」


 ○次元ポケットは夢のまた夢か・・・。


 


 ◆

 ◆




 「ここがレウスくんの部屋ね!」


 そう言って案内されたのは、完全に元・物置。

 それは、まあ、いいんだが、机と椅子と箪笥はあるけどベッドかベッド代わりのソファとか無いのだろうか?


 「えっと、寝るのもここですか?」

 「流石にベッドは用意出来なかったからね、私の部屋のベッド大きいから一緒でも平気でしょ。」

 「いやいやいや、それはなんかまずくないですか?」

 「じゃ、私の部屋見てみようか?」


 村じゃ個人持ちの部屋なんてある家は無かったし、前世も含めて女性にはとんと縁が無かった。

 ワクワクよりも腰が引ける。


 部屋の半分以上を占めるベッドは、面積で言えば俺の部屋として与えられた元・物置よりも広いくらいなので確かに二人で寝ても平気だろうが、奇妙な縁で知り合ったとはいえ、俺自身がまだ子どもの範疇に含まれることを考慮しても、出会って間もない相手と一緒に寝ると言うのはどんなもんだろう?


 とは言っても、こちらの世界に生まれて十二年、農村の健全な生活を続けてきた上にまだまだ子どもの範疇に片足残したこの体、夜、眠くなるのは早い。


 「今日のところは仕方がないか・・・」とベッドにもぐりこみ、あっという間に眠りに落ちてしまった。




 ◆

 ◆




 息苦しさに目を覚ますと目の前に柔らかい壁が・・・。

 どうやらコレットに抱き枕にされてしまったらしい。

 ある意味、少年にとって夢の様な状況と言えるかもしれないが、前世の記憶と混ざって変な具合になっている今の俺の場合、気恥ずかしさの方が勝る。


 とりあえず顔の向きを変えて呼吸出来る様にするが、そうするとやわな感触が頬に当たる上に、抱きしめている感触が変わったせいか無意識にコレットの抱きしめる力が強くなる。

 役得として楽しめる様な性格をしてれば、ラッキーとしか言いようの無い状況なのだけれども、心の交流とか、信頼関係とか、親愛の情とか、そういうもの無しでの「これ」はちょっと違うんじゃないかと悩んでみたりもする。


 やわらかな苦痛に耐え切れず、俺は二度寝という名の逃避を行った。



 


 ◆

 ◆




 元々なのか、精神的に追い詰められた後遺症なのか、コレットは寝るとき以外でも抱きついたり、抱きかかえたり、おんぶお化けの様に背中に張り付いたりと抱きつき癖を見せている。


 最初は拒絶しようとしていたが、そうした時に見せる悲しそうな目と、抱きついている時の幸せそうな表情に無駄な抵抗は諦めた。


 時々、外に出て金策をしているフリをしたり、女将さんのトコで食事を買ってきたり、意外にもけっこう上手なコレットの料理を食べたりして必要なお金を確保した。

 上手なのにどうして料理をしないのかという問いには「一人分だと作る気がしなくてね、誰か食べてくれる人がいないと張り合いないし、どうしても簡単なものになっちゃうのよ」との答えが返ってきた。


 そうして過ごす内に金貨も凄いが、銀貨もかなり凄いことになった。

 金貨は利子があったとしても平気なくらい余裕を持った状態だ。

 さて、返済ということで確認をしたのだが、てっきり俺は借金の支払いというと金貸しなり、相手先の商人なりに渡すのかと思っていたが、商業ギルドに行って清算するのだという。


 というか、農村育ちで村を出るまで金に縁の無い生活を送ってきたので知らなかったが、この世界では「金貸し」という職業が存在しないのだそうだ。


 なんでも神様の教えで金の貸し借りで利息を取ることを禁止してるのだそうで、意外ではあったが、よくよく考えれば前世でもイスラムは同様に利息を取ることを禁止していたのだから、それほどおかしな話でも無い。


 商業ギルドという名前で、なんとなく排他的な印象を受けたが、道々コレットの説明を聞くとこの世界での商売、「商業ギルドが無ければ存在しないのでは?」というくらい重要な組織であるということが分かった。


