干し肉が一枚
干し肉は増えません
神殿というのは実に有り難いものだな。
前世ではせいぜいが初詣の神社へのお賽銭程度だったし、村の暮らしではせいぜいが収穫祭でしか感じられなかった(俺らにとっての『ご馳走』が出たからな)神への感謝だが、そういった精神的な面で無く、実利的な面で神殿はこれからの生活に欠かせないものになるかもしれない。
急速に増えてしまった銀貨や銅貨、どうするかと考えていた俺の目に入ったのは神殿というと前世の影響でパルテノン神殿みたいなものを思い浮かべてしまう俺にとっては「本当にこれが神殿なの?」と思ってしまう様な「築五十年、耐震基準設計なし」な感じの建物だった。
主観的には街を離れるに当たって残金を金貨のみにする為の手立てだとしても、あちらから見れば「コツコツと貯めたお金を神殿に寄附する実に信心深い少年」に見えるらしい。細かい詮索などいっさい受けなかった。
むしろ小銭がたくさんある事がプラスの評価に繋がっている感じで、逆に金貨のみ寄附したら怪しまれてしまうだろう。
お互いにWin-Winの関係で、これからも神殿には俺の散財に協力してもらおう。
考えてみれば農村育ちで金に触れること無く育ったというのも、俺のこの訳の分からない力にとってみればプラスだったと思える。
また、どっかの小さな離れ島育ちだったら、スタート時点でつむ。
船旅の途中で金が増えてしまい、隠れてこっそり金を海に捨てでもしない限り陸地まで乗り続ける事が出来ない。
まあ、親に預けていた形になる村での暮らしを考えると、誰かに預けたお金は増えないとも考えられるが、身につけているお金だけが増えるという訳でも無いことは宿屋で寝た際、枕の下や荷物と共にあったお金が増えていることから分かっている。
この辺は検証が必要だな。
それと宿屋の食堂で話を聞いた商人の話では容量拡大の袋は無いらしい。
かなりがっくりではあるが、重量軽減は存在する上に、生活で使用する着火や水の浄化、服や体の清潔化などの魔法を素養の無い者でも使用出来るようにしたアイテムも売っているとのことで、それらの購入を考えると金貨はしばらく無駄遣いを避けた方がいいかもしれないな。
ここから都に行く途中の次の次の街はこの地域では最大の街で、そうした魔法具を売っているお店もあるのだという。
大人なら酒の一杯でも奢って聞く様なそんな話を、逆に「一人立ちしてこれから商人になろうと旅をしている子ども」と見て感心した商人に、食事を奢ってもらいながら聞いた。
ある意味年齢不相応な俺の態度も、背伸びをしつつしっかり頑張ろうとしているように見てもらえたようで、女将さんが止めてくれなければ酒まで飲まされていただろう。
「頑張れよ!」とバシバシと肩を叩かれたが、金が自然と増えて行くという懐の余裕がある今の状態で無ければ、今頃俺はもっと不安だったはずで、こうした情けに涙を流していたかもしれない。
ともあれ、次の街までは歩いて二日、この街で買った服や保存食、増えてしまった金貨、宿屋の女将さんが「サービスだよ!」と渡してくれた卵焼きと濃い目の味付けをした焼肉を挟んだパンを背負い袋に仕舞い、旅行用の服に着替えた俺は、俺の村の人たちのほとんどにとっては唯一の「外」である街に別れを告げ、杖をつくと歩き出したのであった。
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村からと同じ様な道中を経て、次の街へと到着した。
この街に関しての情報は食堂で出会った商人から聞いたものしかない。
というのも、この街は村から一番近い街よりも小さく、それに伴って店などの数も少ないことから、俺の住んで居た村の人間がわざわざここまで足を運ぶ理由が無いため、村の人たちの噂にのぼることも無いからだ。
