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ひめさまの好きな人

作者: かなん



 勇者が世界を救った。

 祝いの宴で私の父である王様がこう言った。

「よくぞ魔王を倒し世界を救ってくれた、勇者よ! 娘と結婚してこの王国を継いでくれまいか!」

 勇者は深々と頭を下げると

「お言葉は大変ありがたいですが、若輩者ですのでお気持ちだけで結構です」

「儂の娘は好みではないのかのぅ?」

 勇者はちらりとこちらを見る。私はその目を見返すと、そっと視線を隣に向ける。

 勇者の隣にいる気弱そうな青年。勇者のたった一人の仲間で、僧侶のエルト。私の幼なじみでもある。

「こんな美しい方が好みではない男などいるわけがないでしょう」

 玲瓏とした声が響く。彼の視線は隣の僧侶に向いた。

「なあ、エルト」

「……っ」

 顔を赤くしてエルトは視線をそらした。

「まあ、勇者の気持ちもあろう。しばらく王宮で暮らすといい。その上で返事をしてくれればよいぞ」

 お父様が鷹揚に頷くと、再度勇者は頭を下げた。

「御意に」

 隣の僧侶は困った顔でちらっとこちらを見る。私はさっきからずっとエルトをガン見していた。その視線に会うとエルトはさっと顔を伏せた。

「……」

 目を逸らすんじゃないわよこのヘタレ!

 いっとくけどね、私の気持ちはあんたが出発する前から、一向に変わってないんだからね!






「そんな訳で」

 エルトの首根っこ捕まえて勇者が私の部屋にきた。祝宴も終わり、各自自室へ戻っている。

 私が行くより先にエルトを捕まえてくるなんて。

「こいつよろしくお願いします」

 勇者の株が私の中で急上昇した。なんて良い人なのかしら。ありがたく受け取って両腕をエルトの首に回すように後ろから抱きしめる。うん、逃がすまい。

「ありがとうございます、勇者様。素敵ですのね」

「そりゃあ毎日のように姫様が姫様がとウザいくらい話されれば、いい加減応援するか黙らせたくもなるでしょう」

 私の腕の中でエルトが暴れているが無視した。

「ヘタレでヘタレでどうしようもないですけど、大好きなんですの」

「良くわかりますとも。あとはもう実力行使で頑張るしかありませんね。ヘタレですから」

「やはり私が押し倒すしかありませんかしら?」

 私の言葉にエルトが真っ青になる。あら、女から言い寄られてその態度ってどうなの?

「断言しますが、エルトが押し倒すのを待っていたら恐らくそのまま人生が終わりますね」

 勇者の言葉にエルトが反論しようとするが、私の手で口を塞がれているためもごもごという叫びしかでない。

「もう……花の命にも限りがあるというのに……」

 ため息をつく私に勇者は深々と頭を下げると

「じゃ、あとはよろしくお願いします。逃げ出したら捕まえてまた連れてきますので俺に言ってください」

「助かりますわ、さすが勇者様」

「……!!!」

 何事か言っているが私も勇者様もスルーしている。

 すたすたと去っていく勇者様の後ろ姿にすがるように手を伸ばすエルト。私は手を放すとくるりとエルトの身体をこちらに向けた。

「じゃ、エルト」

 ぴしりと固まるヘタレ僧侶。

「じっくりとお話させてもらいましょうか、ベッドの上で」

「ひ、姫様……! お、おちつ、落ち着いて」

「私の気持ちは分かってるでしょ? いい加減に堪忍袋も爆発するわ」

「リイ、待って、待ってって」

「待つ訳ないでしょ馬鹿じゃないの? 大丈夫」

 にっこり笑うとエルトをベッドに押し倒した。

「痛くはないから」

「待ってえええええ!」





 エルトの全力の抵抗で押し倒しは失敗した。ちっ。

 私の恨めしげな視線を避けるようにエルトは涙目でこちらを見上げてくる。

「姫様……」

「リイって呼ばなきゃ返事しない」

 ぷいとそっぽを向くと観念したように言う。

「リイ、こんなことしちゃ、駄目だって……」

「だってあなたに任せていたら、私おばあちゃんになっちゃうわ」

「勇者と……結婚するんでしょ?」

 あきれ果てた。ベッドの端っこにちょこんと座っているエルトを睨み付ける。その憎らしいほど愛しい顔をもっと歪めてやろうかと思う。

「エルトは私に勇者様と結婚してほしいの?」

 昔からずっと、エルトは自己主張しようとしなかった。欲しい物を欲しいと言わず。人を傷つけるくらいなら我慢をする人。

 そんなエルトだから好きになったのに。勇者と一緒に旅に出るって聞いて、悲しいけど嬉しかった。いなくなるのは悲しい。でも、世界を救おうと、何かを求めようとしてくれていることが嬉しかった。