 取引等の契約の立会いとその記録保持、今回のコレットのケースの様な金銭関連のトラブルの裁定とその清算処理、違う街の相手との取引も自分の街の商業ギルドでお金を支払えば、相手もそちらの街の商業ギルドでその金額を受け取れるといった金融的なサービス、なんとなく思っていた会員菅理して規則を決めて金を徴収してなどといった行為に留まらず、幅広い支援も行う組織、それがこの世界の商業ギルドなのだという。


 まあ、そういった頼もしい面だけでなく、例えば今回、コレットがもしお金を支払えなかった場合、ギルド登録を抹消された上に資産を残らず差し押さえられて、売れるものに関しては競売にかけられて、余所のギルド支部まで情報が伝達されて二度と商売が出来なくなってしまうところだったという恐ろしい面も持っている。

 

 そうこうする内にギルドに到着、成金趣味とは程遠いものの、見ただけで金がかかっていると分かる重厚感のある建物。


 「確かに全額確認いたしました。こちらが証明の書類となります。ご確認のうえ、きちんと保管していただけるようお願いします。こちらの書類を紛失したことにより、万が一トラブルが発生したとしても、ギルドとしては関知いたしませんのでご注意ください。」


 ギルドの担当窓口で手続き費用として銀貨50枚と請求金額全額を支払うと、そう言って書類を渡してきた。

 当然、俺相手では無くコレットに話しかけている。


 まあ、当たり前の話だ。


 肩の荷が下りてほっとしたコレットは、そのままギルドを後にするかと思いきや別の窓口に俺の手を引いて歩いていく。

 

 「事業者登録記載事項の変更と、事業者個人登録カードの発行をお願いします。記載事項の変更は経営者に共同経営者としてレウスの登録を、同時にコレット魔法具店の個人カードの発行も同じくレウスの名前で。」


 「ご本人は、そちらの?」


 「はい、彼です。」


 「そうしましたらレウス様、こちらの水晶の上に右手を乗せて下さい。・・・はい、結構です。次いで、こちらの書類の方にサインをお願いします。」


 「書ける?」


 「名前なら・・・。レ・ウ・スっと。」

 農村でも冬の間、子どもたちを集めて読み書きと計算は教わった。

 前世の知識もあるんで、文字や数字さえ覚えてしまえば計算は苦にならなかったので、村の子どもの中では賢いとされていたのだ。


 「はい、それでは、少々お待ち下さい、カードの発行に多少お時間をいただきます。先にこちら事業者登録事項の記載変更の複写になります。ご確認ください。また、こちらの冊子が商業ギルドの規則及び各種手続き案内をまとめたものです。お時間の有る時にでも一通り目を通して頂けるようお願いします。それではカードが出来ましたらお呼びしますので、そちらの席でお待ち下さい。」


 カードが出来るまでコレットと話す。

 「まさかギルドで登録まですると思わなかった。名目上で十分だったのに。」

 

 「それこそまさかだわ。いい? 商人になりたいと言う割りにその辺の知識無いみたいだから言っておくわね。商業ギルドを介さない契約や約束はどんなに体裁を整えても意味が無いの。そして商業ギルドで登録を受けていない人は、どんなに他の社会的な地位があったとしても、商取引において信用されないわ。幸い頭の方は悪くないみたいだから、これからみっちり仕込むからね、覚悟しなさい!」


 思わぬ熱血モードに入ってしまったコレットと更に話をすることしばし、出来上がって受け取ったカードは前世のカード類とほとんど変わらないサイズだが、右上に石が埋め込まれていた。


 「それじゃあ、これからよろしく、共同経営者さん!」


 コレットと握手をしつつ反対の手に握り締めていたカードをポケットに仕舞う。


 「それじゃお祝いとしてどこかで食事をしていきましょうか?」


 ウキウキとして手を引くコレットに連れられて、俺は商業ギルドを後にした。




というわけでこの世界、金貸しも銀行もありません

その辺の知識も無しに前世の感覚で「念のため多めに」などと考えていた主人公

次回、早くもかなりのピンチです

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