剣をぶらさげた冒険者の姿を往来で見かける。
村に冒険者がやって来た時などは遠巻きに見るだけで、そうした存在に憧れをいだく他の男の子たちとは違った俺は、これだけ近い距離で見たことはなく。人を殺せる武器を携えた人間が近くに居るということに圧迫感を受けていた。
商人向けの宿屋に一泊することにする。
この次の街で魔法関連のアイテムを買うつもりだし、この間まで居た街以下の品揃えしかこの街には無いという話なので、長逗留する意味が無いからだ。
宿を取るとそのまま寝てしまいたいところを我慢して、少し街を歩く。
消費した分の保存食の補充と、出立に当たってこの街で発生した銀貨や銅貨を寄附するために神殿の位置を確認する必要があるからだ。
干し肉と近在の農家が売りに来ているらしい甕入りのキュウリに似た野菜の酢漬けを買う。
村では嫌気が差すくらい野菜メインの食事だったが、それが今の健康につながっているのかもしれないし、干し肉ばかりでは飽きてしまう。少し重いが中身に合わせて酢の方も捨てるようにしていけば少しずつ軽くなるだろう。
どういう形でお金を使う事になるか分からないので、現時点では寄附はしないが、せっかく来たのだからと神殿で祈りを捧げる。変な悪ふざけでもしない限り誰からも文句を言われる行為ではないので、特に注目を浴びることもなかったが神殿周りに子どもの姿が多いのが目に付いた。
これはあれかな?
神殿が孤児院も兼ねているか、学校的なことをしているのかもしれない。
孤児院とかやってるなら寄附を多めにしてもいいかもな?
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出立に当たって、やはり孤児院を兼ねていた神殿に寄附をしてきた。
丈夫そうな布の袋に、上側に銅貨を多く底の方に金貨を二枚足して入れて、一番偉い人に渡すようにと、神殿の手伝いをしていた俺より少し小さな子どもに手渡した。重さでちょっとよろけていた、その当たり考えてあげるべきだったか・・・要反省。
まあ、俺程度の年齢の人間がするにはちょっと多いから、その場で確認されない為の手立てだ。
杖を付き、道中齧りながら歩ける様、干し肉をポケットに入れる。
腰に下げた水袋の中の水には少し酢が混ざっているらしい。
生水よりは長持ちするし、体にもいいのだという話だが、キュウリの酢漬けといい、酢がこの辺りの特産物なのかもしれないな。
次の街まで更に三日、色々と今まで目にした事も無い様なものまで売っているらしいし、なにより魔法アイテム!
少しワクワクして足早になる気持ちを抑えながら、俺は街を後にした。
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しまった!
俺は内心の焦りを隠しきれなかった。
ようやくたどり着いた大きな城壁を抱えたこの地域最大の街。
列を成し馬車や徒歩の人たちが門から中に入っていくが、中に入るに当たってお金を支払う必要があるらしい。
いや、金はある。
あるんだが金貨しかない。
買い物ならともかく、こんなトコの支払いに金貨を出すなんて、貴族か大商人のお坊ちゃまでも無い限り有り得ないだろう?
それに変に印象に残ってしまうのも困る。
その辺に居る普通の少年に見えているからトラブルにあっていないのだ。
短くなっていく俺の前の列を見ながら、どうしたらいいのだろうと俺は途方に暮れていた。
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助かった!