「だって……僕じゃ君を幸せになんて出来ないよ」

 相思相愛だってとっくに気付いているから押し倒したのよ。それくらい、分かってよ。

「じゃあ勇者様と結婚するわ」

「っ!」

 私の言葉にエルトは顔を歪めた。うん、傷ついてる傷ついてる。

 私が勇者と結婚するという言葉がエルトの胸に浸透するのを待って、そうしてにっこり笑う。

「嘘よ」

「……」

 再度しょんぼりと項垂れるエルト。可愛いったら。

 くすくすと笑って、彼の髪の毛を撫でる。小さい頃からずっと好きだった。隣の教会に捨てられたエルト。何を求めなくても良いの。ただ、私を求めて欲しい。

「私が欲しいって、言ってよ」

 その耳に囁いた。吐息がエルトの耳をくすぐる。

「勇者と旅に出たのは世界の平和が欲しかったんでしょ? じゃあ今は何が欲しいの?」

「……」

 答えなんか期待してない。狼狽するエルトを見て楽しみたいだけだった。

 しかし珍しく彼は呟いた。

「欲しかったのは、世界の平和じゃないよ」

「……え?」

 きょとんと彼を見返すと、彼ははにかんで言った。

「魔王が君を要求しているって聞いて……勇者と旅に出るって決めたんだよ」

 視線は完全に逸らされていて、私の反応さえ見ないようにしている。その頬は真っ赤だった。

「僕は君の周りが平和になってくれれば、それで良かったんだ」

「……」

 ……え。

 完全に私の思考が停止した。え、今の台詞って。

 私の周りがって、ええと。これ、もしかして百年経っても貰えないと思っていた……恋の言葉?

 ふっと私の顔を見たエルトが、目を丸くした。次いで緊張した顔を緩めるとふわりと笑う。

「……そんなに顔が真っ赤なリイ、初めて見た……」

 同じくらいあなたの顔も真っ赤だって、突っ込もうとしたけれど声が出なかった。ただ先ほどの言葉をひたすら反芻して、今日の日記に一言一句違わずに書いてしばらく悶えようと決心した。