見習い終了の十五歳までは子ども扱いでお金が要らないのだという。
俺のあまりの憔悴ぶりに金が無いのだろうと逆に同情までされて、安くて安全で後払いでもいいという宿屋まで紹介されてしまった。
非常に有り難い。
有り難いんだがこういう紹介では金貨が使えない。
親切な門の衛兵に感謝を述べながらもさて、どうしたものかと、こちらの世界では初めて目にする石畳の道へと足を進める俺であった。
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紹介された宿屋は世話好きな女将さんの人柄もあって、かけ出しの冒険者が多く泊まる、間口こそ狭いものの意外なほど奥行きのある半分下宿的な宿だった。
これまで商人向けの宿屋ばかり泊まっていたから少し猥雑に感じるが、決して粗暴な感じはしない。
今では高名な冒険者となった者の中にも、かけ出しの頃にこの宿の世話になった者は多いらしく、下手なことをしでかそうものなら冒険者を続けられなくなってしまうのだと俺よりは年上だがまだまだ幼さの残った冒険者が話してくれた。
門のところで出会った衛兵自身も、田舎から出てきて兵になる前はここでお世話になっていたそうで、門の衛兵から紹介されたという話をすると嬉しそうに女将がそんな話をした上で、「宿を引き払う時の後払いで構わないからね!」と部屋の鍵を渡してくれた。
俺の村だけかと思っていたが、この国の人たちは心配になってしまうほど人のいい人が多いようだ。
部屋に荷物を置いて、街歩き用の服に着替える。
この街での主目的であり、何故か金が無いという事になってしまっている現状をどうにかするため、女将に魔法のアイテムを扱っているお店の所在を聞く。
表向きは金策のためにアイテムを売りに、その実散財とこの世界で初めての魔法体験の為のアイテム購入を目的として、早速、女将から聞いた魔法のアイテムを扱うお店に向かう。
現時点でも金貨が重いのだ。
これ以上増える前に減らさなくてはならない。
女将から聞いた目印を頼りにたどり着いた、商売をしているにしては目立たな過ぎる看板。
ドアベルのカラカラいう音を立てながら開けたドアの先には、俺の顔色を変える事態が発生していた。
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あと少し遅かったら、一生もののトラウマを抱え込むことになっていたに違いない。
梁から吊るされた先が輪になったロープ。
椅子の上に更に踏み台を置いてその上に立とうとしている女性。
見間違えようが無い光景だ。
必死に止めようとしがみつく。
後から考えれば変にバランスを崩して、頭の打ち所が悪ければ死んでしまうところだったが、そんな事を考えている余裕は無かった。
説得の言葉も浮かばず、しがみついたまま「ダメです! ダメです!」というしかない俺。
俺より先に女性が落ち着いたらしく、気が付けば力を抜いた女性にしがみついて俺だけが喚いているという状態で、俺の年齢がもう少し高ければ女性を押し倒している性犯罪者スレスレだと気付いた俺は真っ赤になって女性から離れた。
「お客さん?」
その場にそぐわない落ち着いて耳に心地よい女性の声に、頷くしかない俺だった。
◆
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女性の名前はコレット。
親から受け継いだこの魔法のアイテムの店を一人で切り盛りしていたが、トラブルで借金を抱える事になり、返済の目処も立たず追い詰められてあの様な行動に至ったのだという。
「お店の性格から言って抱えてる在庫の価値自体は高いからね、このお店と在庫を清算する形にしてもらえれば借金自体はなんとかなるんだけど、親から受け継いだものだし、取引先や職人さんたちに迷惑はかけたくなかったし・・・。」
「それでも死ぬのはダメです。」
子どものような台詞しか言えない俺を微笑ましそうな顔で見つめるコレット。
「そうよねぇ、死んだら結局このお店もなくなっちゃうしねぇ・・・。」
「借金、いくらですか?」
「なーに? あなたが払ってくれるの? どこの貴族のお坊ちゃん?」
「貴族じゃありません! ただの農家の小倅です。でも、問題がお金だけなら、なんとか出来るかもしれません!」
コレットが口にした金額は、今の俺にとっても非常に大きな金額だった。
だがしかし、倍の倍で・・・あと三日あればなんとかなる。
「今すぐ支払わないとダメですか? 三日後であればなんとか出来ます!」
「うーん、気持ちは有り難いんだけど、本当になんとか出来るの? 変な、それこそ命に関わる様な無茶はしない? それにお返しとかろくに出来ないわよ?」
出会ったばかりで、なにかしてもらう謂れもあげる理由もない。
しかも俺は子どもだ、普通ならば信じられないだろう。
「お返しは・・・この店の共同経営者ということにしてください! 俺は商人になりに村を出て来ました。」
こうして、俺は思わぬ形で商人への一歩を歩き出すことになったのであった。
まあ、ご都合です^^;