 私の戦闘力が0のうちに僧侶は逃げるを選択したようで、気付いたらそっと部屋から出て行った。逃げた。しまった今のは再度押し倒すべきところだった。

 自分のうかつさに歯噛みしていると、外から勇者が入ってきた。そのタイミングの良さに半眼で睨む。

「……デバガメですか、勇者様」

「そうです」

 悪びれない勇者に、ある意味感心した。そういえばと首を傾げる。

「勇者様、私と結婚なさいます?」

「嬉しいお誘いなんですけどね」

 くすくすと笑う勇者様。

「大事なお仲間に恨まれるようなことはしたくないので、謹んでエルトに譲ります」

 くすっと私も笑い返した。

「エルトは私を幸せにする自信がないそうでしてよ?」

「ヘタレですからねぇ」

 勇者様のパーティ欄のエルトの性格は確実に「へたれ」と書かれているんだろうなぁと思う。

「押し倒しも失敗してしまいまして」

「まあアレでも一応男ですから」

 エルトは本気で抵抗すれば力は私より強いので、組み伏せられなかったのは残念な限りである。

「次は縛って襲おうかと思っておりますの」

 勇者は爆笑した。自分の腹をかかえるようにヒーヒーと笑っている。

「ぶれませんねぇ、姫様」

 私はにっこり微笑んだ。

「愛しておりますもの」






 何かあるとエルトは教会に逃げる。神様に祈りを捧げながら、じっと目を瞑っている。

 その横顔が好き。

 邪魔はしたくないけど、ちょっかいをかけたくなる。

 その隣にすとんとしゃがみこむと間近で顔を見つめる。

 みるみるうちに目を閉じたままのエルトの顔が耳まで赤くなった。

 邪魔はしてないわ。だって見てるだけだもの。

 にこにことその横顔を見つめていると、耐えかねたのかエルトは目を開いた。

「姫様……」

「リイ」

 すぐに境界線を引くかのように姫様呼びをするのはやめてほしい。昔みたいにずっと、リイって呼んでほしいんだもの。

 恥ずかしげに小さくエルトは呼ぶ。

「リイ、どうしたの……?」

「どうもしないわ。エルトを見てるだけよ?」

 落ち着かない様子で組んだ手を開くと、エルトは立ち上がった。視線は常に私から逸らされている。

「祈る? 僕退くよ」

「祈りなんて毎朝の強制的な時間だけで十分よ」

 あ、と思い出して付け加える。にっこりとエルトに笑いかけた。

「毎朝、あなたの無事を祈ってたわ」

「……!」

 また顔を赤くすると、ぎゅっと自分の法衣を握りしめてヘタレは言う。

「僕、も……」

「……」

 もうちょっと、もう一言頑張れ! と祈ったがそれ以上言葉に出来ない様子で、また黙り込む。私はふう、とため息をつくとその手を取った。

 びくりと震えるエルトに、下から睨み付けるように言う。

「僕も、……なぁに?」

「……」

「言わなきゃキスするけど、いいの?」

「!?」

 慌てるエルトを尻目に、少し伸びをしてさっさとその顔に顔を寄せる。

「ま、待って」

「待たない。あなたからキスしてくれるなら待つけど?」

 言いながらも待つ気は全くない。待ったら本当に明日になる。

 両手をエルトの後ろに回すと、少しだけ顔を傾けた。既に間近に迫ったエルトの顔は真っ赤で可愛らしい。

「言うから……ま、待って……」

「ブー。時間切れ」

 言いかけたエルトの言葉を塞ぐように、私の唇が彼の唇を塞ぐ。

 私は目をそっと閉じて、合わさった唇を少し開くとエルトの唇をぺろりと舌で舐めた。

「……!」

 完全に固まっているエルトの口が開かなかったので、嫌がらせのように唇を甘噛みしてからやっと離れてあげた。

 私を見るエルトの瞳には、戸惑ったような、困ったような、そして少しだけ秘めた想いを覗かせる色が見えた。それにつけ込むように耳元で囁く。

「嬉しかった? 私のファーストキスよ?」

「……リイ」

 カクカクと人形のように後ろに離れるエルトに、にっこりと微笑んで言った。

「私のファーストキスを奪ったんだから、責任とってね」




 教会の入り口で、デバガメ勇者がお父様と話しているのが聞こえた。

「黒い、さすが姫。黒すぎる」

「……儂の育て方が間違っていたのかのぅ……姫と言えば勇者と結婚したがるものだと思っておったのだが」

「いやあれは姫じゃありません。シンデレラで言うなら継母のほう。白雪姫でいうなら女王のほうです」

「……蝶よ花よと育てたはずじゃったのだが……」

「育ちましたね毒花が」

 外野の意見は一切聞こえないふりして私はエルトを見上げる。

「どうするの?」

 先ほどから赤くなったり青くなったり白くなったりと忙しいエルトは、それでも持っている気力全てを出して頷いた。

「……うん」

 うんじゃ分からないでしょうが。まあ、分かるけど。

 言うまで終わらないってそろそろ学んでもいいんじゃないかしら。

「うんって、なあに?」

 外野が「見ろ、これが毒花の捕食だ、恐ろしい」とか「娘が怖い」とか言っているけど聞こえない。

 捕食された哀れな青年は、先ほど気力を全て使ったばかりなのにと涙目だった。再度振り絞るように、声を出す。

「責任、とるよ」

 にこっと私は笑う。十分である。これだけでもう、幸せ。しかしエルトはぎゅっと目をつぶると、私の手をそっと握る。

「僕と……結婚してください」

 ――追加攻撃がくるとは思わなかった。

 驚いて一瞬だけエルトを見ると、情けなそうな顔に、少しだけ笑みを浮かべて私を見ていた。その顔を見ると、嬉しさが沸き上がる。

 勇者様とパーティを組んで少しだけ、ヘタレ度が下がったのかしら?

 そんな考えが少し頭を掠めもしたが、私の返事なんて決まっている。

「もちろん、エルト。喜んで!」

 ふわりと笑う私を、エルトは目を細めて見つめた。

 その顔に私の胸がどきっとした。こ……これは!

 そして教会に沈黙が降りる。デバガメ2人も私も黙ってエルトの行動を待った。

「……じゃ、じゃあ行こうか」

 しかしキスすることも押し倒すこともなく、エルトは入り口に向かう。予想はしていたわ……このヘタレが。

 私の冷ややかな視線に気付くと、エルトははっとした様子で。

「あっ、ごめん。……はい」

 手を差し出して来た。

 ……違う、それじゃない。

 苦笑しながらも私は黙ってその手を取った。

 まあ、いいわ。今はこれで。

 私とエルトは手を繋ぐと、教会から出て行った。デバガメ2人はささっと隠れたようだ。

 大丈夫よ、エルトは気付いていないわ。私とのラブシーンを見られたら多分恥ずかしくて倒れちゃうんじゃないかしら?

 私は教会をちらりと振り返る。次に来るときは、神様に誓いをするときに来たいものだけど。

 いつになるか分からないから、やっぱり今夜押し倒すしかないかしら?

 私が見上げるとエルトは、顔を赤くしながらもにこりと笑いかけてきた。

 ……うん、やっぱり押し倒そう。紐どこやったかな。

 ぎゅっと手を握ると、私は決意とともにエルトに笑い返した。










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― 新着の感想 ―
[一言] めっさニヤニヤした不審者になりました。 勇者さんがナチュラルに相手を貶す系男子で、下の方と同じく友達になりたい人種の人だな、と思いました。 面白かったです。 僧侶はヘタレ。
[一言] エルトがんばれよう!!! と終始思っていました笑 でもなんだかんだ言って、いざとなったらエルトは誠実で男らしくなってくれるのではないかな、と思います。……願います。 勇者のキャラがすごく好…
[一言] 肉食姫様と草食僧侶ですね。読んでてによっとしました。
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